忠臣たち
アディスと一線を越えかけた夜のことは
侍女たちには完全にバレていた。
ライリカの様子がおかしかったのも
慣例を破り、
アディスが私を抱くと
確信したからだった。
ライリカはあの日私をミルク風呂に
入れなかったことを
心から後悔したと後に語った。
慣習を破る王などありえないだろうと
批判したけど、
ライリカは「アディス様のご決断は
全て正しいのですよ」と毅然と言い放った。
私達の初夜はおあずけになったことに
安心したライリカは
「これから婚儀までの間、いつアディス様が
夜な夜な訪ねてくるかわかりません。
マリナ様のご健康とお肌を常に最高の状態に保つことが
わたくしども侍女の努めです。
あなたたち、しっかりお願いしますよ」
と、ナダたちに命じた。
(ありがたいけど、恥ずかしい……)
私の気持ちなど伝わるはずもなく、
彼女たちは俄然やる気になった。
――
「ハビエル、まだ怒っているのか?
しつこい男は女に嫌われるぞ」
俺の優秀な家臣は
君主の前で遠慮のない大きなため息をついた。
「……アディス様、当然です!
シュメシュの国王たるお方が、婚礼前に
お妃様と床を共にされようなどと!!」
ハビエルは俺が
あの夜マリナを抱こうとしたことに
立腹しているのだ。
「仕方ないだろう。マリナは魅力的だ。
あれを抱かないなどと、国王の名が廃るわ!」
「正気とは思えません。
婚儀がまだなのですよ!?
そんな振舞いをすれば、
これまでの女人たちと同等に
マリナ様を扱うようなものです!」
ハビエルの言う事ももっともだ。
しかし、マリナが良くない。
あれは日に日に美しくなる。
罪作りなほどだ。
「恐れながら申し上げますが、
上皇様一派は今だアディス様とマリナ様の婚姻に
真っ向から反対しております。
もしですよ!
アディス様がもうマリナ様をお手付きにされたなどと、
彼らの耳に入ろうものなら
アディス様の御身が不利になってしまうのです!
彼らにとっては良い話の材料でしかありません」
「……わかっている。
……単なる本能のまま襲おうとしたわけではない。
マリナだからだ」
「アディス様、わたくしは言い訳を聞きたくありません。
とにかく、ご自身のお立場をお考えくださいませ。
また「慣例を破る暴君」などと卑劣な噂が立ってしまいます。
今現在も、ある事ない事を騒ぎ立てる輩が
宮殿内に蔓延っていますのに!」
めずらしくハビエルが
感情的になっている。
こうなると長いのだ。
子どもの頃からそうだった。
ハビエルの逆鱗に触れた時の説教は
日没まで続く。
この男、見た目も変わらないが
中身も変わらないな。
ふと笑みが込み上げる。
「アディス様、
何かご気分を良くされる事を
わたくしが申し上げましたか?」
「ハビエル、お前にはいつも感謝している。
これからもよろしく頼む」
ハビエルの切れ長の目が
見開かれた。
「な……急に、いかがなされました?」
「言葉通りだ。礼を言う」
「と、とにかくマリナ様の元へ
お通いになるのは正式に婚儀が終わってからです。
わたくしと約束していただくように
お願いいたします」
「あぁ。分かっている」
たまには真面目な家臣を
からかうのも一興だ。
婚儀があと数日に迫っている今、
常に冷静沈着な従者でも焦り始めるのだな。




