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白骨の男女

時が止まった。


目をそらす事ができない。


現れたのは折り重なる二体の白骨。


骨格の大きさから男性と女性だと推察できる。


驚いたのは、彼らの体勢。


男性は女性にぴったりと覆い被さるように横たわっている。


男性が女性を抱きかかえ、二人に迫りくる何者かから

身を挺して守るその姿は

3千年の時を超えてもなお二人の愛を伝え続けているように感じられた。


田所教授が流暢に説明をする。


「この二体の白骨は非常に綺麗な状態で発見されました。稀なケースだね。

一組の男女ですが、添い寝をしている訳ではありません。

この時天災が彼らを襲ったんです。

大地震だと予想されます。

地震から女性を守ろうと男が盾になったというわけですね。

そのあと火山噴火があり、二人の遺体は火山灰とともに地中に埋まった。

3千年前のものということだけ分かっていますが、

彼らの素性や名前など個人を特定できる情報はなにも残されていません。

歴史ロマンが刺激されますね。」

  

彼らは恋人同士だったのだろうか。


地震に襲われたこの二人の恐怖はいかほどのものだったか。


地震大国日本に住む者として他人事とは思えない。


私はガラス製の展示ケースに収まる白骨の二人から目を離せず

強く惹きつけられていた。


もっとこの二人の事を知りたい。


「真梨菜~。遅いよ!みんなもう次の展示に行っちゃったんだけど!」


博物館には場違いな大声で名前を呼ばれ、我に返った。


「ちょっと!夏鈴!声大きいって!」

 

咄嗟に言い返した私の声も夏鈴に負けないぐらい大きい。

 

その場に居合わせた人達から迷惑そうな視線を感じる。


監視係の学芸員がわざとらしく咳払いをした。


耳まで真っ赤になる程、赤面しているのが自分でも分かる。


「分かったから行くよ!」

周囲の目線を気にしない夏鈴の手を引き、

速足でその場を去る。 

大学の評判が落ちる事も避けたかった。

 

教授とゼミ生たちを追いかけながら

夏鈴は話し続ける。


「真梨菜ってば何回呼びかけても返事しないんだもん。

やっと気づいたと思ったら、私に怒鳴ってさ。ひどいよ。」


いつもなら夏鈴の文句に言い返している私だが

今は右から左に聞き流している。

 

私の頭の中は二体の白骨の事で一杯だ。


「田所教授!遅れてすみません。真梨菜を連れてきました~。

この子、さっきの骸骨の前でぼーっとしてたんですよ。

真梨菜。謝りなよ。」


夏鈴はしっかり者だが一言余計なのだ。


ゼミ生がクスクス笑っている。


「すみませんでした。」と形式的に謝罪した。

 

田所教授は大きなたぬきのようなおなかを揺らしニコニコしながら私に問いかける。


「多田さん。あの白骨カップルが気になりますか?」


「……はい。非常に興味をそそられました。もっと調べてみたいです。」


「そうですか。研究対象のアイディアが生まれたようで何よりです。」


教授はうんうんと頷きながら、次の展示物へゼミ生を誘導し講義を続けた。


まだ展示は続いているが、私に教授の声は全く届かなかった。


白骨カップルに魅せられた私は、ひたすら彼らへ思いを馳せた。

    

私、多田真梨菜は青南大学3回生。

 

考古学を専攻し、尊敬する田所教授のゼミで学んでいる。


小学生の頃に読んだ古代オリエントを題材にした少女漫画に憧れ、考古学者になりたいと願った。

 

田所教授が数多の歴史的発見となる発掘現場を経験されていることを知り、教授がいる青南大学に進学した。

 

今日はゼミのフィールドワーク。

 

都立博物館で開催されている「大考古学展」にゼミメンバーと訪れたのだ。

 

「真梨菜。このあと暇?近くにかわいいカフェあるから行こうよ。

 

ショッキングピンクのインテリアで、真梨菜の好みドンピシャだと思うんだよね。

 

めっちゃ映えるってSNSで人気なの。」

 

夏鈴が買ったばかりの図録をバックパックにしまいながら早口で言う。

 

そうだ。観覧が終われば自由解散だったんだ。

 

ゼミ生は順々にあいさつをして出口に向かっていく。

 

「ごめん。私もう一周展示見たいんだ。」


「え~~~!ほんとあんたは古代の事になるとこれだよ。この考古学オタク!! 

たまには息抜きしな!」


「ダメ。来週締め切りのレポート課題、まだ下書きも終わってないもん。」

 

「……そうなの?めずらしいね。真梨菜がレポート進んでないなんて。」


「テーマがそもそも決まってない。」

 

「じゃあ、仕方ないね。カフェはまた今度、課題終わったお祝いに行こう!」

 

「うん。ありがとう。また今度ね。」


夏鈴を博物館の出口で見送ると、私は元来た通路を逆走していく。

 

もう一度、白骨のカップルに会いたくてたまらない。

 

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