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 両親と義母に連絡して離婚に至った仔細を伝えた。

 …勿論、颯への殺人未遂もだ。あの准一の様子だと、虐待や殺人未遂はアレが初めてではない様な気もした。気付かなかった愚鈍な自分に嫌気がさした。

 両親と義母はそれぞれが離婚を経験しているから離婚については責められなかったが、准一の言動については激昂していた。

 義母には電話口で泣いて詫びられ、直接会って詫びたい、今後も祖母として颯を見守らせて欲しいとまで言ってくれた。沖縄からでは大変だから、その気持ちだけで十分だと伝えた。


 各方面に報告し、手続きを確認する。

 管理会社に連絡して退去の旨を伝えた。手続きの事で相談したいとアポをとった。今の管理会社は小さな会社で高齢の女性社長が一人でやっている。最近ここに管理会社が変わった。

 元々の管理会社で私達は契約をしていた。私が初めての一人暮らしをしていたアパートの管理会社でもあった以前の管理会社は、本当に対応がいい加減だった。詳細を残すと枚挙に暇がない程なのでここには残さないが。

 大家さんは昔からの大地主の一人で、食品工場も営んでいたキチンとしている女性だ。だから見限ったのだと思う。

「管理していた三喜さんの対応に益田さんが困ってて。ほら、益田さん宅はすぐそこでしょ?元々世間話をする間柄ではあったんだけど。橋本さんのいるマンション、ちょっと色々あって管理会社を一カ所に出来ないからね。で、良かったらウチにと冗談で言ったら、ウチに決まっちゃったのよ」

 持参したお菓子と一緒にお茶を出してくれながら、あっけらかんと社長は言う。

「橋本さんの事は益田さんからよく話が出てたのよ。この何十年と大家をしてきたけど、会った事の無いタイプで大切にしてくれて嬉しいって。大家さんの大事な財産を貸して貰ってるって言ったんだって?」

 マンション駐車場と駐輪場に明らかに住民以外が使用してゴミ放置があるので、住民以外に貸出してるか連絡した時か?それとも風呂掃除中に床が抜けた事があった。その時の事か?

 本来は管理会社を通すべき案件だが前述の通り三喜はいい加減で数ヶ月たっても動かない。

 だから大家さんに何か遭ったら直接連絡の許可を元々取り付けていた。

「益田さんは代々大地主だし沢山物件をもっている。良い事も悪い事も報告連絡相談して、代替案も提示する店子はいなかったと感動してた。私も初めてよ。そもそも私自身も橋本さんの様な考え方には至った事は無かったから目に鱗だったわ」

 社長は何故か興奮していた。

「で、新居は決まったの?」

「いえ。市内でと思っているのですが。子供可で予算5万円だとなかなか見つからなくて…」

「じゃ、ここ見て来てくれる?一時間したら感想を聞かせて欲しい」

 と物件情報と鍵を渡された。

 立地も日当たりも最高な物件だ。社長は私達の為に事前に用意してくれたのか?…ありがたい。

「家賃はちょっと予算より出るけど、ここの大家さんとはいくらでも交渉出来るから」


 事前に用意をしてくれた事へありがたい気持ちと申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。

 真夏で気温もかなり高い。薄く曇ってはいるが太陽の光が見え隠れしており、最高の散歩日よりでもあった。途中のコンビニで爽健美茶を購入し、歩く。

 街頭が余り無い住宅街の中にある物件で、南側だけ道路に面している。紹介いただいたのは築30年以上の2階建てアパートの1階部分だ。外観はとても綺麗だ。

 ベランダが無いが縁側みたいになっており道路との境界線までの約2mは庭の様になっている。洗濯物を干す場所には屋根が無いし、道路に面しているから洗濯物を干したまま出社は難しい。最悪、盗まれる。全4世帯物件の割に共用スペースは広いが洗濯機置き場が共用廊下だった。

 紹介された部屋は物件入口側で道路からもよく見えた。

 先ずノックを軽く2回。鍵を開けて扉を開く。挨拶をしてお辞儀をする。訪問の意図を告げてから入室し、全窓を開けて空気の入れ替えをした。

 キッチンは玄関と一体化。多分6畳程だ。北側で隣家と距離が近い為か電気が無いととても暗い。しかも小さい電気のみ。窓はあるが曇りガラスではないので階段から室内が見渡せそうだ。カーテンレールが無いから電気の件と併せて相談が必要になるだろう。

 トイレと風呂は別で内装が[The昭和]な感じで懐かしい。バランス釜だがシャワーもついていた。手入れ方法も判っているので、こういう時、コールセンターとはいえ、ガス会社に勤務していて良かったと思う。

 居室は4畳と6畳の続き和室二間で6畳に小さな押入有。部屋は窓が大きいからかとても日当たりがいい。大雨と強風時は窓を開けられないが、この縁側に座ってお茶を飲むのは最高だと思う。実際に座って爽健美茶を飲んだら最高だった。しかもエアコンを使っていないのに室内は何故か快適な室温だった。

「颯と二人で住むにはお部屋の配置的に家具がおけないから手狭。颯のお部屋が必要になる歳が近いから短期しか住めない。でも、私一人だったら、絶対に住みたい」

 時々人が通ると漏れずに覗かれるのが難点だ。他は大家さんに相談すればいいだけだ。

 一度道路に出て物件全体の観察に行く。1階隣室を遠くから再確認。なるほど、部屋は1部屋のみ南の道路側になっている様だ。視線を上げて2階部分も見た。同じ構造の様子。こんな感じかと頭の中で間取図を組立てる。楽しい。

 共用スペースから直接庭に入れた。隣室との境も無い。防犯に柵が必要か。そのまま縁側に座る。

 ここに入居したら颯は最初に希望していた小学校の学区になる。駅からは徒歩10分。颯を生んでから薬の副作用等で体重が30kgも増えたから丁度いい運動にもなるだろう。

 今日は平日の昼間。颯は学童に行っている。学童は学校の敷地内だが行く時は一人で行くのだ。学校側の言い訳は矛盾している。しかしルールなら守らなくてはいけない。こちらの我が儘なのだから。

「こんにちわ」

 色々考えていると、急に高齢女性から声をかけられた。

「こんにちわ」

 笑顔と余所行きの声で返す。

「私はこの真上に住んでる者だけど貴方は今度ここに越してくる予定?ここ私が大家に言われて管理をしているんだけど管理費を払ってくれないし言いがかりを付けられたりして大変よ。その庭だって私が管理してるんだから!」

 草がかなり生えてるのに、管理、とは?

「廊下も私がいつも綺麗に掃除しているのよ」

 いつのものか判らない枯れ葉がやゴミも大量にあるのに、管理、とは?

「大家から連絡がないのに人の気配がするから。階段から覗いたら人がいるから声をかけたのよ」

 キッチンの窓は懸念通りか。人の気配、ねぇ。

「そうですか。急遽、見学が決まったので。管理会社の許可は有りますからご心配は不要ですよ」

 にっこり微笑む。

「管理会社ねぇ何を管理しているんだか。私が何もかもやってあげているのに大嘘吐いて大家からお金を得ているのよ。私は入居して長いんだけどねそれこそ新築の時からずっと」

 高齢女性の話は続いたが、約束の1時間が近づいたので、切り上げて戸締まりをしていく。

 玄関扉を施錠して。心の中で部屋にお礼を伝えた。部屋自体は私は好きだが環境面が問題だ、と。しかしもし未来にご縁があったらその時は宜しくお願いします、と。


 管理会社まで戻り、感想を聞かれた。…正直に伝えた。

「やっぱりね…ありがとう。大家さんから余りに店子が短期で退去するからおかしいと言うから、貴方の目を信用して見に行って貰ったのよ。管理人として依頼とかしてないし、勝手にそう名乗ってるだけ。娘さんが知的障害者で旦那さんには逃げられて大変な人だからと、大家さんは散々心を砕いていたのに…」

 家賃を大幅値下げし、2年に一度の更新手数料から何から何まで大家さんは免除していたそうだ。

 聞けば聞くほどにモヤモヤする話だった。

 一通り聞いたあと、社長が身を乗り出した。

「それでね、この一時間、益田さんと話をして、同じ部屋は税務の関係で駄目なんだけど、同じ建物のこの二部屋で良かったら家賃を下げてくれるそうだけど、どうする?」

 私と息子の為にお二人は色々と動いて下さっていた…。

 目眩がした。

 それこそ、有り得ない。

 たかが一店子の為に、何故、こんなにお心を砕いて下さるのか。

 提示されたのは、入居前に希望していた部屋…無理矢理入居した人が入居1ヶ月程で心中した事故物件と、建物の最上階一番端だった。

「今この物件の新規は家賃管理費込8.5万。ここは事故物件だから3万。入居してる限りは更新してもずっと家賃変更無し。こっちは5万で、こっちもずっと変更無し。共に礼金不要。敷金は共に3万円。その間に公営住宅が当たったらそっち移転しても問題無し。私の手数料は2万。どう?」

 東京都下の駅近人気物件なのに、破格の内容過ぎて涙が出た。

「これまでも良くして下さってるのに。またこんなにして下さるなんて、本当に良いの…?」

「貴方だから、と。旦那さんや他の人にはこんな事は絶対にしないと言ってた。益田さん、ビジネスにと礼儀にはとても厳しい人だから。そんな人を貴方は動かした。私もビックリしていたのよ…良かったね」


そのまま内見へ。

 時々自宅の天井に生首が生えていたので、真上の部屋は構えていた。玄関扉前でおかしいと判断。付けていた水晶の数珠を渡し社長に入室せずに共用廊下で待って頂く。

 要件を伝えて柏手を打ち扉を開ける。

 危惧した通り、人が住むには宜しくない状況だった。

 身体が酷く重ダルい。雲のないいい天気でカーテンも掛かっていないし、埃も落ちていないのに…室内がもやがかっている。勿論、蜘蛛の巣がある訳でもない。

 社長にそのまま室内は覗かず、階段まで後退し、5分時間が欲しいと伝えた。

 直ぐに全部の室内扉と窓を開ける。

 お風呂場がおかしい。同じスリガラスの斜め窓なのに、ここの部屋のは何故かガラス面全てに紙が貼り付けてあり、真っ暗闇。有り得ない闇。

「あ~…」

 ロキが呟く。

 祓いや浄化はされてるが、足りてない。溜まり場になってる。だから時々准一の友人以外の知らないのが天井から首を出していたのか。

「気は心、かな…追い出すにはちょっと。良いのも悪いもなぁ…ここにいる人達が安らかに上がれるといいなぁ。ここにとどまるよりも絶対、上に還った方が楽だから。もし嫌いなのだったら、申し訳ない、ごめんなさい」

 お辞儀をしながら、自宅から持参していたセージのスプレーを各所に振り掛ける。

 ピカピカになり上がってく人もいる。笑顔で手を振る人がいて安堵。しかしまだまだ足りない人も、いる。

「だよなぁ…。全員の役に立てなかった。申し訳無い。これ以上は何もして差し上げる事は出来ない。ごめんなさい。でも伝えるから」

 重ダルかった身体がフッと軽くなる。理解してくれた様だ。やはり悪いだけじゃない人達だ。理由があるのだろう。

 来た時と逆で戸締まりをしていく。

「お邪魔しました」

 お辞儀して退出し、直ぐ塩を身体に掛ける。

 社長と合流して、もう一つの部屋へと行く。

 二人で入室してから、ロキが社長に事故物件の様子を話す。こちらに開示されていなかった事を伝えた。

「気持ち悪い話かもしれなくて…申し訳無いです」

「信じる。だってあなたが渡した水晶、急に割れたんだもの。益田さんと私しか知らない事を話してくれたのも驚いたわ。それより、嬉しかったわ~。ご縁を結ぶお仕事だとか、何か有ると嫌だからって…。そんな事言われたの初めてよ~。ご縁結びの仕事かぁ。嬉しいわ」

 大家さんにも善き様に伝えてくれるそうだ。


 そのまま手続きに入る。私達は最上階の端をお借りする事になったのだった。

 法的な関係で保証人が必要なので継父に話をしたら驚いていた。

「ゆき、それは有り得ない事だよ。益田さん一族は地元の地主でとても厳しいと聞いてる…そうか益田さん物件だったのか」

 継父や実母は生まれも育ちもここだから、とても詳しい。

 フットワークの軽い父は、たまたま近くにいるからとスーツ姿で直ぐに来て手続きもしてくれた。

 新居の鍵もその場で渡された。

「契約上はこの日から入居になってるけど、光熱費関係の手続きしたらいつでも出入りはOKよ。要するに寝泊まりは契約日からね」

 大盤振る舞いだ。

「なんてお礼をお伝えしたらいいのか…」

 涙が出た。

「貴方が口だけじゃない行動してる、しっかりキッチリした誠実な人だからよ。こちらこそ素敵なご縁と気付きをありがとう」

「沢山のご好意とお気遣いに感謝しています。娘と孫を宜しくお願いします」

 継父とお礼を伝えてお店を後にし、継父の車に乗り込む。

「今日、お仕事だったのに、電話してごめんなさい。でも直ぐ対応してくれたの、嬉しかった。ありがとう」

「別件で休暇とって動いていたから丁度良かった。タイミングだな。いや、本当に驚いた。仕事上、不動産関係と関わる事が多いが、大盤振る舞いだな。こういう対応は初めて聞いた。有り得ない。ゆきは余りにも不条理で理不尽で意味不明な事に遭い過ぎているが、見てる人はちゃんと見ている。ゆきは大丈夫だよ。間違っていない。自信を持っていいんだ。良かったな」

「うん、ありがとう」

 離婚は別に何とも思っていなかったが、住む場所だけが自分の給与ではどうにもならなかった。

 2人で生きるには家賃は高いが、

「下手に他の物件へ移転して嫌な事が起きたら大変」

と言ってくれた大家さんと社長のお気持ちがとても嬉しかった。一番危惧していた部分だったから。

 安心感が凄い。

「じゃ、このまま颯を迎えに言って、奥様を乗せたらこのまま島忠に行くぞ」

 …本当にフットワークが軽い。

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