第77話 会いたい
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雰囲気で、佇まいで別人だと分かった。
なんだか主張が控えめで、少しだけ内股で、自分を小さく見せようと必死な感じ。私の知るあゆとは正反対。
目の前の女の子はクリスじゃない。初めて会う、初めて会話する相手だ。
「あの……ウチ……」
「緊張してる?」
「……え?」
「告白の後だし当たり前か。緊張してる時は京都弁になるって、あなたのお母さんが言ってたの」
「ドキドキは……してる」
強がりなのか、無理やり標準語に戻った。
「マホちゃん……で、いいんだよね?」
「えぇ……いつからわたしがマホだって気付いたの?」
「確信を得たのはさっき新幹線の中で。でも、実は結構前からそうかもとは思ってたんだ」
最初に出会った時や花火大会の日。マホちゃんの魔法が助けてくれた時は私とあゆとハルキが一緒だった。助けてくれたってことはマホちゃんは目覚めてる。意識があるんだって。
「周りから私がマホだって言われても自覚ないし、あゆにはクリスが入ってるから、消去法で最初はハルキがそうなんじゃないかって薄っすら思ってたの。でも今日あなたのお家でお世話になって、夕海さんたちからあなたのことを教えてもらった」
クリスとは真逆な子で、ちゃんと女の子してた。
「広瀬あゆとして生を受け、マホちゃんとして目覚めたのはつい最近なんでしょ? 高校の終業式前……いや、もうちょっと前かな?」
ラジオにハガキ投稿してるみたいだし。
「あなたは世界心中をしてしまったことを悔やんで、一人で押し潰されそうになって、冷静じゃないまま入水自殺しようとした。溺れたと思われてすぐに救助されたけど、あなたの心は内へ引きこもってしまった。そして病院で目覚めたのはクリスだった……あってる?」
「……えぇ」
「ハルキの中にハルキ自身とデルクスさんがいるって知って、それがあり得るならあゆの中にはマホちゃんもいるって確信になったの。体は共有しても、前世の記憶が保有されてるのが魂なら、クリスにあゆとして生活したあなたのこれまでの記憶はなかったのも説明つくし」
マホちゃんは黙って耳を傾け続けている。
「転生魔法じゃなくて、旅の魔法だもんね? あなたの願いは分かる。あなたの、みんなの大切な人たちとこれまでと変わらずに新しい世界を生きていける……性別逆になったり、犬になってる人もいるけど。姿が変わってもちゃんと大切な誰かに会えてる。一緒にいられる。偶然なのかあなたの魔法がとんでもないだけなのか……もしくは、マホちゃんとクリスの一緒にいたいって気持ちが強すぎたのかな? 同じ体に生まれ変わったけど、これって旅先で部屋が同室だった感じ?」
ん? もしそうなら……じゃあデルクスさんはハルキに固執してたってこと?
ならハルキも転生者……ハルキの前世……デルクスさんが大事にしたいと思っていた誰か……。
でも互いに戦ってたし……気付いてない……?
もしくは正体に気付いてて……傷つけたくなかった……?
自分で言いながら疑問が湧いたが、今は忘れることにした。
疑問と言えば……。
「マホちゃんが私を呼んだ時、声が切れ切れだったけど……大丈夫だった?」
「あぁそれ。問題ない。気絶しただけなんで」
「それ問題じゃない?」
「わたしってその……前世では死ぬ日まで小さな傷も作ったことなかったし、あゆに生まれ変わってからも大きな怪我したことなくて……痛いのほんまダメで、注射で気絶するレベルっていう……」
天才故の弱点みたい。
「わたしと違ってクリスは近接戦スタイルだから怪我ばっかするし、体は共有してるから、もう戦闘中は意識保つのに必死! 今日も結局最後は気を失っちゃった……」
「怪我だいじょうぶ? 治そうか?」
「ご心配なく。さっきクリスが自分で治してたので」
ピリピリ怒ってるのが口調の強さから伝わる。やっぱり前世でも振り回されてたんだろうな。
「あと、クリスが日本語ペラペラなことも謎なんだけど……」
「それはわたしの伝心魔法のおかげ」
「伝心魔法ってユッキーさんが使う? どうやって?」
私が興味津々でずいっと一歩近づくと、マホちゃんはチラリと横に視線を泳がせてから口を開いた。
「睡眠学習に最適なんよ。クリスがおること、あいつが表に出てきてから気付いたんやけど、ウチはあいつが好き勝手やってる間も心の裏側で意識はあったんよ。なにするかと思たらいきなし病院飛び出しちゃって……野宿して寝てる間とかにな、ずーっと伝心魔法で言葉だけは教えてたんよ。さあやはんと出会った後も毎日毎日……もはや暗示や洗脳レベルで」
また京都弁が戻ってきた。
「さあやはんには迷惑かけちゃったと思ってたんやけど……堪忍な? 時間も無い中で現代技術とか難しい言葉とか伝えんの難しいし、とにかく会話レベルを引き上げることを優先してたんや。あと……どうしてもその……性的なもんとかは……」
「あぁ大丈夫大丈夫、わかってるから。気にしないでね?」
相手が寝てる時とは言え、片思い中の男の子には口にできない内容っていうのはある。
自分の体でパパ活されそうになった時とか、気が気じゃなかっただろうな……。
「ほんま常識が身に付かんくて……教科書とかノートも焚火にくべちゃってスマホまで……あん時はほんま内心煮えくり返ってたんやけど……あぁ、そや」
マホちゃんが制服のポケットからスマホを取り出した。私のだ。
「預かったまんまやったね。はい、さあやはん」
差し出されたスマホを受け取った時だった。
『……ブラボー……ブラボー! おおブラァーボォー! コングラッチュレーション!! あまりの嬉しさに放心しちゃってたよ! これも戦士召集かけた僕のおかげってね! ずっと戦況アナウンスもしてたんだけど、みんなは聞いててくれたかな? ……なに? うるさかっただけ? そんなことないっしょ!? 超貢献したよね!? MVPだよね!? 文句はないね!? 今日は誰の文句も聞かないぞー! んじゃ勝鬨にピッタシのお疲れ様チューンを——』
ラジオアプリを閉じた。うるさいし……でも、ありがとう。
労いを込めて画面を指先で撫でた。その様子をマホちゃんが見ていた。彼女の目から一粒、涙が落ちる。
「ど、どうしたの? やっぱりまだ怪我あった?」
「違くて……ラジオ……聞き続けて良かったって……」
マホちゃんが後ろを振り返る。私も彼女の向こう側を見つめて、頷いた。
私の……マホちゃんの大切な人みんなが笑い合っている。再会を喜び、昔を懐かしんで、互いの肩を叩いている。
「……ラジオで言ったこと、嘘じゃないから……私がいる……みんなもいるから」
「うん……ほんまに……死ななくて……逃げなくてよかった……」
……逃げる……?
マホちゃんの言葉が私の中に深く沈んでいく。
心の海の峡谷奥深くに放って置かれた記憶と重なる。言葉が光になって、記憶を包んで、海中をふわり昇る気泡のように浮上していく。
水面から顔を出したのは【私】。高校生の私じゃない。もっと幼い……小学生の時の私。『大好き』を『大嫌い』に変えて……違う。
仕舞ってただけ。心の隅っこに追いやって、蓋して、『大嫌い』って書かれた薄っぺらい嘘の布を被せてただけ。
死ぬことが逃げること……そうだよ、わかってたじゃん。一歩手前まで来てたんだから。
逃げて逃げて、逃げ続けて、最後に行き着いちゃうところがそこでしょ?
それなのに……どうして今まで気づかなかったんだろう……自分のことばっかりで……どうして声を聞こうとしなかったんだろう……。
「……え?」
再び私に向き直ったマホちゃんが唖然した。自分よりも酷くぼろぼろと涙を落とす私を見たからだろう。
「さあやはん? だいじょぶ? どしたん?」
「わ……たし……」
心配そうに顔を覗き込んでアワアワしてるマホちゃんから、笑顔溢れるリルルさんたちみんなを……それから、左手に握りしめたままのライターを見つめた。大粒の涙が銀の光沢を濡らしていく。
「私……お母さんに会いたい……」
どこにいるのかも、生きてるのかもわからないけど……。
「どんなに辛い理由だっていい……どうして逃げたくなっちゃったのか教えてほしい……!」
私が邪魔だったのかも……私のせいなのかもしれない……けど……違ったのなら……。
「もし……まだお母さんの心に、ほんのちょっとでも隙間があるなら……私がいるよって言いたい……そばにいるよって……伝えたい……!」
涙で濡れたライターを掌が包んだ。マホちゃんがライターごと私の手を両手で握ってくれていた。彼女もぽろぽろ泣いている。
「……ずっと……さあやはんの【声】も聞こえてた……」
「私の……声?」
「『助けて』って……ずっと言ってたね……ウチもおる。クリスも、みんなもおるからね?」
「……うん……うん……!」
互いに頷いて、強く優しく抱き合った。マホちゃんから伝わる温かさに心がふわふわしてくる。お母さんの温もりに似てる。
私たちはもう、一人じゃない。
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