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第12話 瞽女(ゴゼ) 前編

 晴眼者と同じく普通の高校に進学したばかりの僕に目が見えなくなった後の将来設計はできなかった。手に職を付けておいた方が有利だと教えられて、リハビリ専門病院に併設されている訓練センターを覗いたこともニ、三度あったが、鍼灸師もあんまマッサージ師も目の見える者たちに奪い取られている事が分かった。


 「昔だったら目が見えなくても食っていく事くらいはできたよ。鍼灸師もマッサージ師も盲人のために作られた職種だったからね。女性だったら瞽女っていう旅芸人もいたんだ」


 職業訓練校の教師が言った『瞽女』という言葉が気になった。


 「簡単に言うとね、盲目の事を“めしい”って言うんだ。漢字で書くと瞽だ。その女性限定旅芸人だから瞽女っていう。今ではもういないけれど、盲人だって食べていかなければならない。生活ってやつがある。もしかしたら今では差別言葉になっているかもしれない」


 瞽女かぁ、なるほど、目が見えなくなっても音楽だったらできるんだ。そう思ったら心臓の底から熱い何かが生まれてきた。


 「先生、その瞽女という人たちは楽器も使っていたんですか?」


 僕がそう聞くと先生は「三味や胡宮っていう楽器を知っているかい?」と聞き返された。


 「弦楽器だったと思います」


 「そうだよ、弦楽器だ。よく知っているね」


 「目が見えない人は弦楽器じゃあないと上達できないんですか?」


 「いや、そんなことはない。スティービー・ワンダーはピアノを演奏しながら歌っている」


 「アイ・ジャスト・コールド・トゥ・セイ・アイ・ラブ・ユーですね」そう僕が言うと「そう、その通り、ファンなの?」と聞かれた。


 「いえ、ファンというよりニワカです。流行ってますから。姉がエレクトーンを趣味で弾いていて自宅にあるんです」と応えた。


 「このリハビリ・センターに通っている患者さんたちで作っているバンド・サークルがあるよ。聴きにいってみたらいい」と教えてくれた。


 十五歳の夏の始まりから本格的に白杖の使い方を練習し始めて、その年が終わる頃には基本的な課題はマスターできた。ただ、僕の視力は少しづつ悪くなっていき、検査を受けると必ず視野の狭窄範囲は大きくなっていった。だからと言って生活に支障をきたす事はまだなかった。


 年が明けて一月だったと思う。月に一度だけ受けていたリハビリを、この月もいつもと同じように受けに行った。毎月、いつもと同じリハビリの先生の指導を受けていたのだが、僕にしれみればもう教えを受ける事は無くなっていたように感じていた。そんな僕の感情を先生は読み取っていたようだ。


 「壁に向かって息を思いっきり吐き出すことで空気反射を利用し、空間を把握する方法を教える」


 リハビリの先生の提案というより突拍子のないチャレンジ宣言だった。


 「今すぐにマスターしなくてもいい。いずれ便利さが解かる時がくるかもしれない。ただ、マスターできればの話だ」


 そう言うと先生は自分の目を隠して、杖を使わずに胸いっぱいに息を吸い込み、右側の白い壁に向かって息を吹きつけながらゆっくりと左方向に進んで行った。


 「わかるかい、吐いた息が戻ってくる感覚がなかったら、そこには壁がない。空気が反射して戻ってこないって事だから通路がある。この時に大切なのは反対側にも息を吹きかける事、あと曲がり角となる九十度角をつかみ取ることができるかがポイントだ」


 先生の言っている事は頭では理解できる、高等テクニックだ。


 「それってコウモリのレーザービームみたいですね」僕が言うと「コウモリか、君が初めてだよ、今まで教えた人はイルカみたいって言っていた」


 先生の言葉は僕と同じ境遇になった人たちが何人もいて、この病気と戦っているのは僕ひとりじゃあない事を教えてくれていた。


 「コウモリだってイルカだって同じでしょう」と僕が言うと「そうだね、同じ理屈だね。でも人間は超音波を出せないから、その代わりに息を使うんだ。この呼吸空間認識法をマスターした達人が外国にいるんだ。どんな場所でも、障害物があっても自力で歩行ができているし、自力で生活できているんだ。でもね限界はある。自宅だったらちょっとした椅子の脚やドアの取っ手が息だけじゃあ、つかみ取れない。

野外だとほとんど役に立たない。とくに路上は常にモノの配置場所が変わってしまう」


 「野外のモノの配置場所が変わるってどういうことでしょうか?」


 僕は聞いた。先生は僕の質問を待っていたかのように言った。


 「モラルだよ。今は判らなくていい」


 「先生、僕やってみます。杖と呼吸の両方をマスターして自分で生活できるようになってみせます」


 僕は白杖と呼吸の反射による空間認識の方法をミックスさせる歩行練習をおこなってみた。むろん、我が物になるなんてほど遠い事だろうけれど、盲目になった人のほとんどが未だに習得できていない手法を我が物にしてみたい、そんな熱意が生まれていたのは確かだった。

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