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#2-1

 学園の中庭。鮮やかな赤色の椿や、純白に輝く百合の花など、多種多様な植物に囲まれたベンチで聖女とされる者――アリシア・クレイシスは途方に暮れていた。


 本来なら学園の普通科に入るはずだった自分が、何故かルールも勝手も分からない貴族科になってしまったからだ。


「はぁ、これからどうしよう……」


 澄んだ青空を見上げ、アリシアはそう呟く。

 どうしてこんなことになっているのか、それはアリシアに転生した時まで遡る。


 名前も思い出せないほど記憶が曖昧だが、アリシアの前世は元々日本という国の一般的な女子高生だった。

 学校から帰っている途中、トラックに轢かれそうになっている人を発見し助けようと飛び込んだものの、そのまま巻き込まれて死んでしまったようだ。

 そして気がつくと異世界で幼い孤児として転生していた。


 転生したばかりの肉体は貧相なもので、骨に皮が付いていると言っても過言ではないほどだった。もはや明日さえ迎えられるか不安な状況だったが、アリシアは諦めなかった。

 彼女は路地裏に捨てられたゴミを漁っては残飯を貪り、異常なまでに強い生命力を発揮しガリガリだった肉体は森で狩りを行えるほどまでぐんぐんと成長した。


 野生児として森と一体化してるほど入り浸っていたアリシアが十二歳を迎える頃、彼女の元に貴族の使者を名乗る者が現れた。

 その者が言うにはどうやらアリシアは侯爵家であるクレイシス家当主と務めていたメイドとの隠し子だったらしく、当主が病で倒れそうなため身辺整理をしていたら見つけたらしい。非公式で半分とはいえ貴族の血を引いた者であるアリシアは屋敷に招待され、アリシア・クレイシスとして生活することになった。


 そこでの生活は良いものとは言えず、厳格な身分社会が持つ多くの制約はアリシアにとっては慣れないものだった。

 またアリシアは妾の子であり、いわば腫れ物である。そのため侯爵家での立場は非常に弱く、家臣でさえあまり関わろうとしなかった。そんな状況に父親である当主は責任を感じたのか、アリシアを学園の普通科に入学するように手配した。


 しかしここで問題が起きた。創造の女神を崇める教会から世界を救う聖女が生まれたと公表されたのだ。

 この世界において聖女とは神の子であり、多大なる影響力を持つ。それは時に一国の王も凌ぐほどだ。そしてその聖女とはまさしくアリシアのことであり、学園に入学しようとしていた彼女は急遽普通科ではなく貴族科へと移された。

 しかも最重要人物である彼女は王子や公爵令嬢といった将来重役になる者たちと一緒の方が安全だろうと、二回生のクラスに編入することになったのだ。


(貴族になったと思ったら次は世界を救う聖女……あたしは平穏に過ごしたいのに……)


 歩きにくいドレスに面倒な貴族社会。野生児として生きていた頃に比べて文化的には良くなったはずだが、アリシアには窮屈に感じていた。


(はぁ〜……身体を動かしたい……)

「やぁ、そこのお嬢さん」


 体を伸ばそうとしたところで男に話しかけられる。

 ブロンドベージュの髪に、翡翠色の瞳。端正な顔立ちのその者は、傍から見れば人当たりの良いにこやかな笑みで近づいてくる。


「……なんですか」

「そう警戒しないでくれ。君はここに来たばかりだろ? だから学園を案内しようと思って」

「結構です」


 怪しさ全開の提案にアリシアは即答する。もちろんノーの方向で。

 大自然を生きてきたアリシアにとって、直感は何よりも信頼のあるものだ。そしてその直感はこの男からなにか目的があって近づいてきていることを知らせる。

 それが悪意あるものかは分からないが、なにか裏があるように感じた。


 男は予想だにしてない返答だったのか呆然としている。断られるとは微塵にも思っていなかったようだ。


「そ、即答かい? 僕からの提案を? 本当に?」

「だからそう言ってるでしょ! 耳ついてないの?」


 執拗い男の上から目線な態度にイラつき、アリシアはつい攻撃的な返事をしてしまう。

 しまったと思ったのもつかの間、男は怒る様子もなく寧ろ驚きと、少しの興奮を含んだ声を漏らす。


「なッ……この俺に、そんなことを言うなんて……君、面白いな」

「はぁ? キモいんですけど!」


 アリシアの背筋からゾワゾワとしたものが駆け上がる。

 

 学園の中では身分による差はないとされるが、将来王になる者もいる環境では自然と階級はあるものだ。しかしアリシアはもはやそんなことも忘れて罵倒する。


「近寄らないでよ、罵られて興奮する変態!」

「おぉ、中々だな……初めてそんな事言われたが、なかなか興味深い。度胸あるね」

(なにコイツ!!)


 男は期待に満ちたような目でアリシアを見る。先程まではただの不審な人物だった男をアリシアは完全に変態の類だと認識する。

 男から感じていた裏の目的を問いただす考えは消え失せ、アリシアの心はこの場から離れたい思いでいっぱいになった。


「あぁそうか、俺の事を知らないのか……」

「あの、私行きますから! ついてこないで下さいね!」

「あっ、ちょっ!」


 男がなにか考え込んでいる隙にアリシアは急いでその場から離れる。静止する声が聞こえたがもちろん止まるはずもなく、アリシアは男から逃げ切ることに成功した。

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