#02
魔王様と言う名の魔物なだけで、本物では無いことに期待しながら、まだ何か言いたげな角のお姉さんの話を聞くことにした。
「まったく、最近の勇者と来たら、すぐに『魔王を倒す』とか言いますけど、そもそも、うちの魔王様は何もしてないじゃないの、それを怪我させて、一体どう責任を取るつもり?」
責任と言われて俺は冷静に思う。
まずは、小さな子を傷つけたということに対しての責任なら、確かに膝から血のような物が出ているし、何かしらの賠償をしなくてはいけない。
傷をつけた事実を考え、金を用意するべきなのか? それとも何か品物を用意した方がいいか? と悩む。
じっと小さな子を見つめ、この魔王様と呼ばれている子の性別次第では、身体を傷つけた責任として婚姻を結ばなきゃいけないのか? と冷や汗が流れる。自分では正解を導き出せないので、躊躇い気味に「どう責任を取りましょう?」と俺は聞いて見た。
「それは、そちらで考えるべきじゃないの?」
だから、それが分からないから聞いてるんですけど? と俺は少々げんなりした。角のお姉さんでは話が進まないので、魔王様と呼ばれる子に直接聞いて見ることにした。
「責任を取る場合、要求される物は、金とか品物なんだけど、君が女の子なら婚姻とかも含まれるんだけど……、どうしたらいいかな?」
ヒクッとしゃっくりし、何とか泣き止んだ魔王は「婚姻てなに?」と、食らい付いて欲しくない方に食らい付いた。
お金は細々とだけど稼いで何とかなる。けど、婚姻となると厳しい……、困ったな、と思いながら眉と眉の間に力を入れていると。
「ねー、婚姻てなに?」
魔王の質問に俺は仕方なく答える。
「んーと、婚姻と言うのは、男女が愛し合って……、それから……」
婚姻について教えている最中、角のお姉さんは口を尖らせ「ふしだらな!」と文句を言うと頬を赤らめた。
「ふしだらって……、別に婚姻はお互いの合意の上でするので問題はないと思います。あ、言っておきますが婚姻はしませんよ?」
当然のことだ。
そもそも婚姻なんてありえない、魔王は見た感じ十歳くらいだし、それに性別が不明だし、やはりここは金で解決すべきだ。
取りあえずは妥当な金額を提示して見ようかと思い「500クローどでどうでしょう?」と聞いて見る。一般平民の年収より、ちょっと多いくらいの金額だが、傷の具合を考えれば、かなり破格の金額だと思う。
角のお姉さんは「500クロー……?」と額の中央に皺を寄せると小さな声で「クローって何かしら?」と言う。
どうやら人間が使う硬貨は無意味なようで、それならと思い、一か八かで夜食用に持って来た蒸し鶏を挟んだ特製のブレッドを渡した。
「今持っている物はそれくらいです。それで許してくれます?」
「これ良い匂い」
「でしょう? 美味しいですよ」
魔王は鼻をピクピクさせながら今にも噛り付きそうだった。
ごくりと喉を鳴らし、それを食べる覚悟が整った魔王は、あーんと口を開け、はむっと噛もうとしたその瞬間、ガチンと歯と歯が合わさる音が鳴る。
「いけません、魔王様、毒が入っているかも知れません! 私が先に食べます」
魔王からブレッドを奪い取り、じゅるっとヨダレを吸い込む角のお姉さんに色々と言いたいことがある。そもそも、その子が魔王と言うなら毒くらいでは死なないのでは? という疑問はおいといて正論を伝えた。
「俺が食べるために作って来たのに毒は入れないですよ?」
「そんなの分かりません! 毒好きかも知れないでしょ!」
まあ、たまにはそんな変態もいるだろうけど……、この角のお姉さんに色々言っても無駄な気がしたので、取りあえず俺は黙り込むことにした。
角のお姉さんの食べる気満々な姿を見つめ、あなたには毒耐性があるのですか? と聞いて見たくなる。
――いや、毒は入ってないんだけどね……
それに、それ全部食べちゃったら魔王の分は無いのに……、と俺の思いは言葉に出来ず、ただ見守るしかなかった。
「お、いしぃ……!」
「でしょ? 俺の手製なんだ。けどさ、魔王の賠償分を貴女が食べたら駄目じゃない?」
「……仕方ありません、毒見は必要ですから!」
「そうですか、とにかく、これでもういいですか? 俺としては賠償も終わりましたし、国王には魔王はいなかったと報告しておきます」
取りあえず、この小さな子が魔王なら、害は無さそうだと思うし、帰ろうと踵を返した瞬間。
せっかく泣き止んだ魔王が、またもや可愛くない泣き声で「ぶぇぇええーん」と騒ぎ出した。
今回は俺に責任はないので、ここぞとばかりに角のお姉さんに向かって「あーあー、泣かせた、どう責任を取るつもりですか?」と得意気に言ってみた。
「そ、それは……、いいえ、そもそも貴方が泣かせたのが発端なのです!」
――うぇ、何が何でも俺の責任じゃん。
今ほど勇者を辞めようと思ったことは無い、そもそも勇者になった経緯だって、金稼ぎのために国の剣大会に出たのが始まりだった。
金欲しさのためにちょっと頑張っただけで、勇者の称号が欲しかったわけじゃないのに、勝手に勇者にさせられて、あれよ、あれよの間に色々な討伐依頼が来て、仕方なく討伐して、流れに流されただけなのに、と自分がいかに他人に流されやすい性格なのかを再確認し、よし、と拳を握る。
もう、人に流されるのは止めよう! と決意を胸に、角のお姉さんに帰ることを伝える。
「俺帰りますね」
「ちょ、泣いてる魔王様を放って何処へ!」
「……」
今、泣かせたのは俺では無いのに……、と言えばきっと彼女は『な、なんですって、元はと言えば、あなたが魔王様の身体に傷を付けたのが原因なのです!』と同じことを絶対に言うだろう。
角のお姉さんに言っても埒が明かないので、魔王に直接伝えることにする。
「ねえ、さっきのブレッド明日作って持ってくるよ。それでいいかな?」
スンと泣き止んだ魔王はパアと笑顔を見せ、コクコクと頷いた。
「あ、それから、魔王に約束して欲しいことがあるんだけど」
「なあに?」
「魔王はこの城から出ないこと、もし守れるなら、たまにはブレッドを持って来るからね」
「うん、いいよ」
話の分かる魔王で良かった。
これで世界平和が保たれる。と安堵し、俺は魔王城を後にした。
その後、国王陛下に魔王は寿命で既に息絶えていたと嘘の報告した。当然「証拠の品を出せ」と言われたが、そんな物あるわけもなく、仕方なく俺は言った。
「証拠は魔王城にあります、行って見ればわかります」
「うむ、そうか」
誰も好き好んで確認に行くわけもないので、国王陛下は直ぐに納得した。
残念ながら報酬は得られなかったが、それは仕方のないことだと諦めた。
ついでに勇者を辞めると申請をしたが、それに関しては特に問題なく辞めることが出来た。
魔王がいないなら勇者は必要ないという結論なのだろう。俺は気も楽になり、王宮を出ると肩をくりくり回し、空を見上げると笑みを作った。
――よし、これからは人に流されずに生きて行こう……
勇者も辞めたし、これからは人に流されることなく生きていけそうだと思うのに、何故かスッキリしない。
まあ、気のせいだと俺は思い込むことにし、家路を急いだ――――。