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神霊夢想奇譚

作者: 柚月 ひなた

 本編1万字。

 後書きに約2000字の後日譚があります。

 お楽しみ頂ければ幸いです。


挿絵(By みてみん)



「ああ、()いなぁ。金色(こんじき)は可愛い、癒される」


「れ、煉夜(れんや)さ、んぷっ」



 煉夜(れんや)はたじたじと自分の名を呼んだ金色(こんじき)——その名の通り、金色(きんいろ)に輝く髪と()()()()()()()()を頭に生やした少年を、(ふく)らみのある自分の胸へ()き込んだ。


 ふわりと陽だまりの匂いが鼻孔(びこう)をくすぐり、両の腕に納まる小さな身体から幼子特有の高めの体温が伝わる。


 ぬくもりが心地良く、いつまでもこうしていたい、と思えた。


 だが——幸福な時間は、次に聞こえた声によって無情にも終わりを告げる。



(あるじ)様。お楽しみのところ申し訳ないのですが、そろそろ……」



 背後から「こほん」と、(わざ)とらしい咳払いが一つ。


 振り返れば、狩衣(かりぎぬ)を着た背の高い男が立っていた。

 髪は燃え立つ炎のような真紅(しんく)

 側頭部に羽根の髪飾りが添えられている。


 開かれた切長の瞳は(つや)のある暗い赤、赤銅(しゃくどう)の色だ。



守橙(しゅちょう)、邪魔するな。私は今忙しい」



 煉夜(れんや)守橙(しゅちょう)——自分の〝式神(しきがみ)〟から顔を背けて金色(こんじき)の頭を撫でた。


 絹のように(すべ)らかで触り心地の良い髪だ。

 耳はもふもふしていて(やわ)らかい。

 顔を(うず)めたい。



(ぼう)()でてるだけでしょう。務めを果たさねば、またどやされますよ」


「嫌だ、行かぬ。代わりなら(いく)らでもいるだろう」


「主様の代わりが務まる者など早々いません。ほら、駄々をこねてないで行きますよ」



 煉夜(れんや)(まと)った白衣(はくえ)の首根っこを掴まれ、金色(こんじき)から引き離された。


 狭い家屋の中、すぐ近くにある外へと続く戸に引き()られて行く。


 この式神、主人に対して無礼である。

 振り(ほど)こうにも腕力では勝てぬ。



煉夜(れんや)さん、守橙(しゅちょう)さん、気を付けて行ってらっしゃい」



 金色(こんじき)が手を振り見送っている。

 何とも良い笑顔を浮かべて。


 離れるのが恋しいのは自分だけなのか。

 やはりくっつきすぎて鬱陶(うっとお)しいと思われてるのだろうか。


 無性に(さび)しい気持ちとなった。



嗚呼(ああ)……金色(こんじき)……っ!」


「今生の別れじゃないんですから。帰ったらまた存分に()でれば良いでしょう。(ぼう)、留守を頼みます」

「はい!」



 (すが)る様に手を伸ばすも今度は担ぎ込まれてしまい、()(すべ)なく連行された。


 ——務めとして()された、(あやかし)(はら)(たたか)いへと。






 時は平安の時代。


 京に(みやこ)(きず)かれ、貴族の力が強くなった王朝では日々権力争いが繰り広げられる。


 そんな表舞台の裏側——。


 いつの頃からか、世には〝(あやかし)〟または〝(もの)()〟と呼ばれる魑魅魍魎(ちみもうりょう)怪異(かいい)跋扈(ばっこ)するようになっていた。


 怪異が現れるは、逢魔ヶ刻(おうまがどき)


 人々が固く門戸を閉ざすその刻限。


 煉夜(れんや)守橙(しゅちょう)と共に、夕闇の支配する森の中を駆けた。


 空には満ちた月が煌々(こうこう)()り、満天の星と共に輝いている。

 こういった夜は決まって(あやかし)(ざわ)めく。


 月明かりの届かぬ暗がりには陰鬱(いんうつ)とした気が()れこめ、風が木々の葉を揺らして「ざわざわ」と不気味な音を(かな)でていた。



「このところ(あやかし)どもが騒がしいな」


「凶事の前兆とも取れますね。噂では出雲(いずも)にあった災厄(さいやく)の封印が解けたそうですよ」


「出雲の災厄……か」



 煉夜(れんや)は都を守護する神々に支える(かんなぎ)


 (たまわ)った神威(しんい)により、(なが)き時を生きて来た。


 出雲の災厄かあったのは幾年(いくとし)だったか——と思考を巡らせるが、大分昔の事で朧気(おぼろげ)にしか思い出せない。


 ただ、単なる災厄(さいやく)では無かったように思う。



(むし)ろ……災厄と呼ぶには、あまりに人に有益(ゆうえき)な何かであったような……。

 ……何か、大切な事を……私は忘れているような……)



 と、疑問が胸に落ちた。






 月が雲に覆い隠され、夜の闇が増して行く。

 途端に(よこしま)な気が強くなり、煉夜(れんや)は足を止めた。


 頭頂部で(まと)めた黒髪が(なび)いて視界に映り込む。


 煉夜(れんや)は、はらりと眼前に舞った髪を払い退けると、己の得物(えもの)——長い()の先に、弓張り月の形をした刃を取り付けた薙刀(なぎなた)を構えた。



守橙(しゅちょう)、来るぞ」



 告げると同時に、木の合間から有象無象(うぞうむぞう)妖共(あやかしども)が現れた。


 姿形は千差万別。

 「グギャギャギャ」「ギチギチ」と言った奇声を発している。

 知性があるのかすら怪しい。



今宵(こよい)小物(こもの)が大漁ですねぇ」



 守橙(しゅちょう)が胸の位置に右手を(かか)げる。

 と、手のひらに炎が生まれ、それを向かってくる(あやかし)の群れへ放った。


 炎は一瞬にして広がる。

 しかし、守橙(しゅちょう)の〝神炎(じんえん)〟が燃すのは邪気(じゃき)を宿した(あやかし)のみ。

 森へ広がる心配はない。


 煉夜(れんや)は薙刀に己の霊力を()め、浄化のために(ふる)う。

 斬って、()いで。

 霊力の乗った斬撃派を飛ばし——。


 

 そうして、群れる(あやかし)を討伐して行った。



 金色(こんじき)を拾ったのも、こうした有象無象を(めっ)している時だ。


 (あやかし)一括(ひとくく)りに言っても、その種類は多岐に渡る。


 金色(こんじき)のような人型も珍しくはない。

 (おに)天狗(てんぐ)(きつね)はその代表格だ。


 知性を兼ね備えているため人間のような集団社会を形成し、対話が可能な個体も多く存在する。


 しかし、お(かみ)——煉夜(れんや)を使役する〝()〟は(あやかし)を毛嫌いしている。


 

「世の秩序を乱す、不浄なるもの。

 見つけ次第、(ことごと)くを滅せよ」



 とのお達しだ。

 煉夜(れんや)もその命に従って、これまで数多(あまた)(あやかし)を無慈悲に(ほふ)って来た。


 それが何故、金色(こんじき)を連れ帰り()でているのか。



 ——きっかけはある。



 金色(こんじき)は出会った時、手負いであった。

 有象無象(うぞうむぞう)()まれた体は血に(まみ)れ、命の灯火(ともしび)は消えかけていた。


 だが、人型と言えども(あやかし)

 掛ける情は不要だ。


 金色(こんじき)を捕食しようと群がった(あやかし)諸共(もろとも)、浄化すべく薙刀を振りかざした。


 その時。

 金色(こんじき)神威(しんい)を授かった際に柘榴(ざくろ)色へ変色した煉夜(れんや)の瞳を恐れず見て、言った。



「助けて」



 と。輝く黄金(こがね)色の瞳で。


 あの色。

 闇の中で光輝く黄金(こがね)色を目にした瞬間、言い知れぬ懐かしさと、ある情景が脳裏に浮かんだ。


 一面を(おお)いつくす、暖かくて柔らかな金色(きんいろ)に包まれて眠る、優しい夢——。


 穏やかな表情を浮かべて、眠りにつく自分がそこにいた。

 

 神に仕える(かんなぎ)として、()()()()姿()()()()()()り果てた煉夜(れんや)は、夢の情景の様な終焉(しゅうえん)に焦がれた。


 だから、だろう。

 気付けば金色(こんじき)を救い、連れ帰っていた。


 無論、守橙(しゅちょう)にも(とが)められた。

 (きつね)は人を()かす事もあるし、お(かみ)(あやかし)(かこ)っている事が露呈(ろてい)したら、それこそ大事になる。


 それはわかっていたが、自分でも(ぎょ)しきれぬ衝動だった。


 回復して目覚めた金色(こんじき)——身の上を話そうとせず、名がわからなかったので見た目の色から名付けた——は、窮地(きゅうち)を救った自分を、恩人と(した)った。


 人の(わらべ)と変わらぬ無邪気さで、感情豊かに接して来る金色(こんじき)

 接している内に、煉夜(れんや)に変化が訪れた。


 来る日も、来る日も、戦い、戦って。

 殺し、コロシ、ころし——(あやかし)と呼ばれる不浄の物を浄化する(殺す)


 そのように血生臭(ちなまぐさ)闘争(とうそう)に明け暮れる日々で擦り減らし、希薄(きはく)になった感情が一つ、二つ……と、(よみがえ)って来たのだ。



 喜び、怒り、哀しみ、楽しむ。



 (なが)らく忘れていた人間らしい感情を思い出し、心が(おど)った。


 苦痛しか感じていなかった生に希望を与え、煉夜(れんや)を癒す黄金色(こがねいろ)の光。


 それが金色(こんじき)だ。



「——粗方(あらかた)、片付きましたかね」



 思考する(あいだ)も体に染みついた動きで得物を振り回し、いつしか周囲に(あやかし)の影はなくなっていた。


 一瞬にも思える時間だったが体感よりも大分、長い刻限戦っていたのだろう。


 東の空が(わず)かに(しら)み始めている。

 


「帰るぞ、守燈(しゅちょう)


「はいはいっと」



 今宵の務めは果たした、と煉夜(れんや)緋袴(ひばかま)を履いた(あし)(きびす)を返した。






◇◇◇◇◇




 煉夜(れんや)の居住は、都から離れた僻地(へきち)

 霊山近くの川の(ほとり)にこぢんまりと存在する。


 家に帰りつくと、入ってすぐの(くりや)敏速(びんそく)かつ快活に働く金色(こんじき)の姿があった。



「あ、煉夜(れんや)さん、守橙(しゅちょう)さん、おかえりなさい! もうすぐ朝餉(あさげ)の準備が整いますからね」



 帰宅に気付いた金色(こんじき)が、純真無垢(じゅんしんむく)屈託(くったく)のない笑顔を浮かべた。


 笑顔の何と(あい)らしい事か。

 煉夜(れんや)は雷に撃たれたような衝撃を受けた。


 

(あやかし)? いいや——)



「天の御使(みつか)いがいるぞ、守橙(しゅちょう)金色(こんじき)天上(てんじょう)(もっと)(とうと)き神が(つか)わされた神使(しんし)に違いない」


(あるじ)様……」



 守橙(しゅちょう)憐憫(れんびん)を帯びた瞳で射抜いて来る。



「何故そんな目で見る。

 幼き金色(こんじき)が私を(ねぎら)うばかりか、私の(ため)に率先して食事の準備をしてくれているのだ。

 感動しかないだろう?」


「…………そうですね」



 盛大な溜息を付かれた。


 式神に人と同じような感性を求めるだけ無駄か、と結論付け(さと)すのは諦める。

 

 そんな事よりも金色(こんじき)を抱きしめ、()でたい衝動に駆られた。


 だがしかし。

 まずは身を(きよ)めねば金色(こんじき)(けが)してしまう。


 煉夜(れんや)()でくりまわしたい気持ちをぐっと(こら)えて、水浴びと着替えに走った。






 大急ぎで身支度を整えて戻ると、(ぜん)に乗った朝餉(あさげ)が座敷に準備されていた。



煉夜(れんや)さん、冷めないうちにどうぞ」



 と(うなが)されて席へ着く。


 一汁三菜(いちじるさんさい)

 米、味噌汁、焼き魚、漬物、煮物。


 ほかほかと湯気が立ち上っている。

 出来立ての温かい食事だ。


 ごくり、と(のど)が鳴った。



「頂きます」



 両手を合わせ、糧になる食物と調理してくれた金色(こんじき)に感謝する。


 (はし)を取って(わん)を持ち、おかずを(ついば)んだ。


 食事も金色(こんじき)と出会ってから思い出した楽しみの一つ。

 しっかりと噛み締めて頂く。


 じんわりと口内に広がり、舌を(にぎ)わせる食材の味に頬が(ゆる)んだ。



「どうですか?」


嗚呼(ああ)……美味(うま)いな。特にこの魚が別格だ。守燈(しゅちょう)が採って来た物か?」


「あ、それは僕が捕まえたんです。そこの川で」



 〝そこの川〟というのは、煉夜(れんや)が身を清めるために利用している、()()で満たされた川だ。


 煉夜(れんや)は手を止め、(そば)に控えた守橙(しゅちょう)が「は!?」と大きな声を上げた。



「ぼ、(ぼう)、川に入れたのか?」


「え? はい。普通に入れますし、泳げますよ?」


「あ、いや、そういう事ではなく。あの川は……それにその魚は、神の——」



 不思議そうに首を(かし)げる金色(こんじき)と、慌てふためく守橙(しゅちょう)

 二人の対照的な様子が可笑(おか)しくて、煉夜(れんや)は吹き出した。



「くくっ! そうかそうか。ならば尚更(なおさら)味わって食べねばなぁ」


(あるじ)様、呑気(のんき)に笑って食べてる場合じゃ……!」


(とが)める事は出来んよ。私もお前も『不用意に外に出るな』とだけ告げて、話すのを忘れていたし、何より金色(こんじき)()()()()()()



 守燈(しゅちょう)が顔面を手で覆って、みっとも無い(うめ)き声を上げた。

 


(まあ、無理もない)



 川は水の土地神が住まう神域(しんいき)

 あそこに住む生物は微々たるものだが神格を帯びている。


 (ゆえ)(おか)してはならないとされており、禁を破った者には土地神の裁きが下った。

 付け加えて言うなら、川を流れる神水(しんすい)(よこしま)な存在には毒となる。


 だが、それを金色(こんじき)が知るはずもない。

 そして今、こうして平然としている姿を見るに、かの神は(とが)める意思がないようだ。



金色(こんじき)が神の御使(みつか)いというのは、(はか)らずも遠からず、かもしれないな)



 そのように思考巡らせていると、予期せぬ客が訪れる。



「おおーい。邪魔するぞー」



 返事をする前に引き戸を()る音がして、家屋の入口から男が二人、入って来た。


 海の様に深い紺青(こんじょう)色の長く毛先の(とが)った髪を束ね、(まと)(きら)びやかな衣装を着崩した粗野な男と、男より明るい天色(あまいろ)の短い髪の若い男だ。


 若い男の方は、きっちりと狩衣(かりぎぬ)を着こなしている。



「おぉ? お前さんが(めし)とは珍しい」



 満面の笑みで無遠慮に部屋へ上がり込んだ粗野な男は、髪色よりも濃い藍色(あいいろ)の瞳をこれでもかと見開いた。


 男の行動に驚いた金色(こんじき)が、弾かれたように煉夜(れんや)の背へ回る。


 煉夜(れんや)は溜息を吐き出してお椀を置くと、男——煉夜(れんや)と同じく神に仕える(しょう)の一人である男を(にら)みつけた。


 連れ立った供は初めて見る顔だが、きっとその道に足を踏み入れた者だろう。



「無作法が過ぎるのではないか? (そう)殿」


「何を今更。数十年来(じゅうすうねんらい)の付き合いだろう。

 このところ音沙汰(おとさた)がないから、どうしているかと思えば……ふむ」



 (そう)と呼んだ男が、煉夜(れんや)の背に(すが)って隠れる金色(こんじき)(のぞ)き込んだ。


 笑みが消え、すっと瞳が細められる。



妖狐(ようこ)(わらべ)か」


妖狐(ようこ)!?」



 (そう)に供だった若い男が声を上げて、(ふところ)から〝()〟を取り出した。



(はら)わねば、今すぐに!!」



 興奮した様子の若い男が(うった)えかけるような視線を(そう)へ送る。

 今にでも暴れ出しそうな雰囲気だ。



「全く、主が主なら、従者も従者だな。守燈(しゅちょう)


「はい」



 守燈(しゅちょう)が瞬時に男の背後に回り、体を(おさ)え込んで地へ押し付けた。



「私の平穏を乱しに来たのなら、即刻お帰り願おう。それとも、(やいば)を交える事をお望みか?」


「いやいや、お前さんと事を構えるつもりはない。……恐ろしさは身に染みてるからな。

 湊音(みなと)、ちょっと外に出てろ」


(そう)(かみ)!!」



 煉夜(れんや)は目配せで守燈(しゅちょう)に指示を送る。

 と、(さっ)した守燈(しゅちょう)湊音(みなと)と呼ばれた若い男を(かか)えて、屋外へ出て行った。



「悪いな。あれで一応優秀な弟子なんだが、過去に色々あってなぁ。人一倍、(あやかし)を憎む気持ちが強いのさ」


「無駄話はいい。何をしに来た?」



 良く知らぬ相手の身の上話を親身に聞く趣味はない。

 さっさと本題に入れ、といつの間にか座り込んだ(そう)を、じとりと見やった。



鬼気(きけ)(まつり)()(おこな)われる事になった。お前さんも『朱雀(すざく)一柱(ひとはしら)として参列せよ』との勅令(ちょくれい)だ」



 鬼気(きけ)(まつり)とは妖気(ようき)(はら)(のぞ)くための祈祷(きとう)の儀式だ。



「……気が進まぬな」

「神々への不忠は相変わらずだなぁ。気を付けろよ、このところ宮中の雲行きが怪しい。あまり不遜(ふそん)に振る舞っていると、()を追われるぞ。

 その妖狐(ようこ)も出来るだけ早く手放した方が良い」



 (そう)が眉を吊り上げ、真顔で説いてくる。


 この座に(すが)りつく理由もないので、そうなれば願ったり叶ったりなのだが、この男が知る(よし)もなし。


 善意からの進言だ、受け止めるのが吉だろう。



忠言(ちゅうげん)は心に留めておく」



 煉夜(れんや)は告げて、話が済んだのならさっさと帰れとの意味を込めて、追い払う仕草をして見せた。


 (そう)が肩を(すく)めて立ち上がる。



「冷たいねぇ。茶の一つもないのか?」


「報せもなしに訪れて、どの口が語るのやら。

 招いてもいない客を歓迎してやれる寛容(かんよう)さは、生憎と持ち合わせていなくてな。

 とっとと()ね」



 声色(こわいろ)を下げて(にら)みを利かせると、(そう)は「おー、怖い怖い」とわざとらしく体を震わせて「邪魔したな」と立ち去った。






 静まった室内で、煉夜(れんや)は盛大な溜め息を吐き出す。

 穏やかな時間を邪魔された苛立ちと、お(かみ)からの招集に気が重くなったのだ。



「あの、煉夜(れんや)さん……」



 背に隠れたままの金色(こんじき)に呼ばれて振り返る。

 金色(こんじき)(うれ)いた表情で、耳を()れさせていた。


 予期せぬ来客と、向けられた敵意のせいだろう。

 煉夜(れんや)金色(こんじき)(なぐさ)めようと、頭を撫でた。



「驚かせたな、すまない」



 すると金色(こんじき)はふるふると首を横に振り、そうして何を思ったのか。


 ——煉夜(れんや)に抱きついて来た。


 こちらから抱きつく事はあっても、金色(こんじき)からというのは珍しい事だ。



「どうした? 恐ろしかったか?」


「違うんです、煉夜(れんや)さんが……」


「私が?」


「とても、苦しそうに見えて。僕を抱きしめる時は、いつも楽しそうにしていたから、だから」


金色(こんじき)……」



 まさか自分を心配しての行動だとは思いもしなかった。


 何と優しい子だろうか。

 と、胸が熱くなる。


 煉夜(れんや)金色(こんじき)を抱き締め返した。


 確かな鼓動と、広がるぬくもり。

 今感じている温かさに、偽りはない。


 例え、(たばか)られているのだとしても——それでもいい、と煉夜(れんや)は思えた。





 それから数日の(のち)


 煉夜(れんや)は都で()(おこな)われる事となった鬼気(きけ)(まつり)へ参列した。


 なるべく目立ちたくはなかったが、神楽舞(かぐらまい)の任を与えられてしまい、仕方なく鈴を手に炎を(まと)わせ舞った。

 (やく)(はら)い、神に奉納する舞を。






 その裏で、金色(こんじき)に危機が迫っているとも知らずに——。






 憂鬱(ゆううつ)な務めを終えた夕暮れ時。


 帰宅した煉夜(れんや)はいつものように家屋の戸を開け、家の中へ入った。


 だが——いつもならば真っ先に出迎えてくれるはずの声と姿が見えない。



「……金色(こんじき)?」


「あれ、(ぼう)は何処へ行ったんですかね? (かまど)に火も付けっぱなしで」



 部屋の中を見回しても、金色(こんじき)は見当たらない。


 出て行ったのだろうか。

 しかし、出掛けに言葉を交わした時は——。



「美味しい夕餉(ゆうげ)を用意して待ってますね!」



 と、笑顔で送り出してくれた。

 (くりや)にもその痕跡(こんせき)がある。

 約束を守ろうしていたのだろう。


 なれば、何故。


 煉夜(れんや)(みょう)な胸騒ぎがして家を飛び出した。



「主様!」



 あてなどあるはずもない。

 闇雲に探したところで見つかる望みは薄い。


 けれども——導かれる様に、足が向いた。

 逢魔ヶ刻(おうまがどき)の、森の中へと。






 直感が告げるままに駆けて、幾分(いくぶん)か過ぎた時。



「ぎゃあああっ!!」



 男の悲鳴が響いた。

 どこかで聞いたような声。


 煉夜(れんや)は声のした方へ駆けた。






 ——そうして辿(たど)り着いた先で目にしたのは、尻餅(しりもち)を付き(おび)える金色(こんじき)と、肩から血を流して転がる湊音(みなと)の姿。


 その対面には美しき衣を(まと)い、扇子(せんす)(かか)げる白髪(はくはつ)の女の姿があった。



金色(こんじき)っ!」


煉夜(れんや)、さん……!」



 煉夜(れんや)は二人と女との間に、体を(すべ)り込ませた。

 何故、(そう)の弟子の湊音(みなと)が共に居るのか、という疑問はひとまず置いて置く。



「おやぁ、邪魔が入りんしたねぇ」



 上品で高い女の声。

 前方を見やると、(べに)を差し、(つや)のある唇が(あや)しく()を描いた。


 雰囲気でわかる。

 女は——人間(ひと)ではない、と。



守橙(しゅちょう)!」


「ここに居ますよ、主様」



 名を呼べば式神は応えた。

 炎と共に現れて煉夜(れんや)薙刀(なぎなた)を手渡し、(そば)に立つ。


 煉夜(れんや)は受け取った得物の切先を女に向けた。



「いややわぁ、誤解せんとください。

 うちはその子を助けようとしただけです。そこの青いお人から」



 女は扇子(せんす)で口元を隠し、目尻(めじり)の上がった菖蒲(あやめ)色の瞳を金色(こんじき)湊音(みなと)の順に送った。


 女が嘘を言っている可能性もある。

 どういう事か、と煉夜(れんや)湊音(みなと)(にら)みつけた。



「あ、(あやかし)(はら)うべき悪だ!

 (そう)(かみ)も、貴女も何を血迷っているのですか!?」



 打ち震えた湊音(みなと)眉間(みけん)(しわ)を寄せて眉尻(まゆじり)を上げ、憎悪を(あら)わにしている。


 「過去に色々ある」と言った(そう)の言葉が思い起こされた。


 このご時世、珍しくもない話だが——。


 害意を持って金色(こんじき)に近付いたのだと思うと、ざわりと感情が(うごめ)いた。

 それと同時に、自分の見通しの甘さを()いて唇を噛んだ。


 昔馴染みの弟子だからと油断していた。



人間(ひと)はみぃんな、同じことを言わはりますなぁ。

 人間(ひと)()き者、(あやかし)()しき者、と。

 なんで言い切れるのやろなぁ?」



 (さげす)むような女の視線と声が降って来る。


 狡猾(こうかつ)(あやかし)の言葉に耳を貸す必要はないが、人間が必ずしも善でないという点には共感出来た。



「まあええやろう。うちの目的はその子です。大人しゅう渡しとぉくれやす?」


金色(こんじき)を? 何のために」


「さぁて、それを答える義理はあるんやのん?」


「私の庇護下(ひごか)()る者を、理由もわからず託せるはずがなかろう?」


「ふぅん、えらい大切にしてるんどすなぁ?

 それとも愛玩(あいがん)動物としてでっしゃろか。

 たまにいはるんよね、うちらを飼い慣らそうとする(おろ)かなお人が。

 あんたもその(たぐい)やろ?

 素直に(おう)じひんちゅうのなら、ちぃとばかし痛い目にあってもらいますえ」



 パチンと軽快な音を鳴らして女の扇子(せんす)が閉じられる。


 すると、木々の合間の闇から有象無象の(あやかし)が現れた。


 煉夜(れんや)は得物を持たぬ左手で素早く印を結ぶ。

 金色(こんじき)湊音(みなと)を守る結界を張る(ため)に。



(けつ)!』



 発声すると三角錐(さんかくすい)の光の膜が二人を個別に覆って展開した。



(みやび)やかに踊っとぉくれやす」



 扇子が煉夜(れんや)に差し向けられ、(あやかし)が大挙して襲い来る。


 小物ばかりだが(ひゃく)二百(にひゃく)——いや、それ以上かもしれない。


 煉夜(れんや)は静かにそれらを見据えて、(つか)を握る手に霊力を()めた。


 刃へ霊力が伝い、白い波動がゆらめく。


 そして、地から(てん)へ。

 空を斬る様に()ぎ払った。


 ——霊力の宿る刃の軌跡は陣風(じんぷう)を生んだ。


 激しく吹き荒れる風が邪気を(はら)んだ(あやかし)を巻き込んで、(まばゆ)い光の洪水となり空へ昇る。


 一振り。

 煉夜(れんや)はその一振りで(すべ)てを浄化した。



「なんとまあ……」



 女は驚愕(きょうがく)に言葉を失ったようだ。

 呆然と立ち尽くしている。


 守橙(しゅちょう)がくつくつと笑った。



有象無象(うぞうむぞう)では、如何(いか)に数を(そろ)えようと主様のお相手は務まりませんって」



 その様子を横目に、煉夜(れんや)は女へ向けて刃を突き出し、告げる。



()ね。退()かぬというなら、次はもろとも浄化するぞ」



 女も命は惜しかろう。

 「我ながら甘い考えだ」と思うが無下に散らす必要もない。


 けれども、女は引かなかった。



「よろしおすえ。ほんならうちも手加減致しまへん」



 女が両手を広げて目を見開く。

 と、その周囲で炎が立ち(のぼ)って衣装と白髪をはためかせた。


 眼球の白眼が瞳と同じ菖蒲(あやめ)色に染まっていく。

 頭頂部、白髪の間から白い獣の耳、背からは長い尾が幾本も生え、さらには炎が全身を包み込んで——。


 次に炎が晴れた時、女はとある獣へと変化していた。






 毛色は白銀(はくぎん)

 (ふん)は長く耳が立ち、体は細く、尾は太く長い。


 〝(ここの)つ〟の尾先に炎を(とも)した、時に瑞獣(ずいじゅう)として語られる事のある(あやかし)



「あ、ああ……っ!」



 湊音(みなと)戦慄(おのの)いた。

 予想外の大物に慌てふためくのはわかるが、(わめ)いたところで何が変わるわけでもない。


 煉夜(れんや)は至極冷静に、本性を(あら)わにした女の恐ろしくも美しい姿を視界に(とら)えた。



「ふむ、九尾(きゅうび)(きつね)か」


(ぼう)は凄いのに目を付けられていますねぇ」


「何を事も無げに……!

 貴女が優れた霊力の持ち主である事はわかりますが、一介の(かんなぎ)の手に負える者ではありません!

 (そう)(かみ)……蒼の守をお呼びしなければ!」


「なんだ、(そう)様に聞いてないのか?」


「何をですか!?」



 湊音(みなと)は完全に取り乱している。

 守りの(ため)に張った結界を解こうと、拳を光の膜に打ち付け「出して下さい!」と叫んだ。



『やかましおすなぁ。

 そないな(さえず)らんでも、すぐに終わらしたるわ』



 (ここの)つに又分れした尾が(おうぎ)状に広がる。


 (とも)った白炎(はくえん)が渦を巻き、うねる巨大な一塊(いっかい)となって煉夜(れんや)達を襲い、(もたら)された熱を煉夜(れんや)は甘んじて受け入れた。



()けもしいひんの? ほな、さいならどすなぁ』

「うわあぁぁ!!」



 灼熱(しゃくねつ)の中、湊音(みなと)の絶叫が響く。


 結界は揺らがず健在。

 害が及ぶはずもないのだが、目先の光景に惑わされて正常な認識が出来ないのだろう。



煉夜(れんや)さん、煉夜(れんや)さん!」



 炎にまかれた自分を心配する金色(こんじき)の声が聞こえた。



狼狽(うろた)えるな、金色(こんじき)。私は大丈夫だよ」

「でも、炎が……!」



 ただの人であったなら一瞬で消し炭となっていただろうが——生憎と死ねぬ身体だ。


 それに()()この身を焼く事はない。



「ふふ。ぬるい(ほむら)よ。まるで篝火(かがりび)だ」


『なんや、余裕そうやねぇ。まだまだありますえ、ぎょうさん味おうとぉくれやす!』



 九尾が次々と白炎を撃ち出すのが見えた。

 煉夜(れんや)自身は、(いく)ら炎を浴びようと何ら問題はないが——。



煉夜(れんや)さん、逃げて下さい!」



 これ以上、金色(こんじき)を心配させる訳にはいかない。



守橙(しゅちょう)


「二人の事はお任せ下さい、主様」



 守橙(しゅちょう)が二人の前へ立ち、新たに結界を施すのを見届けて、煉夜(れんや)は左手の人差し指と中指を立て印を結び、唱える。


 反撃の一手を投じるために。






『〝天之四霊(てんのしれい)朱雀(すざく)神将(しんしょう)〟が、(つと)みて五陽霊神(ごようれいしん)に願い(たてまつ)る』



 ()れは神降ろしの儀。



『害気を攘払(ゆずりはらい)し、四柱神(しちゅうしん)鎮護(ちんご)し、五神開衢(ごしんかいえい)悪鬼(あっき)(はら)い、奇動霊光四隅(きどうれいこうしぐう)衝徹(しょうてつ)し、元柱固具(がんちゅうこしん)安鎮(あんちん)()んことを』



 炎が踊るように煉夜(れんや)の周囲を舞った。

 


解咒(かいじゅ)朱雀(すざく)! 急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!』



 祝詞(のりと)により(じょう)が外され、煉夜(れんや)の内側に眠る神威(しんい)が目覚める——。

 

 神なる力が煉夜(れんや)を包み、閃光(せんこう)が辺りを覆いつくした。



『なんやの!?』


 

 煉夜(れんや)は光に(まぎ)れ、炎の中から()()


 ——と、神風(かみかぜ)が吹いた。



九尾(きゅうび)其方(そなた)(なが)き時を生きる者ならば、知っているはずだ。我が名を」



 煉夜(れんや)は月を背に、右手に(たずさ)えた薙刀へ力を()める。

 白炎を凌駕(りょうが)する炎の力を。


 九尾へ向かって滑空し、頭上より躯体(くたい)を一閃。



『ああああ!』



 煉夜(れんや)に斬られた九尾は血飛沫(ちしぶき)を上げ、青き炎に焼かれた。



嗚呼(ああ)ッ! おまえは、朱雀(すざく)

 またしても、またしても邪魔をするんか!!』



 地上へ降り立った煉夜(れんや)の背には、輪郭が赤丹(あかに)に揺らめく緋色の翼、着物の帯のように長く、孔雀青(くじゃくあお)紋様(もんよう)の差した尾羽根(おばね)が伸びていた。


 都を守護する四神(ししん)一柱(ひとはしら)朱雀(すざく)


 煉夜(れんや)は神霊の器。

 (いな)。長年宿した力は魂と深く結びついており、最早(もはや)現人神(あらひとがみ)()っていた。



「〝またしても〟の意味はわからぬが、我が平穏を奪わんとする〝敵〟は容赦(ようしゃ)せぬ。覚悟は()いな」



 翼と尾を(ひるがえ)して、穂先(ほさき)を九尾に向ける。



『おのれ! おのれえぇ!

 口惜(くちお)しや……あと少しで〝天狐(てんこ)〟に届いたものをぉ! なんたる屈辱(くつじょく)! この借りは、いつか必ず……!』



 九尾は腹の底から絞り出した低い声で、怨嗟(えんさ)(こも)った言葉を残して、その身を炎へ転じた。

 そうすることで一瞬の内に空を駆け、去って行った。






 煉夜(れんや)は燃え(がら)が残した軌跡を見つめて——。


 寸刻(すんこく)(のち)静寂(せいじゃく)の訪れた森に脅威(きょうい)()らず、と判断を下して静かに(ほこ)神威(しんい)(おさ)めた。



「——煉夜(れんや)さん!」



 身体に軽い衝撃が走る。

 振り返れば、背に金色(こんじき)が抱き着いていた。


 眉尻(まゆじり)と耳を()れ下げ、瞳に涙を溜めている。



「大丈夫ですか? 痛いところは? どこも怪我してませんか?」



 この幼子(おさなご)は何故、自分にここまで心を砕いてくれるのか。


 恩人だから、にしてはあまりにも過分な気がする。

 少し不思議に思う事もあるが、誰かに思われるというのは悪くない。


 煉夜(れんや)金色(こんじき)を抱き返し微笑んだ。



「ありがとう、金色(こんじき)。私は大丈夫だ」


「ほんとですか? (うそ)じゃないですよね?」


「ああ。この通り、かすり傷一つないよ」



 少し離れて全身を見せると(ようや)く納得したらしい。



「良かった……無事で」



 安堵した金色(こんじき)向日葵(ひまわり)のような、黄金色(こがねいろ)に輝く笑顔を咲かせた。


 きっと表面に見えている部分が全てではなく、底の見えぬ事情が金色(こんじき)の根底にも存在するのだろう。


 けれど、この笑顔を見ていると全て些末(さまつ)な事だと思えてしまう。






「帰ろう、金色(こんじき)


「はい、煉夜(れんや)さん!」



 手を繋ぎ合わせて帰路に着く。






 人間(ひと)(あやかし)(かみ)


 お互いに(かか)えるものが何であれ、繋いだ手を離す事なく握り続けよう——と、この夜、煉夜(れんや)(ちか)った。



挿絵(By みてみん)


 拝読ありがとうございます!

 ここからは二つの後日譚(ごじつたん)となります。



◇◇◇◇◇



 あの一夜から数日後。


 煉夜(れんや)の元を(そう)と共に訪れた湊音(みなと)は、煉夜(れんや)守橙(しゅちょう)金色(こんじき)が見守る中、地面に(ひたい)を擦り付けて見事な土下座を披露(ひろう)してみせた。



(あけ)(かみ)! 大変申し訳ございませんでした!!」



 (あけ)(かみ)とは煉夜(れんや)の事だ。

 朱雀(すざく)神将(しんしょう)である事から、(おおやけ)ではそう呼ばれている。


 どうも湊音(みなと)金色(こんじき)(はら)おうと勝手に行動した事を、(そう)(ひど)(とが)められたらしい。


 心から反省しているのは態度からもわかったが、煉夜(れんや)の溜飲は下がらなかった。


 煉夜(れんや)(まも)りの術が施された家から金色(こんじき)を連れ出し、ともすれば危うい状況になっていたかもしれないのだ。


 どんな罰を与えてやろうか、と思った。


 けれども——。



煉夜(れんや)さん、僕は何ともありませんから。許してあげて下さい」



 と、金色(こんじき)は言った。

 煉夜(れんや)の怒気に当てられて、見っとも無く震える湊音(みなと)を背に(かば)いながら。


 自分に(あだ)なそうとした者に、なんと慈悲深いのだろう。

 そう言われては、許すしかない。


 怒りを飲み下し「二度目はない」と(きゅう)を据えて、この件は(しま)い。


 ——となるはずだった。


 (そう)が余計な事を言わなければ。



「しかし何のお(とが)めなしとはいうのもな」


金色(こんじき)が望まぬ事はせぬ」


「あの冷徹無比(れいてつむひ)朱雀(すざく)神将(しんしょう)が、えらい変わり様だなぁ。

 ……おまえさんを変えた妖狐(ようこ)、か」



 数秒、(そう)(おもんばか)ってそれからとんでもない事を言い出した。



湊音(みなと)(しばら)(れん)のとこで世話んなれ。

 罪滅ぼしと思って、こいつが務めに出てる間、金色(こんじき)を守護しろ」



 湊音(みなと)は顔を上げ、驚いた様子で(まばた)きを繰り返した後、首を大きく縦に振った。

 「誠心誠意、お仕え致します!」と、再度地面に(ひたい)をつけて。



(そう)殿! 勝手に決めるな」



 当事者を置いて進む話に、煉夜(れんや)(いきどお)った。



「事情を知ってる味方がいたほうが、おまえさんも動きやすいだろ?

 聞いた話じゃ九尾(きゅうび)天狐(てんこ)と、随分(ずいぶん)(やから)に好かれてるそうじゃないか」


「だが……!」



 反論しようとした煉夜(れんや)の頭を、おもむろに(そう)()でた。


 煉夜(れんや)金色(こんじき)に接する時のように、優しい手つきだ。



(れん)。俺もおまえさんも、(しょう)として人並み外れた力を持っているが、万能じゃない。

 おまえさんが人と距離を置く気持ちもわかるが、元来(がんらい)人間(ひと)とは一人では生きて行けぬものだ」


「知らぬ。私は一人で生きて来た」



 (なが)い時の中で、誰かに寄りかかった事など……記憶にはない。



「これまではそうだったかもしれん。

 が、今は金色(こんじき)がいるだろう?」



 (そう)の言葉に煉夜(れんや)は息を飲んだ。


 一人で生きて来たといいつつ、金色(こんじき)(ほだ)され、あの手を離さないと思ったのは自分だろう、と。


 言ってる事とやっている事が矛盾(むじゅん)している。



「まあ後は、湊音(みなと)に見識を深めて欲しいって思惑もある。

 人と(あやかし)。お(かみ)(がん)として相容れぬと言い張るが、()してそんな事はないと思っているしな」


「……お前こそ、不忠の臣ではないか」


「ははは! 長年おまえさんを見て来たせいかもなぁ。

 お互いに(えき)がある提案だ、悪くないだろう?」



 にっと口角を上げて(そう)が笑った。

 毒気が抜かれるような、(まばゆ)い笑顔。


 (はかりごと)とは縁遠い愚直なこの男の事だ。

 本心であろう。



「……わかった。(しばら)くの間だぞ」



 煉夜(れんや)は溜息を吐き出し、ついでに頭を撫で続ける(そう)の手を退けて、提案を受け入れた。






 ——こうしてもう一人、新たな居候(いそうろう)を迎えて、煉夜(れんや)の日常は一段と(にぎ)やかなものとなって行った。






◇◇◇◇◇






 煉夜(れんや)(あやかし)の討伐へ(おもむ)いたある晩の夜。


 護衛の(てい)居候(いそうろう)する湊音(みなと)が寝静まったのを見計らって金色(こんじき)は外へ出た。


 すぐ(そば)にある川の(ほとり)で夜空を見上げる。


 煉夜(れんや)に見せる無邪気な幼子(おさなご)の姿ではなく——()()()姿()で。


 視線を落とした川の水面(みなも)に映るのは、彼女よりも少し背の高い成人した自分の姿。


 毛色は()()

 これこそが、本来()るべき姿だ。


 だが——。


 体中に電撃が走った。

 比喩(ひゆ)ではなく、(まさ)しく電撃だ。


 ()れは金色(こんじき)の力を封じる(のろい)



「うぅ……っ!」



 駆け巡る痛みにうずくまり、苦悶(くもん)()らす。


 (しばら)くすると痛みからは解放されたが——代わりに体は幼子のもの、毛色も金色(きんいろ)に変容していた。



忌々(いまいま)しいな。(いま)だに封印の影響がある」



 金色(こんじき)は、なんとも頼りない自分の両手を握り締めた。


 (ようや)く眠りから目覚めたと言うのに。

 これでは()()()()()()を果たす事も出来ない。


 だがあの夜、彼女と邂逅(かいこう)したのは運命だ。

 天は自分を見捨ててはいなかった。



「……煉夜(れんや)



 金色(こんじき)は自分を()で、大切にしてくれる煉夜(れんや)の姿を思い出す。


 彼女に妖術(ようじゅつ)による(まど)わしは()かない。

 煉夜(れんや)の行動は彼女自身の意思だ。



(なが)き時で僕の事を忘れてしまったのは哀しいけれど……でも、いいよ」



 再び()えた事の奇跡に比べれば、それくらい何てことない。

 想いも思い出も——これからまた(つむ)いで行けばいいのだから。


 金色(こんじき)煉夜(れんや)へ向ける真心は、見た目に相応(ふさわ)しく演じている部分はあっても、(いつわ)りのない感情だ。



「そして今度こそ……。

 ——君に死の安らぎを。

 約束通り、望まぬ永劫(えいごう)の生から救ってみせる。必ず」



 ふと見上げると、輝く星が()(えが)いて空を流れた。


 金色(こんじき)は空へ手を伸ばす。

 この願いが届くように、と想いを込めて。






煉夜(れんや)。君の身体も心も魂も——全て僕のものだ」






◇◇◇◇◇



 拝読頂きありがとうございます!


 こちらのお話は元々、長編を想定して構想していた物語なので、今回の短編では多くの謎を残しての着地となりました。


 企画がきっかけとなり書き上げた作品とはなりますが、こちらも作者の(へき)と沢山の愛を詰め込んでおります。

 中二病はデフォルトです。


 現在は別の長編をメインに執筆しているため、今すぐにというのは難しいかもしれませんが長編化する構想は一応あるので、もし興味を()かれましたら応援して頂けると嬉しく思います。


 お話の中で出し切れていない設定等、活動報告にまとめますのでそちらも宜しければ。

 ここまで長々と目を通して下さり、ありがとうございます!!




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