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夢遊荘

作者: ハムスケ

「ということで!雅大くんは来週から出張に行ってもらいたい」

「旅館はこちらでとってあるから…相手側に粗相のないようにね。お願いね」

「はあ…分かりました…」

しぶしぶという感じで頭を下げて部屋の扉を閉める。

会社に入ってもう二年目、仕事が回ってくるのはいいけど…。

冴えない社会人の俺こと雅大邦彦は心の中で愚痴をこぼしていた。

最近はいつも帰る時間は日を跨いで終電ぎりぎり、精神的にきつい。

その上にこの出張ときたもんだ、帰って来てからも翌日仕事あるんだよなあ~。

ため息をつきながら会議室を後にする。

仕事帰りの十一時半、ホームで時計をみながら適当にスマホをいじる。

この時間がずっと続けばいいのにと心の底からそう思う。

まぶたが重くなって段々と閉じてくる…。

「あの~大丈夫ですか?」

「…ん?…はあ…」

見知らぬ声、見知らぬ人、誰かに話しかけられているようだ。

まぶたをこすりながら周りを見る。

「あれ…すみません…あの…終電…は…?」

「逃しましたねえ」

「そう…ですか…」

うなだれながら頭を下げる。

「ありがとうございます。起こしてくれて」

「いえいえ…気持ちよさそうに寝ていましたから」

俺は時計を見て驚く。

時刻は2時半を回っていた。

「すみません…本当ありがとうございます」

「もし…こちら…よろしければ…」

そう言うと、老人は何か御守り?のようなものを渡してきた。

老人はよく親戚にいる優しいおじさんと言った風貌でシャツにコートと何処か高級感が漂っていた。

「ありがとう…ございます」

見知らぬ人から何かもらうのは気が引けたが受け取らないのは悪いかと思いそれを受け取った。

「いえいえ…どうかあなたの今後に幸ありますようにと願いを込めております」

「ありがとうございます」

深く頭を下げてお礼を言う。

「何かそのこれくらいしかありませんが…」

俺は徐に昼間食べ余っていたおにぎりをおじさんに渡した。

「ありがとうございます」

お互いにお礼を言った後、おじさんはこっちなのでと改札の前で別れた。

結局のところその日は駅前のビジネスホテルに泊まった。

そして出張当日、俺は二泊分の荷物をスーツケースに押し込み家を出た。

そしてその日泊まる旅館に到着、時刻は3時半。

女将さんと思われる人がわざわざ出迎えてくれた。

「雅大様ですね。お部屋の方のご案内いたします」

部屋に着くと、思ったよりも広かった。

内装はよくある温泉旅館という感じだったが窓際の席には将棋盤が置いてあった。

将棋はやったことはないが出来ればかっこはつくだろうなとぼんやりと思っていた。

「温泉はそちらの角を曲がってすぐです。もし何か分からないことが御座いましたらフロントの方にご連絡ください」

「ありがとうございます」

荷物を置いた後、直ぐに旅館を出て今日の商談に向かった。

その後はいつもどうりだった。

商談は割とうまくいったし、順調に進んでいった。

そしていつもどうりふらふらになりながら足を引きづるように旅館に着くと部屋まで行きそのまま敷いてあった布団に倒れるように眠りに落ちた。

夢を見た。

何処かを走っている夢。

ただ、どこを走っているのかはわからないまま。

暗闇の中でただ足を動かしている感覚、結構速く走っているのに何も見えないのに何にもぶつからないのも不思議だった。

しかし何故かそれ以上に走る足を止まることが出来ない。

金縛りとでも言うのか走る以外のこと、見る、聞くといった事が今この瞬間は出来なくなっている。

ただ足を動かして走っている感覚だけがする夢。

なんなんだろうこの夢は?

そんな気持ちでいっぱいだった。

瞬間、俺は勢い良く何かに頭をぶつける。

「っ!…」

その直後に俺は反射的に布団から身を起こす。

眠りから覚めたようだった…。

見た夢の記憶は鮮明に、そして最後に頭というか額を何かぶつけたずきりとした痛みを今にも思い出せる程、リアルだった。

「なんだったんだ…今の…」

「…ん…いて~飲みすぎたか?昨日」

その時は前日の商談の飲み会で飲んだ酒の二日酔いが来たかと思った。

「ほどほどにしろってか」

取り敢えず身を起こし、スーツを着替えて温泉に向かう。

いい眠気覚ましになるかと思い、足早にタオルを取り、タオルで体を洗い湯船につかる。

早朝ということもあってか自分以外の人影はなかった。

その分だけリラックスできるし案外と出張も悪くないのかもしれないと何処か旅行気分だった。

温泉を出る前にタオルを絞り、温泉を出てすぐの脱衣場で絞ったタオルで体を拭く。

「……っ」

何処かで、それも俺の真後ろにある脱衣場の扉から視線のような気配を感じた。

途端に振り返ると、そこには誰もいなかった。

俺は向き直り着替えの服に着替えると何かポケットに入っている感覚がした。

「これって…」

ポケットをまさぐり、入っているものを確かめる。

するといつ入れたのかそこにはいつかおじさんから貰った御守りが入っていた。

それを見て何か前には感じなかった温もりのようなものを感じた。

俺はそれをポケットに戻した。

部屋に戻ると女将さんが部屋の前で何やら考え込んでいるようだ。

「あの…どうかなされました?」

「いえ…その…」

何やら言葉をためらっているような、苦いものを飲み込んだような顔をしていた。

「いえ、掃除の方をどうなさいますか?」

「ああ、それならもう済んでますけど」

「そうですか。そうですね」

はっとしたような顔をした後女将さんは慌てた様子で廊下を走っていく。

俺は少し振り返って女将さんを見届けると部屋に戻る。

新しいスーツに着替えて今日の商談へ向かう。

今日は何か、何処から視線を感じるような日だった。

そのせいで商談の時も視線が気になって上手くいかない感じで手ごたえは悪く感じた。

その日も案の定飲み会だった昨日のこともあって俺は出来るだけ早くあがった。

時刻は10時ちょうどくらいだった気がする。

帰り道でもその視線に常に追いかけられているような感覚がねっとりと張り付いてくる。

疲労のせいなのか、二日酔いがまだ残っているのか、それともあの視線のせいなのか何が何なのか俺には分からない。

重い体を引きずりながら俺は旅館に入り、部屋に戻る。

その日も前の日と同じく倒れこむように敷かれている布団に沈み込む。

またあの夢だ。

何処かを走っている感覚。

ただ違う。

前見た夢と明らかに違う。

目が見える。

どこを走っているのかぼんやりとではあるがその輪郭が少しつかめてくる。

何処かの森の中、を走っている。

ぼんやりとしていてどこの森なのかは分からない。

まずこの森が現実にあるのかどうかさえ分からない。

この森はこのまま無限に続くのかと思うほど長い時間を森の中を駆け抜けている。

実際、そんなに長い時間を走っていなかったかもしれない、しかしそんな錯覚を覚えてしまう。

しばらくしてから何処かの車道に出た。

そこでようやくこの森は現実にあるものだと実感する。

それだけに車道というのは現実味を帯びていた。

そしてもう一つ、さっきまで走っていたのは森ではなく山だということ。

何処かの山なんて分からないし見覚えもない。

ただ、俺の意志とは関係なく勝手にまた道なりに走っていく。

そしてそのころには大分視界もはっきりとしていて、それも妙に現実的で。

どんどんと山を下っていく。

今回の夢はやけに長い。

下っていく時に気が付く。

今日、そして恐らくは明日も感じることになるだろうあの視線を今は感じない。

そして相変わらずいくら走っても疲れる気配がない。

車道は暗く、車ともまったくすれ違わない。

明かりも点々と街灯があるだけだ。

ぼんやりと、何処かから何かの音が近づいてくる。

なんだろう、こう機械的な何かの…。

そう思った瞬間、俺の背中に物凄い衝撃が襲った。

声を出す暇もなく、俺の意識は暗闇に包まれた。

「っ!…」

布団から飛び起きると…そこにはいつもの畳が広がっていた。

「夢…か?」

自分の顔を手で覆う。

今でも鮮明に思い出せるあの衝撃…なんだったのだろうあれは。

憂鬱な面持ちと重い腰を上げると、俺は昨日と同じ様に温泉に向かった。

この憂鬱な気持ちと二日酔いで痛い頭や酒臭い体をまとめて洗い流したかったからだ。

温泉には誰もいなかった。

今は逆にそれがどこか怖くもあり、ありがたくもあった。

体を軽く洗い流すと、すぐに露天風呂につかった。

この寒い外の露天風呂が頭をすっきりさせてくれる。

一通り温泉を楽しんだ後、俺は脱衣所で時計を見上げる。

「まじ…かってやば…!」

時計を見ると午前十時半を回っていた。

次の会社との商談は十一時半、ここからその会社までは少なく見積もっても一時間半は掛かる。

それは昨日一昨日で分かっていたことだ。

俺は急いで脱衣所を出て、部屋に戻り急ピッチで準備を始めた。

今はただ会社について、どう謝ろうか、どんな言い訳をしようかとただひたすらに考

えていた。

俺は急ぎ足で旅館を出ると、いつものバス停に向かった。

バス停までの道のりを走っているとふと今日見たあの夢のことを思い出す。

あの音がした直後の衝撃、人生で一度も経験したことのないような衝撃だった。

そしてその衝撃は俺の中でトラウマになっていた。

瞬間、真後ろからからあの夢と同じ音がした。

俺は咄嗟に振り返るとそこには猛スピードでこちら突っ込んでくるバスがクラクションを鳴らしながらすぐ後ろまで迫っていた。

俺は顔を手で覆い、強く目を閉じた。

正直もう終わりだ、そう思った。

あの距離ではもう助からないと諦めていた。

しかしどれだけ待ってもクラクションの音はやまなかった。

「なん…だ?…どうなったんだ?」

「おい!そこどきなさい!君!」

俺に向けられている声が聞こえる。

ゆっくりと瞼を持ち上げると、そこにはあと数センチと迫ったバスが急停車したのかスリップしたと思われる跡があった。

「聞こえてるのか!返事しろ!」

声が耳元で聞こえた時、ようやくはっとした。

「は、はい!」

「君、なんでこんな道路の真ん中でぼーと突っ立てるんだ?」

「すみません!つい…」

「ついって君なあ…」

「まあ、いい。がとりあえずそこをどいてくれないか?もう少しで君危ないところだったぞ」

「はあ」

「あ、そう言えばこのバスって…」

「なんだ?」

バスを見て商談の会社前まで出ているバスだと分かる。

「すみませんここって行きますか」

そう言って、俺はバスの運転手に偶然持っていた地図を見せて説明した。

「ここなら寄るよ。まあ少し遅れそうだけどね」

「じゃあ、乗ります」

バスに乗り込み、会社前に着く。

この日も昨日と同じだった。

何処か憂鬱な気持ちのまま商談は進み、もちろんそんな状態でいい結果をとれるはずもなく俺の帰りの足はいつになく重いものになっていた。

もう体全体が重い、何かまるでよっかかられているような…。

「はあ……」

長い溜息をつく。

それほどまでもしくは自分が思っている以上に精神が疲れてきているのかもしれない。

俺はただ茫然と行く後もなくふらふらと足を運んでいた。

今日は飲み会もなく、普通なら速攻旅館に帰っておいしいごはんの一つや二つ食べているころだろうが…。

今の俺は何故か何処か夢見心地というか自分の事を他人事のように見てしまう。

このまま俺はどこに行くのだろう。

そう他人事のように思っていた。

瞬間、俺の意識が離れていくのが分かった。

まるで自分の体が自分のものでなくなるかのような。

しかしそれでも意識ははっきりとしていて…。

そして俺は思い出す。

こ、これっ…まさか…。

この三日間立て続けに見たあの夢…。

まさにあの夢でも意識ははっきりとしているのに体だけは自分で動かせない感じ。

あれは…まさか…俺の未来の姿!?だったのか?

ってことはまさか…俺はこのままだと…。

俺は慌てて思い出す。

あの夢の中、確か最後の、あの衝撃…あの音…俺は、最後にひかれるのか?…あのバスに…。

そう自分の中で確信した瞬間、嫌な汗が全身から噴き出す気がした。

実際、俺の体は一滴もそんな汗はかいていないが俺の心はもう疲弊しきっていた。

俺はもう知らない誰かに体をゆだねるしか出来なかった…。

俺の意識はだんだんと暗闇に落ちていく。

まさに暗闇の落ちるように意識がなくなっていく…あの音がどこからかする気がする。

さっきから気がするばっかだな、俺。

そうぼんやりと思っていると何か温かさを感じた。

なんだろう…安心するこの感じ…。

ポケットになにか入っている、そんな感じがした。

ポケットの中、その何かを俺は取り出せない。

せめて手さえ自由に動いてくれれば…!!

そう強く念じると、かすかだが指が自分の意志で動くようになった。

なんとか…手さえ…。

バスの音はすぐ後ろまで迫っていた!

意識の中で目を閉じて、さらに強く念じる。

すると片腕だけだが腕が動くようになった!

よし…これで…。

なんとかポケットの中に手を入れると何かに手が当たった。

これは…?。

取り出してみるとそれは…あの老人から貰ったお守りだった。

瞬間、耳元でバスの音が響いたと思うと俺は意識を失った。

もう終わりだ意識を失うその刹那、俺はそう確信した。

そのはずだった…。

何か明るい光に照らされて、俺は目が覚める。

「ここ…は…?」

「君!君!大丈夫か!?」

ひんやりとした感触、

目を開けると、そこは道路の上だった。

誰かに呼びかけられている。

「はあ…あの…あなたは?」

「私はこのバスの運転手だ!走っていたら突然君が前に現れたからびっくりしてすぐハンドルを切ったんだけどねえ」

「す、すいません!」

「まあ、回送だったからお客さんが乗ってなかったのが不幸中の幸いだけど…バスが脱線するとは…こりゃあまた怒られるなあ僕」

「すみません…」

「そういや君…この先に向かってたのか?」

「はい、そうですが」

「この先にはだいぶ前に廃館になった温泉旅館しかないけど」

「え?」

俺はそれを聞いた瞬間、嫌な汗が全身から噴き出すのが分かった。

前は気がするだけだったが今度は本当に嫌な汗が出てるのが分かる。

もうさっきまでの体が動かないという感覚はなくなっていた。

自分の身体だ…。

いやしかしそれ以上にあの温泉が廃館?

どういうことだ?

俺は確かに…。

「まあ君、気を落とすんじゃない、何かあったんだろ?」

「僕も今何かあったことだし聞こうじゃないか」

それから俺はかいつまんで運転手さんに今までのことを説明した。

「そうかあ、じゃあ今からでも旅館に行こうじゃないか」

「そこまで気を使わなくても…」

「いや、大丈夫大丈夫」

そう言うと、運転手さんは携帯を取り出し電話を掛ける。

「あ、はい。すみません…」

運転手さんは電話が終わると頭を下げてきた。

「ごめんね~やっぱ君に付き添ってあげられるの多分二十分そこらかも」

「いやいや全然!大丈夫ですよ!?」

「いやいや~」

その後、俺は五分ほど歩き旅館に帰ってきた。

その光景を見て、俺は息をのんだ。

やはり旅館は廃館の看板が下がっていて、明らかに以前来た時より廃墟みたいになっていた。

「まさか…これって…」

「いや~変なこともあるもんですね~」

俺はたまらずにその場にうなだれる。

「大丈夫ですか?」

運転手さんの声がする。

うずまくっている俺を心配してくれている声。

ただ、何か違う。

何かが、違う。

顔を上げると、そこには誰もいなかった。

瞬間、後ろからあのバスの機械音がして俺は全速力で来た道を折り返していった。

どれくらい走っただろう。

振り返るともう山の外へ来ていて、町の中だった。

俺はこんなに走ったのかと不思議だったが俺にはもう振り返る勇気はなかった。

その後俺は会社に電話をかけ、不思議なことを聞いた。

「あの、旅館がもう廃館になっていたのですが…」

「何言ってるんだ君は?君はホテルに泊まってるんじゃなかったのか?」

「ホテル?」

「ああ、ホテルを予約しているから泊まるようにと言っていたはずだが」

「はあ」

俺はそのままホテルの名前を聞き、そこに向かった。

ホテルのフロントに寄るとまた不思議なことを聞いた。

「ああ、お帰りなさいませ。今朝は早く体調の方は大丈夫でしたか?」

「今朝?」

どういうことだ、俺はここにきたのは初めてのはず。

今日この人と会ったのだって…どういうことだ。

「あの、初めまして…ですよね?」

「いえ、今朝もこちらの方にお見えになりましたよね?」

「いや…その…はい…」

その後はなんか気まずい感じで部屋に戻り、翌日会社に戻った。

その後はあの老人がいないか駅のホームで探してみたりしたが、何もなく日常が過ぎていった。

今でも思い出すあの夢の記憶…あれは何だったんだろう…。

今でもそれは謎のままだ。

そう言えば…あの…あの旅館の名前はなんて言ったっけ?



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