第7話 三芳町にて 後編
僕に人生に悪魔が訪れたのは高校受験の推薦をもらうために受けた健康診断だった。
ちょっとだけ自覚症状はあったんだけれど気には留めていなかったし、両親に伝えたこともなかった。目ン玉をまっすぐにして正面を見つめると両目とも横の端っこの方がテカっちゃって見えない事があったんだ。光が幾重にも反射しているかのようで、だからといって眩しい訳じゃあない。見えづらい、うん、ちがうな。見えない、横方向の奥行きがわからないって言い方が一番正しいかもしれない。
健康診断には毎年、視力検査もあったし色弱検査もあった。この年まで特に問題はなかったんだ。でもね、やっぱり自分でも気になっていたんだろうね。ポツンと言ってしまったんだ。「横の壁が光っている」ってね。
眼科医による診察を受けに行ったのは数週間後だったと思う。
「村尾くん、この二本の鉛筆をよぉ〜く見つめていて。一本だけを横方向に移動させていくけれど、追いかけちゃあダメだよ。視線は正面の一本に集中させて、動いていった方の鉛筆が消えたら、すぐに手を挙げて教えて」
軽い気持ちで訪ねた眼科の受診だったのに視野のテストをさせられてしまい、マズイことになったと思った。学校に提出する診断用紙に『異常あり』なんて書かれたら困る。だが事態は尋常ではなかった。右目はほぼ45度を超えたあたりで鉛筆が真っ白い光の中に消えていってしまい陰影さえ残さない。
「次は左目の検査をするね。同じように見えなくなったら教えてね」
医者は同じ言葉を繰り返し、鉛筆のひとつを左に動かした。そして左目も同じ結果だったんだ。見えないんだ、45度を過ぎるとカーテンの中に鉛筆が入り込んでいくような感覚で光の中に融けてしまうんだ。
「僕の目は異常なんですか?」
僕が医者に聞いたのはこの言葉だけだった。
「紹介状を書くから外の椅子に座って待っていて。本来、視野はねぇ左右合わせてだいたい180度見えるものなんだ。だから今日の結果だけでは決めつけられないけれど、村尾くんの視野は狭くなっているって言える。ただ、なんで狭くなっているのかは、今は判らない。」
医者は僕の居住地を聞いて、両親のどちらかと一緒に専門の病院に行くようにと言って紹介状を書いて渡してくれた。