#05
魔王城で過ごすようになって二日ほど経過し、意外と住みやすい城だなと感じる。
二階には普通の部屋がいくつもあり、来客用だとグレモールさんから説明を受けたが正直な疑問を彼女へ投げた。
「一体、魔王城にどんな客が……?」
「さあ……、そういえば一度も使ったことがないです」
まあ、同じ種族はいるようだし、そのうち使い道もあるだろう、と現在は使い道の無い部屋の扉に「客室」と落書きをしておいた。
そんなことより、今は一番の問題を解決しないといけない!
「では、緊急会議を行います」
「はぁい」
「まずは魔王ちゃん、呼びにくいので、マーちゃんと呼びます。君には料理を覚えてもらいます」
「うん」
この素直な感じ、凄く好感が持てる。
マーちゃんの背後でぶーたれてるグレモールさんの反抗的な態度も相俟って、異様に魔王が可愛く思えて来る。
まあ、それはいいとして、現在この魔王城は貧困で食糧難、厳密に言えば、俺だけが貧困で食糧難に遭っている。
だって、マーちゃんもグレモールさんも裏の樹海にある、どろどろっとした沼から、得体の知れない気持ち悪い魚を取って来るのはいいけど、生で食べちゃうし……。
俺はそんな丈夫な胃など持ち合わせてないので、ちゃんと調理した物を食べたい。そんなわけで、今後の食事の方針を決めることにした。
「では、食事について話し合いたいと思いまーす」
「はぁい」
「あなた方と俺とでは体の作りというものが違います」
「作り……?」
「そうです」
マーちゃんは、立ち上がると俺の側に来て、全身をじっと見つめる。
――ああ、体が違うって言ったからか……
「違うのドコ?」
「……えーと、体の外観では無くて、まあ……、違う所はあるんだけど、そっちは君が大人になってからのお楽しみ……、痛っってぇ!」
グレモールさんから「教えないで下さい!」と蹴りが飛んで来た。
そんなこと俺だって分かってるし、教えるにしても、会議室では無い場所で教えたい。
だが、マーちゃんに教える頃、俺はくたびれたオッサンになってるだろう、おそらく、あと数年もしたら、あの子は相当な美人さんに育つに違いない。
そのうち恰好良い魔族が現れて『魔王様、俺と世界征服を』なんて迫られて、お婿に来た男に俺は追い出されるのだろう。
ああ、もう、今から自分の未来が切ない! 切なすぎる! と食糧難から、かなりかけ離れてしまった思考回路を何とか切断し、話を元に戻した。
「えー、まず、俺は食材を調理をして美味しく飯を食べたいと思いまーす」
「んと、ブレッド?」
「あー、それも、作れるようにしたいね」
マーちゃんはパンが作れるようになったら挟みたい物があるらしく、むふっと笑みを浮かべる。
「挟みたい物ねぇ……」
「あのね、たまに飛んで来るんだけどね、ぼーって口から火が出るの、それで尻尾がとげとげして歯ごたえがあって美味しいの……」
「……禍々しいので却下します」
「えー……」
何者なのソレ! そんなのパンに挟んで良いわけが無いし、絶対に飛んでこないで欲しい、と心の底から願いつつ、まずは近場で取れる食材の一覧を紙に記入して見た。
キノコが数種類、草花も多少は食べれる物があるらしく、それも記入する。裏の樹海には未知の生物が生息していると言い、グレモールさんも把握出来てないと言う。
「そう言えば、グレモールさんの命令で動く魔物はどのタイプですか?」
「ん、私の配下は今は城の地下ですね。アンデット系だから夜に徘徊しています」
考えて見れば昼中は彼女も起きているので、この周辺を感知できるし、それに、この辺りにいる野良の魔物も結構強いから、かなり腕が立つ剣士じゃないと辿り着けないかもな、と納得する。
そんなことより、一番驚いたのが、グレモールさんやマーちゃんが普通に夜寝ているってことだ。別に寝なくても良いらしいが、夜はすることがないらしく、暇だから寝ているという、奇妙な魔族達だった。
まあ、とにかく配下の出番は夜しか無いと知り、それなら、この辺りにいる魔物に襲われそうになった時は倒しても構わないな、と気が楽になる。
「では、俺は森へキノコ狩りに行って来ますので、君達は、あの気持ち悪い魚とか、他に食べれそうな物を捕まえて来て下さい」
「わかったー!」
うきうきしながら出かけるマーちゃんの後姿を眺め、ふと思う。
――あ……、俺、別に町に食いに行けばいいのでは……?
町まで行くのにちょっと時間はかかるが、マーちゃんやグレモールさんに料理を教えるより楽だし、美味いだろう。
だけど……、と思う。
そう、男の野望というか、欲望というか、家庭料理という物に少なくとも、淡い期待を抱いてる自分に気が付く。
だいたい魔王の手作りなんて、なかなか味わえる奴はいないだろうし、それに、あの子の性格上、俺は甲斐甲斐しく世話を焼かれ『あーん、してください』と食べ物を口に運ばれて、軽い新婚気分を味わったり……? とキノコを食べる前から若干の錯乱状態に入る。
うっかり、新しい扉を開きそうになり、頬にバチンと自分で平手打ちをかます。
――新婚って、マーちゃんはまだ子供! って言うか、魔王だし!
確かに互いに責任を取る云々で、ここ数日もめたが婚姻に関しては保留ということで、ひとまず納得してもらったのだ。
ぶるぶると頭を左右に振り、俺の脳を通常状態に戻すと、魔王城付近の森へ歩みを進めた。この辺りで色々採取しようと、湿った土を掻き分け、ひょっこり顔を出すキノコや、よく分からない草をもぎ取って帰った――。
「ただいまー……、まだ帰ってないか……」
早速、厨房らしき場所を探したが、驚いたことに魔王城には厨房が無かった。
驚愕の事実が明らかになり、なるほど……、だから二人とも生でぱっくり食べるのかと納得したが、これは困った事態だ。
「二階は、確か部屋しか無かったよなぁ……」と一人ぶつぶつ言いながら、歩き回ったが、やはり何度見ても、魔王の間と呼ばれる場所しかなかった。
それにしても、一階は無駄に広い。考えて見れば、ここで勇者と魔王が対峙するのだから、このくらいの広さは無いと戦い難いか、と冷静に考える。
――いっそ、ここを厨房に……?
でも扉を開けて直ぐ厨房がある城なんて美観としては台無しだ。
だが、グレモールさんに『馬鹿め、エサになりに来たのか!』と言わせれば、何となく恰好も付く気がした。
取りあえず、ここに厨房を作る許可さえもらえれば、問題は無さそうだと思う。けれど俺には厨房を作る技術も無いので、かまど職人を呼ばなくてはいけない。
――なんなの、この面倒臭い城……、もう家出しようかな……
と、俺が真剣に家出を考えていると魔王達が「ただいまー」と元気良く帰って来た。