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『聖女伝説』
KAプロダクションが発売したRPG+乙女系ゲームであり、中世ヨーロッパのファンタジーな世界において、聖女である主人公が王国のありとあらゆる上流階級の跡継ぎが集う学園に入学することからストーリーが始まる。
程よい難易度で幅広い人が楽しめ、攻略対象のビジュアルの良さや王道な展開から世間の評価は高く、数々のプレイヤーを虜にしてきた。
限界社畜OLだった小野田も聖女伝説の大ファンであった。リサーチ不足でブラック企業に入社してしまい、大好きなゲームをする暇もなくただただ家と会社の往復だった毎日。
そんな中、たまたま遊んだこのゲームから小野田は運命の人とも呼べるくらいの推しができてしまう。
それは通常ならば王子などの攻略対象だろう。しかし小野田の推しは顔やボイスがない、セリフしか存在しない主人公である聖女だった。
世界を救う聖女として覚醒したものの、未熟だった彼女に降りかかる様々な困難を、王子たちの助けも借りながら健気に立ち向かう姿から元気をもらっていたのだ。
だからこそ、小野田は鏡に映る自分を見て、どうしてよりにもよってこの人物なんだと嘆かざるを得なかった。
「なんで……よりにもよってソフィアなの!?」
金髪縦ロールにキメ細やかな肌、明るく輝く宝石のような赤い瞳。齢五歳でありながら可憐さと美しさを併せ持った容姿。
肉体を酷使し続けた前世に、神様は褒美とも罰とも取れるような贈り物をしたようだ。
「これは、いったいどういうこと……?」
小野田とソフィアの記憶がごちゃ混ぜになり、ガンガンと大渋滞を起こしていた脳が少しずつ落ち着きを取り戻す。
冷静になってから改めて鏡を見るが夢だったなんてことはなく、鏡に映るその姿は紛れもない聖女伝説のキャラクター、ソフィアである。
(とりあえず状況を整理しよう……記憶が曖昧だ)
ソフィア・フォン・ローダリウス。
ゲームに登場する一人のキャラクターであり、序盤から中盤にかけて主人公の邪魔をするいわゆる悪役令嬢だ。
公爵家に生まれ、家系で珍しかった女の子だったこともあり蝶よ花よと育てられた結果、彼女は典型的なわがまま娘へと成長する。
望んだ物は全て手に入れる。気に入らない輩は徹底的に排除する。やりたくない事はやらない主義の高飛車お嬢様。そして攻略対象のひとりであるルーカス王太子の婚約者だ。
これはもちろん愛ある婚約などではなく、政治的思想が存分に入ったものだ。しかしソフィアだけは本気にしていた。
美男子で、高い知性を持ちならがらもずば抜けた身体能力がある完璧人間のルーカスに本気で惚れ込んでいた。
だから彼と親しくする聖女に強い嫉妬心を持ってしまった。
ソフィアが学園ローゼンタイムの二回生になった時、聖女が学園に入学してくる。
そして入学した初日に偶然ルーカスと主人公が接触し、寡黙でふわふわした彼女に興味を持ってしまう。ルーカスはゲーム内での攻略対象だ。つまり聖女とは自然と仲良くなっていく。それはソフィアとの関係値よりも圧倒的にだ。
それを悪役であるソフィアが黙って見ているはずがなかった。
彼女は聖女に対して陰湿な嫌がらせを始め、様々な妨害行為をしてくる。例えば教科書を隠したりだとか、パーティーに着ていくドレスを汚したりとか。
段々とエスカレートしていく虐めは隠すことができなくなっていき、最終的にはルーカスに気づかれパーティー会場で婚約破棄をされてしまう。
(ここまでがゲームのストーリーで描かれた展開だったはず……確か、その後は実家から勘当されて、適当な地方の貴族に売られるんだっけ)
ゲームでは婚約破棄をされた後、条件を満たすことでソフィアのその後を知れる。
ソフィアが虐めを行っていたと知った公爵家は、上流階級の者として恥ずべき行いだとソフィアを勘当し地方の悪名高い貴族に押し付けた。
プライドが高かったソフィアはそこで様々な辱めを受け、最終的には自殺の道を選んでしまう。
よくある破滅する悪役の結末であり、これがソフィアの人生だった。
(正直、ソフィアの境遇には同情する。婚約者が他の女性とイチャイチャしてるなんて、普通なら許せないもの)
ソフィアの記憶を見た小野田は、彼女のルーカスに対する思いを感じたことでより強くそう思う。
ソフィアは幼いながらもルーカスに対する強い執念を持っている。この年齢ならまだ数回しか会っていないはずなのに、ここまで拗らせれる人物が聖女に敵対心を持つのはおかしくないことだろう。
(はぁ、それにしたって、どうして転生した先がソフィアなの……そこら辺のモブ貴族に転生してくれたら、聖女ちゃんをゆっくり鑑賞できたのに……ハッ!)
ここで小野田に電流走る。
「ソフィアに転生したのなら、悪役令嬢を通して聖女ちゃんを助けれるのでは……?」
天才的なひらめきが降ってくる。
ソフィアはゲームで言う中ボスだ。聖女を邪魔し、排除しようと行動する。これは逆説的に言えば聖女に最も干渉している立場とも言える。
それを上手く扱い、悪役令嬢を演じつつも裏から聖女を助ければ、原作よりもっと聖女を幸せにできるのではないか。
「そうだ……それだ! 私がソフィアに転生した理由は!」
小野田は自分が転生した理由を見つけた。いや、そうでしかないと信じ込んだ。
普通に考えれば、聖女の助けになりたいのだったら悪役令嬢ではなく普通の令嬢として聖女と接すればいいことではある。
しかし小野田は聖女の幸せが私の幸せだと考える限界オタクであった。
小野田が思う聖女が一番幸せになる展開とはなにか。
それは原作通り王子、ないしはその他の攻略対象とのハッピーエンドである。そしてハッピーエンドにたどり着くためには悪役令嬢の存在が必要不可欠だ。ソフィアの存在が、聖女と攻略対象の仲を深める初めの物語になるからだ。
ついでにソフィア以外の聖女に対する嫌がらせや虐めを徹底的に潰し、原作通り婚約破棄まで持って行けば元のストーリーより更に良い。
婚約破棄した後はいい感じに公爵家から脱出し、隣国にでも行って平民として暮らせばいいだろう。
「完璧だ……完璧すぎる!」
聖女を誰よりも愛していると自負する小野田の、原作を熟知した脳は完全無欠な聖女お助けプランを創り出す。
深淵よりもずっと深いその愛情を原動力にし、毎日絶えず計画を練り、目標をめざして日々努力をする。
聖女はソフィアが学園に入学してから一年後に転入してくる。その日までに前準備を終わらせ、自分自身も原作通りのソフィアを演じれるように小野田は決意する。