第67話 覚醒者たち
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ラジオでさあやの声がしたと思ったら、その後真っ白の閃光が視界いっぱいに広がった。閃光は波動となってシンジュクを走り、さらに遠くへと広がっていった。
一瞬のことだったがあまりの眩さに頭がくらくらする。瞬きを何度もして再び戦場を捉えようとしていると、ラジオからおかしなことを言う声がした。
『メーデーメーデー! リスナーのみんな聞こえるかい!? 現在新宿で超巨大スモックと交戦中! 覚えてるかな? 悪い悪いデルクスさんだ! 今「思い……出したぁ!」ってなってるそこの君ぃ! 友達や知り合い誰だっていい! このラジオを聞くように連絡取ってみてくれ! もちろん顔も知らない他人だっていい! ハッシュタグ【転生、新宿、魔法、スモック】なんでもいいから拡散だ! 状況を理解できた人! 戦えるなら今すぐ新宿へ集合! 一緒に過去の因果をぶち壊してやろうぜ!』
聞き慣れたおっさんの声……いつもは前向きな言葉を言いまくってるけど今日は違う。
どういうことだ? こいつも転生者なのか? いったいだれ——。
『おまえは余所見をし過ぎる』
地響きみたいなデルクスの声に首筋がゾクリとした。
ビルみたいに巨大な黒い刃が横に薙いでくる。
咄嗟にハルキが身を屈め、大刀は頭部すれすれに通り過ぎていった。振り切った刃が流動する靄となりデルクスの右腕へ吸い込まれ、すでに頭上に振りかぶっている左腕に宿る。大刀の縦斬りだ。
ハルキが左手と左膝で地を跳ね、これまたすれすれで回避。大刀は街に振り下ろされ沈む。攻撃はまだ止まない。大刀の刃の表裏が裏返り、今度は斜めに振り上がってきた。
オレはハルキのベビー服の肩袖を引っ張り、そのまま寝返りをさせる。大刀は宙へ跳び上がり消え、デルクスの元へ再び吸収された。
このままハルキに寝返りもさえるわけにはいかない。街が下敷きになってしまう。もうハルキとデルクスが暴れて時間が経つ。近くに人はいないと思うけど、確証がない。
ハルキの巨体を走り跳び、ひっくり返る背に瞬時に潜り込む。【パオン】で太陽ピンを伸ばし、地面とハルキの背につっかえた。寝返りが静止したのを確認し、再び【パオン】。背を持ち上げて元のハイハイスタイルに戻した。太陽ピンのサイズを戻して再びハルキの肩へ。ハルキと共に「ふぃー」と一息吐く。
「こんなの続けてたら持たないぞ……!」
グチりながら先ほどのラジオを思い出す。
やっぱりシンジュクにさあやが来ていた。
マホの魔法は強力だ。どんな状況にも対応できる。勝利に数段近づけるけど、さあやがやられちゃったらデルクスを縛る魔法が解けて、再び転生魔法が使えるようになってしまう。オレを狙わなくても別の誰かが乗っ取られて逃げられたら、再び探しだすことは難しいだろう。
逃がしたらまた今日の再来だ。絶対にここで仕留めなきゃいけない。
『おまえは弟弟子だったが兄弟子らしいことは一度もしてこなかった良い機会だ一つ稽古をつけてやろう』
「要らねーし!」
『赤子には刺激が強いな』
デルクスのがま口が開かれ、中から真っ黒の舌が飛び出してきた。ぬいぐるみなんだ。本当の舌じゃない。真っ黒の靄。大刀だけじゃなく、形状も形質も自由自在のようだ。
しなる舌はハルキの頬を打ち、肩にしがみ付いてるオレを絡め取ろうと襲ってくる。
太陽ピンで舌を叩き切るが、切断面から夥しい数の舌が生え全身を絡め取られた。太陽ピンは手から離れ、オレは簀巻きにされ引き寄せられる。
デルクスの足元に叩き落とされ、背に受けた衝撃と痛みで息ができない。衝撃で引いた黒水が打ち寄せてくる。
チカチカする視界で、カエルの足が大きく振り上げられ街ごとオレをスタンプしてくるのが見えた。
『対応してみろ』
「ナメんなし! 【ピエン】!」
体を縮小。緩んだ拘束から抜け出す。舌は先を無数のナイフに形を変えて襲ってくる。走りながら掠め避け、三日月ピンを取り折り返しを開く。【パオン】で拡大したピンを地に斜めに突き刺して即席のジャンプ台に。
先端を思い切り踏みつけ、しなったところで【ピエン】。さらに体を縮小。しなった反動で大きくジャンプした。
直後カエルの足がスタンプ。黒い水飛沫が空まで舞い上がると、その飛沫が翼を持つ中型スモック複数体に変化。素早く飛行し襲ってくる。
オレは再び【パオン】。体を巨大化させ着地後すぐ走り出す。スモックたちを殴り落とし、そのままデルクスへ突っ込む。
だが、オレの精一杯の巨大化でも奴のお腹にも背が届かない。周りのビル群と背を並べるだけじゃ山並みの相手に敵わない。人工物が決して自然を超えることができないような虚しさを覚えた。
それでも諦めない。奴の足にタックルし、足が少し浮いたところで体を元の大きさに。真下に滑り込んで三日月ピンを回収した。
妙な寒気を感じて頭上を見上げる。カエルの足裏から、靄から生成された剣や槍など様々な凶器が降り注いできた。
三日月ピンを回転させ全て防ぎ切る。すると再び足のスタンプ。慌てず三日月の弧の先端を建物の屋上に引っ掛け、グイッと体を持ち上げる。
屋上に避難すると同時に再び水飛沫。飛沫はスモックじゃなく、今度は網目状の檻となり大量に降ってきた。檻の入り口は獣の口みたいになっていて、ガチガチ牙を鳴らしている。
走り、跳び、避けながら逆に檻を足場にして上空へ。奴の腹あたりまで来れたところで全力のジャンプ。カエルの首を正面に捉えた。黒ボタンの邪悪な視線もオレを捉える。
「ハルキ!」
「あーだぁー!」
怯んでいたたハルキが復帰しデルクスのすぐ横にハイハイで迫っていた。挟み撃ちにしたカエルを赤ちゃん頭突きが襲う。背を突かれカエルの弛んだ首がオレに差し出された。
三日月の鎌を大きく振りかぶって首を切り裂いた。粘土を斬ったような感覚。
「ダメだ……!」
切り口にぬいぐるみの布地が見えた。
無傷だ。切れたのはデルクスを覆う分厚い魔力の靄だけ。靄は即座に切り口を覆ってしまう。
『想定以上の動きだますますその肉体が欲しくなった』
「クソ! もう一発――」
しかし追撃はできなかった。
オレの体は突然流星のように地上へ向け急降下。何かに引っ張られるように——靴の底から黒い糸が引いていた。繋がるのは最後に踏み台にした檻だ。
墜落するように檻の中へ。脱出の間も無く空からカエルの拳が降ってきた。檻ごと叩き落とされ、真下のビルを屋上から最下層までぶち抜いた。
「う……うぅ……!」
檻は壊れたがオレは動けない。体は強化魔法で頑丈にしてあるが、これまで受けたどんな衝撃よりも強烈だし痛い。
意識が飛ぶギリギリ。全身の痛みが広がっていく。回復魔法を唱えたいが息が吸えない。建物の亀裂から黒水も浸水してきた。
天井に空いた穴からカエルの手がゆっくり降りてくるのが見える。拾い上げて纏う靄の中に取り込むつもりだろう。逃げられず、街が蹂躙されるところなんか見たくない。
さあやが死んじゃうところなんか……ぜったいやだ!
ひゅーひゅーと、吐く息なんて無いのに口を鳴らす。仰向けからうつ伏せに。手を着き、膝を曲げる。
でも立てない。力が入らない。
立て! 立ってくれ! 頼むから……!
まだ終われない……貰った『二回目』なんだ……!
マホから貰ったんだ……!
マホ……さあや……。
ポロッと、頬を伝って涙が落ちた。手の甲に落ちると——え?
手を着いていたところに真っ白の魔法陣が現れた。陣が拡大し、オレを中に入れたところでより強く輝く。
魔法陣から矢尻の付いた鎖が何本も生えてきた。鎖はぎゅるぎゅるっとオレを縛り、矢尻はビルの外へ壁を貫通して伸びていく。そして体が勢いよく引っ張られた。壁をぶち壊して外へ飛び出す。
『小賢しい』
空からデルクスの声がして、黒い大刀が降り落ちてくるのが微かに見えた。空へ伸びる鎖が断ち切られ、オレは重力に乗り落下していく。
しかし地にぶつかる前に受け止められた。誰が助けてくれたか見えない。霞む視界のせいじゃない。触れられる感覚はあるが、その誰かの姿は無かった。
透明な誰かは走り出しオレをどこかへ運んでいく。目の前に壁があろうがお構いなし。オレの体含め、本当に存在しないみたいにぶつからずすり抜けていった。
しかし目の前に中型のスモックが立ちはだかる。でかい虫みたいな奴が三匹。
「うわうわっ! こいつらはムリっすわ!」
「任せんしゃーい!」
透明な誰かの慌てる声と溌剌な声。直後人影が現れ、スモックたちを殴り、蹴り、投げ飛ばした。
「こちらへ。退避したまえ」
さらに別の落ち着いた声。その方向にはまた別の人影と、破いたような空間の亀裂。亀裂の縁は黄緑に光り輝いている。
運ばれるオレは亀裂の中へ。
広大な森に包まれるような光に、何度か瞬きする。霞んでた視界がはっきりしてきた。見慣れた高所からの景色……元いたハルキの肩の上だった。
正面にデルクスの姿を確認する。カエルの巨体を巨大な鎖ご巻きついて動きを封じていた。
『クリ……ス……平気……!? 今、治すから……!』
頭で響く苦しそうな声が回復魔法【アザマル】を唱えた。白い光がオレを包み、たちまち傷を全快させる。
オレを縛っていた鎖も消え、オレは透明な誰かに降ろされた。
オレは立とうとして、でも膝から崩れて、ペタンと座り込んで自分の膝小僧を見つめた。褐色の太腿に雫がぽつぽつ落ちていく。
「マホ……」
頭に響く声に向け名前を呼んだ。
『……なに?』
「遅いよ……」
『ごめん……』
「今どこいんの……?」
『……秘密』
「なんで!? ……まぁいいや。もうどっか引っ込んだりしないよな?」
『うん。もう逃げない。どこにも行かない。一緒に戦う』
「苦しそうだったけど……だいじょうぶか?」
『大丈夫……優しくて強い言葉をもらった……もう寝てなんていられない』
寝てたの? やっぱり今目覚めたんだ……さあやに、マホに嘘吐かれてなんかなかった!
「もう負ける気がしねー……!」
涙を拭いて立ち上がる。さっきと違う。全身に力が漲る。湧き上がる、燃え上がる熱い何か……懐かしい感覚だ。前世では何度も感じた気持ち。マホと共にいた日々が力をくれる。
勇気を胸に、デルクスを睨む。
「二人でぶっ倒すぞ……!」
「あややー!?」
「悪い悪い! ハルキもいたな!」
『それだけじゃないよ?』
「え?」
「あっ! もう喋っていーっすか?」
すぐ後ろで声がした。さっき地上でオレを助けてくれた声の内の一つだ。
振り返る。むにょむにょと空気に層ができたように滲み、段々と輪郭をなして人の姿が現れた。さっき病院で見た、頭ツンツントゲトゲの……。
「パピかー……」
「ちょちょちょーい! なんでがっかり!? 助っ人っすよ!? 待望の転生フレンズっすよ!?」
「そーなの!? だれだれだれ!?」
「あのちょー頼りになるちょーさいきょーなちょー超絶怒涛SP【ジルテット】さんっすよー!」
だれだ?
「だれ? って顔してんねー……リルテッタ姉様の妹デス……」
「あー! いたかも!」
「いたっすよ!? かもじゃなくていたから!」
「はいはい、親睦は後で深めよーねー」
パピの背後にさっき見た空間の亀裂が生まれ、中から二人現れた。
「ヨシカ……楓パパも……もしかして二人も?」
「久しいなクリス君。私は【フェニア】。前世でもマホ君には大変世話になった。まさか自分が元々ファンタジーの住人だったとは……まだ驚いているよ」
「おハロー! ボクは【クゥシャ】。覚えてるー? あんま接点なかったかなーあはは!」
楓パパはマホ所属のスモック討伐組織【すこやかねむねむ】団長フェニア。マホに戦闘技術と空裂魔法を教えた実力者だ。
ヨシカは王陛下近衛兵のクゥシャ……ノーラの先輩だ。強化魔法のさらに上位の増幅魔法ですべてを捻じ伏せる筋肉崇拝パワー至上主義者だ。
『わらわらと……今更何ができると言うのだ一度敗績した半端な善人共よ再び葬ってくれる』
鎖で縛られたデルクスが蔑むように言い、その口から鋭い舌が飛び出した。オレを縛った時のような鞭ではない。肉を抉り取るような突起が無数に備わった舌だった。伸びながら先端が巨大なハンマーのように肥大し、弧を描いてオレたちの頭上から振り落とされる。
しかし巨大な槌は勢いを失って地上へ落ちていった。伸びきった舌が断ち切られたのだ。
一閃して断ち切ったのは、さっき落として見失ってたオレの太陽ピン。太陽を手に持つのは——。
「モジャ……!」
もじゃもじゃ頭に黒縁メガネ。でも地味な印象の男に似合わないものが背から生えていた。真っ白に輝く翼だ。羽ばたくと羽がふわりと散り、モジャの周り一帯が柔らかく光を放っているように見えた。ますます似合わない。
モジャは翼を羽ばたかせてオレの元へ。ふんわりした微笑み浮かべて口を開いた。
「やぁ……クリス」
「もしかして……『ノスタル』……?」
「『エモ』だろう?」
「ヨルーーー!!」
思わず飛びついた。モジャの腰を両足でギュッと締め付けて抱き着く。
秘密基地の合言葉を言えた——ヨードゥルだ……ヨルだ!
「ちょっクリス、落ちるから! それと胸が!」
「久しぶりだなー!」
胸に押し付けてた顔を上げると、モジャは真っ赤な顔であたふたしていた。背中の翼が忙しくバサバサしている。
顔を見て、ヨルだけどモジャだってこと、そしてモジャのことあんまり好きじゃなかったことを思い出し、オレは蹴り飛んでハルキの肩に戻った。
「モジャがヨルなのなんかやだー」
「しょうがないだろう! 文句はマホに言ってくれ!」
『受け付けてないわ』
「ひどいっ!」
「あはははは! 懐かしーなーこのカンジ! ここにノーラがいれば……やべー! ユッキー置いてきたままだ!」
地上に残してきたユッキーはたった一人で戦ってるはずだ。速攻でデルクス倒す意気込みだったのに戦いは長引いている——どうにかしなきゃ!
「ちょうど良い。武器が欲しかったところだ」
楓パパが冷静に言った。ヨシカとパピも頷く。
「そーっすね。ノーラちゃんの……課長のとこ行けばなんとかなりそーっす」
「だねだねー! たぶんすぐ来るもんね! ね!」
「なんの話だ?」
「クリス君……いや、あゆ君と引き続き呼ぶのがこの世界では正しいだろう。幸隆さんは私たちに任せ、君はデルクスを頼みたい。王子はいかがなさいます?」
「やめてください。僕はもう王子でもなんでもない。ただのサラリーマンですから」
「あーよかったっすわー! 同僚王子とかマジ扱いどーっすっか迷い案件だったし」
「ジルさんは前世でもタメ口だったでしょうに……僕は残ります。サポートが必要だと思うから」
「んじゃんじゃ、みんな救助活動とかしつつユッキーさんとこ集合ってことで! 解散!」
ヨシカの掛け声に呼応すると、楓パパは手刀で空を裂いて異空間へ。ヨシカとパピも地上へ飛び降りていった。
「クリス……じゃなかった。あゆさん、これ落とし物」
場に残ったモジャ——ヨルが太陽ピンを投げ渡してきた。
「『さん』……付けなくていいぞ。モジャだけど、ヨルだからな。オレはヨルって呼ぶよ。ハルキはいるし」
「……わかったよ。あゆ」
「あぁ。あとこれ」
オレは受け取った太陽ピンと交代で三日月ピンをモジャに渡した。
「一緒に戦ってくれんだろ? 武器必要だし。オレはこれ一本でいいから」
「……ありがとう」
モジャは三日月ピンを受け取り微笑んだ。
『終わったか?』
デルクスの重たい声が響く。
『待っててくれるなんて、随分お優しいんですね」
マホが嫌味っぽく言った。
『おまえたちが時間を無下に扱うほど地球の魔力を吸う時間が確保できる私を優位に立たせているのは貴様だ』
『旅の魔法は解除された。記憶の蘇った戦士たちがここ新宿に集結しつつある。稼いだ時間は逆にあなたを打ち負かすことになる……デルクス様……やはり考えを変えるつもりは……』
『また説得か?』
『……いえ、やめましょう。あなたを消して、それで終わり。この世界にあなたは必要ない』
『それでよい』
デルクスが両腕を力むと、拘束していた白い鎖が引きちぎれた。そしてより深く色濃く魔力に闇を灯し、ぬいぐるみ全身に纏わせた。
『まるでゴジラね……クリス、ヨル、来るよ』
「あぁ!」
『先に言っとくけど、わたしたぶん全力は出せないから』
「遠くにいるからだろ? この声も伝心魔法だもんな」
『…………まぁ……そう』
「マホが……さあやが死んだらこの戦いは負けで終わりだ。そのまま離れてろ」
『……勝てる?』
「とーぜんじゃん、おまえと一緒だし」
『……そうだね』
強がりじゃない。負ける気がしない。
今度こそマホと……さあやと生き続けるんだ。
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