#1-2
「――ソフィア様! ご機嫌麗しゅうごさいます」
「ご機嫌よう」
学園ローゼンタイムの廊下を、十四歳になったソフィアはコツコツと優雅に歩いていく。
聖女を幸せにするべく立ち上げた計画は、幸運なことに大した変則もなく順調に進んでいった。そして今日、ついに聖女がこの学園に入学する。
苦節十年、ただ推しである聖女のために努力し続けた毎日。原作通りのソフィアになれるように頑張って意識や口調まで変え、もはやそれが自然となるまで仕上がった。
(長い、長かった……でも、これからワタクシは報われていく……)
これからこの廊下で、ソフィアは聖女とのファーストコンタクトを取る。聖女がルーカスと接触した後、廊下で前を見ていなかった聖女がソフィアにぶつかるのだ。
当たり前だが、ソフィアはこの先何が起きるかを知っている。そうなれば避ける選択肢もある訳だが、ソフィアはわざとぶつかりに行く。それが本来のストーリーだからだ。
長い時間をかけて準備した計画、その初めの一歩が迫ってくる状況に緊張感が無いのかといえば嘘になる。しかしソフィアにとってこの計画が始まるということは、長年妄想の範疇でしか無かった本物の聖女に会えるということである。
会えるはずのない推し、長年切望してやまなかったその存在。前世から幾度とその姿を想像してきたか、もはや天文学的な数字になってしまうほどだ。
もうすぐ、聖女に会える。ソフィアはそう思うとつい口元が緩んでしまい、それを常備している扇子で隠す。
(だ、駄目よ、まだ笑っちゃ……こらえなくては……。本番はこれからなんだから……)
ソフィアは昂りそうな感情を必死に押えつつ、口元以外はまるで何事も無かったかのように悠然と廊下を歩く。
時たま脳内に大量のイマジナリー聖女が溢れてくるが、瞳を閉じたり、最近聞いた派閥の問題を考えたりとどうにか平常心を保とうとする。
そしてその事に意識を向けすぎていたのだろう。
ぷにゅ
「あでっ!」
「あらっ……?」
ソフィアは目の前まで迫っていたその者に気付けなかった。
予定なら先に姿を見ておき、心の準備を済ませるはずだったその者――聖女は、ソフィアの豊満な胸部に顔を埋めるようにぶつかり尻もちをつく。
「いてて……ご、ごめんなさい」
聖女が顔を上げる。
待ちに待ったこの瞬間、自分の人生を捧げていると言っても過言では無い人物。ソフィアは前世も含め、数多くの聖女の姿を想像した。しかし目の前にいる本物の彼女は、自分の想定などを遥かに超えた美しさを持っていた。
天使の輪がついてるような滑らかな黒髪、自然と心を許してしまう愛嬌ある顔立ち。パッと見は細く華奢な体には健康的な筋肉がついているように見える。
冬の青空を切り取ったような瞳は、真っ直ぐにソフィアを見つめる。
「……」
ソフィアは予想だにしてなかった聖女の容姿に、不意打ちだったことも相まって呆然としてしまう。外部から見ればなんとも言い難いあほ面だったが、幸いなことにソフィアは扇子で隠していたためそれを見られることは無いだろう。
「……あ、あの!」
数秒間、互いに見つめ合っていた状況を先に崩したのは聖女の方だった。
彼女は立ち上がったと思ったらすぐさまソフィアの顔にずいっと近づき、キラキラした目で見つめる。ソフィアと聖女の間には身長差があり、聖女は自然と上目遣いのようになる。
「私、アリシアって言います! お姉様はなんという名前なんですかっ!」
「そ、ソフィアですわ……?」
上目遣いの聖女。そのあまりにも強すぎる破壊力と名前を尋ねるものすごい気迫に圧倒され、ソフィアはただ素直に答えることしか出来なかった。
「ソフィア……なんていい響き! あの、これからソフィアお姉様と呼んでいいですかっ!?」
「え? よ、よろしくて……よ?」
ターンはずっと聖女にある。状況を整理しきれていないソフィアはただ流れで返答するのみ。
ゴーン――ゴーン――
「あぁっ、鐘が……私、次の授業に行かなくてならないので行ってきます! また後で会いましょう、ソフィアお姉様!」
「え、えぇ。また後で……」
台風のように去っていく聖女の後ろ姿を見て、ソフィアは混乱していた。予定していた展開にできず、流れで会話(?)をしてしまったこともあるが、何よりも原作での聖女とあまりにも展開が違っていたからだ。
この世界はゲームとは違う世界なのか、あるいは自分が転生したことによるバタフライ効果なのか。様々な可能性が脳内を巡り回るが答えは見つからない。
ただひとつ、明らかに言えることとして、あの聖女はソフィアの知る聖女では無いことが分かった。
「一体どうなってますの……?」