第76話 大好き
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ガマぐっさんが燃えている……。
春希お兄ちゃんから貰ったぬいぐるみ……グチを聞いてもらって、破れたら一生懸命縫い付けて、辛い時は抱いて寝たこともあった。
私の薄暗い五年間が灰となって、塵となって、煙となって昇っていく……。
炎が大きくになるにつれて新宿中に響き渡っていた叫び声も止んでいった。空の黒星は残ったままだけど、静かに、誰も声を上げず、ただ炎の燃え盛る音だけが場を支配していた。私も空を見上げることしかできない——あっ。
ガマぐっさんの左腕が肩からもげた。火の粉を散らしながら燃える腕が私の頭上に落ちてくる。
すぐに春希お兄ちゃんが私を抱いて逃げようとしたが、その前にデルクスが動いた。
空裂魔法で固定されていた右腕を無理やり引き戻し、落ちる前に燃える腕を自らキャッチした。
巨大なカエルの顔がこちらを向く。片方だけの黒ボタンの目玉がまっすぐ私を見ていた。
一言……言いたかった。
「……ありがとう!」
今助けてくれたことに対してじゃない。
「あなたがいなかったら、私に子育てなんでできなかった……だから、ありがとう」
夜泣きが無い。ミルクもちゃんと飲むし、抱っこしたり構えなくても機嫌を損ねない。手間がかからない。
あなたが表に出ることで、私の無いに等しい知識、技術でもなんとかやってこれた。普通の母親ならそれは寂しいことなのかもしれない。でも一七歳の私には赤ちゃんと向き合うハードルをかなり下げてくれた。
デルクスから返事はない。しばらく見つめ合っていたが、彼は私から対峙するあゆとハルキへ再び顔を向ける。
『…………茶の話は有意義だった』
その言葉の後、炎に包まれたデルクスの体が宙に浮いて巨体が縮んでいく。元のガマぐっさんぬいぐるみのサイズに戻ると、そのまま空へ昇り続けて黒星の中へ。
暗い星の中で蠢いていた怨嗟の色が薄れていき、次第に真っ赤な炎の球に。太陽と化した球はさらに空へ。遥か上空で停止すると爆発した。
花火のような爆発だった。たった一度の大輪だが、美しい火花が暗雲を散らして空の群青が現れる。新宿は多大な破壊で停電しており、地上の光に畏れをなしてた星々が顔を出していた。一際弧を描く三日月が輝いて、私たちを照らしている。
茶の話……。
何のことかはわからないけど、彼の声はなんだか……世界を滅ぼそうとした悪人の声じゃなくて、ただ昔を惜しみ懐かしむような……そんな感情があった気がした。
「さあーやーーーっ!!」
空から元気いっぱいな声が降ってきた。発声した本人も降ってくる。
あゆが墜落するよう落ちてきて私の前で着地。ズドンと衝撃でビルが揺れる。
「ビル崩れちゃうでしょ!? もっと優しく着地して!」
「ごごごごめん……えへへ」
「なに笑ってんの?」
「いつものさあやだなーって思って……なにくっついてんだ?」
あゆがじとっとした目で見てきた。視線は私じゃなく、隣の春希お兄ちゃんだ。そういえば肩を抱かれたままだった。
春希お兄ちゃんはパッと手を離して二歩私から離れた。
「いやーしかし激戦だったなー疲れたなーもうダメだって思っちゃったなー」
あゆが白々しい感じの声で私とお兄ちゃんの間に割って入った。私とお兄ちゃんは顔を見合わせて少し笑う。
「さあや君」
「さあやちゃーん!」
「やるじゃない。さあや姉よわよわだと思ってたのに」
空からどんどん声が降りてくる。
優しく微笑む楓パパ。泣きながら笑ってるユッキーさん。腕組んで偉そうな、でも口角上がって嬉しさ隠せてないみゃーちゃん。
他の戦ってくれた人たちもどんどん集まってくる。広いけど崩壊気味の屋上が心配になってきた。
「さあやたーん!」
全力笑顔の芳華さんも降りてきた。腕にはいつの間にか元のサイズに戻っているハルキの姿もあった。
ハルキを受け取り、頬をすり寄せて抱きしめた。
「ハルキ……がんばったね! すっごくかっこよかったよ!」
「あややー!」
両腕両足をぴこぴこ振り回し、元気に返事した。
「さあや様!」
今度は下からの声。隣のビルからリルルさんが来てくれた。
私がハルキを楓パパに預けると、リルルさんは翼を畳んで私を強くハグした。
「申し訳ございません……最後までご一緒出来ず……!」
「いいえ、ここまで来れたのはリルルさんのおかげです。京都に迎えに来てくれたから、がんばれたんです」
「さあや様……」
リルルさんが感情剥き出して涙を流している。涙は額から流れる血に混ざり赤く染まっていた。
私は【いたいのいたいのとんでけ】で傷を癒してあげた。額の血は止まったが、代わりに鼻から血が出てきた。私とあゆを交互に見て噴き出す勢いが増していく。
あゆは私が代わる代わる誰かと話したりハグする様子を見てほっぺ膨らませていた。その顔を見て、リルルさんがパンッと手を叩く。
「皆々様、あゆ様とさあや様は一週間ぶりの再会でございます。積もるお話もございましょう。少々お二人にして差し上げましょう」
「リルたんリルたん、それみんな同じだから」
「えっとぉ……僕五年ぶりの再会なんですが……」
「なにか?」
顔面鼻血塗れで凄むリルルさんに芳華さんと春希お兄ちゃんは「いえ、なにも!」と気を付けの姿勢に。みんなリルルさんに先導され屋上の隅へ行ってしまった。
「……あゆ」
静かになって、改めてあゆに向き合う。真っ暗だけど、三日月の明かりが優しく照らしてくれて、あゆの顔ははっきりと見えた。眩しい笑顔だけど服も体もボロボロ……。
「お疲れ様」
「あぁ! さあやもおつかれ!」
「うん……ふふ」
「なに笑ってんだ?」
「いや……こんな激しい戦いの最後の決め台詞が『パオーン』だったから……ふふ」
「あぁ! カッコよかっただろ!?」
腰に両手を着け「えっへん」と胸を張っている。ちっとも愉快なセリフとは思ってないみたいだ。まぁ……でも……。
「うん……そうだね。かっこよかった……『茶の話』ってなあに?」
「最後デルクスが言ってたやつ? さぁ? 知らねー」
「……そっか」
「なーなー、最後のさ! あん時に似てねー!?」
「あの時?」
「でっかい山でさ! いっぱい雹が降ってるとこでさ! 最後火がボーって! マホから貰ってでっかい水玉スモックやっつけたじゃん!」
「あー……なんだったっけそれ?」
「覚えてねーの? ほら、プカプカ浮かぶタオパ見せたじゃん!」
「タオパってどういうのだっけ?」
「えー? それも忘れちゃったのかー!? こっちの生活に染まりすぎだぞマホ!」
私、あゆの中でまだマホちゃんなんだ。
「確かにさー、こっちは楽しいのも美味しいのもたっくさんだけどなー? 前の人生だっていっぱい思い出あるのに、オレ悲しいぞー!」
「ごめんごめん」
「むー……そーいえばさ、オレさあやのことなんて呼べばいい? りお? マホ?」
私が里緒だって知ってるってことは、リオさんと一緒で私の生い立ちバレちゃったみたい。
「さあやでいいよ。これまで通り。私だってクリスじゃなくてあゆって呼んできたでしょ?」
「そっか! わかった、さあや! ……そんでさ……さあやに言わなきゃなことあんだけど……」
あゆが急にもじもじしだした。怒られる前の子供みたいだ。
「なあに?」
「あのな? ………………ごめん!」
「なにが?」
「その……その……! えっと……大事なぬいぐるみ燃やしちゃったの……」
「あぁ、気にしないでいいよ。仕方なかったじゃん。それにね? ……もう必要ないの」
「必要ない?」
「そ。グチグチするの、もう卒業できそうだから」
「そーなんだ……あと、あと!」
「まだあるの?」
「…………ムリやり……ちゅー……しちゃって……」
「なんだ、そんなこと?」
「……怒ってない?」
「怒ってないよ」
「ホントに?」
「ホントに」
「オレのことキライじゃない……?」
「嫌い? そんなわけないじゃん。……大好きだよ、あゆ」
そう告げると、あゆの閉じた口がふにゃふにゃになり、もじもじが最高潮になって指先を弄りだした。顔は面白いくらい火照ってる。
「…………へー……スキなんだ……オレのこと……」
「うん」
「しかも『大』も付いちゃうんだ……」
「一個じゃ足りないからホントはもっと付くよ?」
「……ふーん………………あのな? えっと……オレも……」
「なあに?」
「お、おおおオレもスキーーー!! 『大』もいっぱい付くーーー!!」
「うん。じゃあ好き同士だね」
「わーーーっ!! 言ーっちゃった言っちゃったーーー!! わはははははーーーっ!!」
あゆが歌うように踊りはしゃぐ。
ぴょんぴょん跳ねちゃって……その言葉、ずっと言って欲しいと思ってる人がいるんだよ?
「……マホのことは?」
「え?」
ピタッと踊りを止めたあゆが首を傾げた。
「マホのことはどう思ってるの?」
「えー……今言ったじゃん」
「いいから。どうなの?」
少し気恥ずかしそうに、あゆは私の前に向き直る。まっすぐ私の瞳を見て、自然な笑みで口を開いた。
「マホは……ずっとオレを見ててくれた。声を聞いててくれた。ちっちゃい時から、一緒に大きくなっていって、死んじゃう直前でも……これからもオレはマホと一緒にいたいし、マホにもオレから離れてほしくない。最初っから、この先もずっと、大スキだぞ」
「…………そっか」
私もあゆの強い瞳を見つめ返し、同じように微笑んで口を開いた。
「じゃあ……答えてあげて? マホちゃん」
少しの間、声もなく穏やかな風の音だけが私たちの間に注がれた。その音も止んだところで、彼女がゆっくり、控えめに口を開く。
「ウチも……大好きやで……クリス……」
かわいらしくぽつぽつとした声の京都弁で、目の前のあゆが答えた。
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