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シャフィとミア

かれこれ20分は砂漠を歩いただろうか。


シャフィは言葉を交わさない。


どこに向かっているのか、あとどれくらい歩くのか何も教えてくれない。


革袋の中の飲み水も残りわずかだ。

  

シャフィが貸してくれた白い布は、

降り注ぐ日射し除けになった。


布は私の体を頭の先からくるぶしまですっぽり包む。


おかげで炎天下も耐えられる。


数百メートル先に、岩壁と大きな門が見えた。


にぎやかな人の声が聞こえてくる。


砂漠の中のオアシスだ。


シャフィがこちらを振り返って言う。


「マリナ。あそこが街だ。シュメシュ最大の都市、メーレ。

 

もうすこし。がんばって歩こう」


私は安堵して頷いた。


シャフィは唇だけで微笑み、門に向かって歩みを進めた。


門に近づくとメーレの街の活気が迫ってくる。


門番が左右に立っているが門は開かれていて、

人々は自由に行き来している。


とくに検められることはないようだ。


街の様子が気になりドキドキする私に対して


シャフィは厳しい表情だ。


「門を通る時はうつむいて。絶対顔を門番にみせてはいけない。

 もっと深く布を被って髪を隠して」


そう言って私の顔周りの布を正す。


「口を利いてもいけないよ。門番だけじゃない。

街に入ったら誰とも目線を合わせないで。

俺が良しと言うまで、黙って俺の後をついてくるんだ。いいね」


ダークグリーンの瞳が真っ直ぐ私を見つめてなされる忠告には 

有無を言わせない強制力があった。


私は「分かった」と無意識に答えていた。

 

シャフィの真剣な様子からみぞおちのあたりに

何とも言えない違和感がこみあげてくる。

 

吐き気がする。


さっきまでのワクワクはどこへやら、不安でいっぱいだ。

 

(私は無事に門をくぐれるのかな) 

  

門に近づく。


シャフィは、うまくタイミングを合わせて


商人と思われる一団のラクダ数頭が連なるキャラバンと一緒に門を通り抜けた。


大人数の中にまぎれたので、私たちは目立たず街に入ることができた。


門を抜けた先は、円形の広場が広がり

広場を中心に東西南北へ道がつながっていた。


広場はたくさんの屋台や商店が所狭しと並んでいて

店主の呼び声があちこちから聞こえ活気づいている。


広場の真正面からは直線状に大通りが伸びており、

その先には大きくそびえたつ宮殿が

私を見下ろしていた。


圧倒されて立ち尽くす私の腕をつかみ、

「早く!」とシャフィは急かす。


私は頷いてシャフィに続く。


もう一度布をぎゅっと深くかぶり


砂まみれのパンプスで走った。

 

シャフィは広場から四方に続く、西側の道を突き進む。


とにかく速い。


慣れない砂利道で、とっくにヒールの底は擦り切れている。   


「待ってよ!」と言いかけて、

さきほどの約束を思い出し

とっさに両手で口をふさいだ。


(黙ってついてこいって言われたんだった)


すれ違う人がいれば、顔を伏せた。


諦めてシャフィの背中を追う。


西側の道に入ると沢山の路地が現れた。


路地を進めば住宅街が開けていて、人々の生活空間になっているようだ。


広場の喧騒は徐々に聞こえなくなり、

ゆったりとした生活音、空気が伝わってくる。


突然シャフィは左に曲がった。


とっても狭い路地で大人一人が進むのがやっと。


しかし路地を抜けると開けた場所に出た。 


そこには家と思われる土塗りの建物が数件建ち並んでいた。


家の前では子どもたちが遊んでいる。


「あ!シャフィ兄ちゃん!おかえりなさい」


「おかえりなさい!」


「シャフィ兄ちゃんだ!」


「その女の人だぁれ?」

 

子どもたちが駆け寄ってくる。  

 

シャフィは彼らをあしらいながら、私を1件の家に導いた。

 

子どもは苦手だ。  

 

なにを話したらいいのか分からない。

 

シャフィが「大事な話をするから後でな」と


子ども達を追い払ってくれて助かった。


シャフィは私を家の中へ招き入れた。

 

「おじゃまします」と小声でささやく。

 

家は外観から想像するより奥行きがあるため広かった。 

 

窓は開け放され風が通り抜けていくので涼しい。

 

この暑い気候に適した設計になっているようだ。

 

家に入るとすぐ、ダイニングテーブルといえばよいのか

 

木製のテーブルが目に留まる。 

 

テーブルの奥には、一人の年配女性がいた。

 

生成りの布で髪を覆い背筋を伸ばして椅子に腰かけている。

 

こちらを不思議そうに見つめるその瞳は

シャフィと同じダークグリーンだ。


「母さんのミアだ。大丈夫。ここは安全だから。

 もう布を取っていいし、話してもいい」


先ほどの緊張した表情は消え、シャフィには笑顔が戻っている。


私もつられて微笑んだ。


被っていた布を取り、シャフィに返した。


ミアが驚いた様子で

「シャフィ、こちらの方は?」

そう問いながら、私に近づく。


「あ、多田真梨菜と申します。突然おじゃましてすみません。

 砂漠で倒れていたところをシャフィさんに助けていただきました」

 

一気にしゃべる私とシャフィの顔を交互に見つめ

 ミアは困った顔をした。

 

「マリナはなぜ倒れていたのか、なにが彼女の身に起きたのか

 記憶がない。この身なりだろ。危険だと思って連れてきたんだよ。」

 

そう切り出すと、シャフィが一部始終を説明した。

 

ミアはシャフィの話を一通り聞いてから真っ直ぐに私を見て

両手で私の顔を包みながら言った。 


「無事で本当によかった」

 

涙ぐんでいた気もする。本当のお母さんみたいだった。


ミアは、のどが渇いただろう、お腹がすいているだろうと

すぐに食事を用意してくれた。

 

薄く延ばされた円形のパンと、豆や野菜を香辛料とともに煮たスープ。

 

私はパンをちぎりながら、シャフィに言う。


「ねぇ。お母さんが、『無事で良かった』って言ってくれたけど

 確かに私やばかったよね。

砂漠で何も持たずにぶっ倒れてて。

 死ななかったの奇跡だよ。本当にありがとう」

 

 シャフィはスープのおかわりをミアから受け取りながら


「砂漠もそうなんだけど。それ以上に君はもっと危険な状況だったんだ」

 と、あきれたように答えた。


「え?どういうこと?」

 

シャフィとミアは互いに顔を見合わせてから

重い口を開いた。


「マリナ。君の服装。目立ちすぎるって言ったよね。

 ここいらでは見た事がないような服。髪の毛も覆っていないし、それに君は明るい赤毛。

 肌も出してるし、襲ってくれって言ってるようなもんだ」

 

「マリナさん。あなたがどこの国から来られたのかわからないけれど

 この国で女性は肌を覆う服を着るの。

 髪も隠します。髪は女性の美しさの一部。

美しさは隠して、大切な人にだけ見せるもの。

あなたのような綺麗な赤毛を持つ人はまずいないわ。

みんな漆黒の髪だもの。

赤毛なんて、とてもめずらしいのよ。

稀な容姿をもつ美しい女性は、高貴な身分の方に囲われ愛される。

彼らの暇つぶしの対象とされ遊びつくされ最終的には討ち捨てられる。

シャフィがあなたを見つけて本当に良かったわ」

 

 最後の方、ミアの声は震えていた。

 

 つまり、私は「襲ってください」というような格好で

 砂漠のど真ん中で寝転んでいたということだ。

 

もし、私を見つけたのがシャフィではなかったら?

 

欲にまみれた獣のような輩が私を見つけていたとしたら?

 

今ごろ私はどうなっていたのだろう。


考えると吐き気がする。 


嫌な汗がこめかみから流れた。

 

今になってとてつもない恐怖が襲ってきた。

 

暑い砂漠の国で肌寒さを感じる。

 

「……本当にありがとうございました」

 

深く頭を下げた。感謝をしてもしきれない。


シャフィとミアは何も言わなかった。


ミアが私の両肩を力強く抱いた。


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