1:Re
生きるとは、不思議だ。
気が付いたら、自分という存在の記憶が有、名前で呼ばれる。生まれた家や性別は自分が選んだのかどうかは知らないが。
厄介なのが以前の自分の記憶…所謂、過去世の記憶をもっている事だ。思い出してしまえば色んな感情も沸き起こる。特に、希っていた存在の事だ。
「あいたい」
口に出してしまうと容易い。もし同じ時代・近い年だったとしても、国や立場が異なれば、それは難しい。
「あいたい」
同じ国だったとしても巡りあえるのか?それだって難しい。なのに求めてしまう。強く、つよく。
「あいたい」
強い思いと同じ位に絶望感も襲ってくる。
「あいたい」
どうして側にいないんだろう。どうして側にいられないのだろう。心は求めているのに。その存在が、ぬくもりが、とても遠い。泣く事で記憶が消えてしまいそうで苦しい。記憶があるからこそ苦しいのに、記憶が消えてしまう事がもっと苦しい。
「私はここにいる。あいたい…でも」
きっと彼は忘れている。そういう人だ。いままでもそうだった。そして私の心を激しくきつく強くかき乱した。
「どうしたの?眠れないの?」
襖を開いて母親が入ってきた。
「あぁ…吐いてしまったのね。起こしてくれてよかったのに。苦しかったね」
そう言われて自分が吐いていた事に気付いた。母親は素早く始末をしてくれた。
そのまま抱き抱えられ、暖かいお湯で洗い清められて清潔な寝間着に着替えさせられた。
その間に布団は布団乾燥機で乾かされていた。
「今度こそ、ゆっくりおやすみ」
頭を優しく撫でられると眠気が襲ってきた。
「ねんねん…」
母親が子守歌を歌ってぽんぽんしてくれる。ふんわりとしたあたたかい気持ちになる。嬉しい。
この国に生まれたのは初めてだが、この子守歌も悪くはない。母親の気遣いに感謝しながら、眠りにおちた。
一度思い出してしまうと、何もかもが色褪せてしまっていた。それまで好きだったものも稚拙なモノに感じ、楽しめなくなった。逆に、何故あんなに楽しく感じていたのかが不思議な位だ。
あれから心を占めていたのは彼の事だ。
今、生活しているこの国の事は解らないし、年齢も足りないから何もできない。どうせ記憶が戻るのであればもっと年月が経ってからでも充分だっただろうと思う。周りの言っている事や、やっている事が解っているのに動けない話が出来ないこの苦しさを、どれ程我慢しなくていけないのか?
幼児の身で何も出来ない事に気が狂いそうだと思ったが、出来るかは判らないけれど、逆にこの状況を利用してやろう…とも思った。周囲の人間の言動の観察…先ず、それから始めた。
今世の私には同居の家族が4人。両親と姉弟。別居で父方の祖母と大叔母とその親族、母方の祖父母と母の弟家族…関わるのはこの位だ。
祖父母達とは様子伺いでお互い連絡したり訪問したりされたりした。内心はどうであれ可愛がって貰っていた…とは思う。
姉弟とは…何とも言えない関係だった。姉は隠れて嫌がらせをする。弟も同様だ。酷い嫌がらせをされた際、弟には仕返しをした。父は姉を、母は弟を可愛がった。過去世でも家族愛に恵まれなかった私は今回こそと思っていたが、同じだった。
今回の身体は父方の曾祖母が霊能者一族の者だったせいか、余分なモノが見えたり、人の過去や未来が視えた。両親や祖父母は享受したが、それ以外の人にそれを明かしたり伝えた事によって何が起こるか判らなかったので、言動には気を配り続けた。
ある平日。有給休暇の父に何故か私だけ連れられ、ドライブに連れて行かれた。その道中、父から色んな話を聞かされた。何故、山手線と中央線があの形なのか、そこここにある扉や窓、視えない筈のモノについて等々。だが何故かその話の内容記憶が微妙に消されている。
父方の祖父は、父が2つの時に病死したと聞いている。祖母はこういう類いの話は全く知らない。聞いても理解出来ない。また父方祖父や曾祖母の血筋で継承してる者も、もう皆、空へと還っており、詳細を話せるのも父しかいないとの事だった。
三人の子供の内、誰がその力を継承し、父自身が誰の形代になってるのかを見定める時間だと言われた。姉にも触りだけ話したが、姉は曲解し、自身の勘の良さに溺れたから違うと判断したそうだ。私だと厄介だと思ったのに、どうも私らしい。今までも厄介だったのに、本当に…余計なオプションは付けないで欲しい。
今世でもまともな人生は得られそうにも無い事を感じていた。
どうして毎回、普通の人生を選べないのだろうか…。
これが私の業なのか…。
どんな状態でも、生まれ生きてる限りは、生きて行かなくてはいけないのだ。
そう、あの人に再会するまでは、どんな事があったとしても。