#3-2
アリシアからのお願いを断ることが出来ず、ソフィアは勉強を教えるために図書館へ移動する。
学園が保有する図書館は世界最大級で、保管されている書物は数百万冊にものぼるという。ここに来れば、知りたかったことがなんでも知れるだろう。
「おぉ〜天井がたかーい!」
「もう少し声を抑えてくださいまし。そうですわね……まずはこれから始めましょう」
初めて来たであろうアリシアはその広さに興奮気味であり、ソフィアはそれを宥めてから書物を吟味する。
アリシアがどこまで知っているか分からないため、幼児が使うような簡単なものから、貴族ならば当然知っているであろう基礎的なことが書かれたものまで幅広く取っていく。
この時点でソフィアは吹っ切れており、とことんアリシアに叩き込むつもりだった。
館内に置いてある座席に二人は座る。
「簡単なものから始めていきますわ。貴方もそれで宜しくて?」
「はい! お願いします!」
「ぐ……か、かわ」
ソフィアはアリシアの太陽のような笑顔を不意打ちで喰らい少しよろける。まだアリシアと出会って二日目であり、耐性ができていないために浄化されかけた。
アリシアは様子のおかしいソフィアに頭を傾げる。
「かわ……?」
「ごほん、なんでもないですわ」
ソフィアは何とか気を取り直し、勉強を教える。最初は魔法の仕組みについてだ。
「まずは、魔法の仕組みについて解説しましてよ。貴方は魔法についてどのくらい知ってますの?」
「えっと、なんか呪文を唱えたら火の球とかが出来る……くらい?」
「……結構深刻ですわね」
ソフィアは思ってる以上にアリシアが勉強できないことに驚く。原作では聖女はあまり勉強ができないことしか説明されておらず、詳細な部分は分からなかった。
魔法の仕組みはかなり基礎的な事だ。少なくとも貴族科にいる者は知っていて当然、議論の余地すらない範囲だ。
「まず、魔法とは神が人類に授けた奇跡ですわ。世界にはワタクシたちの目では見えない精霊がごまんといて、彼らに術式と呪文を使って魔法を使っていただきますの」
「そんな魔法にも相性というのがあって、人間は誰しもが魔法を使える訳ではないですの。でも聖女である貴方は全てが使えますわ」
「へーそうなんですね」
「……なんか呑気ですわね」
軽く魔法の仕組みについて説明を聞いたアリシアの反応はあまり芳しくない。
聖女であるアリシアにとってはかなり重要な箇所であり、あまり集中していなさそうな態度にソフィアは諌めるように話す。
「いいですこと? 聖女は世界に危機が訪れそうになった時、神が遣わす救世主でしてよ。貴方には責任があるんですの。ですからちゃんと話を聞いてくださいまし」
(ワタクシの計画を完遂するためにも!)
「私って、結構重大な役目があるんですね」
「貴方、聖女なのにそんなことも知らなくて?」
ソフィアはアリシアの言葉に呆れたような声を出す。世界とソフィアの命運を握っている本人がこうも何も知らないのは問題があるのではないか。
「聖女は子供の憧れですわ。世界を救う救世の聖女、邪神を倒し、天災を防ぐ神の子。小さい時にお母様から読み聞かせされたことはなくて?」
「えっと……私はお母さんを知らないです」
「……それは、申し訳ないですわ」
ソフィアは失言してしまったことに謝罪する。原作では語られなかった聖女の過去。ソフィアはアリシアが貴族とメイドとの間にできた妾の子であることは知っていたが、まさか母親から捨てられていたとは思わなかった。
推しを悲しませるようなことを言うなんて、ヲタク失格だとソフィアは自分を責める。
「あ、謝らないでください! そんな、気にして欲しい訳ではないんです。私はただ、あまりお母さんとの記憶が無くて、それを知らないって言っただけなんです」
「私が物心ついた時にはもうお母さんは流行病で亡くなる直前で、思い出らしい思い出がないんです」
「それは、お辛いですわね……あら? 確か侯爵家に入ったのは半年前ですわよね。その間はどうしてたんですの?」
「その間は、スラム街で孤児として過ごしていました。最初の方は大変だったけど、大きくなってからは森で魔物を狩って生活してました……えっ?」
ソフィアは立ち上がり、アリシアの頭を抱きしめる。アリシアのまさかな幼少期に感極まって、いてもたってもいられなくなったからだ。
それと同時にソフィアは理解する。アリシアが原作でもあまり勉強が得意ではなかったのは幼い頃から独りであり、誰も教えてくれる人がいなかったからであると。
「貴方にこんな過去があったなんて、ワタクシ知りませんでしたわ……これからの人生はワタクシが必ず幸せにしてみせますの!」
「あぶっ、お姉さまっ、息が……」
アリシアはソフィアの胸に埋もれて上手く息が吸えなくなる。
ソフィアはアリシアがそんな状態になっているなんてつゆ知らず、彼女を幸せにするべく立てた計画の完遂を確かに心に決めたのだった。