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第肆話:神楽と夜見

森の社にやってきて二日が経過した。

 猿から逃げた疲れも完全に癒え……飯をくれた神楽のおかげか、少し気持ちも楽になっていた。


 それに気のせいかもしれないが、神楽から貰う桃や葡萄を食べてから調子がよく、今までより霊力が使いやすい。


 今も実家にいたときからの日課である霊術と治癒の術を練習しているのだが……体感だけど、出力が上がっている気がしてるのだ。


「……もう意味ないんだけどな、やらないのも違和感あるし」


 今ままで家のために頑張っていたこの日課。

 追い出されたしやる意味はない気がするけど、今言ったとおり十年ほど続けていたこの日課を止める方が変なので今日もそれをこなしていた。


「なにしてるの夜見?」


「……日課? そう聞く神楽は何してたんだ?」


「……今日の分の果物取ってきてた」


「まじか、ありがとな――後で一緒に食べようぜ」


「うん」


 割と正体不明なここでの食事の果物。

 危険なものかもと思って一応それが実っている木を見せて貰ったのだが、何の変哲のないものだった。


 それにしては満足感が高いとか色々あるが、一応害はなさそうだからこうして安心して食べることが出来ている。


 そんなこんなで日課を三時間ほどこなして、食事の時間。

 二人で小屋に集まり桃を食べ、少しの穏やかな時間を過ごし――俺はずっと気になっていた事を聞くことにした。


「そういえば神楽はなんでここにいるんだ?」


 明らかに危険な森の中で一人暮らす少女。

 人ではないのは分かるし目隠しと手枷を付けた風貌から隔離されているのは分かるのだが……接してみて全く危険ではないと思うし、何故こんな場所で放置されているのかが分からなかった。


「私が生まれちゃいけなかったから」


「ッなんでだ?」


「忌むべき神、禍津神(まがつかみ)だから」


 そのときの彼女はいつもと違って少し悲しそうだった。

 自分から聞いたこととはいえ、優しい彼女にそんな表情をさせるのは嫌で……話題を変えようとしたのだが、上手く言葉が出てこない。


「気にしなくていい、もうずっと前の事だから。私は気にしてない」


「……ごめん」


「だから気にしてない、それより夜見の事聞かせて?」


「……俺の事?」


「うん――ずっと悲しそうな色してるから、気になって」


 そうやって彼女に聞かれた俺は少し悩んだが、彼女に自分のことを話すことを決めた。恥ずかしいし、何より価値がない俺の事を話すのは気が引けたが……神楽が言葉を待っているので答えないのは違うと思ったから。


 それから話したのは今までの事、優しかった頃の父親のことや家のこと覚えた術のこと、そして自分を慕ってくれていた妹の事を話したのだ。


 ……でも話しているときに少しずつ辛くなってきて――そしてなんでこんな価値のない俺がこの世界に生まれたんだろうと……少し思ってしまった。


「凄い頑張ったんだね夜見は」


 そしてそうやって俺の話を聞いてくれた彼女は、俺の欲しかった言葉は何の見返りもなくくれたのだ。


「あり、がとな――そう言ってくれると……助かる」


「偉いよ、私はすぐに諦めたから。うん偉い――だから泣かないで」


「……泣いてないぞ」


「強がらなくていいよ、なんとなく分かるから」


 それから彼女は俺へとゆっくり近づいてきて、器用に俺の手を包み――囁くようにこう続ける。


「夜見は私を怖がらないでくれた……嬉しかったの、初めて誰かとご飯を食べたから、一緒に寝て夜見の暖かさを感じたから――貴方がいたから初めて楽しかった、だから夜見は凄いよ。私は長く生きてるけど、生まれて初めてこの数日が楽しかったんだ」


「……俺たいした事全くしてないぞ」


「ううん、私と一緒に過ごしてくれただけで十分だよ――私と出会ってくれてありがとう夜見」


 ……なんでこの子はこんなにも俺の欲しい言葉をくれるんだろうか。 

 なんでこんな優しい子が一人で隔離されないといけないのだろうか? そんな事実に俺はムカついた。昔の人が何を考えたか分からないし、分かるつもりはないが……俺は彼女を助けたいと思った。


「なぁ神楽、その手枷と目隠しって外せないのか?」


「……無理だと思う、私を封じる呪いそのものだから」


 そう言われて俺は改めて彼女の枷と目隠しを見る。

 ずっと鍛えてた霊術によってそれの正体を理解したのだが、これは彼女から神威と妖気を呪いに変換して呪詛返しを用いて彼女を縛るという外法に近い術が編まれている事、そして実態が無いことに気がついた。


 これは呪いそのものであり……つまり解呪の術を使えば、彼女を解放することが出来るかもしれない。


 これを解呪するリスクは計り知れない。

 自分にそれが降りかかれば何が起こるか分からないし、最悪普通に死ぬ可能性があるからだ――でも、俺は曲がりなりにも回復と解呪は鍛えてきたんだ。


 何度も練った。何度も使った……それだけに今の人生を注いできた。

 無理かもしれないなんて考えない、それに自分が呪いを受けようとも俺は彼女を解放したい。これは俺のエゴだけど、彼女に外を見せてみたい。


「神楽はここから出たことないんだよな?」


「そう……だけど」


「海って知ってるか、めっちゃ蒼くて綺麗でさ……他にもこの世界には綺麗な場所が沢山あるんだよ。なぁ神楽、俺からの恩返しだ――外に出ようぜ」


「――待って夜見」


「いいや待たない――高天原に神留(かむづ)まります、神漏岐(かむろぎ)神漏美之命以(かむろみのみことも)ちて」


 祝詞を唱え、術を練る。

 自分の全力を注ぎ、命すら犠牲にしても良いという覚悟で、そのまま霊力を彼女の枷に注いでいき――。


「……消えた、なんで?」


 ……そして枷が消えて目隠しが外れる。

 そのときに見ることが出来たのは驚いた表情の初めて見る神楽の素顔。

 そこにあったのは今まで見たことのないような程に、透き通った綺麗な琥珀色の瞳をもった少女の顔で。


「……綺麗だな」


 そんな感想を浮かべて、俺は反動からかその場で意識を失った。


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