6話 大正寺谷のあだ名決め
次の日 Sクラス教室
星宮との戦闘から翌日。
星宮は結局、問題なく、寮に戻れたと聞いた俺は少し安心して教室へ向かっていた。
「Aランクね〜…」
思ったよりAランクの強さは低かった。警戒するほどに強い連中でもいるのかと思ったが予想以下。そこまで強くないなと認識を改める。
今回の戦闘で得たものは多い。次考えることはSランクとの戦闘。俺と同じランクのSランクの生徒たちの実力はわからない。
戦闘になったら勝てるのかは分からないがなんとかなるだろう。
そう言う自信が俺にはあった。
そんなことを考えながら教室の扉を開けた瞬間、俺の足が止まった。
目の前の光景が俺を動揺させる。
「……は?」
教室内を見渡し、思わず声が漏れる。
いつもの見慣れたSクラスの空間が――明らかに、異常だった。
そこには、見たこともない連中が教室中にひしめいていた。
クラスメイトは確かにいる。けど、それ以上に圧倒的な人数の“知らない男たち”が、当然のような顔で席や壁際に立っている。
「……え、何この人数。アレ?もしかして俺、教室、間違えた?」
俺は慌てて後ろを振り返る。だが、そこにはしっかりと【Sクラス】のプレート。
いや、間違ってない。ここは俺の教室。何度も見プレートを見たが……間違いなく、俺たちSクラスの教室だ。
けど、そんなはずはない。こんな連中、昨日まではいなかった。
一体、何が起きて――
「って、まさか、……大正寺谷の時と…」
二日前、大正寺谷が決闘してた二人組を思い出す。
あの時の流れで、何かとんでもないことが起きた……?
大正寺谷に挑んだ人たちがこんなにもいるの?ええ…少しやりすぎじゃないかあいつ…
俺が混乱しながら中へ足を踏み入れようとした、その時。
「おいっ! お前、何があった!?誰だよ、こいつらは!」
響き渡ったのは、大正寺谷の怒声だった。
その声に、俺は立ち止まる。
……は?大正寺谷が連れてきたんじゃないのかよ?
まさか別の人が連れてきたのか?誰だよ連れてきたのは…
俺の予想がハズれたことに、さらに思考が混乱する。
「……じゃあ、マジで誰が……?」
疑問の答えは、教室の中央にいた男によって明かされた。
まさかの人物が謎の男たちを連れてきていた。
「お前……嘘だろ」
そこにいたのは――天野和音だった。
あの、ちょっと何考えてるのか分からない変人。常識人っぽいけどイかれてる、あいつが連れてきていたんだ。
なんでお前が複数人に囲まれるようなことを起こしているんだ?
彼の周囲には、数十人もの男子生徒たち。
整列するように彼の後ろに立ち並ぶその姿は、正直、異様だった。
「海野ではないか。昨日は大変だったな」
星宮との戦闘は特に大変ではないがお前はどうした!?
「大変って……お前、昨日の戦い見てたのかよ?」
「観客席から見ていた」
「……そういや、見ていたよな」
忘れてたわ。
冷静すぎる口調に、余計に不安になる俺。
そして、一番気になっていたことを訊ねる。
「で……この人たちは?お前が連れてきたと言うことはーー」
配下なんだろう?と言う前に天野が答えた。
「俺の配下だ。昨日と今日の放課後に挑まれて、増えた」
「…………は?」
理解が追いつかない。
配下?増えた?挑まれて勝ったからって、それで配下になるもんなのか?
ていうか、どんな理屈だよそれ。RPGじゃねぇんだぞ。
それに昨日と今日?まさかお前、俺が星宮との戦闘後にこいつらと戦闘していたってことか!?いくらなんでも挑まれ過ぎるだろ。数十人から挑まれるって何をしたんだ?
大正寺谷も何か言ってくれ、こいつやべーーん?
「……大正寺谷?」
隣で完全に固まっている“彼女”に声をかける。
目が泳いでいて、返事も返ってこない。まるでフリーズしたゲームキャラみたいだ。
「どうしたのだ?」
「お前らのせい」
天野が首を傾げる。無邪気にも思えるその表情。
周囲にいる男たちも一斉に反応を見せる。
『それはない!!』
声までそろってるのかよ。
……なんなんだ、この集団。
あと、お前が間違いなく原因だからな。自覚ないみたいだけど。
その時、教室の扉が開いた。
「おはーー……どういう状況?」
入ってきたのは、Sランク1位――紅谷だった。
紅谷も目の前の光景に唖然としている。そして、その後ろから風間が続く。
「紅谷、お前が止まってるぞ。邪魔だからどけ。うせろよ……って、なにこれ?」
風間も二度見するような顔で辺りを見渡す。
二人して扉の前で立ち尽くすもんだから、後続の生徒たちが詰まり始めていた。
「とりあえず、お前はこいつらを教室から出せ」
紅谷が静かに、だが鋭く言い放つ。
「何故?」
「“何故”じゃねぇよ!教室に人詰めすぎなんだよ!配下って理由で、全員連れてきていいわけじゃねぇだろ!」
紅谷の指摘に、天野は素直に従う。
珍しく、紅谷が大声で叫んでいたが無理もない。
チャイムが鳴ると同時に、彼の配下たちは何事もなかったようにぞろぞろと退室していった。
いや、ほんとに……何だったんだよ、あれ。
⸻
昼休み
「……はあ〜……疲れた…」
昼休み、大正寺谷は机に突っ伏していた。
朝から固まってたのが嘘みたいに、今はぐったりしてる。
疲れていることが分かるが俺も疲れている。原因は言うまでもないこいつだ。
「どうした? 授業についてこれなかったのか?」
天野が無邪気に尋ねる。
いや、お前のせいだろ。っていうか、お前が言うな。
「それは問題ないよ」
「朝の件か?」
俺が代わりに言うと、大正寺谷――しーちゃんは、こくんと頷いた。
「そうだよ……教室に、あんなに男子がいたら、そりゃびっくりするって……」
「何故?」
何故?も何もお前のせいだろ
「天野、お前のせいだぞ……あの集団、しーちゃんには無理だったんだよ」
「そうか?おかしくないだろ。男たちを連れてきて何が悪いんだ?」
本気で分かってなさそうだな、こいつ。
人との距離感とか、常識とか、そういう感覚が根本的にズレてるんだと思う。
その時、ふと大正寺谷がぽつりと呟いた。
「ねえ、俺のこと“大正寺谷”って呼ぶの、長くない? なんか、あだ名とかで呼んでくれていいよ。呼びやすいのがいいな」
唐突すぎて、一瞬言葉が詰まる。
「いきなりなんだよ」
「だって…違和感あるし」
「苗字に違和感があるとかどんな生活を送ってきたんだ?」
「苗字に違和感があるとか普通はないぞ…」
いきなりどうした?メンタル豆腐にでもなったか?
「下の名前の“豪”は?」
とりあえず、名で呼べばいいだろ。
「それは……男っぽいから、嫌」
少し戸惑いながらも、はっきりとそう答える。
普段は男っぽい言動なのに、こういう時に“女の子らしい”反応を見せる。
それが、妙に彼女らしい気がした。
だが、豪呼びも嫌なのは意味がわからん。
「じゃあ、“たっちゃん”とか?」
「却下。もっと女の子っぽいのがいい」
うーん、難しい……。なんて呼べばいいんだ?
俺と天野が悩んでいると、ふと頭に浮かんだ。
しーちゃんはどうだ?正は確か"ショウ"と呼べる。そこからとって"し"で伸ばしてしーちゃん。
あらやだ、俺天才
「じゃあさ、“正”の字から取って、“しーちゃん”とか?」
俺が思いついたことを伝える。
「しーちゃん……?」
一瞬考え込んだ後、ふっと笑みを浮かべる。
「うん。しーちゃん、いいね。それでいこうか」
「決まりだな。しーちゃん、これからよろしくな」
「よろしくな、しーちゃん」
「ふふっ、なんか照れるけど……うれしい。ありがとう」
教室の窓から差し込む光が、しーちゃんの柔らかな笑顔を照らす。
朝の混乱も、男だらけの異様な光景も、今はなんだか遠い出来事のように思えた。
そうして決まった新しい呼び名。
“しーちゃん”。
可愛らしくて、優しさがにじむようなその名前は、
誰よりも彼女――いや、“しーちゃん”にぴったりだと、俺は思った。
……もちろん、それは心の中だけで留めておいたけどな。
大正寺谷のあだ名をしーちゃんにしました
いちいち大正寺谷を書くよりかなり楽・・・
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