5:23から…初めての恋
架線メーカーを退職して、直ぐに転職活動をした。
ご縁が有り、百貨店の店内案内に決まった。元々よく伺う百貨店の好きな店舗だ。学歴から絶対に入れない企業だったから、決まった時には大泣きした。ルキには自己肯定感が低すぎだと呆れられた。
入社して、同じ苗字の外商部長がわざわざ私の顔を見に来て下さった。実父と顔が似ているから多分、親族だろうと思った。
何故か外商部長に気に入られて、よくお声を掛けて頂く様になり、それに続いて人事部長、課長もよくお声を掛けて下さる様になる。百貨店は女性が多い職場…有り難いが、またトラブルになった。
入社して2ヶ月。熱が下がらず。医師の診察を受けたら難病の可能性を示唆され、直ぐに退社して治療に専念する様に指導を受ける。セカンドオピニオンを受けたが同様の結果。
前世の記憶が脳裏に現れては消えていく…。
今回は彼に会えずに終わるのかと思ったら、悲しくて情けなくて絶望に襲われた。未だあえていないし再会したとしてもどうなるのか判らないのに、何故、私は彼を強く求めるのだろう。
「お前は大丈夫、俺がついてるから」
ルキはそう言って優しくつつんでくれた。
「いつだって、お前は乗り越えて来た。そうだろ?」
ルキはいつだって優しい。厳しい言葉が出る時もあるが、その言葉だって私の為の言葉だ。
「ありがとう、ルキ」
退職の挨拶に伺った際、人事部長から働ける様になったら戻って来る様にとお言葉を頂いた。
それだけで、もう、十分だった。
大好きなお店で働けた事、その偉い方々から良くして頂いた事、私は忘れない。
「え?誤診ですか?」
病気の専門医の元へ紹介状を持参で伺い、検査結果を聞いた時に腰が抜けた。
「症状が似ているから、誤診する医師が結構いるんだよ。大丈夫、君はまだ生きていけるよ。先の事は判らないけど、今の所はね。とにかく、よく寝て、よく食べ、よく運動すれば問題ないよ」
同席していた母も継父も涙を浮かべて喜んでくれていた。
「な、大丈夫だろ?」
ルキの声も聞こえた。
誤診だったという事も有、再就職活動を開始した。
百貨店へ戻るという選択肢も有ったが、要らぬトラブルの中に戻るのも嫌で、別の職業を選んだ。
運送会社の支店事務員として働く事になった。
運賃計算から入金・支払等のデータ作成管理から、ドライバーの制服の洗濯、休憩室の掃除、昼食手配から色々…営業担当から情報がこなければ毎月末月初は深夜3時迄事務所で1人黙々と仕事をするのが当たり前の状況だった。しかもパートで時給700円。これでは前任者も辞めるだろう。
とあるドライバーさんと倉庫担当者にエレベーターで一緒になると痴漢紛いの事を受けたり、セクハラを受けたり本当に嫌だった。支店長に言っても埒が開かず、何も判らなかった私は、同じ支店の先輩女性に相談した。しかし彼女達からは馬鹿にされたり妄想妄言だと貶され、告げ口されたり、ドライバーさん達からの扱いは余計に酷くなった。
そんな状況だったが後任は見つからない、自宅から徒歩10分圏内だった事も有、どうにか日々を過ごしていた。
…後日、他支店の社員さん数名から「それは事務の仕事を逸脱している、その支店はおかしい!だから事務員がよく辞めていったんだ!」とお言葉を頂き、しかも本社人事へ言ってくれたそうで、少し状況は良くなった。
この時、持つべき者は力のある社員さんなんだな…と痛感した。
運送会社へ入社して1年が過ぎた。業務内容は余り変わらず。しかしお昼休憩だけはしっかりとれる様になった。
配車担当が親のコネで昇進する事になり、本社へ栄転する事に。その代わりの人が今日、支店に来るらしい。
前情報では「独身でキャバクラ好きな人」らしい。とんでもない前情報だ。しかしこの運送会社、社長以下役員はキャバクラが好きだと聞いているから、この会社にいる限り、役員が変わらない限り、こちらに余計な被害が無い限りはいいのではないか?と思っていた。
「ここが事務所」
支店長が新しい配車担当者を誘った。心臓がドコンっと鳴った。ドクンじゃなくドコンだ。よく判らない胸のざわめき。でもこの感覚は以前感じた事がある。
お昼休憩中で珍しく他の人はおらず。事務所も私しかいない。
「お疲れさまです」
胸のざわめきを抑え、立ち上がって一礼する。
「あぁお疲れ。彼が新しい配車担当の佐藤くん」
支店長が彼に私を紹介する。
「佐藤です、よろしく」
引き付けられる。男性なのに高めの声、さっぱりとした短髪にメガネ。その奥の瞳。私よりほんの少し高い背。
あぁ…出会ってしまった。
彼が私の、この身体の、1人目の人。
配車担当と私の仕事は密接していた。
佐藤さんが判らない事を私がサポートする事も多かった。
私はあの人の事を忘れた事はない。
でも私ではない何かが佐藤さんを欲していた。自分なのに、別人の様だ。
「1人目だから惹かれるのも仕方ない。言っただろう?魂と身体では相手が違うと。だから仕方ないんだ」
ルキはそう言ってくれたが、私が私では無い様で怖い。
「私は、あの人しかいらないのに。どうして…」
「…」
ルキは答えてくれない。どんどんルキが遠くなっている。
ここから私としての経験というか記憶かは判らない。
私はこの後、新部署の配車担当として栄転する事になった佐藤さんに告白し付き合う事になった。
佐藤さんは競馬が好きで初デートが競馬場だった。緊張し過ぎて話が出来ない。
佐藤さんはキャバクラに行ってる事も話もしてくれた。交際して暫く経って、何故か行きつけのキャバクラに連れて行かれ、彼のお気に入りのキャバクラ嬢や他の女性達とも意気投合してしまった。私がお酒が飲めない事と何故か彼女達に気に入られた事で私の飲食代は彼女達が持ってくれた。有り難いやら申し訳ないやら。
佐藤さんは他にも色んな所にたくさん連れて行ってくれた。電話やメール、プレゼントも頻繁にくれ、疲れている時でも多忙な中でも、時間を作ってくれた。ご自宅(ご家族と同居)から遠いのにわざわざ会いに来てくれた。ご家族の事も詳細を聞かせてくれ、ご両親に紹介したいとまで言ってくれた。
佐藤さん曰く、私といると癒されるし救われる。駄目だと思った事でさえ、好転する。交際している事を知らせていないのに、本社役員達から私の話が頻繁に出てとても評判がいい。私と出会い交際を始めてから、何もかもが言い方向へと進んでいる。ずっと守るから、これからも側にいて欲しい。離れないで欲しい。
…でも私は知っていた。佐藤さんが妹さんの親友と婚約した事を。彼女は他社社長令嬢で彼女と結婚すれば玉の輿にのれるし、社内地位も上がる事を。
私は彼に別れを告げ、数ヶ月後、運送会社を退職した。
佐藤さんは別れたくないと言ってくれたし、泣いてくれた。彼は彼なりに私を大切にしてくれた。大事にしてくれた。他者から溺愛されてると言われた程だ。その理由がなんであろうと。佐藤さんに言いたい事、伝えたい事が有った…でも飲み込んだ。きっといつか解ってくれる。
両親を含む他の人には別れたとのみ伝え、理由も何もかもをずっと黙っていた。他人は知らなくていい。内側の人が知っていればいいのだから。