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砂漠での出会い

「……おい!起きろ!!」

 遠くから誰かが呼びかけている。

 

 (嫌だ。起きたくない。

 もう少し眠っていたい。)

 

 若い男の声だと判別ができる。

 繰り返し私に呼びかけながら肩をゆすってくる。


 (邪魔しないで。私の事はほっといてよ。)

 

 夢うつつの中、私はまた深い眠りに

 落ちようとしている。

 

 するともう一度「起きろ!!」という怒鳴り声とともに

 私の頬は平手打ちされた。 


 「いったーーーーい!!!

 なにすんのよ!」


 睡魔もまどろみも

 ひっぱたかれた衝撃でどこかに吹っ飛び一気に目が覚めた。

 

「ってか、あなた誰!?」」

 

 突然飛び起き怒鳴りだした私に一瞬青年はひるんだ様子を見せたが

「ごめん。何度も起こしたのに、反応がなかったからつい……」と口ごもる。

 

 もっと説教でもしてやろうかと思ったが

 素直な彼を前に拍子抜けしてしまった。

 

 「いえ……私こそ急にごめんなさい」

 寝起きの悪さには自覚がある。

 悪い事をしたと反省した。

 

 その時初めて真正面から少年の顔を見た。


 美しい。


 年下男子は恋愛対象外なのだが、不覚にもときめく。

 

 褐色の肌に映えるダークグリーンの瞳。


 伸ばされた漆黒の髪は後ろで一つに束ねられている。


 腰に白い布を巻き、上半身は裸。


 細身だがしっかりとついた腹筋が男性であることを意識させる。


 その一方で、つんと上を向いた鼻先が子どもらしさを醸し出している。

 

 少年ではないが、青年でもない。

 

15,6歳だと見当がついた。

 

 私はきまり悪そうに頭を下げる少年から目が離せない。

 

とにかく美男子だ。


 私が食い入るように見つめているもんだから、

 

少年は怪訝な顔で尋ねる。

 

 「……なにか僕の顔についてます?」


 「いや!そうじゃなくって……綺麗な子だなと思って。

 筋肉もすごいし」と言ってから

 

 ナチュラルにセクハラ発言をしたことを私は深く後悔した。


 少年は声をだして笑う。


「何言ってるの。お姉さんの方が綺麗だよ」


 破壊力がすごい。

 

 イケメンの笑顔と、ナチュラルに「お姉さんの方が綺麗だよ」発言。

 

 お姉さんの心はもたないから今すぐやめてほしい。

 

 そんな私の様子を知ってか知らずか少年は続けた。


 「俺はシャフィ。今は叔父を手伝ってレンガ職人をしてる。よろしく」

 

 レンガ職人ってまるで古代人の職業みたいなことを言う。

 

「私 真梨菜。大学生だよ。よろしくね。シャフィ若いのにもう働いてるなんてすごいね」


「マリナ……?変わった名前だな。だ、大学生? そうかな……?10にもなればみんな働いてるよ。」


 え?10歳で働く?子どもが働くなんてどういうこと。


 ちょっと待って。

 

 そもそも、ここはどこだろう。

 

 私はあたりを見回した。

 

 眼前には一面の砂漠が広がっていた。

 

 空には灼熱の太陽。日射しが容赦なく降り注ぐ。

 

 なんと私は砂漠のど真ん中で眠りこけていたようだ。 

 

 容赦なく叩き起こしてくれたシャフィは命の恩人ではないか。 


 次に襲ってきたのは底知れぬ恐怖だ。

 

 見知らぬ場所で目覚めた事に身震いする。

 

 なぜ私はこんなところにいるのか。

 

 思い出そうと必死で記憶を探る。

 

 そうだ。

 

 私はゼミのみんなと博物館にいったんだ。

 

 夏鈴がカフェに誘ってくれて……私は断った。

 

 なんで断ったんだっけ?

 

 そう。白骨カップルだ!

 

 白骨のカップルをもう一度見たくて私は展示室に戻った。

 

 その後、どうなった?

 

 ……ズキン!!


 とがった刃物で突き刺されるような痛みが

 私の頭を貫く。

 

 反射的に両手で頭を抱える。


 「痛い!」

 

 ダメだ。思い出せない。

 

 思い出そうとすると頭痛がする。

 

 白骨カップルの事を頭から追いやるように努めた。

 

 心配そうに私の顔をみつめるシャフィを見返す。

 

 徐々に痛みは遠のいた。

 

 ほっとして頭から手を離した。


「大丈夫?」シャフィが尋ねる。


 「うん。なんで私ここで倒れてたのか思い出せない。ここ、どこなの?」

 

 そう言うとシャフィは少し驚いた顔を見せたが深く追求しなかった。

 

 代わりに私に革袋を手渡す。


 水だ。

 

 初めて自分が大量に汗をかき、のどが渇いている事に気づいた。

 

 ありがたくいただく事にする。

 

 「ここはミール砂漠。シュメシュの領土だ。

 とにかくここを離れよう。

 その恰好じゃ目立ちすぎるし危険だ。

 これを体に巻いて、髪が見えないように頭からかぶるんだよ。

 ついてきて。」

 

 そう言いながら、シャフィは大判の白い布地を私に押し付け

 歩き出した。 

 

 ミール砂漠?

 

 シュメシュ?

 

 聞いた事のない地名だった。

 

 それに派手な格好をしたつもりはない。

 

 今日は博物館でのフィールドワークだったから、

 

 ノースリーブワンピースに

 足元はレオパード柄のパンプス。

 

 私にしてはシンプルな服装だ。

 

 目立つとか、半裸のシャフィに言われたくない。

 

 呆けたように突っ立っている私を気にする様子もなく

 シャフィはどんどん歩いて行ってしまう。

 

 私は慌てて

 布地を体に巻き付け彼の後を追った。


 「帰りたい……」


 自然と言葉が出ていた。

 

 一歩踏み出すごとに、パンプスのヒールが砂に沈みこみ

 泣きたくなった。

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