#03
少し前に、新しい即死魔法を極めたお父さんが、魔法のポーズを決めるために鏡を見ながら練習していた。
練習の最中、魔法が反射して自分にかかってしまい、死んでしまったので、今後はわたしが魔王城を守るようにと、堕天使グレモールに言われた。
でもね、わたしは思うの、魔王だからって別に城を守る必要はないんじゃないかなって、だって殆どの魔物はグレモールの配下で、彼女の指示で動かしているし、運よく人間が城に来たとしても、全員グレモールにやられて負ける。
実際、わたしのお父さんの元まで到達した人間は今までいない、って彼女はいつも自慢していた。
『私がいる限り、魔王様の顔すら拝むことなどさせません!』
これが彼女の口癖。
そう、実際はグレモールがこの城を守っている。
だから、別にわたしが守っているわけじゃないし、居ても意味もないと思う。
――ハァ……退屈……。
それにしても退屈だと思う。今までお父さんが遊んでくれたから退屈しなくて済んだけど、もう遊べる相手もいないので、すごく退屈だった。
城の中を探索して見るけど、見て周っても代り映えないし、わたしの将来なんてお父さんと同じで、美食家になることくらいしかない。
つまんないな、と思いながら城の玄関付近へ到着した時、ギィっと城の大きな扉が開いた。
礼儀正しく「お邪魔します」と入って来た影を見て、わたしの胸はドキドキした。
――あれは人間……?
身体に似合わない大きな剣を持った人間を見て、もっと近くで見て見たいと近付いた。
その瞬間、ザクっと人間の剣が膝に刺さり、いきなりだったので驚いて「きゃぅ」と思わず声が出てしまった。
別に痛くなかったけど、吃驚したので泣いたら、人間は慌てふためき「ごめんね」と謝ってくれた。
けれど、わたしの泣き声を聞いて、堕天使グレモールが慌てて走って来た。
「魔王様を傷つけた責任を取れ!」と人間に食ってかかり、そう言われて困った顔をした彼が、じっとこちらを見た。
彼に見つめられて、わたしの胸は、さっきよりもドキドキしてしまい、何かの病気になったのだと思った。グレモールと話終えた人間は、腰を屈めると優しい声で言う。
「責任を取る場合、要求される物は、お金とか品物なんだけど、君が女の子なら婚姻とかも含まれるんだけど……、どうしたらいいかな?」
「婚姻てなに?」
お金とか品物も、よく分からないけど、婚姻も分からないので、聞いて見れば、わたしが女の子なら婚姻をしてくれて、ずっと一緒にいてくれる話だった。
ソレ、イイ。
わたしは婚姻してもいいかなって思うのに、グレモールは猛反対して、彼女と人間は、また話し合いを始めた。
大きな溜息を吐く人間は「ああ、そうだ」と言うと、懐から良い匂いのする物を取り出し、わたしの口元へ持って来る。
「今持っている物はそれくらいです。それで許してくれます?」
「これ良い匂い」
「でしょう? 美味しいですよ」
美味しい物だと聞いて、直ぐに手を伸ばしたけど、食いしん坊だと思われちゃうかな? と恥ずかしい気分になる。
でも、いい匂いだし、彼も「食べてもいいよ」って言ってくれたので、食べて見ようと、大きく口を開けて嚙み付いたら、ガチンって音だけが響いて、口の中には何も入って来なかった。
「いけません、魔王様、毒が入っているかも知れません! 私が先に食べます」
グレモールに奪われて食べられてしまい、悔しくて悔しくて、また泣きたくなった。最初は我慢したけれど、やっぱり我慢出来なくて大声で泣いたら、人間がわたしの頭をヨシヨシと撫でてくれた後、彼は小首を傾げて口元を緩めた。
「さっきのブレッド明日作って持ってくるよ。それでいいかな?」
優しい彼の微笑みに、わたしの心臓はきゅぅって苦しくなって、どうしようと思う。コクコクと頷くと彼は何かを思い出しように「あ、そうだ」と言葉を続ける。
「魔王に約束して欲しいことがあるんだけど」
「なあに?」
「魔王はこの城から出ないこと、もし守れるなら、たまにはブレッドを持って来るからね」
「うん、いいよ」
明日も来てくれると言ってくれて、凄く嬉しくなる。
けれど、彼が「じゃあね」と手を振り、城から出て行った瞬間、寂しい気持ちが溢れて来て、今、別れたばかりなのに会いたくなってしまう。
わたしはグレモールに、あの人間を見ているとドキドキして胸が苦しくなると告白した。
「魔王様……、それはきっと怒りですね、膝に傷を付けられたのですから、怒って当然です」
「そうかなぁ?」
「そうに決まってます」
わたしにはよく分からないけど、怒りはドキドキすると教えられ、じゃあ、また剣で刺されたら、ドキドキするのかも……? と思う。
どちらにしても、明日ブレッドを持って来てくれると言ってたので、早く明日にならないかなぁ、と何度も何度も空を眺め、暗くなるのを待った――。