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~変わらないままで~

♥♥♥


「マホ君お疲れ様。丁寧で的確、慈しみも感じられるような見事な戦いだった」


 背後から声を掛けられた。清い川のせせらぎのような、いやもっと神秘的な声だ。天の川にせせらぎがあればきっとこんな音だろう。それくらい澄んだ声だった。

 振り返ると、空色でサラサラの長髪とマントをたなびかせる麗人がいた。星が煌めく鋭く青い目と、瞬きの度に流星を散らすような長いまつ毛。『美』が歩いてるような人だ。腰に携える長剣の鞘も煌びやかな宝飾が施されている。


「団長さん。お疲れ様です」

「試験の結果は追って通達しよう」


 今日は他国からも評価が高いスモック討伐組織【すこやかねむねむ】の入団最終試験を受けていた。手頃なスモックが出現するまで待機する日々だったが、ようやく終わった。ちゃちゃっと討伐してフォーリア国の城下に帰ってきたところだ。

 目の前の麗人はすこねむの団長【フェニア】さんだ。腕を組み堂々と胸を張り、自信に満ち満ちている。


「無論、良い結果と考えていい。なにせ私でも手を焼く上位のスモックをたったの数分で討ち倒したのだ。これがまだ一〇歳の幼子の実力とは恐れ入る。私がもっと近く生まれていれば、早くから君を傍に置いていただろう」

「光栄です」

「ふふっ、実力の陰にある純朴な少女の憂い……いったいその黄金の瞳になにを宿しているんだい?」

「いえ、特になにも……」

「怯えなくていいプリンセス、もっと近くに……入団後は私の補佐として傍に——」

「待て待て待てーっ!」


 顎をくいっとされたところで、遠くから大声出して走ってくる人影が二つ見えた。

 二人とも武装している。一人はごつい鎧で全身を包んだ大男。もう一人は対象的に胸と膝と腕を鋼で守り、胸の谷間もおへそも見えてる女性だ。

 二人ともわたしのすぐ横で急ブレーキ。肩で息をしながら互いを睨み、そして困ったように眉を曲げてわたしを見た。


「マホ! 騎士団に入るよう言ったであろう!」

「マホちゃんマホちゃん! ボク王の近衛兵に推薦したよね? だよね!? なんですこねむ入っちゃうのー!?」


 フォーリア国騎士団の兵士長である【ブラトス】おじ様——ノーラのお父さんだ。赤土色の厳格そうな太い眉に顎鬚。同色の髪をオールバックにしている。

 それと王陛下の近衛兵筆頭戦士【クゥシャ】さん。綺麗に引き締まった腹筋と健康的に焼けた肌が陽に照らされ眩しい。夏季の山並みみたいな深い緑のボブヘアを緩やかに流している。


「すみません、スモック退治のほうに興味があって……」


 スモックとの戦闘経験を積めば【彼】の助けにもなるし。


「そんな~! 近衛兵楽しいよ!? ノーラちゃんも誘ってるし——」

「下劣組織に誘うな!」

「下劣なのは陛下だけですー! ボクたちは清純そのものですー!」

「そのような腰と乳だけの装備でよく言うわ!」

「あんたらも脱げばいいよ。バキバキ筋肉見せないのもったいなくない? ないよね!? ほら、脱げ脱げ!」

「やめろ! 触るな! 頼むマホ考え直すのだ! 近衛兵もそこのスモック討伐隊も我ら誇りと栄誉ある騎士団に比べればザコ当然だ! 騎士は強いぞーかっこいいぞー! マホが入ればノーラも騎士団に入る! 近衛兵団入りしてこんな破廉恥な服着ずに済むのだ!」

「スースーして気持ちーもん! ホントは愛娘のこーんな姿見て見たいんじゃないのー?」

「なわけないだろう! そんな乳と腰回りだけの装備など!」

「かわいいと思うけどなー。というか、男の園のあんたら騎士団に入るほうが心配だと思わない? 思うよね!? どうせ風呂入ってないんでしょー? 臭い臭い!」

「嗅ぐな! 入っとるはバカモン! マホ、大丈夫だ! 臭くないぞ!」

「マホちゃん、ウチの兵団はみんな女性だから! いい匂いだからね!」

「ンフフーその通り! 近衛兵を女子で統一させてから城は花のような蜜のようなとても良き香りが充満しておるぞ! クゥシャ殿も春先の花畑を巡るそよ風の如く大変良き香りをお持ちでンーフフフ……お主も今は乳臭くても五年も経てば甘くも清涼足る香りを醸し出すようになろうて」

「そうそう陛下の言う通り——ウワーッ陛下!?」


 クゥシャさんの背後からぬぅっと現れた王陛下を引っ叩いた。陛下はゴロゴロ転がりながら地面に倒れ青空を見上げた。


「【空】——アルベレト・ディン・フォーリア

 甘い風 そよぐ声と 陽だまりの蔵 日々顔を変える君

 手を伸ばして でも届かなくて 広がっていく 嫌な気持ち

 朝迎えてくれる笑顔 僕だけのものじゃない だれにでも向けてるんだろう?

 勝手に嫉妬して いろんな色や形を想像した けど雲は掴めなくて

 違うだれかを思ったりもした でも やっぱり嘘なんだって

 夜一人でいることに ホッとしてる

 君の指 君の足 心 声 すべて僕のものだ

 意味もなく心を擦り 忘れようとして 君の面影を何度も白く染めてやった

 君もそうじゃないのか?

 そうだろう? ほら 雨が降ってきた

 濡れてるんだろう君も でも 君は来ない

 心からの叫び 分かってる 届かないって

 でも 待ち続けるよ 今は一人のベッドの上で

 あの時のシワ 匂い すべてが残ってる

 待ち続けるよ だれもいない僕らの城で

 濡れた君の 僕のを 重ねられる日を」


「え……気持ち悪……」


 当然のように純粋な気持ちを吐露した。


「ひょー! もっと言って! もっといいのちょうだい!」

「陛下! 護衛も連れずなにやってんの!?」

「護衛の君が行っちゃったから僕ちん走ってきたの……寂しかった!」


 陛下は泣きながらクゥシャさんの眩しい太腿に抱き着いた。ほっぺをすりすり。直後脳天からげんこつが降り、容赦なく顔面を石畳の地面に叩きつけられた。土埃に塗れ華やかな服と銀髪も台無しだ。息のように出てくるゴミみたいなポエムと吐き気しかないお心が無ければ外見は悪くないのに。


「ほら! こうやって陛下を護衛して陛下に危害を加える立派な仕事だよ? 近衛兵になろうね! ね!」

「ふっ……君たち、もうマホ君はすこねむの一員なのだよ。お引き取り願おうか」


 フェニアさんも加わり三人でギャーギャー口論を始め、時たま陛下が殴られる光景が城下を賑わした。


 ——モテモテだね。


 賑わいにわたしにしか聞こえない声も参戦した。周りに気付かれないヒソヒソ声でわたしは応対する。


「……ま、わたし天才なんで」

 ——自信まんまんだぁ。そういえばさ、クリスに会うんじゃなかったの? 試験結果の報告してって言われてなかった? いつもの冒険に出たのが……五日前。そろそろ帰ってくる頃じゃない?

「まだ結果出てないじゃない」

 ——どうせ合格だしいいでしょ。早く探しに行こうよー。絶対喜ぶよ!

「んーでも……」

 ——なに?

「わざわざ報告必要かなって……どうせ噂聞きつけてノーラが話すだろうし」

 ——……最近クリスのこと避けてるよね?

「そ、そんなんじゃ! ……違うもん」


 大声出しそうになって、抑えてから答えた。


 ——そお? この前の冒険出発も見送らなかったし、買い物とかなんでもない散歩とか、前まで当たり前みたいに付き合ってたのにムリやりな理由つけて一人で行かせたりノーラに押し付けたりしてるもの。なんでー?

「それは……なんか……恥ずかしいっていうか……」

 ——恥ずかしい? どうして? わけわかんないよ。いつも二人でいたのに、どうして急に恥ずかしくなるのさ。ねーなんで? なんでなんでー? なんでなのさー?

「もーうるさい! 会いに行けばいいんでしょ!?」


 我慢できず結局大声出してしまった。口論していた三人の視線がわたしに集まる。

 わたしはクリスの行方を知ってそうなブラトスおじ様に聞いてみた。しかし答えたのは地面に伏してからようやく顔を上げた陛下だった。おでこと鼻から血がいっぱい出てる。


「クリスならウチのヨードゥルを誘拐してどっか消えたぞよ」

「……は?」

「ふぅーーっ! 一〇歳女児の睨みぃ! たまらんのぉ……やはり近衛兵向きじゃぞ!」

「世継ぎを誘拐された人の発言じゃない……というか城下も騒がしくないし……からかわれては困ります」

「ホントのことじゃしー。護衛もついとるから心配しとらん。大丈夫じゃろ」


 楽観的な陛下を無視し、クゥシャさんを見る。


「ホントだよ? ホントホント。王妃様はぶっ倒れたけどボクは良いと思ったね。ヨードゥル様部屋に引きこもってばっかだし、良い機会だよ」

「それは我も同感」

「同じく……」


 その場の全員が納得している。


「……その誘拐事件はいつのことですか?」

「五日前じゃ!」


 わたしは謝罪しながら全力で頭を下げ、みんなに背を向けて走り出す。錫杖に浮遊魔法をかけて横乗り。空へ舞い上がって上空からいろんな魔法を駆使してクリスを捜索する。

 クリスが昔からふらふらどっか行ったり迷子になるから、人探しや足跡を追う魔法はある。しかし範囲が広い。五日前に出て、まだ帰路についてないならもっと遠くにいる可能性もある。今後こんな時のためにもっと旅に役立つ魔法の開発や見分を広めなきゃ……。

 クリスを見つけたのは日が変わる時間だった。城下を出たのがお昼頃だったのにもう真っ暗。眠いしお腹も空いたし……。


 ——クリスのことになると計画性無くなるよね?


 うるさいお供もいるし……はぁ……。


 クリスは国の関所を抜けたずっと先、人も一切寄り付かなそうな切り立った崖もたくさんある山の中にいた。木々はあまり生えず、剝き出しの山肌が目に入るだけでも歩くのを躊躇させる。こんなところで野宿だなんて……いつもこんな冒険してるんだろうか。

 王子らしき人物はクリスと一緒に焚火を囲んでいる。表情に怯えは無い。安心しきってクリスと談笑している。わたしと同い年くらいの男の子。サラサラの銀髪に焚火の灯りが反射してキラキラしている。


「とりあえず無事みたい。よかった……」

 ——怒りのこもった「よかった」だね。

「そりゃね。一国の王子を誘拐して五日も連れ回してるなんてどうかしてる。どうお説教しようか……」

 ——恥ずかしいんじゃなかったの?

「それ以上に怒ってるから——あれ?」


 上空からクリスたちを眺めていたが、離れたところにある岩陰に人の姿を捉えた。

 気配を消して暗闇に溶け込む誰か。上空からじゃなかったら気付かなかったかもしれない。陛下の言っていた護衛の人だろうか。

 一応警戒し、わたしは錫杖の先端で光る魔法の灯りを消してゆっくりと降下。地上に降り立ち背後から近づいていくと、突然首筋に冷たい感覚を得て足を止める。


「動くな……」


 耳元で囁かれ冷や汗も止まる。背後を取られたことにまったく気付かなかった。相当な手練れの予感が——。


「姉様ー! 怪しいの捕まえたー! 褒めてー!」


 おもちゃ箱ひっくり返したみたいな元気声に予感は消えていった。めっちゃ気が抜ける。

 呼ばれた姉様——岩陰に隠れていた人物だ。振り返りわたしたちに歩み寄ると、わたしの背後を取った人物にデコピン。「んぎゃっ」と呻いてわたしは解放された。


「相手を見て行動なさい、無礼な……。マホ様でございますね?」

「え? あ、はい……わたしのこと知ってるんですね」

「存じております。ご活躍は王城にも届いております故……わたくし、ヨードゥル王子殿下の護衛兼教育を仰せつかっておりますリルテッタと申します。そちらの無礼者は妹の【ジルテット】」

「……ちす」

「まず謝罪でしょう」

「すんませんした!」


 ジルテットさんは短剣を腰の鞘に納め、きっちり直角に腰を曲げて頭を下げた。


「ご無礼をお許しください」

「その、わたしが悪いんです。声もかけず不用意に近づいたから」

「お気遣い感謝致します」


 リルテッタさんもペコリと頭を下げた。

 リルテッタさんは社交界に繰り出す要人の護衛って印象のきちっとした服装だ。モノクルを着け襟を正しスラッとしたパンツを履いている。クリーム色のショートヘアが夜風にふわりと浮く。

 対してジルテットさんは口を覆う黒いマスクに体に張り付くような黒い装束……忍ぶ者って感じだ。形から入るタイプなんだろう。お姉さんと同じクリーム色の髪は後ろをバレッタで折り留め、正面から見るとギザギザの毛先が頭頂部からぴょんぴょん飛び出している。

 二人とも長旅の装備には見えない。


「君があのおチビ賢者マホちゃんかー。よかったらあたしの後輩として護衛やってみないっすか?」

「あなたが横着したいだけでしょうに……ジル、あなたは帰りなさい。ここはわたくしだけで充分でございます」

「え? じゃあ仕事終わり!? やったやった——」

「王妃様のお相手をお願い致します」

「えー……」

「わたくしの分身体をお傍に置いていますが、少々こちらに集中したく……分身体を通じて常時報告は致しますので」

「……うっす」


 ジルテットさんは嫌々な返事をしてすぅーっと姿を消した。気配も何もない。姿を消す魔法としてはかなり洗練されている。

 わたしとリルテッタさんだけになり沈黙が流れる。離れた場にいるクリスと王子の声、それから焚火のパチパチする音だけが場を満たした。


「……あの、連れ戻さないんですか?」

「お二人をご覧ください」


 岩に身を隠し、二人でクリスたちを観察する。

 クリスはいつも通りって感じだ。声が大きくて相手の表情を読もうともせず自由気まま話している。対して王子はクリスの顔をよく見てどう話せばいいか、どう表情を作ろうか探っているような印象だ。でも会話が苦しそうな様子はなく、笑顔も多い。


「出立から三日は泣きべそをかき、おっかなびっくりクリス様の後ろをついていくのがやっとでございました。しかし、昨日からは肩を並べ歩き、食事やご就寝前など談笑の機会にはあのような笑みを……教育係として生活を共にしておりましたが、ああして笑ってくださるのは、わたくし初めて目に致します」


 フェニアさんクゥシャさんブラトスおじ様……三人とも王子が外に出ることに賛成していた。王子は重度の引き込もりだったようだ。自分の判断なのか、周りの重圧なのか……まぁ王子なんだから悩みも多大にあるだろう。王もあんなだし。


「スモックが出るほどではありませんが、王子の心労を不安視しておりましたので……わたくし、この旅が良いものであると確信しております。しばしお時間をいただけませんか?」

「そういうことなら……」


 控えめに頷き、リルテッタさんはほんの少しの微笑みを返す。


 まさかそれから一ヶ月経っても帰路につく気配がないとは……。

 クリスの冒険は村付近の散策ならわたしやノーラも付き合うけど、何日も帰らない長旅はいつも一人旅だから、連れがいることで舞い上がってるのかも。


 でもわたしも旅を楽しんでいた。知らないこと、見たことのないものばかりだ。

 食べられる野草やキノコ、地形から水場を見つける技術、動物や風景を絵に起こしたり、生活も楽しみも自給自足。先を進むクリスや、リルテッタさんからも学べることもたくさんある。新しい魔法のアイデアも多く見つけた。


 星を読み風を知り大地に跡を残す……光が誘い闇がざわつきを生む。

 すべてがわたしの心を掴み、先を期待させた。

 なんて大きいんだろう、なんて素晴らしいんだろう……。


「気持ちい……」


 草原の絨毯で身を起こし、真夜中の風を肌で感じた。青い匂いと温かさ……撫でる金の髪を耳に掛ける。

 横で眠りにつくリルテッタさんを見る。頭に木の葉が付いている。手に取り、ふぅっと息を吹きかける。木の葉は息から風に乗り換え、星々の瞬く空へ舞い上がって見えなくなった。


 ——どお? ボクってすごいでしょ。見直した?

「そうね……あなたって、やっぱりスケールが違うわ。空には友達とかいないの? ほら、あの一等星とか」

 ——残念だけど話したことないな。そもそも声が届くかわからないし。姿は見えるけどそれだけ……ボクの友達は君だけだ。

「そっか……調子は大丈夫?」

 ——うん、ここのところ問題ない。

「遠慮してないでしょうね? 痛かったらすぐに言ってよ? 旅終わらせてそっち向かうから」

 ——大丈夫だって。

「遠慮と言えば……あなた、スモックが出た時わたしから近い場所のことしか相談しないでしょ」

 ——え、それは……。

「こんなに広いんだもの。ずっと遠く……反対側で起きてることだってあるんでしょ?」

 ——でも、そんな遠いところ……。

「それが遠慮でしょ? いいから、ね?」

 ——……ごめん。

「謝らないで。友達でしょ?」

 ——……そっか……そうだよね。えへへへ……。

「それにね? わたし……もっと遠くまで行ってみたい……」


 旅がこんなにも素晴らしいものだったなんて……口を開けば冒険冒険と言うクリスの気持ちも分かる。最初はお母さんとお父さんを亡くした寂しさを紛らわせるため、思い出のある村にあまりいたくないからだと思ってた。

 でも違う。旅は楽しい……『知らない』で溢れてる……世界は美しいんだ。それをクリスは知ったから……。


 草原の向こう……すでに焚火も消して寝入っているだろうクリスのいる方向を見る。

 自然と笑みが浮かんでくる。急に寂しくなってきた。【彼】が言っていた通りクリスを避けていたから。

 恥ずかしくて、なんだかこそばゆくて、もやもやして……これって……。


「恋……でございますね」


 横からの声に肩をびくっとさせる。見ると、リルテッタさんが体を起こしてわたしを見ていた。

 

「えっと……起こしちゃいました?」

「なにやら話し声が聞こえ……」

「ひ、独り言です!」

「左様でございましたか……ふふっ、お気持ちはわかります。このような大自然……風の囁き、星々の常夜灯、遠くで響く獣の遠吠え……一つ詩を読みたくなるような、心のざわつきを覚えます」

「そうですよね! あはは!」


 【彼】のことと、リルテッタさんが言っていたなんだかわからない変な何かを忘れようと声を大きくする。しかし——。


「それで、その熱く火照る眼差しの正体……やはり恋かと」


 完全に掴まってしまった。


 ——あぁ! なるほど、これがコイってものなのか! いいよねコイ! ボクしたことないけど。

「やはりクリス様のことを……?」

 ——応援するよ! あれ? でもコイってどうやって始めるの? ねーどうするの?

「そのお心、いつから秘めていたのでございますか?」


 【彼】とリルテッタさんが波状的に言葉を投げてくる。わたしは両手と顔をぶんぶん振る。


「あの! えっと! ちがくて!」

「まぁなんとお可愛らしい……ご安心くださいませ。どなたにも他言致しません。わたくしとの秘密でございます。ですので、是非に、ご相談くださいませ」


 ずい、ずいと顔が近付く。機微な微笑みの圧がすごい。なぜか鼻血垂れてるし……。

 わたしは腰を浮かせて一歩分離れると、「失礼致しました」とリルテッタさんはハンカチで鼻血をちょいちょいと拭いた。そしてわたしに掌を表にして促す。

 わたしはモゴモゴしながら口を開いた。


「わかんないんです……」

「……というと?」

「だって……こ……恋って、もっと運命的というか衝撃的というか、そんなものな気がして……おばあちゃんがよくお話を聞かせてくれるんですけど」

「ミコル様でございますね?」

「知ってるんですか?」

「有名人でございます。城下でよく様々なお話されておりましたね。わたくしも幼き頃より大の愛好家でございます」

「そうでしたか。——そのおばあちゃんのお話だと、出会いとか劇的でとても素敵な恋ばかりなんです。時には悲しく報われない恋や、身分や立場が違う中どんな壁も壊して乗り越えていくような……作り話だっていうのはわかってるんですけど……」

「闇の淵から手を差し伸ばしてくれるような……塞ぎ込んだ扉をこじ開けてくれるような……そんな主人公とヒロインの出会い……お伽話は憧れでございますね……クリス様とご一緒にいると、どう感じられますか?」

「……以前はなんともなかったんです。でも、最近になってなんだか……もやもやして……嫌じゃなんいんですけど、顔見ると……見なくてもなんか……」

「それは……恋でござますね」

「でも、こんなただ一緒にいたってだけなのに……なんか味気なくて……ずっとおばあちゃんのお話聞いてきたから認めづらいというか……なんの障害も無くて、なんの困難も無くて、波風無いなだらかな日々の今の気持ちで……恋……なんて言っていいのかな……」

「マホ様……あちらをご覧ください」


 リルテッタさんが上空を指差した。指の先を辿ると、たくさんの星々の中で一際大きく、一際明るくわたしたちを見下ろす月があった。少しだけ欠けて光を放っている。


「夜になると、彼はいつだってわたくしたちを照らしてくださいます。安心を、温かさをくださいます。朝になるとどうなりますでしょうか?」

「隠れちゃいますね」

「ではこちらを」


 リルテッタさんが草をかき分け拾い上げたなにかをわたしに握らせる。なんの変哲もない小さな石だ。


「……おばあちゃんの寓話ですね?」

「左様でございます」

「じゃあこの石は月の欠片?」

「左様……月はクリス様でございます」

「クリス?」

「今日までのこの長旅はいかがでございましたか?」

「すっごく楽しかったです」

「では、クリス様の姿は見てもお話できない日々を過ごし、どう思われましたか?」

「…………さ……びしかったです」

「素直で大変良いかと。——あなた様を寂しいと感じさせたのはクリス様。例え話せずとも会えなくとも、あなた様のお心にいつだって彼がいるのでございます。そして尊く育まれた今のお心があるのは、共に過ごされた不変のなだらか日々があったからこそ。お伽話のような困難があれば強固なものになったでしょうが、安息はなかったやも。立場が違えば遠慮や戸惑いがあったのやも。少なくとも現状と同じ結果には決して至らなかったでしょう。そうお考えになると、お悩みの種である『共にあるだけ』という土壌で芽を出したそのお気持ちも、物語に負けない素晴らしいものだとは思えませんか?」

「そう……でしょうか……」

「えぇ。地平線の先もなだらかなこの道を共に歩けるのです。見えない先に崖があるやも、分かれ道があるやも……劇的な日常が待っている可能性はございます。しかしそれが無かったとしても、この先共にあり続けることもまた無二であり、美しくあるのです」


 共にあり続ける……ずっと変わらずに……いや、これが恋……ならちょっとは変わってほしいかもだけど……。

 この恋が叶ったとして、その先もずっと一緒にいて、話をして、朝を迎えて……当たり前で飽き飽きするような毎日が続いていく……。


「笑いましたね?」

「え?」


 わたし、笑ってたみたい。恥ずかしさにほっぺたをぐにぐに。笑みを隠してごまかした。それを見てリルテッタさんが分かりやすく笑った。


「ふふふっ……いずれより深くご理解なさる時が訪れるでしょう。今はまだ幼いままに……お気持ちが花咲かすお覚悟を得た際は是非わたくしめを頼ってくださいますよう……さて、わたくしたちももう体を休めましょう。お寝坊様をしてクリス様方を見失ってはいけません」


 わたしの前髪を指でさらりと撫で、リルテッタさんは再び横になった。


 ——ボクも頼ってよね!


 頭に響く【彼】の声を聞いてから「はい……」と返事をした。

 わたしも草原のベッドに寝転がる。満点の星空に月が浮かぶ。毎夜見てる変わらない空。変わらない光。

 握ったままの小石を揉みこむように握り直した。目を瞑り、クリスの顔を……わたしを囲む人々や世界を思い浮かべる。


 変わらずに……一緒に……。


♥♥♥

■■■お知らせ■■■

次回、明日9/22の8時頃に更新します。

面白いと思っていただけた方、またその逆の方。

高低関わらず評価いただけると大変ハッピーです。

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