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3.呪われた英雄

 マダムフジコが特別な仲だと勘違いしている、アレクシス・ブランシェとの出会いは三回目の派遣の仕事、とある貴族令嬢の誕生日パーティーの給仕係をしていた時だった。


 主役と招待客の半数が幼い子どもだからか、昼間の庭園で行われたパーティーは大きなトラブルも無く終了し、ちとせは庭園の木に付けていた飾りを外していた。


 ガサササッ!

 高い位置に付いていたリボンを外そうとジャンプをして、体勢を崩してしまいそのまま植え込みの中へと倒れ込んだ。

 勢いよく転倒したちとせは木の葉まみれになった顔を上げて、植え込みの向こう側に人がいたことに驚き、上半身を上げた。


「はっ? す、すみません!」


 貴族の招待客だろう着飾った男女が抱き合い、女性に至ってはドレスの胸元を乱して男性の胸に凭れ掛かっていた。


 昼間の庭園、少し離れた場所でまだ帰っていない少年少女が走り回っているのに、この二人はまだ明るい外で何をしようとしていたのかと、擦りむいた頬と鼻の痛みは吹き飛んだちとせの脳内は混乱する。


「おぉ、お邪魔してしまい、大変申し訳ございませんでした!」


 地面に手をついて立ち上がり、男女に頭を下げたちとせは自分の体に纏わり付く黒色の霧に気が付き、顔を上げて大きく目を開いた。

 黒色の靄の発生源は脱力した女性を腕に抱いた男性。さらに、彼の顔の左半分と体の左側を黒色の何かが覆いつくしていたのだ。


(何なのこの人? 顔の左半分、左半身が、真っ黒? これは髪の毛、じゃない。黒い糸が絡まっている?)


 男性が左腕を振ると、左腕に絡まっている黒色の無数の糸は紐状になり、後退るちとせへ向かった伸びた。

 咄嗟に手を出したちとせは、自分へ向かって来た黒色の紐を掴む。


(これ、掴めるの!? 手触りは紐みたい?)


 掴んだ紐を反射的に引っ張れば、黒い紐は男性の左腕からスルスルと解けていく。

 解けた黒い紐は糸状に戻り、空気に溶けるように消えていった。


「なん、だと? どういうことだ?」


 驚きの声を上げた男性の顔から黒色の糸が消え、彼の顔立ちがはっきりと見えて……跳び上がりかけた。


「大変、失礼いたしました!」


 自分の左手のひらを見る男性が口を開く前に、ちとせは脱兎のごとく逃げ出した。



 使用人用更衣室へ駆け込み、扉を閉めてちとせは扉に凭れ掛かる。激しい動悸と息切れによる苦しさで、胸に手を当てて押さえた。


「あの男の人は……アレクシス・ブランシェ、侯爵閣下。かつて帝国軍と戦った英雄様」


 ソラリス王国の英雄、第一騎士団長であり大戦での武勲により爵位は伯爵から侯爵位へ格上げされた。

 帝国軍の侵攻から国を守り、皇帝を討ち戦争を終結させた英雄。

 数多の人々を魅了する圧倒的な力と容姿を持つ英雄に興味は無くとも、連日のように新聞の紙面に登場する彼の姿は、世情に疎いちとせでも見たことがあった。


(英雄様は確か独身だったはす。女の人との逢引現場を目撃してしまうなんて。それにあの黒いのは何だったんだろう? まあ、もう会うことは無いだろうし気にしなくてもいいか)


 その後、アレクシスの姿を見かけることは無く片付けは終わり、依頼を完了したことを伝えるために黒猫亭へと戻った。



 ***



 貴族のパーティーから半月後、王都の中心部では秋の収穫祭が開催されていた。


 この日の依頼は、広場に出店してる大規模屋台の手伝い。

 テーブル席を並べた天幕の下には、屋台の料理と飲み物を片手に談笑する多くの市民でごった返す中、注文客の待つ大量のグラス乗せたトレイを両手で持つちとせの目の前に、壁の様に長身の男性が立ち塞がった。


「すみません、通してくださ……」


 トレイを持った状態では男性の胸元しか見えず、愛想笑いを浮かべたちとせは顔を上げて、固まってしまった。


「やあ、また会ったな」

「……貴方は、あっ」

「運ぶのは、あの席か」


 固まるちとせの手から軽い動作でトレイを奪い、背を向けた男性は注文客のいるテーブルへ向かう。


「どうして此処にいるの?」


 口を半開きにしたちとせは呆然と青年の後ろ姿を見送る。

 平民に紛れるためか軽装で髪の色をダークグレーに変えて、頭からフードをかぶっているとはいえ瞳の色と顔立ちはそのままの男性は、どこからどう見てもアレクシス・ブランシュだった。


「あれ? お姉さんはー?」


 追加の酒が運ばれて大喜びの注文客の一人は、アレクシスの顔を凝視して首を捻った。


「あんた、英雄様に似ているなぁ~」

「よく似ていると言われていてね」


 にこやかに返し、アレクシスは空のグラスをトレイに乗せて、動けないでいるちとせのもとへ戻って来る。


「貴方は何やっているんですか?」

「重そうだったから運んだだけだ。駄目だったか?」

「駄目というかですね」


 苦笑いしたちとせは受け取ったトレイを抱えて後退り、アレクシスとの距離を空ける。

 混雑している状況で、動かず立ち話をしている出店のエプロンを着けた店員、というだけで非難の視線を浴びているのに、ちとせが話している相手は長身で整った顔をした男性ときたら、周囲の視線は鋭くなり針の筵に座っている気分だ。


「君と話がしたい」

「すみません。まだ仕事中なので無理です」

「私の部下が代わりにやるから問題ない」


 アレクシスが指差した方には、軽装の上からエプロンを着けた若い男性三人が片手ずつに料理とグラスが大量に乗ったトレイを持ち、機敏な動きでテーブルまで運んでいた。

 彼等は、ちとせとアレクシスの方を向き、軽く頭を下げる。


 否、とは言わせてもらえないような圧力に逆らえず、渋々頷いたちとせはアレクシスと共に人通りの少ない建物の裏手へ移動した。


「此処まで来ればいいか」


 先を歩いていたアレクシスが振り返り、彼の顔から柔和な笑みが消えた。

 左胸に手を当てて、アレクシスは自身に施していた偽装を解く。

 偽装を解くと、ダークグレーだったアレクシスの髪色は銀色に戻り、彼の左腕にから伸びた黒色の糸が左腕から指先まで絡み付いていった。


「これは、何なんですか?」

「やはり、君は私に絡み付くこれが見えているのだな。見えるだけでなく、触れてほどけるなんて、そんなことは初めてだった。あの時、捕まえたかったのに私も限界で、君を追いかけられなかった。だから探したんだ」


 目を細めたアレクシスはちとせの手を掴み、彼女の指先を無数の黒色の糸が伸びる胸元に触れさせて、口角を上げた。


「やはり、直接触れても意識を保っていられるのか。潜在する魔力量が多いのかもしれないな」


 ハッと息を吐き、アレクシスは体を固くするちとせと目を合わせた。


「私の下で働かないか?」

「…………は?」


 目を丸くしたちとせは、言われた言葉の意味を理解するために数十秒を要した。


 混乱するちとせにアレクシスが語った話によれば、十年前、ペルシオン帝国皇帝との一騎打ちに辛くも勝利した直後、こと切れる寸前の皇帝からある呪詛の言葉とともにある呪いを受けた。

 皇帝の死によって強固になった呪いは、あらゆる解呪方法を試しても解呪することは出来ず、呪いの力をやわらげるために魔力の強い者達の精気を譲渡してもらい生き永らえていたという。


「魔塔の魔術師様でも無理なら、私にはどうしようもありません」

「では、これを引っ張ってほどいてくれないか」

ほどく?」


 恐る恐るアレクシスの左腕に巻き付く黒色の糸に触れ、覚悟を決めて掴むと力いっぱい引っ張った。



 それから半年もの間、派遣依頼を受けて向かった先でアレクシスと彼の部下達と“偶然”顔を合わせることが続く。


 農作業の手伝いを依頼されて小麦の刈り取りをしていると、偶然通りがかったアレクシス率いる騎士団が刈り取りと麦束を作り干す作業を手伝ってくれたし、街頭で大手菓子店の新商品の宣伝をしていた時は、非番だったアレクシスが近くの店を偶然訪れていて、侍従と一緒に宣伝をしてくれた。


「いつも手伝ってくださって、ありがとうございます」

「俺が勝手にやっていることだから礼はいらない。それよりも、いつから俺の下で働いてくれるんだ?」


 アレクシスの口調が砕けて、一人称が「私」から「俺」に変わった頃、根負けしたちとせは彼に一つの提案をした。


「偶然、手伝ってもらうのは心苦しいので、こういうのはどうでしょうか。私は短期の仕事しかしたくありません。でも、決まった日の決まった時間だけ、という契約でしたら貴方の下で働きます。この提案でよろしければ、黒猫亭に依頼をしてください」

「分かった」


 嬉しそうに笑ったアレクシスと別れた翌日、開店と同時に黒猫亭を訪れたの彼の部下によって、ちとせの派遣依頼が正式に出されたのだった。


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