#01
勇者になると国王から面倒な討伐依頼が来ることが多いと噂で聞いてた。
まあ、それはいいとして、俺が思うのは別に勇者じゃなくてもいいのでは? ということ。
名のある剣士とか、国一番の騎士でも構わないはず。それなのに『あの人なら必ずやってくれる』などと、勝手に期待されている。
――期待しちゃ駄目なタイプの勇者もいるのにな……
そんなことを考えながら大広間と呼ばれる場所で跪き、もふもふっと白い髭を揺らす国王陛下を見つめる。
しばらく見つめていると国王の腹がたぷんと揺れ動き、それを見て俺はキリっと真面目な顔を作り、心の底から早く帰りたいと願う。
「勇者アークよ! 魔王を倒してこの世界を救うのだ」
依頼を聞いて思うのは、俺は得しないよねってこと……。
だって、死ぬか生きるかの確立で言うと、間違いなく死ぬ確立の方が高い。だから当然、俺がこの国を救ってやるぜ! なんて漢気は見せられない。
そりゃ、討伐が完了したら、お姫様と結婚してアレやコレが出来るかも知れないけど……、と自分の命と天秤にかけた結果。
――行きたくない……。
と心の底から思う。出来れば、国民からの依頼をこなしたりして、そこそこ稼いで生活出来れば満足だ。そんな人として普通の感情が自分にはあるから、行きたくないのは当然のことだった。
「では勇者よ! 行ってくるのじゃ!」
返事したら負けだと思うのに……。
「はーい……」
周りからの重圧に負け、俺は返事をした――――。
鬱蒼と生い茂る森の中、襲い掛かって来る魔物を倒しながら思うのは、この一般的な魔物を倒す討伐依頼も受けておけば良かったな、ということ。
一度で二度美味しい依頼だったのに、魔王を討伐をしなくてはいけないという憂鬱な依頼にすっかり翻弄され、固定魔物の討伐依頼を受けて来るのを忘れていた。
魔王を倒せなかった時、運よく町に帰ることが出来たら、固定魔物を討伐した報酬くらいは手に出来たのに残念だ……、と頬を膨らませながら道なき道を進んだ。
「うーわ、ここ……魔王居そう……」
おどろおどろしい岩に囲まれた古城を見上げ、職業が勇者ってだけで酷い話だよな、と未だに平凡な生活が諦めきれない俺だった。
しかも、どうして自分一人で倒しに行くことになっているのかも謎だ。
普通は回復してくれる心優しいヒーラーさんがいたり? それは無理でも、ちょっとセクシー系のサポーターさんに体を強化されつつ、甘えたり?
あー、それの方が高望みか……、と妄想をぶつぶつと口にし、大きな扉をコツンコツンと叩き「お邪魔します」と礼儀正しく入った。
出迎えてくれたのは、人型幼児系の可愛い魔物だった。
背中から羽のような物が生えており、頭には大きな紐のような物を括り付けていて、猫耳のように見える。
いくら見た目が可愛いからと言って、魔物には違いないので、剣で膝を突いて見た。
「きゃぅ」
「あ、ごめん……」
鳴き声を聞いて、つい謝ってしまった。
今まで、むさ苦しい魔物の野太い声ばかり聞いていたので、そんな風に鳴かれると、ちょっと可哀想に思う。
けど、倒さないと後々問題になりそうだし、取りあえず討伐しようと握っている剣にグっと力を込めた。
だが、魔物は大きな瞳をふるふる揺らすと、くしゃっと顔を歪め。
「……ぅ……っぇ」
「え、泣いちゃうの……? ちょっと……まって」
「ぶえぇえぇーん!」
「……本気の泣き声は可愛くないのな」
ぶぇぇんと不細工に泣き始める子を眺め、泣かせてしまったことに罪悪感が湧いてしまい、魔王を倒そうという気も失せてしまった。
いや、それに関しては最初から失せているのでいいけど、何だか面倒臭いし帰ろうかな? と心が折れかかった時。
「魔王様!」
そんな言葉を叫びながら綺麗なお姉さんが走って来た。
――すげぇー、美人だ。
頭の両側から大きな角が生えているけど、まあ、許容範囲かな? と思う。
懸命にこちらに走って来る角のお姉さんは、小振りな胸をぷるんと揺らし、ゼェゼェ息を吐いている。
近くで見れば見るほど美人だな、と瞠目していると「貴方ですね! うちの魔王様を……」と角のお姉さんは言う。
「魔王様……?」
「こんなに泣かせて!」
「あー、うん、ごめんコレがちょっと膝に当たっちゃって……」
「なっ、なんてことを!」
ごめんなさい、と謝って好感度を得るか。それとも開き直って、魔王よ、かかってこい! と漢気を見せるべきか非常に迷う。
それ以前に、その小さい子が魔王なんだ? という事実に驚きを見せた方が良い気がして、俺はちょっと大げさに後ずさり「その子が魔王なの……?」と発言した。
「どこからどう見ても、魔王様でしょうが!」
「……えーと、はい」
この手のタイプは怒らせると面倒だと短い人生の中でも経験済みなので、取りあえず肯定しておくことにした。