第78話 お疲れ様会
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「そういえば、スモックってなんか水辺の生物象った奴ばっかりじゃないですか? あれってなんか理由あるんですかね?」
ふと思いついた疑問を左隣に座るリルルさんに投げかけてみた。
リルルさんはカップを傾け、砂糖とミルクいっぱいのアールグレイを軽く口に含んだ後口を開いた。
「そうでございますねぇ……前世界でも同様な例が多かったのでございますが、思うに海が全ての生物の安心に繋がるからでございましょう」
「安心……ですか?」
「左様でございます。さあや様は一番安心できる場所とはいずこかとお考えに?」
「うーん……ベッドの中とか? お風呂とか」
「いずれも温かい場所でございましょう? しかしシャワーで済ませる方もいらっしゃいますし、暑い国にお住まいの方もお布団被ることはないと思われます。わたくしが考える生物史上最も安心できる場所とは……母親のお腹の中でございます」
「母親の……」
「赤ん坊がテレビの砂嵐や紙をガシガシと鳴らす音で泣き止む話がございますが、一説によると母親の胎内では似た音で溢れているとか……」
「それと海が繋がるのは……『母なる海』ってやつですか?」
「左様でございます。生物の誕生が海からというのはわたくしたちの世界でも同じ……スモックは不安の限界値を越えた際に生まれる魔物……無意識に安心を求めているという説がございます。結果、母なる海に近しい生物を形作るのではないかと」
リルルさんの論に、私の右隣に座るリオさんがパンっと手を叩いた。
「なーる! つまりよー、あのバケモン共はばぶっておぎゃってえぐえぐあーあーおっぱいちゅーちゅーしたくてママみを求めた現代社会の闇から生まれたどうしよーもーねークソキモモンスっつーわけかー」
「左様でございます」
聞かなきゃよかった。
私もグラスに入ってるお茶をチビッと飲む。
ここは【ClubAsyl】。私が勤めてたキャバクラ。雑居ビルの地下一階にある店だったが、今は月明りが優しく包むテラス……というか、天井の無い青空キャバクラなんだけど。
あの戦いから一週間が経った。
新宿はもうほぼ更地になってしまい、キャバクラが入ってたこの雑居ビルも倒壊し、瓦礫撤去後地下の店がすっかり丸裸になっちゃったのだ。
もう八月も終わる……でも暑さはまだまだ続きそう。クーラーの無い屋外だと汗でべたべたして気持ち悪い。でも私は以前よりも暑さを気にしてない。だって半袖着てるから。
私は半袖のふわっとしたブラウスとロングスカート。キャバ嬢のドレスじゃない。火傷痕も剥き出し。でも気にしない。これを見たって、人は簡単に変わらないってわかったから。
今日この店はクラブ営業じゃなくて、戦いを終えた戦士たちのお疲れ様会を行っている。ユッキーさん発案で、楓パパと銀次ママが中心になって開催してくれた。知ってる顔も知らない顔もたくさんある。店の外にもテーブル出したり瓦礫をテーブル代わりにして、人の海は広がっていた。
お疲れ様会には自衛隊の人とかもいる。瓦礫の撤去作業とかで活躍中だ。自衛隊出動してヘリ一台返り討ちになったらしいけど、結果それでよかったと思う。もっとヘリとか戦闘機とか飛んでミサイルばんばん撃ってたらきっと犠牲者たくさん出たし、ファンタジー相手に現代兵器が通用するかもわかんないし、元々自主避難してた人がほとんどだし転生者だけで戦った結果死者ゼロなんだから。
でも……。
「デルクスさんって……ホントに世界を滅ぼそうって考えてたのかな……」
小さく声をぽつりと溢すと、リルルさんが拾ってくれた。
「死者ゼロでございますからね。前世界では大量死であったのに……恐らくでございますが、彼の中でも葛藤があったのやもしれません。彼は地球の……星の声を聞けたとのことでございますが、同じように星の声を聞けると仰るマホ様とは意見が違います。地球の声を無視したエゴだったのか……もしくは、彼自身の心境に変化があったのか……」
「なにか心変わりすることが……」
「あのヤローもハルキの中にいたんならよー、さあやにバブってたんじゃね? おめーにバブみを感じてよー、人類滅ぼすよりワンチャンおっぱいちゅーちゅーできんじゃねって思ったんだよっ!」
聞かなきゃよかった。
「あながち間違いではないかもしれません」
「えぇ……そうなんですか……」
「デルクスは前世で幼少の頃、スモックに母親を殺害されております」
「え?」
「野良スモックか、はたまた彼か彼の母親が生み出してしまったスモックなのか……経緯は不明ですが、前世で確認した記録によるとスモックは母親だけ殺害しその場を去ったと」
「……その頃からスモックを操る魔法を使えてた?」
「わかりかねますが、切っ掛けであったのは間違いないかと」
「お二人さんよー」
リルルさんがイライラした声で話を割った。
「テロリストに同情するような流れを作んじゃねーぜ? どんな過去があろうとなー、ヤローは殺戮ヤローで新宿を真っ平にしやがったクソだ」
「……そうでございますね」
「悪人は悪人のまま、お涙頂戴な過去なんざいらねーんだよ。無いほうが悪役として箔がつくぜ? 地球のためだとか、ガキ向け説教映画みてーな動機だがよー」
私も全面的に同意だ。やったことは許されないことだ。
でも……知りたいって気持ちもあった。
「過去より未来の話をしよーぜ? さあや、おめーこれからどーすっぺ?」
リルルさんがぐびーッと大ジョッキのビールを飲み干す。泡の白髭を蓄えて質問した。
「……まず、罪を償います」
私は椎名の……椎名瑞斗の父親である義輝さんを刺した。それは事実だ。
襲われそうになった、自己防衛だった。でも刺したのは私。どれだけ擁護されようとそれは変わらない。
「大変ご立派でございます」
「黙ってりゃよくねー? ロリコンオヤジも庇ってんだろ—がよー」
「リオさん……警察官の前ですよ?」
「推しのためなら職務放棄すんじゃね? そこんとこどーなのよ?」
「ダメでございます」
「あーそーかよ」
「隠したままではさあや様のお心に溝が生まれます。いずれ深い傷となり永劫晴れやかな気分は訪れないでしょう。傷にしない、溝を生まないために法を頼るのでございます。ご安心を。必ず悪い結果にはならないでしょう。いえ、させません」
「真面目ちゃんがよー……んじゃあよー、それが終わったら?」
「その後は……お母さんを探します」
「もう死んでんじゃね?」
「リオ様!」
「黙れ、言わせろ。例え生きてたとしてよー、おめーの母親は心中未遂起こして、小三のおめーを残して消えたマジモンのクソだ」
「はい」
「とっくに男作ってよー、幸せ家族拵えてっかもしんねーぜ?」
「それならそれでいいです」
「おめーは忘れられんのか? おめー捨てて別の幸せ選んだ人間だぜ?」
「忘れられない……忘れないです。私がお母さんから感じた愛は本物だし、捨てられて受けた傷もその後に続く辛さも本物。だからお母さんが幸せでも辛い状況でも、まず会えたら引っ叩きます。そして言ってやるんです。『あなたのせいで私はたくさん酷い目にあった』でも……『今はすごく幸せだ』……って……」
「そーかよ……見つけたら教えろ。あーしも連れてけ。おめーが言いづらくて黙っちまった時は溜め込んだ文句全部言ってやんぜ」
「……ありがとうリオさん」
「そういや罪がどーとか言ってたけどよー、さあやがキャバ嬢やってたことはどーなんだ? あーしや銀次ママとかも罪に問われちゃう系? そこんとこはどーだおまわり?」
「なんのことでございますか? さあや様は食器洗い専任と耳にしておりますが……」
「そこはとぼけんのかよ」
「最近はランチでお昼も営業するクラブが増えてきましたので、未成年者がアルバイトしていてもいささかも問題ないでしょう」
「おめーが掲げる法ってのも都合いいなー……んでよー、妹の壮絶な過去と覚悟を見て、改めてお兄ちゃんからかける言葉はねーのかコラ」
リオさんが腕と足を組んで向かい席を睨んだ。私とリルルさんも向かい席を見る。
息を潜めてた春希お兄ちゃんが肩をびくっとさせ、口に着けたままのグラスを置いた。しゅわしゅわと炭酸の気泡を浮かべるレモンサワーは全く減ってない。
お兄ちゃんは「えっとぉ……」と言って言葉を探してキョロキョロしてる。
この感じ……クラスのやんちゃ男子が徒党を組む女子にタジタジな空気に似てる……。
仕方ないから私が口を開いた。なんかかわいそうだし。
「火傷の痕見て私だって気付いたの?」
「……うん、そうだ」
「なんでその時言ってくれなかったの?」
「……もう自分の人生を歩いてるんだって……邪魔になるんじゃないかって思ったんだ。それになんか……後ろめたかったし……」
「別に幸せでも苦しくても、会えたら私は嬉しかったよ?」
「それは……僕も嬉しいな」
「でも私はぜんぜん気付かなかった……」
「そ……そお? 変わってないつもりだけど」
「変わったよ! 前はメガネかけてなかったし、髪も野球少年みたいな坊主だったもん! なにそのもじゃもじゃ!」
「ずっと丸刈りだったからなー……伸ばし始めて自分の毛根のポテンシャルに気付いたよ。メガネは……暗い部屋で勉強するようになったからかな? 今はかけてないと君たちの顔も見えない」
「王子様……なんだよね?」
「前世ではね」
「なんかぜんぜん王子っぽくない」
「え……そお?」
「うん、ぜんぜん。リルルさん、前世でもこんな感じ?」
「そうでございますねぇ……まぁ……こんな感じでございます」
「雑ぅ!」
「王子さんはリルル的にあんま推せてねー感じか?」
「……そのようなことはございません」
「今間がなかった!?」
「クリス様やマホ様との絡みはとても尊いものがございます。しかしお一人の時はいつまでもうじうじしておられ、国の未来を悲観したものでございます。日本は民主制で大変良いかと」
「そうなんですね……昔は頼りがいのあるお兄ちゃんだったのに……成長してから見ると、なんか弱そうだね」
「言い返せない……」
「あっ! そういえばあの羽の魔法! あれもお兄ちゃんの魔法なんだって? あれのせいで私とリオさん死ぬとこだったんだからね!」
「おーおーそうだそうだ。こりゃ責任問題だぜ? 今なら五億で勘弁してやる。当然キャッシュな?」
「あの……僕サラリーマン……」
「養父のおっさんでけー会社の社長なんだろ? 聞いてんぜー? 継いだら払え」
面白いくらいからかわれてる……私も結構楽しい。
「えっとぉ……とにかくごめん! 無闇に翼を与えたのは考えなしだったかもしれない……いやでも、あの状況で悪人がいるなんて思わないじゃないか!」
「まぁそうだな。おめーの言う通りだ。お兄ちゃんは悪くねーよ。因みにその悪人はさあやをクソほどいじめてたゴミで今回の事件の手伝いをしてたクソオブクソな?」
「……ごめん……」
「そういやそのクソは逮捕されたがよー、今の法では裁けねーのか?」
「難しいでしょう。ですが法改正も進むと思われます。なにせ日本人の八割が転生者。皆々様スモックや前世界での戦争についてもご理解があるはず。わたくしが懇意にしておりました王妃様も政界におられるとの情報を得たため、今後のことについてお話しする所存でございます」
「ほーほー政治家にコネクションが……あーしにも紹介しろ。んでもってキチンとお兄ちゃんから慰謝料請求できる法にしてもらわねーとなー。魔法行使過失とかの罪状になんのかー?」
「ご、ごめんなさい……」
「リオさんそのくらいで……」
お兄ちゃん……どんどん小さく見えてきた。
冬眠前の熊みたいに歯を剝き出して威嚇するリオさんを落ち着かせ、萎んだ風船に優しく空気を入れるようにお兄ちゃんに声をかける。
「お兄ちゃんは私をほったらかした。でもちゃんと来てくれた……約束通り最初の言葉が秘密基地の合言葉だったし……昔と変わってない。大好きだよ」
「里桜……」
「さあや様……」
「おめー見境ねーな」
鼻血垂らすリルルさんを見てリオさんが身を引いた。
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次回、明日9/30の8時頃に更新します。
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