侍女の涙
シャフィが処刑された後、
アディスは泣きわめく私を担ぎ上げ
宮殿へ連れ去った。
シャフィの遺体には触れる事さえ許されなかった。
後から分かったことだが
アディスのそばにいた長髪の男は
ハビエルという名でアディスの側近。
ハビエルが私をメリト・ネスウト
というものにするようアディスへ進言したことで
私はどんなひどい仕打ちを受けることになるのか怖かった。
アディスは、いとも簡単に人の命を奪う暴君だ。
牢屋にぶちこまれると覚悟はしたが、
連れていかれたのは
王宮の離れにある、
ほかの従者たちが寝泊まりする部屋だった。
突然のアディスの登場と
アディスに担がれて泣きわめく異国の女(私)に
侍女たちは目をまるくして驚いた。
アディスは私を床にどさっと放り投げ、
一人の年配の侍女に言った。
「ライリカ。この者は本日夜明けから働く。
メリト・ネスウトとなる、
名はマリナ。
異国の者で、何もわからん赤子同然だ。
一から仕込んでやれ、頼むぞ」
それだけ言うと
あっけにとられる従者たちと
床の上で痛がる私を無視し、去っていった。
「まじでなんなの、あいつ!
許さない。ひどい。
シャフィ……お母さん……ルツ……リャオ……
みんなに会いたいよ……」
涙が止まらない。
ひざをかかえて大泣きする私のもとへ
ライリカと呼ばれた女性がおずおずと近寄ってきた。
ライリカは黙って私の涙を拭いてくれた。
人の優しさに触れ、私はさらに泣いた。
ほかの侍女も近寄ってくる。
「マリナとおっしゃるのね。
私は侍女長のライリカ。
……大変な目にあわれたのでしょう。
汚れているわ。
綺麗なお顔が台無し。
まあ。あなたの髪……とても素敵な色ね。
さぁ沐浴をして着替えましょう。
ナダ。マリナの服を用意してちょうだい」
ナダと呼ばれたのは
まだ10代にも見える華奢な女の子だった。
「うん。分かった」
ナダは立ち上がり、その場を後にする。
言葉が片言で、雰囲気がシュメシュ人とちがう。
異国の少女だ。
つい親近感を感じてしまう。
ほかの侍女たちも
なにか手伝う事があれば、と協力的だ。
ライリカは彼女たちへ
丁寧に指示をだしてから、
私を風呂場に連れて行く。
「ゆっくりしてね」と言い、
去っていった。
涙がまた溢れてきた。
私の涙はいったいいつになれば枯れるのだろう。
シャフィを失った悲しみで
涙を人生分流した気がする。
今では人の温かさに触れ、
号泣している。
とにかくお風呂をいただこう。
顔も身体も汗と泥でぐちゃぐちゃだ。
風呂から出ると
脱衣所に綺麗にたたまれた服が
かごに収まっていた。
ナダが持ってきてくれたのだろう。
彼女たちが着ているものと同じ
黒のワンピーススタイルの侍女服だ。
捕まった者でも、
侍女と同じように扱ってもらえるのだろうか。
アディスは、私が日の出から働くと言っていた。
ライリカに仕事を教わるのかな。
ライリカたちもメリト・ネスウトだろうか。
メリト・ネスウトがなんなのか分からない
きつい汚い仕事だったらどうしよう。
これから私はどうなるの。
先の事を考えると息が詰まりそうになった。
私の不安をよそに、
空は白み始め夜明けを迎えようとしている。
――
「おはようございます!」
「おはよう!調子はどう?」
「上々よ!」
王宮の侍女たちの一日は
まだ日が昇らない頃合いから始まる。
王宮には王族に加え、
従者たちも住んでおりなかなかの大所帯だ。
侍女たちは彼らの衣食住を一手に引き受けている。
侍女は通いの者も含めて総勢200人。
それぞれ持ち場が決まっており
持ち場ごとにライリカのような、まとめ役がいる。
ライリカの班は王族の身のまわりのお世話が担当だ。
私が「メリト・ネスウト」ということで、
ライリカが私の教育係になった。
いまだにメリト・ネスウトがなんなのか分からないし、
説明もされていない。
初日からライリカは私につきっきりで、
事細かに仕事を教えた。
悲しんでいるひまなどなかったから、
ある意味助かった。
食事は毎回お部屋まで配膳。
毎日儀式やその日の予定に適した衣装を用意する。
洗濯や掃除も担う。
とにかく王族たちの家事手伝いって感じ。
王族の私室に入るのは緊張したけど、
大体は彼らが不在時に部屋の掃除をするだけで
鉢合わせすることはない。
彼らが在室時には、お付きの従者が必ず部屋で待機しているから
従者とのやり取りで済んだ。
真正面から王族と話す機会などない、
ある種気楽な仕事でもある。
それに、侍女たちと過ごす日々は楽しい。
女子が揃えば当然の様に
仕事の片手間はガールズトークに花が咲く。
手を動かしながらみんなずっとしゃべっている。
そんな時間は、私の悲しみや不安を一瞬でも忘れさせてくれた。
同室のナダとは日を追うごとに仲良くなった。
私の記憶がない事にも理解を示し、
ライリカとナダは常に親身にサポートしてくれる。
侍女としての仕事にも慣れたある日、
リネンを各私室に運びながらライリカが私に言った。
「今は私がアディス様のお世話をしているけれど、
今後はマリナが担当することになるわ」
さらっとした爆弾発言。
「はい!?私が!?アディスの世話!?!?」
「『アディス様』。マリナ。
あなたはもう王宮で王付きの侍女として働いています。
それにあなたはメリト・ネスウトになるのです。
王のことを呼び捨てになんかしてはいけません。
アディス様や側近の耳に入ればお手打ちになります。
気を付けて」
そうだった。
私はもうあいつに仕える身分。
そしてあいつは簡単に人を殺せる。
部下の一人や二人、
ちょっと気に食わないぐらいの理由で命を奪うだろう。
「ごめんなさい。
あの……アディス様のお世話を私がするって?
おかしくない?
これまで侍女長のライリカがやっていたお仕事だよね?
それを下っ端で、捕まった私が……」
そういう私にライリカは一瞬驚いたが
納得した表情で続けた。
「マリナ。あなたは異国から来たから分からないのですね。
メリト・ネスウトとは、王が御自ら指名した王付きの侍女。
ただの侍女ではないんですよ」
そう言ってウインクした。
「どういう事?」
「そういう事。
これまでアディス様はメリト・ネスウトなど興味がなくて
一人も召されたことはない。
だから私がこれまでお世話をしていたのです。
メリト・ネスウトが現れるのを私は心待ちにしておりました。
そしたら、こんなに素敵なあなたが来てくれた。
これで私達従者も安心できます。
本当にありがとう」
「え?……いや。こちらこそこんなに良くしてくれて
……いつもありがとうね」
なんだ。この違和感。
涙ぐんで私の手をさするライリカの言葉をさえぎることもできず、
私はただうなづいた。
ライリカはアディスが幼いころから侍女として仕えている。
アディスは活発で素直な麗しい男の子だったそうで
(私には信じられない)
今、王としてアディスが人に冷たく振舞ったり
感情的になるのを見る事がつらいと
私に漏らしたことがある。
ライリカにとって、アディスは今もかわいい王子様なんだ。
アディスの成長は彼女の喜び。
私がアディスの世話をしてライリカが嬉しいならそれでいい。
そう自分に言い聞かせた。




