第71話 プラシーボ
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「でも、本当に効果あるんですかね?」
「さぁ? わかんないやーあっははははは!」
私の疑問に芳華さんはケラケラ笑った。
先程芳華さんに見せられたスマホの画面は動画サイト。テレビでもよく見るCM。ニコニコしたヤギだか牛だかわからないキメラと『翼をくださる』のパクリフレーズ……花火大会であゆとブンサブローを戦闘民族に変身させたエナジードリンクだ。
あの時のあゆとブンサブローは変なテンションになってたが効果は本物。凄まじい力を漲らせ勝利の要となった。
魔法の強さは心の解放。元々あゆは美味しい食べ物とかの味を思い出して出力を高めていたそうで相性が良かったと思うし、より効果を高めたのはあゆがこの世界の記憶を持っていなかったからだと思う。元の世界にない強烈な味だったんだろう。ブンサブローも犬だし、たぶん同じ理由。私は好きな味じゃないけど。
でも今度は違う。転生者たちはみんなこの世界で生まれ変わり生活してきたのだ。エナドリなんて新鮮じゃないし、もっと美味しいものを口にしてきた人だっているはず。私みたいに苦手な人だっているはずだ。
芳華さんのSNSとラジオでの拡散で、私たち含め人がコンビニに殺到している。なんでもここには発注ミスで大量のエナドリが倉庫に眠ってるそうだ。花火大会の時にも芳華さんが言ってた気がする。在庫は楓パパが律儀にカード一括払いで買い占めた。いくらしたのか気になるが教えてくれなかった。
新宿にある他のコンビニなど、取扱店はすごい混みようだろう。
私はちびちびエナドリを飲む。やっぱり得意な味じゃない。隣の芳華さんも飲んでるが変化はない。他の人もそう。やはりあゆやブンサブローの時のような効果は見られない。
でも武器を手に入れた仲間たちは大幅に強くなり怪我を負う人も減った。こうして私がエナドリに舌鼓できるのも戦いに余裕が生まれたからだ。
「もう一本!」
「だめー! エナドリなんて一日に複数本飲むもんじゃないのー!」
「お父さんは二本目飲んでるじゃん! ずるい! みゃーももう一本飲みたいー!」
コンビニの向かいにある飲み屋の前で親子が喧嘩していた。ユッキーさんの手にはビールジョッキがある。みゃーちゃんはエナドリの空き缶を握り潰して地団駄していた。
ユッキーさんは大人たちを引き連れて近くの飲み屋に殺到していた。スマホの待受画面、浅草にあるうん——じゃなくて神聖な黄金のオブジェを掲げ、エナドリがポーションならお酒はエーテルだと謡い、エナドリの配布が遅れている大人たちを連れて飲み屋に特攻したのだ。確かに激務に疲れた社会人ならエナドリより効果ありそう。
「すんませーん! 怪我治してくれるキャバ嬢がいるって聞いてきたんすけどー!」
ビルの上から声と共に誰かが降ってきた——と思ったけど、声と着地の足音だけで誰もいなかった。
警戒して私が身構えていると、隣に立つ芳華さんが「ダイジョブダイジョブ!」と言って肩を叩いた。
「ね? ね? 魔法解きなよ」
「あ、そっかそっか! じゃじゃーん!」
派手な声と共に姿を現したのは、思ったより地味な印象の男性——パピさんだった。二本の短剣を握り、誰かを背負っている。
「パピさん! 良かった、無事だったんですね!」
存在を忘れかけてたとは言えない。
「やっぱさあやちゃんだったんだ! キャバ嬢がヒーラーとはイケてんねー! 俺のことも癒してよぉ」
「わたくしが癒して差し上げましょう」
横からやって来たリルルさんが、短剣を捨てて両手をわきわきさせるパピさんの腕に関節技をキメた。パピさんは「ギブギブ!」と苦しそうに身を屈めている。
「パピさんも皆さんと同じ……?」
「そうそう生まれ変わり! 痛ててて! 転生しても姉様にいじめられるとは……」
「おや、ジルテットでしたか。お元気で何より」
「そうですね、見たところ怪我なさそうですけど……」
「今したかも……怪我人はオレじゃなくて、こっちの人ね」
パピさんがゆっくりと背負っていた人を降ろした。ボコボコに顔が腫れていて手足も折れてるようだったが、怪我の酷さよりもその人物が誰か分かり背筋が凍った。
「うーわ、酷いねーこれは——さあやたん?」
「芳華様、ここはわたくしが……さあや様……」
震える私の様子を見てリルルさんも気付いたようだ。
顔面が腫れすぎて判別困難だが、この男は椎名だった。
「……処しますか?」
「リルルさん、警察官ですよね?」
思わずツッコんだ。私はギュッと拳を握り、笑顔をみんなに向ける。
「大丈夫です。——パピさん、この人は危険の無いどこか建物の陰とかに……」
「わ、わかった」
パピさんは首を傾げながら再び椎名を担ぎ、人が殺到するコンビニの壁に寄り掛かるように降ろした。
「さあや様……思慮深く、大変素晴らしいご判断でございます。——パピ、あなたにはわたくしから説明を……こちらへ」
リルルさんはパピさんが落とした短剣を拾い上げ彼にパス。私に気を遣いパピさんを連れこの場を離れた。「弟に説明するだけ」というシングルタスクが許せないのか、未だ残っているスモックの処理に会話しながら二人は向かった。
それと入れ替わるように、今度は楓パパが私たちの前に降り立った。フルーレっぽい細身の剣でスモックの手足を切り落としたところだ。
「ドリンクはまだみなに行き渡らないのかい?」
スモックは地に転げのたうち回っていたが、急に頭を持ち上げると宙に浮き、そのまま駅の方へと飛んでいってしまった。
「つい先ほどからこの調子だ。急にスモックたちがどこかへ飛んで……いや、吸い込まれていると言ったほうが正しいか……地上は落ち着きを取り戻しつつあるが、敵の大将が恐ろしいな」
スモックたちだけじゃない。足元に溜まっていた黒水も蒸発するように靄に形を変えて空に昇っている。楓パパの言う通りデルクスの戦力として吸収されているなら脅威だ。
「さあや君はもうしばらく休んでるといい。武器も手に入り敵兵は減少。こちらが優勢だ」
「わかった。飲み物は大体の人の手には届いたみたい——うわっ!」
突然空を照らした光に言葉を切った。見上げると流れ星のような光が駅の方角へ飛んでいった。墜落音はしなかったが、立ってられないほどの爆風と光が伝播していく。
眩しさに目を瞑り、振動が消えたことを感じて恐る恐る目を開く。特に街や人々に変わった点は見られない。
「今のは……?」
「なんかすごかったね! ね!」
「えぇ——でもやっぱりこのジュース効果なさそうですけど……」
「そお? ボクはちびっとだけ効果あるカンジな気がしないわけでもないような気がする!」
「それは……どっち……」
「でもね? ね? 覚醒したばっかの人は急に前世の最後の晩餐の記憶が蘇ったわけじゃん? 質素な毎日とかも思い出して苦い舌になってると思うんだよねー。その舌にいきなり脳汁だばーって出すもんぶち込んだらさ! さ! 他の人もちょっとは効果あるんじゃないかなー。実際あゆたんとウチのブンサブローは効果あったじゃん? 『効果ありまっせ!』って言いまくればプラシーボ的なヤツでいい感じに効果でんじゃね? ね?」
「実際ちゃんと効果はあるぞよ……ぬふふ」
「だしょだしょー? ってウワーッ!」
ぬぅっと背後に現れた男性に芳華さんが飛び退き、振り向きざまに引っぱたいた。男性は吹っ飛び、空を見上げて薄っすら涙を浮かべた。
「【空】——憲晃院雅
苦い風 荒れた声と 陰った蔵 日々顔を変える君
手を伸ばして でも届かなくて 広がっていく 嫌な気持ち
夜淫らに向けてくれた笑顔 僕だけのものじゃない だれにでも向けてるんだろう?
勝手に嫉妬して いろんなアレを想像した いろいろ達した
違うだれかを思ったりもした 結果 それもいいなって
君が他のだれかと夜を過ごす姿を思って すごく いいと思います
君の指 君の足 胸 声 あとアレとか
意味もなく擦って 忘れられなくて 君の面影を何度も白く染めてやった
君もそうじゃないか?
そうだろう? ほら 雨が止んだ
晴れやかに濡らしてるんだろう君は でも 君は来ない
心からの叫び 分かってる 届かないって
でも 待ち続けるよ 今も一人のベッドの上で
あの時のシワ シミ いろいろ増えていく
待ち続けるよ 深夜のレンタルビデオショップで
そんなジャンルと 僕のを 重ねられる日を」
「気持ち悪……」
それ以外の言葉が見つからない。「ゾッとした」じゃ言い表せないくらいに引いている。
「ひょー! キャバ嬢の冷視線ふぅー!」
「この感じ……もしかして陛下?」
「うむ、今のビンタはクゥシャ殿であるな?」
「うわ、うわー……前世は見た目はまだよかったのに、今超キモいじゃん……」
怪ポエムを詠んだ男は見覚えのある太ったハゲ……あゆにパパ活するよう唆してた不審者の中年男だった。
「こんな気持ち悪いのが王様なんですか……?」
「今はそこのコンビニの店長しておるよ」
「堕ちたねー陛下」
「逮捕されてませんでした?」
「証拠不十分で釈放じゃ。被害者が名乗り出んし見つからんしで厳重注意で済んだのじゃ。ちなみにバイトからは『クソハゲゴミブタハゲ野郎』とか『濡れた犬』とか『前科二犯』とか陰で呼ばれとる」
「なんでさらに堕とすようなこと言うんですか……」
「ご褒美じゃぞ? 女子からなら。しかもこんな綺麗なキャバ嬢と美容師にじゃぞ?」
「うーわなんでボクの職業知ってんの……ヤベーこいつ……」
通報……スマホ持ってなかった……ってそんなことどうでもよくて!
「間抜けなバイトの発注ミスでとんでもない在庫抱え首も飛びそうだったがまさか全部買ってくれるなんて僕ちん超ツイてる——」
「あの、エナドリの効果あるってどういうことですか?」
「ん? だって僕ちんの背中見てみ?」
丸々太った輪郭の後ろを覗いてみる。パタパタ……翼が生えていた。真っ白で天使のような……。
「うおーーーー!!」
「翼が……天が翼をくださったー!」
次々と歓声が上がる。
エナドリを飲んだ人たちだ。みんな同じように翼を生やしている。恐る恐る振り返り——うわっ私にも生えてる!
芳華さんにもみゃーちゃんにも、ユッキーさんにも……お酒飲んだだけの人にも生えてる。エナドリ関係なくない?
「王子の魔法か。私たちの力が必要と見える。スモックたちが消えたのももしや……空裂魔法【アイリス・ダリア】」
楓パパが細身の剣で周囲を縦に切る。地面から鋭い爪が生えたような裂け目が複数生まれた。裂け目の中は宇宙空間みたいに真っ暗。まだどこにも繋がってないようだ。
「陛下、王として未だ自覚があるのならばこの場の兵を先導し空へ」
「えー? 僕ちんもう王じゃないのにー」
「世襲制を恨むとよいかと」
「それ魂にも適応されるんかの?」
「前世での終末戦争時はご立派に王として士気を高めていたでしょうに。普段の腐った生ごみのようなポエムとは比べ物にならない素晴らしい演説であったが……」
「あれ考えたの妻じゃもん」
「……兎角来てもらいます。同じ言葉でも構いませぬので、一丸となるよう兵の士気を高めていただきたい。旧世界最後の王として、その血を、名を誇る兵もおりましょう。芳華君も私と共に。誰かリルル君をここへ。さあや君の護衛についてもらいたい」
「護衛……私は……ここ?」
「さあや君はここを拠点に治療を続けてくれ。空間の裂け目を空にも作る」
「ここが緊急避難先ってことね?」
楓パパは頷き、私の頬に手を触れて微笑む。数秒見つめ合った後、芳華さんと王の威厳とか全くない前科二犯と兵たちへ呼びかけに行き、多くの戦士を引き連れて空へ飛んでいった。
遠くからリルルさんとパピさんが走ってくる。リルルさんはずっと私の護衛にかかりきりで、もうスモックもいないなら彼女も必要な戦いの場に行ってもらうべきなんじゃないだろうか。
改めて周りを見る。建物の陰や瓦礫の下、空にもスモックの姿は見えない。戦士たちもほとんどが行ってしまった。混雑していたコンビニも——。
「え?」
違和感に背筋が凍った。いたはずのものがいない。見渡すがどこにもいない。人込みに混じりどこかへ行ってしまったのか……。
不安が襲った直後、首に冷たい感覚が触れた。何度も感じた冷酷な温度だ。
「よぉ……里桜……」
椎名に背後からナイフを首に当てられる。
足も折れてたはず……どうやって?
足元を見た。私の両足と違い奴の両足は浮いている。こいつにも翼が生えたんだと気付いた。
「さあや様!」
一早く気付いたリルルさんとパピさんが急ぎ走ってくる。彼女の声に場に残っていた僅かな戦士たちも私に注目する。みんな武器を構え、武器や手に魔法の光を宿した。
「動くんじゃねぇ!」
シンプルな怒声。だけど効果は一番ある。
みんなその場で足を止めた。しかし武器は下ろさず魔法の行使も止めようとはしない。武器や手が光り続けている。
リルルさんとパピさんも走るのを止め、短剣片手にじりじりとにじり寄る。
銀に光るナイフ。私の皮膚にゆっくりと差し込まれていく。血が刃を濡らしたのが見なくても分かる。
「……大丈夫」
彼らの戦意を宥めたのは私の声だ。
リルルさんの目をまっすぐ見て言った。瞬きもしない。泣きもしない。強い私の瞳がみんなの手を下ろさせた。
「いいぞ……怪我治してくれた命の恩人だもんな? 死なせるわけにはいかねぇよなぁ?」
椎名は私を引きずりながらゆっくりと後ろに下がる。
「俺は世界がどうなろうがどうだっていい……誰か一人でもついてきてみろ……一瞬だ」
翼を羽ばたかせ宙へ。
一度空高く舞い上がった後、急降下して街中を低空飛行した。細道を何度も曲がり複雑なルートを飛ぶ。尾行させないためだろう。
この期に及んで……世界が終わろうがどうでもいい、自分の破滅的な声にしか従わない。何も変わってない……。
私は覚悟を決めている。だから「大丈夫」と言った。
死ぬ覚悟じゃない。こいつにしてやられる気も無い。
私はこれからを生きていく。大切な人たちと幸せになる。
そのために、過去をやっつける覚悟だ。
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