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1.婚約破棄未遂の場面に遭遇する

異世界転移、始めました。

短編予定が長くなったため分けました。

よろしくお願いします。

 十二年前、世界中で最大の大陸、ラヴィアシア大陸の統一を目指したペルシオン帝国が近隣各国へ宣戦布告をした。


 宣戦布告の半年後には、大陸全土を巻き込んだ大戦争へと発展し、ラヴィアシア大陸に在る多くの国がペルシオン帝国の圧倒的な武力に屈し、属国と化していった。

 ラヴィアシア大陸を掌握するのも時間の問題だと、ペルシオン帝国皇帝が美酒に酔いしれていた時、優勢だったはずの戦況に変化が見え始める。


 東端の小国の若き騎士率いる騎馬隊がペルシオン帝国軍の前に立ち塞がったのだ。

 その後、数万ものペルシオン帝国軍相手にたった千騎で立ち向かい、ペルシオン皇帝と一騎打ちをして勝利した若き騎士の活躍により、二年続いた戦争に終止符を打たれたのだった。


 それから十年、戦争の痕跡は残るもののラヴィアシア大陸は、小競り合いはあっても国家間の争いにつながる大事は無く、平和な日々が続いていた。



 ラヴィアシア大陸の東端とうたん、魔石を含んだ山脈と広大な湖が存在している国、ソラリス王国。

 貴族や入学試験を合格した平民の生徒が通う王国王立学園の大講堂では、卒業式を終えた卒業生達が参加する夜会が開かれていた。

 卒業生たちは、制服から華やかな燕尾服やドレスへ着替え、パートナーと一緒に学園生活最後の夜を楽しんでいた。


「卒業生諸君、楽しんでいるところ申し訳ないが、今、この場を借りて宣言したいことがある! どうか私の話を聞いて欲しい!」


 王立楽団の演奏が終わり、音楽が途切れたタイミングで壇上へ上がった男子生徒の声が会場内に響き渡り、何事かと生徒達は彼の方を向く。

 壇上へ上がったのは、卒業生の一人、王家血筋でもあるイルワット公爵令息である、ダミアン・イルワットと二年前に学園に編入したストロベリーブロンドの髪の男爵令嬢だった。

 現在の学園では一番の高位貴族令息であり、端正な顔立ちに金髪碧眼の彼に憧れる女子生徒も多い。しかし、この一年ほどで彼の評判は急降下していた。

 普段の柔和な雰囲気を一変させ、険しい顔つきになったダミアンは会場内をぐるりと見渡す。

 生徒の中からとある伯爵令嬢を見付けると、彼女へ敵意すら感じさせる冷たい視線を向けた。

 ダミアンの視線の先にいる伯爵令嬢の周囲から生徒達が離れていき、彼女の周りは円状に空間が出来た。

 息苦しさすら感じさせる空気の中、伯爵令嬢は動じることなく真っすぐダミアンの視線を受け止める。


「わたくしにおっしゃりたいことがあるのでしょうか? もしや、エスコートしてくださらなかったことの理由を教えてくださるのですか?」


 夜会開始直前に伯爵令嬢が婚約者のエスコートもなく、一人で会場にやってきたことを知っている生徒達は、眉を顰めて壇上のダミアンを見た。


「理由だと? それは君が一番分かっているはずだ! フレイア・ワーツ。この場をもって、私は君との婚約を破棄させてもらう」


 眉を吊り上げたダミアンはフレイアを指差し、声高々に「婚約破棄」を宣言する。

 公然とされた婚約破棄宣言に、一瞬だけ唖然としたフレイアは直ぐに動揺を面から消す。


「婚約、破棄ですか?」


 呟くとほぼ同時に、波が引くようにフレイアの周囲から生徒がさらに離れていき、彼女の周りだけ大きく空間が空く。

 壇上から向けられるダミアンからの侮蔑の視線、彼に寄り添う男爵令嬢からの愉悦の感情を感じ取り、フレイアは両手のひらをきつく握り締めていた。



 ***



 数種類のデザート皿を乗せたワゴンを押すエプロンドレス姿の女性は、演奏の代わりに聞こえて来た婚約破棄宣言に驚いて動きを止めた。


 楽しそうに談笑していた卒業生は会話を止め、給仕係達も突然のことに困惑して持っていたグラスを落としかける。

 エプロンドレス姿の女性は、音を立てないようにゆっくりワゴンを押していき、スイーツが並べられているテーブルの横にワゴンを付けた。


(え? 何これ? 婚約を破棄するって言ったの? あの男子生徒は……ダミアン・イルワット、イルワット公爵令息だったかな。じゃあ、婚約破棄すると言われたのは、婚約者のフレイア・ワーツ伯爵令嬢?)


 一方的に婚約破棄を告げたダミアンは、婚約者ではなく会場内の卒業生達を納得させるように、婚約破棄する理由を告げる。

 祝いの場に相応しくない宣言をするダミアンを制止する者も、顔から表情を消しているフレイアを庇おうとする者はいなかった。

 話しているうちに気分が高揚してきたらしく、ダミアンの声は大きくなっていく。


(婚約を破棄する理由は、恋人が派手な髪飾りをしていて注意された。持ち物を忘れたのに貸して貰えず恥をかかされた? 宿題の答えを教えてもらえず教師に叱られた? 他の女子に悪口を言われたにを庇ってくれなかった? 階段から落とされかけた? ほとんどが逆恨みな理由にしか聞こえないけど、何で周りの生徒達は黙っているの? 卒業パーティーでの婚約破棄宣言って珍しくないの? それとも、男子の身分が高いから?)


 婚約破棄の理由として並べ立てる“嫌がらせ”の内容を聞き、エプロンドレス姿の女性は顔を顰めた。

 会場にいる卒業生達は明らかにドン引きしているのに、自分に酔っているらしいダミアンは冷たい婚約者よりも恋人がどれだけ可愛いか、自分が彼女をどれだけ愛しているかという、惚気話を始める。


(こんな修羅場になるなら、この仕事を引き受けるんじゃなかったな)


 ワゴンからスイーツの皿を取り出し、テーブルに並べながら女性は思わず溜息を吐く。

 ギルドの受付嬢から紹介された仕事の中から、王立学園の卒業パーティーを選んだのはこの世界の卒業パーティーに興味があったからであって、婚約破棄の現場を目撃するためではない。


「……ということで、パルティは私の運命の相手だ」

「ダミアン様、嬉しいです」


 甘ったるい声でダミアンを見上げ、パルティは彼の肩にしな垂れかかる。


(下手な喜劇だわ。運命の相手とか偉そうに言っても、婚約している相手がいるのなら浮気でしょ? 一方的に婚約者を悪者にして酷いわ。フレイアさんを助けてあげたいけど、私が何かやったら契約違反になるし。でも、黙っているのも……あれ?)


 突き刺さるような視線を感じ、顔を上げた女性は二階から眼下を見下ろしている人物に気付き……大きく目を開いた。

 上げそうになった声は手で口元を覆い、口からは空気が漏れる音しか出なかった。


 二階部分の柵に腕を置き、不快感を露わにした冷たい表情でダミアンを見下ろしていたのは、照明を反射して輝く銀髪を一括りにして、黒色の軍服を着た青年だった。


(な、何で、彼が此処にいるの!? 遠征に行っているんじゃないの? げっ!)


 心の声が聞こえたのか、銀髪の青年は視線を動かして女性を見る。

 しっかりと目が合ってしまい、女性は慌てて横を向き視線を逸らした。

 メイドキャップのフリルが視界を半分隠し、青年の姿を見えなくする。


(はぁ、落ち着くのよ。行く先々で彼と会うのは今に始まったことじゃない。教師も何故か動かないし、他の生徒達が止められないのなら、この場を止められるのは多分彼くらいだわ)


 二階から女性を見下ろしている青年は、彼女が逸らしていた視線を合わせるとダミアンを指差し、次に自分を指差して唇を動かした。


(「止めてやろうか?」ですって? 私に聞かなくても止めてよ)


 口をへの字に結んだ女性はキッと青年を睨む。


(絶対に見返りを求められる。でも、このままではフレイアさんが可哀そうだわ)


 暫時考えた女性は、“助けてあげて”と唇を動かして青年に返答した。

 唇の動きを読み、女性の返答を理解した青年の口角がニヤリと上がる。

 次の瞬間、彼は手摺に足をかけて勢いよく跳躍した。


 タンッ!

 二階から飛び降りた青年は、フレイアを背中に庇うようにダミアンの目の前へと降り立った。


「ぁ、ああ、アレクシス・ブランシェ閣下!?」


 予想外の登場に驚愕し停止するダミアンよりも早く、青年が誰なのか分かった卒業生が彼の名前を叫び、講堂にざわめきが広がっていく。


「ダミアン、夜会の余興にしては少々やり過ぎだ」


 二階から飛び降りた青年、アレクシスに声をかけられ、ダミアンはビクリと全身を震わせた。


「ぉお、叔父上!? 何故ここにいらっしゃるのですか!?」

「何故? せっかく、甥っ子の卒業祝いに駆け付けたというのに、お前は何故と問うのか」

「ひっ」


 冷笑を浮かべたアレクシスに冷たく言われ、ダミアンの喉から引き攣った声が漏れる。


「まあ! アレクシス様が卒業祝いに来てくださったの? 凄い~」


 アレクシスとダミアンの間に流れる不穏な空気を読まず、嬉々して声を弾ませたパルティは頬を赤く染めた。


「申し訳ありません。それから、余興ではありません。たった今、フレイアへ婚約破棄宣言をしたところです。私の婚約者は、このパルティこそが相応しいのです」


 絡ませていたダミアンの腕から手を離したパルティは、恥ずかしそうに瞳を潤ませて真っすぐアレクシスを見詰める。

 男性だったら庇護欲を擽るだろう仕草、胸元に手を当てて上目遣いをするパルティを一瞥したアレクシスは、興味は無いとばかりにすぐに視線を逸らした。


「婚約破棄宣言だと? ダミアン、勝手な事をしてくれたな。義兄上に相談無く保管庫から宝飾品を持ち出したのは、卒業祝いとして許そうかと思っていたが、フレイア嬢との婚約については義兄上に話を通すのが筋というものだろう」


 極力、感情を抑えて淡々と話すアレクシスから放たれる威圧感によって、ダミアンの表情から笑顔は消え失せ一気に曇っていく。


「で、ですが、父上に相談していては時間がかかります。私とパルティが恋人となって以来、フレイアと取り巻き達からの嫌がらせが増していき、ついには階段から落とされかけたため、先ほど婚約破棄宣言をしたのです」

「成る程。フレイア嬢、貴女はダミアンの恋人とやらに嫌がらせを行っていたのか?」


 振り返ったアレクシスに問われ、フレイアは首を横に振る。


「いいえ。わたくしは嫌がらせなどしていませんわ。嫌がらせなどせず、正々堂々と対応します。ダミアン様、わたくしが嫌がらせをしたとおっしゃるのでしたら、確実な証拠を揃えてからにしてください」

「フッ、お前のことだ。恋人の言い分を鵜呑みにして、証拠など用意していないのだろう? 仮にフレイア嬢が嫌がらせをしていても、婚約者がいながら堂々とその娘を恋人だと宣い、勝手に金銭と姉上の宝飾品を持ち出して貢ぐ方が問題だ」

「で、ですが」

「黙れ」


 アレクシスからの怒気に圧され、ダミアンの喉から「ひゅうっ」という空気の漏れる音が鳴る。


 顔色を蒼白にして閉口したダミアンは、みるみるうちに別人の様に萎れていき、学園での彼の姿しか知らない卒業生達は皆、声には出さずとも驚愕と困惑が入り混じった顔でやりとりを見ていた。


「ダミアン、残念だが愚か者を後継者に推せない。今夜はゆっくりと、義兄上と姉上と話し合うといい」


 口元だけの笑みを浮かべたアレクシスは右手を軽く振り、全身を激しく震わすダミアンは「ひっ」と悲鳴を上げた。

 ダミアンの周囲に輝く光の粒が出現し、紐状になった光は彼の上半身を何重にも巻き付き、拘束する。


「連れて行け」


 男性の声を合図に控えていた騎士達が動き、よろめくダミアンの両脇を支える。


「明朝、私からの卒業祝いということで、久々に稽古を付けてやる。ダミアンの恋人からも、フレイア嬢から受けた嫌がらせの詳細を教えてもらおう」

「わ、私は何もしていませんっ! 痛い! 放して!」


 拘束しようとする女性騎士に抵抗するパルティとは違い、拒否する声も上げずにダミアンは騎士達に両脇を抱えられ、講堂外へと連行されていった。


 ダミアンとパルティの姿が講堂から見えなくなると、アレクシスは全身から発していた威圧感を消す。


「フレイア嬢は今後について話がある。私と一緒に来てもらおう」

「はい。アレクシス様、ありがとうございます」


 頷いたフレイアはドレスの裾を持ち、深々と頭を下げた。


「卒業生達よ、せっかくの卒業記念となる夜会に邪魔してしまいすまなかった。我等が退出した後、学生生活最後の夜を楽しんでくれ」


 微笑んだアレクシスは踵を返し、講堂の扉の方へ向かって歩き出す。彼の後ろに気配無く現れた騎士達が続く。

 卒業生達は誰一人声を発することはせず、アレクシスが通れるように後退していく。彼の前には、扉へ向かう一本の道が出来た。


 卒業生が作った道を歩いていたアレクシスは、緊張の面持ちで立っているエプロンドレス姿の女性の側まで来ると、歩く速度を落とす。

 擦れ違う瞬間、二人の視線が合い、唇を動かしたアレクシスはすぐに視線を逸らした。


 バタンッ。


 ドアマンが開いた扉が閉まり、アレクシスの気配が遠ざかっていくと、女性は緊張で強張っていた体の力を抜いた。


(目を合わせて来るから吃驚したわ。それに、やっぱり見返りを求めてきたか)


 アレクシスが唇の動きに微量の魔力をのせて伝えてきた言葉。


『チトセ、家で待っていろ』


 婚約破棄劇の顛末を予想して盛り上がる卒業生達を横目に、女性はワゴンに乗っているデザート皿をテーブルに並べた。


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