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第79話 おやすみなさい

♦︎♦︎♦︎


「さあや……オレのこと大好きって言ったのに……!」


 湿気を大量に含んだ声が聞こえてみんなで振り返る。私たちの座るソファの裏に、ハルキを抱っこしてるあゆがいた。涙目で唇プルプルさせている。

 私の「大好き」を聞きつけたようだ。


「あれは嘘だったのかー!?」

「嘘じゃないよ? あゆのことも大好き」

「『も』!?」

「うん。『も』」

「え? え? じゃあリオは!?」

「もちろん大好き」

「リルルは!?」

「とーぜん大好き」

「銀次ママや楓パパも?」

「だーい好き。芳華さんもブンサブローもユッキーさんもみゃーちゃんもみんな大好き」


 お疲れ様会場に点々とするみんなを指差しながら答えた。


「じゃあ、じゃあ……パピは!?」

「んー……大好き」

「そんな……パピまでも……あいつも? あいつもあいつもあいつもあいつも!?」


 あゆがテキトーにいろんな人を指差すが、私はどの人に対しても「大好き」と答える。みんな駆けつけて助けてくれた人だもん。


「さあやが大好きモンスターになっちゃった……」

「あ、でもあゆの『大好き』は特別な『大好き』だよ?」

「とく……べつ……?」

「うん」


 だって私に幸せを運んできてくれた特別な出会い……「運命」や「奇跡」って呼べる出会いになったんだもん。


「『大』がいっぱい付くって言ったでしょ? 他のみんなにもたくさん『大』が付くけど、中でもあゆは特別……特別大好きだよ?」

「ふ、ふーん……特別なんだ……リオ、おまえの言う通りだった!」

「な? 特別になれたろ? 全部あーしのおかげだな。わかったらあーしの言うこと今後も聞けな?」

「うん! ハルキ聞いたか? オレ、特別なんだって!」

「あややー?」


 ハルキは親指しゃぶって私とあゆを交互に見ている。

 あゆはソファの裏から前に。リルルさんがスッとずれて、あゆがその隙間、私の隣に座った。

 抱えていたハルキをリルルさんに預けると、向かいの春希お兄ちゃんを見て、似合わない勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「ヨル……おまえはただの『大好き』だけどオレは特別なんだって……どうだ!?」

「どうって……」

「ふふーん! オレは特別だから……こ、こここここんなこともできちゃう……」


 ゆっくりとあゆが頭を私の太腿に……乗せる前にチラッと私の顔を見た。


「いいよ」

「できちゃうもんねーーー!!」


 ぽふっとふわふわの金髪頭が私の太腿に乗った。


 熱……全力で照れるならやらなきゃいいのに……。


「なんかムカつくなぁ……」

「お兄ちゃんもする?」

「え?」

「え"!?」

「冗談だよ?」

「あ……そう……」


 思いの外残念そう……うーん、リルルさんの気持ちがわかってきたぞ……からかうの楽しいかも。


 私のちょっと高揚する気持ちに感化されたみたいに、背後でたくさんの笑い声が上がった。

 ちらっと振り返ると、パピさんや芳華さんが手を叩いて笑っていた。あとブンサブローがぴょんぴょん跳ねている。みんな随分テンションが高い。


「あっちではなにやってるの?」


 あゆの真っ赤な耳に向け質問を投げた。


「『誰が誰でしょうゲーム』してる」

「なにそれ?」

「今の名前と前世の名前言って、バラバラに立ち位置入れ替わって、誰が誰だか当てるヤツ」

「へー神経衰弱みたいなやつか。知り合いとかいた?」

「あぁ! 一緒の村の奴とかー、他国の模擬戦闘訓練した奴とかー、旅先で出会った修行者とか。強い奴いっぱいいたぞ!」

「今回駆けつけてくれた皆様はブラトス様やクゥシャ様など国軍兵士をはじめ、フェニア様が団長を務めるすこねむ団の団員、ターゲン様お抱えのお弟子様たちなど。自国のみならず他国からも、前世では名のある方も多く手助け頂きました」


 確かブラトスさんがみゃーちゃんでクゥシャさんが芳華さん……フェニアさんが楓パパで……パピさんの前世はなんて名前だっけ……うーん思い出せない……失礼になっちゃう。あとでこっそり教えてもらおう。


「ラジオでの呼びかけとブン様、なによりさあや様の妙案のおかげでございます。お助け頂いた皆々様に改めて謝辞を——」

「ぶっぶー!! 紛れ込んだ変質者じゃありませんーーー! 僕ちんみんなの愛するアルベレト・ディン・フォーリア様でーーーっす! ほらほらー間違えちゃった女子諸君そこに並んでー? ねるとん始めちゃうぞー? 今なら王の世継ぎを宿せるチャーンス!!」


 誰が誰でしょうゲームの正否だろうか。不健康そうな薄ハゲ肥満型のおじさんがテーブルの上で小躍りしてた。あの戦火の中、エナドリを無償じゃなくしっかり売り捌いたコンビニの店長さんだ。

 周りの人達が一斉にブーイングしている。それを受けてなんか喜んでる……あれがかつては王様だった人の姿か……。


「ご招待されてない方がいらっしゃいますね」

「おら、お兄ちゃん。おめーの親父だろ? どーにかしてこいよ」

「えっとぉ……もう他人だし……」

「生まれ変わっても家族の絆を大事にしろ―」

「みんなやめろー!」


 声を上げたのはあゆだった。私の膝枕から頭を上げ、ソファに立ち上がる。


「どうしてヘーカを仲間外れにするんだ! ヘーカは親切だし物知りだぞ! オレにいろんなこと教えてくれた……前世では外から部屋の鍵を開ける方法とか、風呂場への近道とか、生まれ変わってからもホテルとかパパかつとか、新しい世界でなにも知らないオレにたくさん教えてくれたんだ……ありがとう……ヘーカ!」


 その場の全員が一斉にスマホをいじり出した。【110】を押すのが見える見える……。

 すぐにパトカーのサイレンが聞こえ出した。


「さあや様。わたくし陛下を連行してまいります。どうぞ、ごゆるりとお過ごしくださいませ」

「あぁ……はい。おやすみなさい」

「おやすみなさいませ」


 リルルさんはハルキをソファに座らせて席を立つ。私に一礼してからキビキビ歩いて元王様の元へ。


「陛下、パトカーの準備ができております」

「うむ。では皆の者、行ってまいる!」


 王様は手錠を掛けられて「馬車の用意ができております」みたいなノリで行ってしまった。


「ヘーカは王様だからな! きっと手厚いもてなしが待ってるんだろうな!」


 あゆが当然のように私の膝枕を再開して言った。

 待ってるのは冷たい床の留置所だと思うけど……。


「あんたがナンバーワンのキャバ嬢なわけ?」


 今度は正面から声がした。両手を腰に当てて仁王立ちするみゃーちゃんがいた。

 相変わらずツインテールが似合うナマイキ顔だ。ミニスカにパーカー、縞々タイツを履いてて、低身長も合わさって小学生にしか見えない。この体に一児の父親の記憶が流れ込んだことを思うと、少しかわいそうだと同情してしまう。

 彼女の敵意の矛先はリオさんだ。


「あん? なんだおチビ。ガキはそろそろけぇる時間だぜ?」

「ガキじゃないんですけど。みゃーは来年高校生なんですけど」

「ガキじゃね? てかそのナリで中三とか……っぷ」

「はぁー? なに笑ってるわけ? これから身長も伸びるんですが? あー成長痛で膝痛ーい」

「別に身長のこと言ってねーのに……気にしてたんだなーゴメンちょ!」

「気にしてないんだけど! しょ、所詮安酒でおっさんしか相手にしないおばさんにはオトナかわいいみゃーのオーラは理解できないのねーカワイソー」

「あぁそうだなっ! あーしもオトナコーデ勉強しねーとなっ! 師匠と呼ばせてくれっ! さっそく修行だー。今ならプリマジの筐体空いてっぜっ!? ぷすーくすくすっ!」

「なにコイツ! さあや姉ぇ! ホントにこいつナンバーワンなわけぇ!?」

「一応揺るぎないナンバーワンだよ?」


 みゃーちゃんが声にならない怒声を上げながら歯ぎしりした。


「ムカつくムカつくムカつくムカつく! とにかく、もうみゃーのパパたぶらかさないで!」

「パパぁ?」

「ちょっとちょっと、みゃーちゃーん!」

 

 人込みの中からユッキーさんが現れた。人をかき分けながら、やっとのことで私たちの席にやってくる。


「たぶらかすとか、そんなんじゃないからー! お客さんと、店員さんってだけだからねー? 楽しくお酒飲んでお話するってだけだからー!」

「お、ユッキー飲んでるぅ?」

「飲んでる飲んでるー!」

「今日は嬢じゃねーからよー、酌はしねーぜ? ぶりっこもなしだ」

「わかってるよーもー。あ、紹介まだだったー? こちらアタシの娘でお父様の魅耶。みゃーちゃんって呼んであげてねー?」

「んー複雑。あーしならグレてる」

「楽しんでるけど―、そろそろ帰ろうかなーって思っててねー? この子まだ一四歳だからー」

「それな。おら、言ったろーがよー。パパが条例違反でしょっ引かれちまうぜ? さっさとけぇんな」

「そうするねー。ほらみゃーちゃん、もう遅いから帰るよー」

「お父さんは黙ってて! この女やっつけないと!」

「あれれ~? パパの前ではお父さんって呼んでるのぉ~?」

「キーーー!!」


 怒りすぎてお猿みたいになっちゃった。


「しゃあねぇなー……さあや、ちょっと教育的理解らせしてくんぜ。てかおめーもあゆもガキなんだから、ぼちぼち切り上げろよ?」

「はーい。おやすみなさい」

「すみー」

「おやすみ!」

「おやすみなさーい」


 軽く手を振りながら、リオさんはみゃーちゃんとユッキーさんを連れて違うテーブルへ行ってしまった。みゃーちゃん、怒っててもしっかり「おやすみ」を言ってくれる……いい子だなー。


 テーブルには私とあゆとハルキ……それから向かい席に春希お兄ちゃん。お兄ちゃんはリオさんもリルルさんもいなくなったのに、まだ居心地悪そう。

 視線で会話の切り出しを促してもお兄ちゃんは目を逸らすだけ。仕方なくまた私から口を開いた。


「秘密基地の合言葉、前世の言葉なんだって?」

「あ、あぁ……【ノスタル・エモ】。てのひらと石ころって意味だよ。でもなんで知ってたんだろう……あの頃、まだヨードゥルは目覚めてないのに」

「なんか強く心に刻んだ言葉は魂からフライングするみたいだよ? リルルさんも小さい頃から言ってたって」

「あーそれで……粋なことするなぁマホは……」

「秘密基地って……もう残ってないよね?」

「あぁ、ゴルフ場になってるよ」

「そっか……私、一度つばめの里園に帰って、ちゃんと千枝お姉ちゃんにも謝ろうと思う……一緒に来てくれる?」

「勿論——」

「やった! いつにする? さっき話したらリオさんもリルルさんも来てくれるって!」

「え……彼女たちを千枝ちゃんに会わせるのはやめたほうが……」

「なんで? 気が合うと思うけど。あゆも一緒に行く?」

「行くー!」


 あゆがもぞっと動いて春希お兄ちゃんを睨みつけた。


「たぶん泊りになるけど、お兄ちゃんホテルは私と同室でいい?」

「は!?」

「え!?」

「なに驚いてんの? 昔狭い部屋で雑魚寝してたじゃん」

「いやそうだけど!」

「お風呂も一緒に入ったことあるし、庭の子供用プールで遊んだりもしたよね? あの頃の私にはちょうど良かったけど、お兄ちゃんには小さすぎてみんなで入るとぎゅうぎゅうでさ、おねだりして市民プール行けばよかったよねー? 浴衣の着付け手伝ってもらったこともあるよね? あ、そういえばお兄ちゃんに教えてもらった金魚掬いのコツがお祭りでの戦いで役に立ってね? あゆがスモック倒すカギになったの! すごくない?」

「す……ごい……ね」


 お兄ちゃんがあゆの顔を見て青褪めてる。私からはどんな顔してるか見えない。 


「あ……えっとぉ……あ! パピの奴酔い潰れちゃってる! しょうがないなー!」

「まだピンピンしてるけど」

「いーや、彼……前世では彼女だけど、僕の護衛中に突然消えたり人知れず腹痛で倒れてたりしてたから! ちゃんと見てあげてないと!」

「それ魔法で消えたまま誰も気付けてないだけじゃない? パピさんちょっぴり存在感薄いし」

「前世から調子に乗りやすいの変わってないなー! それじゃ里緒、おやすみー!」


 下手な演技で席を立ち、まだまだ元気そうなパピさんのところへ行ってしまった。


「逃げちゃった……」


 情けないなぁもう。昔はすごく頼りにしてたのに。

 気まずいのはわかるけど、あんなそそくさと……罪悪感でもあるのかな?

 私が酷い目に遭ったのは私の選択の結果なんだから、気にしなくていいのに。

 まぁいいや。これからは連絡一本で会えるし。事あるごとにからかってあげよう。


♦︎♦︎♦︎

■■■お知らせ■■■

次回、本日18時頃に更新します。

面白いと思っていただけた方、またその逆の方。

高低関わらず評価いただけると大変ハッピーです。

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