第75話 灯火
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『辛そうだなもう休むことを勧める』
「まだ……まだだ!」
「だぁぶー!」
ハルキが両腕を前に、デルクスも同じように構え互いに組み合った。力は拮抗していたが、段々とハルキが押されてきた。
オレはハルキの拳に立ち、デルクスの手を切りつけるが効果は見られない。マホのサポートも無く、完全に無力だ。
『巨大化しようが赤ん坊の体力だ対して私は魔力が尽きない限り止まることはないこの間も地球の魔力を吸い上げ続けている私が手にした【彼】の魔力はまだほんの一握りに過ぎないまだまだ強くなるもうあの小娘の声も聞こえないと見える群がった戦士たちも所詮前世で私に敗北を喫した無能の集まりだ徐々に数も減少にあるすでに諦め逃走した者もいるだろう』
こいつ、いつ息継ぎしてるんだ……そもそも息してないか……。
デルクスの言う通り負傷した戦士たちは地上へ降りた後帰ってこない。
でも、逃げた奴がいるとは微塵も思わない。
全員前世で死んで後悔してる奴らだ。同じ光景を見たくない。だから戦場に来た。逃げたら同じ景色を見て絶望するだけだ。一度死んだ奴らは柔じゃない。オレもそうだからだ。
ユッキーの伝心魔法ですでに場のみんなには作戦が伝わってるはず……後はマホが……さあやさえ来てくれたら……。
てかブンサブローはなにやってんだ!? 遅すぎんだろ! オレも一緒に行けばよかった! なんとか時間を……!
「おまえこそ疲れてんじゃねーのか? でかいのは体と言葉だけで、結局オレたちの誰一人殺せてないぞ! ざこガエルめ! ざーこざーこ! えーっと……ばーかばーか!」
『よく喋るな時間稼ぎか?』
ソッコーバレた。
「お、おまえだってすげー喋ってるし!」
『隠す必要のない時間稼ぎだおまえたちがもたつくほどに私は魔力を吸えるのだからな』
そうだった。こいつ最初から時間稼ぎしてた。
「そ、それとオレらが死んでねーのはかんけーないし! おまえの爪があまあまだからだし!」
『私なりの慈悲だどのみちこの星を終わらせるのだ最期を噛み締める時を与えているおまえの友はその猶予すら無慈悲に奪ってしまったが』
頭にガツンと怒りが湧き起こる。
「マホは最後までおまえを説得しようとしてた……外れた道から連れ出そうとしてたんだ!」
『要らぬ情だどれだけ私の過去を探ろうと他者に理解を求めようとは思わぬ』
「おまえの……過去?」
『興味が?』
「ねーよ!」
『だろうな』
「でもマホはおまえに【がんばれ】って言いたかったんだ!」
『その甘さが死を招き誤った選択をさせたのだ』
「マホは間違ってない!」
『なら証明するがいい世界心中が無意味でなかったと——』
ふと、デルクスが言葉を切った。黒ボタンの目玉がオレの背後の遥か下へ向く。オレもつられて振り返り見下ろした。
「……さあや!」
来た! 来てくれた!
連れてるのはリルルでブンサブローいないけど……よくやった!
『稽古は終了だ十二分に魔力は蓄えられた……極大深淵魔法【マドゥ・アルダ・ドゥルマムゥ】』
再びのデルクスの声に向き直る。
ハルキと両手を組み合ったまま、カエルの巨大なガマ口が天を仰いだ。
パックリと空いた口から、何重にも重なる言葉のない叫び声と、黒くおどろおどろしい触手が無数に立ち上り、天で何かを抱え包むように丸く形作る。中で闇が閃くと巨大な暗球が生まれた。デルクスの巨体よりも大きい。シンジュクを丸呑みしてしまうかのようなでかい黒星だ。
『この新宿の地に埋まる星の怒り……叫びの球だ……かつて焦土と化した地のようだが再び文明を無に帰し星本来の姿を取り戻そう』
叫びの星へ吹き込まれるように凄まじい風が巻き起こり、様々な悲鳴や怒号を発している。耳を塞いでも頭に響き、立っていられずオレはハルキの手の甲で膝を着いた。
飛んでいた戦士たちを荒ぶ暴風を受け地上へ落ちていく。この魔力球が地上に落ちたら、巻き起こる破壊は想像できない。塵一つも残らないかもしれない。
オレは再び振り返る。まだ遠いさあやの姿を捉えた。
「さあやー! 火ー!!」
思いっきり大声を出したが、自分の声もほとんど聞こえないくらいの叫びの中だ。何を言ってもさあやに声は届かないだろう。どうにかして意思を伝えなきゃ……そうだ!
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遠く、遥か空にあゆの姿を見た。
巨大なガマぐっさんとハルキが組み合っている。あゆはハルキの手の甲に乗り太陽ピンを振っているが、攻撃は全く効いてないようだった。
私の翼は椎名にズタズタにされてまともに空気を叩けない。飛ぶには誰かの手を借りるしかない。ここまで来れたのもリルルさんが抱き抱えてくれたからだ。
「リルルさん! 私をあゆのところへ!」
「しかし、危険すぎます!」
「大丈夫! なんとかなります!」
根拠はない。でもなんでもできる気がした。手の中でじんわりと人肌の熱を放つライター……リオさんが力をくれる。
「では……しっかりとお掴まりくださいませ!」
私はぎゅっとリルルさんに抱きつき身を委ねる。
ギュンと急加速して真っ直ぐあゆの元へ。半壊するビル群の間を抜けて飛んでいく。しかし、急に頭に鳴り響く悲鳴の数々に失速した。世界が割れ、揺れて見えるほど響いている。
デルクスの口から触手が伸び、天で真っ黒の巨大な星を作り出していた。巨大化してるガマぐっさんやハルキよりも大きい。怨霊みたいな影が中で蠢いている。
なんの魔法……? ……わかんないけど、あんなのが落ちたら東京が消滅するかも……!
重力の中心みたいに暗球に風が吹き込まれ、瓦礫とかが宙へ浮き吸い込まれていく。翼を持つ戦士たちも地上や半壊するビルに降り、吸い込まれないように掴まるので精一杯なようだ。
リルルさんも翼を叩いてその場に留まろうと必死だ。それでもなんとかあゆに近づこうと、少しずつ距離を詰める。しかし横には近づけても縦移動が困難だ。どうやっても風に煽られて、いずれあの暗球の中へ……。
そう思った矢先だ。
「あっ……!」
下から噴き上げる強烈なビル風を受け、私たちの体が吹き飛ばされた。私は壁が壊れて室内が剥き出しになったビルの中へ。運が良かった。
オフィスフロアのようでたくさんデスクがおいてある。何事もなければ綺麗な室内だったろう。今はデスクもイスもめちやくちゃに散乱している。
私はなんとかデスクに掴まり浮きそうになる体を踏ん張らせた。
「リルルさんは……!?」
室内にリルルさんの姿がない。恐る恐る私が侵入した壁の穴から外を覗く。
同じように半壊状態にある向かいのビルにリルルさんはいた。彼女も運が良かったが、怪我もない私とは違い頭から血を流していた。どこかにぶつけたのかもしれない。
リルルさんも私を見つける。何か叫んでいるが、吹き荒ぶ強風と悲哀の叫び声にかき消され聞こえない。彼女が立ち上がる。でも足に力が入っていないようですぐに膝を折ってしまった。
私はリルルさんの割れたメガネの奥の瞳を見つめ、一度天を仰ぎ再び瞳を見た。
リルルさんは強く首を振る。意図は伝わったみたいだ。
「大丈夫!」
自分に言い聞かせるように叫んだ。
わかりやすく引き止めるようなリルルさんの泣きそうな表情に笑顔を送る。背を向け、走り出した。
ビルの内装はめちゃくちゃ。でも階段が生きていた。所々崩れているが登れないことはない。両手と両足、さらにズタズタで飛べない翼も第三第四の腕として使う。翼を壁に突っ張って、落ちないよう注意を払いながら着実に登っていく。
最上階……屋上の扉だ。
開け放つと空気のハンマーが体を叩いてきた。ドアノブを必死に掴み、吹き飛ばされないよう踏ん張る。屋上は抉れていて所々に無数のヒビが入っている。今にも崩れそうなところを何とか堪えているようだ。
上空を見上げる。だいぶ近づいたがあゆはまだ遥か上だ。
どうやってあそこまで行けば——。
「あっ……待って!」
風と共に黒星に引き寄せられ足が浮き始める。ドアノブを右手でしっかりと掴んでいるが、すぐに体の上下が逆転してしまった。
「マホちゃん! 来たよ!」
ダメだ。この叫びと風の中、声なんて届かない!
「——あっ!」
さらに私の体が浮いていく。屋上のドアがコンクリートごと剥がれたのだ。ノブから手を離すと、ドアは私を追い越して空の黒星へ吸い込まれ見えなくなってしまった。
体の自由がきかない。翼を懸命に動かしてもスカスカで空気を掻けない。私もどんどん天へ昇っていく。あの黒星の中に入ったらどうなるかわからないが、無事では済まないだろう。
「どうにかしなきゃ……! どうにか——うわっ!」
諦めてない私の横を何かが通り抜けた。
暗球の吸引に逆らい、天から降ってきた何か……子供っぽい三日月のワンポイントが輝く、あゆのヘアピンだった。巨大化した三日月の爪が私のいたビルの屋上に深く突き刺さり固定。ピンの先端が私に手を差し伸べるように突き出されている。
咄嗟に右手で掴んだ。しかしオリハルコンの表面に少しずつ手が滑る。
両手で掴みたいが左手にはライターが握られている。左手をフリーにするためにライターを咥えようとした時だ。
血の気が一気に引いた。右手が滑った。
すぐに手を伸ばすがピンを掴み損ね、私の体が再び空へ昇り始める。もう手は届かない。
大丈夫……! どうにかする……どうにかなる……!
逃げるの得意でしょ!? 考えて……どうにかあれから逃げる方法を……!
諦めない……新しい私の人生を諦めない!
ここが門出……私の旅路……未来が待ってるんだ!
再び私の横を何かが通り過ぎる。確認する暇なんてない。無我夢中で手を伸ばした。
掴んだのは誰かの手……大きくて温もりのある手……。
目の前にいた誰かの顔を見て、再び血の気が引いた。
もじゃもじゃの頭にメガネ……ユッキーさんの部下の、確か……鳴海修一さんだ。左手で固定された三日月ピンを掴み、もう片方の手で私の腕を掴んでいる。
掴まれてる私の右腕……彼の手の位置に火傷痕がある。薄地のグローブで隠れてるけど、花火大会の日にしっかり見られてしまっている。彼の掌から伝わる温かさがやがてじくじく滲み痛み、かつての熱さを取り戻していく。
この火傷は悪いものじゃない! お母さんを助けた証……!
お医者さんも褒めてくれた……友達も称えてくれた……!
人は簡単に変わらない……夕海さんがそう言ってたでしょ!?
椎名も倒した……私は過去をやっつけた!
もう怖いものなんてない……! でも……どうして……?
手に力が入らない……!
「……里桜!」
……え?
「……【ノスタル】!」
「……【エモ】……」
秘密基地の合言葉……つばめの里園のみんなしか知らないはずの変な言葉……。
「春希……お兄ちゃん……?」
「里桜! 手を……!」
火傷痕から燃えるような熱が消えた。
腕に、手に、指先に力が入る。強く彼の腕を掴むと、それ以上に強く抱き寄せられた。
私は彼の強い瞳を見た後、上空を見上げた。ハルキの手に乗るあゆとも目が合う。
あゆが微笑み、ゆっくりと右手を動かす。二本指を立て、唇に触れる……あれは……。
「タバコの火のサイン……」
私は左手に持つライターを見つめる。
あんな上空まで……この風の中……。
不確定な不安を抱いていると、「里桜」と再び名を呼ばれた。
「幸せを思い浮かべるんだ。魔法は願いを叶えてくれる。里桜の想いの強さが、里桜を助けてくれるんだ」
「私の……」
ライターの蓋を開け、ぎゅっと胸に押し付けた。
もう言葉にできない……誰にも向けられないと思っていた想いが溢れ出てくる。
リオさん……ハルキ……銀次ママ、楓パパ……リルルさん、芳華さんにブンサブロー……ユッキーさん、みゃーちゃん、パピさん……。
千枝お姉ちゃん、春希お兄ちゃん……夕海さんに広さんも……。
名前も知らないけど……一緒に戦ってくれたたくさんの人たち……。
みんな……みんな好き………………大好き………………大好きだよ……!
「あゆっ!! 【おつけします】!!」
空に向け掲げたライターから大炎が迸る。
炎は叫びを、闇を焼きながら天高く昇ってゆく——。
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さあやから放たれた大炎を太陽ピンで受け止める。煌々轟々と燃え盛る灯を強く掲げた。
「きたきたきたー!! いくぞみんな!!」
ものすごい叫びと風の音で聞こえるわけないが「しゃあっ!」と全員の豪快な返事が聞こえた気がした。
「だーーーっぶっ!!」
初動はハルキ。口内に溜めた涎をデルクスの黒ボタン目玉に吐き出した。べちょっと覆って視界を奪う。
【ササ・ヘルミスト】……地獄の笹には毒があるのだ……。
デルクスの右目は封じた。左目はさっき引きちぎって左手に埋め込まれている。デルクスはハルキとのグラッピングを解くと掌を開いてオレたちに向けた。
直後、空間に大穴が現れてデルクスの左腕をすっぽり飲み込んだ。楓パパの空裂魔法だ。腕の先は遠目に見える上空へ転送。穴がぎゅっと萎んで腕を拘束する。
完全に視界を奪われたデルクスが今度は足を動かす。しかし地響きは一度だけ。見ると右足はドロドロになった地面に沈み、左足には大量の刃物が突き刺さり地面に縫い付けられていた。ユッキーの変転魔法とみゃーの武装魔法のおかげだ。
オレはハルキの右腕から頭の上へ乗り換える。同時にハルキが拳を大きく構えた。唾液で視界はほぼ見えてないだろうが、状況を察してデルクスが残った右腕で防御姿勢を取った。
「いくよいくよー! ハルたん!」
ハルキのうなじからヨシカの大声が微かに聞こえる。
ハルキの筋肉がボコボコと移動して軸足と右手に集中。渾身の右ブローがデルクスの防御を掻い潜りボディに決まった。
爆発のような衝撃が真っ黒の魔力を吹き飛ばし、ガマぐっさんぬいぐるみの表面が露わになる。チョロチョロと風や衝撃に揺られる何か——見えた!
「ハルキ!」
オレは名を叫びながらハルキの頭から飛び降りた。
「あだーーーっ!!」
呼応したハルキがボディブローした右手で何かを掴む——へその緒みたいに飛び出てた、さあやのへたっぴな荒い縫い跡……玉留めだ。
巨大化してロープみたいな玉留めをハルキが思いっきり引くと、布地の巨体が縦に裂かれる。中からぶわっと真っ白の綿が溢れ出てきた。
飛び降りたオレはちょうど腹の高さで翼を羽ばたかせ滞空。燃える太陽を腹綿に向け狙いを定める。
デルクスも黙ってはいない。すぐに体を覆う魔力を裂けた胴体に集中し始める。さらに視界が塞がれてるからか、自立するスモックを大量に体から生んで迎撃の構えを取った。スモックたちが壁となり、さらにオレに向かって飛んで攻撃阻止を謀ってくる。
「光の子らよ! 大地の怒りたちよ! 我ら一陣の風、雷! 猛る炎を宿せ!」
地上から猛々しい叫び声が聞こえる。前世の終末戦争の時、ヘーカが言ってた奮起の言葉だ。
その言葉の後、さらに多くの猛り声が空気を震わせる。地上へ降りていた戦士たちだ。再び空へ舞い上がりスモックたちと激突。オレの射線を確保してくれた。
「よっしゃあーーー! 【パオーーーン】!!」
太陽ピンを投合し、指から離れる瞬間に拡縮魔法を唱える。
巨大な太陽の矛は叫びも風も切り裂いて突き進み、魔力の靄で覆われる直前、デルクスの腹に突き刺さった。
炎はデルクスの体内で広がり、すぐに全身が炎上。そして爆発するかのように覆っていた魔力がしぶき飛んで消えた。
オレは再び上空へ飛び上がり、デルクスの顔の高さで羽ばたきを続ける。
炎上して炭くずになっていくぬいぐるみ……黒ボタンの目玉がオレを見つめてくる。上空の巨大な黒星はまだ消えてない。
終わった……のか……?
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■■■お知らせ■■■
次回、明日8時頃に更新します。
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