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9:かなしみ

 激しい吐き気と腹痛で目覚めた。自分の居る場所が判らず混乱したが、流石に発狂はしなかった。

 個室で寝かされていた。時間は…23時だった。

 喉が乾いた…水が欲しい。腹部の痛みが酷い。嫌な冷や汗がずっと出ている。

「そうだ、出産したんだった。あの子は無事なの?」

 無意識にペタンコになった腹部を撫でながら、ひとりごちる。手術用ホチキスで留められた傷に手があたる。ルキの反応が無い。ルキはいない。すぅっと背中が寒くなった。真夏のクーラーの効いた部屋とはいえ、こんな寒気を感じる筈がない。不安と恐怖での寒気だろう。

 嫌な汗が流れる。深呼吸をする。ゆっくりと、ゆっくりと。深呼吸をする。

 昏睡中の事を色々と思い出す。手術後、両親と姉、橋本さんが入れ替わり立ち替わりやって来てくれていた。何度もうわごとを繰り返す私の言葉を律儀に聞いてくれていた。

「お母さん、お父さん、色々と助けてくれてありがとう。子供は無事?…姉ちゃんは?」

「姉ちゃん、色々と助けてくれてありがとう。子供は無事?…お母さんは?」

と呆れる程にく繰り返す私に、両親と姉は呼ばれる度に入室して対応してくれていたのだ。

 橋本さんの事は呼ばなかった。出産費用の一部でさえも、彼は用意してなかったのだ。橋本さんの扶養にならず別々にしておいて良かったと、この時程、思った事はない。

 橋本さんを知る人達は彼のこういう所を知らないから、私が浪費家の我が儘な駄目な妻だと噂されていた様だった。

「奥さん、節約って言葉を知ってる?ダンナに負担ばかり掛けてちゃ駄目だよ。アナタ無職で貯金も無い癖に家事から何までダンナにやらせてる、おんぶにダッコの神経。奥さん、アナタおかしいよ。アタマの病院に行った?」

 産休中のある時、橋本さんの同僚の人に面と向かって言われた時はショックだった。

 私は無職じゃないし、自分のお金は自分で稼いだお金で賄ってる。橋本さんの借金さえ私が肩代わりして支払いしてる。家事も全て私がやってる。

 橋本さんは勤務以外の何もしない。入院中に橋本さんによってアパートの床に沢山のカビを作られ、産後2週間のキツい身体に鞭打ってカビ取りをした私は何なのか。

「いやいや、そう言ってくれるなよ。彼女も頑張ってるんだからさ」

 橋本さんはヘラヘラ笑って応えてる。

 妊娠してからの彼は変わった。毎晩帰宅が遅くなった。仕事を頑張ってるのかと思いきや、ダーツにのめり込み合計200万、ゲーム課金や友人との飲み会等で別途100万円も注ぎ込んでいた。橋本さん自身の借金も返済していないのに。

 橋本さんは今回私が長期入院した事を誰にも言わずにいた様だ。

 彼は遊興費の為に消費者金融に入る所を見られた咄嗟に付いた言い訳として、私が何も橋本さんに言わず実家に帰り、橋本さんのお金も通帳ごと私が全部持って行き、それが原因で借金した事にしてたのだ。

 隠れてキャッシング等の借金をしていたのをここで知った。…彼の借金を私が精算・肩代わりしてるのを知っているにも関わらず。

 出産に関しての全ての費用、その後の子供関係の費用も何もかも。全て私の保険や会社からの保障やお給料から出している。

 目眩がした。

 私は、愚かだ。

 余りの事に口がきけなくなり、黙っていたら言いたい放題にされた…サンドバックだ。悔しくて情けなくて涙が出た。

「女はいいよな、泣けばいいと思ってさ。男は損だな、女が極悪でわざわざ親切に正してやってんのに、泣かれたら男が悪人にされる」

「まぁまぁ…」

 橋本さんが暴言男性を宥める。貴方の伴侶が暴言を受けてるのに?何故ヘラヘラニヤニヤしてるの?

 入院も橋本さんの暴力が原因だ。主治医からも下手したら人殺しで、虐待と傷害で警察に通報出来ると提案された程だ。この事を他者に知られない様にお願いした私の気持ちは何なのか。

「真実も事実も一切、知らない赤の他人である方が、よくも私の事をつらつらと罵倒出来ますね。万が一貴方の認識が異なっていたら…」

「オレが間違ってるなら今すぐ謝罪するわ。ここで土下座してやってもいい」

 話している途中で、そう尊大に言い、地面を指す。

「他には?誹謗中傷ですから、それなりの賠償を頂きますが、宜しいですね?」

「賠償とかウケるわ。おーおー、出してやるよ。アンタが証拠出せるならな!」

 暴言男はお酒も入っているせいか気が大きくなってゲラゲラ笑っている。

「待てよ、落ち着けよ」

 橋本さんが慌て始めるが、もう遅い。橋本さんが始めた事だ。

「では此方をご覧下さい。私の健康保険証と社員証です。産前産後休暇中なので勿論、無職ではなく無給でもありません。彼ではなく、私の勤務先から出産一時金が出ましたし、私が契約支払いしている保険から保障が出ました。此方は約70日分の入院証明書です。妻が出産等の入院期間中に夫が自宅管理をするのは当たり前ですよね?幼児じゃないのですから。通帳については内容をご覧下さい。全て彼の為のお金です。別途、彼の借金を私が肩代わりしております。子供のお金も私の収入で全部賄ってるので、彼が家族の為に負担してるのは家賃と光熱費のみ。食費等のお金も私が出しています。ここの支払いも私です。尚、彼の収入は私の倍もありますが。如何ですか?」

 誰もが知ってる企業の健康保険証と社員証、受け取って来たばかりの診断書、橋本さんの通帳を見せた。

 橋本さんは真っ青。暴言男性も真っ青。

「如何ですか?」

 男性二人は黙っている。

「橋本、この健康保険証と社員証は偽物だよな?」

「お疑いなら、どうぞ所属確認なさってください。業務が業務ですから、この時間に所属確認で電話しても繋がります。新人以外は私を知ってる人が出ます」

「橋本、聞いてた話と違うが」

「主人の言葉を信じて下さった事、深く感謝します。しかし他家の配偶者の事を、どんな理由が有ったとしても公共の場で罵倒なさるのは、人として社会人として男性として如何かと」

「はしも」

「きちんと証拠を示しました。ご自身で提示なさったお約束も守れないのですか?」

 暴言男性は、嫌々その場で土下座しようとした。…のを制止する。

「公共の場での土下座は不要です。謝罪と賠償を」

「あ?」

「聞こえませんでしたか?公共の場での土下座は不要。謝罪と賠償を」

「お前!やり過ぎだろ!」

橋本さんが怒鳴る。

「貴方が始めた事です。貴方の子供を宿し体調を崩した妻を守りもせず、くだらない愚かなカップルの堕胎話に乗せられ、酔った勢いで妻の腹部を殴り入院に追い込み、あまつさえ自分の快楽の為に他者に嘘を吹き込み妻を罵倒させ喜んでる、貴方の、始めた事です。この方は貴方の為に、加害者になった被害者です。元々男尊女卑の考えをお持ちのご様子ですから、女をやり込めたかったのでしょうね」

 冷ややかに伝える。

「帰宅後、じっくりお話しましょう。で、謝罪と賠償は?」

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