第65話 のぞみ
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新幹線の中でリルルさんのスマホを食い入るように見る。ニュースページや動画サイトにSNS……ネット上のあらゆる発信を見た。動画はことごとく魔力の靄に埋もれ僅かしか見えないが、幸い文字だけの情報でも状況の把握はできた。
「巨大なカエルのぬいぐるみと巨大な赤ちゃんが戦ってて、大型台風レベルの黒い雨が吹き荒れて黒い化け物がたくさん湧いて、JKとおじさんと小型犬がその化け物たちと戦い人を助けてる……」
把握はできたが、自分で言ってて頭痛くなってきた。
「なんとも信じ難い状況でございますが……規模を見るにデルクスが現れたのやもしれません」
「赤ちゃんってこれ、たぶんハルキですよね? 関わりあるのあの子しかいないし。巨大なってことは……あゆの魔法……?」
「お怒りは承知しておりますが、先方もやむを得ない事情があったものと思われます」
「だとしてもオムツもまだ取れてない子を……あぁもう! 早く走ってのぞみ〜!」
『お客様へお知らせ致します。本線は新宿で発生中のトラブル、また天候の影響で次の名古屋駅にて運転を見合わせます』
「え!?」
無情にも車内アナウンスが私のクレームを遮断。新幹線は私の望みを突っぱねて名古屋で停車した。
座席に座ったまま頭を抱える。隣のリルルさんもメガネを外して眉間を抑えた。
ふと思いつき、私は頭を押さえていた両手を額の前で組んだ。
「逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい……」
「さあや様?」
両手を組んで祈りを捧げている私をリルルさんが心配そうに顔を覗き込んできた。
「どうかされましたか?」
「あーえっと……私が京都まで来れたのって、たぶん魔法だと思うんです。なにも覚えてないんですが……私の『逃げたい』が魔法になって叶えてくれたんだと思うんです。それで『新宿に逃げたい』って思えば行けるかなって……魔法ってどう使うんですか?」
納得いったようで、リルルさんは丁寧に教えてくれた。
魔法は願望から生まれる。不満が魔力に、魔法として出力するには逆に発散させる。つまり頭の中で願望をイメージし、今度はストレス解消させる妄想を膨らませるのだ。
これまで生きてきてストレスは足りてる。充分すぎるほどに。スモックとして私から抜け出したみたいだけど「私の不満はあんなもんじゃない」と誇れない自負があった。まだ残ってるはず。
そして発散させられる思考も今はできる。夕海さんがそう私を変えてくれた。
リルルさんが隣にいる……あゆたちに会える……みんなが笑顔で迎えてくれる……。
「【逃げたい】!」
呪文じゃないが、目をぎゅっと瞑って願望をそのままの言葉で唱えた。薄っすら片目を開けると、私の手首に金色の環があった。瞬き煌めきながら自転している。でも、場所は新幹線の中のままだ。
「発動はしてますが……『逃げたい』魔法でございますから、新宿へ『立ち向かう』目的と合致していないのやもしれませんね」
「だったら『立ち向かう』魔法を創れば……!」
「えぇ……ですが、魔法の創作とは本来非常に繊細なもので簡単ではございません」
「そう……なんですか? でも私……」
接客中のライターの火、ハルキの怪我を治したことなどをリルルさんに説明する。京都まで逃げた魔法だって、意識して魔法を使った、創った覚えなんてない。
「おそらくマホ様か……もしくは、魔力量が許容の限界を超えるギリギリだったために起きた暴発だった可能性が考えられます。限界を越えた時生まれてしまうのがスモックでございますが、切っ掛けがあれば魔法として外へ排出されます。なにかストレス発散となるような要因があったのでは?」
確かに……私は顎に指を当て静かに頷く。
ライターの火……あゆも接客に参加して、私は怒ったり注意したりで忙しかった。でも、深咲里桜であることを、追われる身であることを意識の端っこに追いやれた。男性と同じ席にいて、火傷痕が見られてしまうんじゃないかって不安も忘れていた。
ハルキの傷……考えるまでもない。いなくなったハルキに会えた。無事だと分かった。笑顔に癒された。その安心が発散となった。
京都への逃亡……これは……考えたくないが「もう死のう」「消えよう」って思った。やっと終われるんだって思ってしまった。諦めが私を解放した。
「以前のさあや様は魔力が今にも溢れそうな、表面張力で辛うじて保たれていた状態。しかし現在はスモックを排出されたため魔力量はだいぶ減少されております。それでも平均より多いですが……一度全てを放出し、広瀬様宅へお邪魔になるまでに相当なストレスを抱えたものと思われます」
まぁ、死のう死のうと考えながらふらふらしてたのだから仕方がない。
「今の魔力量じゃ、その魔法の暴発には期待できないってことですね?」
「左様でございます。一度行使した魔法は今の『逃げたい』魔法のように行使は可能と思われます。イメージが魂に刻まれると言いますか……一度自転車に乗れたらもう転ばない感覚でしょうか。しかし新たな道具の使い方は一から学ばなければ。魔法を創るとは、想像上の道具を形から作り、使い方や動力、様々な要素を考え固め、自らのものとすること。数分で完成させるなど容易ではございません」
「想像力と自分の置かれた状況とか、経験とかの話なんですね……」
「その通りでございます。さあや様がこれまで行使した魔法は、パンパンの入れ物に小さな穴が空いて、そこからちびちびと漏れてしまったもの。おねしょみたいなものでございます」
「おねしょ……まぁ……確かに『出ちゃった』って感じかもです……」
「難しい望みに託すより、強いお仲間を頼りましょう。一先ず、再度芳華様へ連絡致します。ブン様にお越しいただければ——」
言いかけたところで、目の前に一瞬閃光が走る。少し遅れて雷鳴。気付けばリルルさんの膝の上に小さなコーギー犬がいた。
「ブン様!?」
「リルたん、緊急事態だぜェ! すぐにワシと共に新宿へ——うおっ! さあやたん!? 無事だったかァ!」
驚きながらもブンサブローは私のほっぺをペロペロ舐め出した。私も柔らかい背中を撫でながら笑いかける。
「心配かけてごめんね?」
「いいってことよォ! 元気そうでなによりだァがっはっはっは!」
豪快に笑った後、ブンサブローは「かーっぺ!」と痰を新幹線の通路に吐いた。「ちょ……」とリルルさんが軽蔑の視線を向ける。
「すまねェすまねェ、避難先をマーキングしときたくてよォ。ションベンよかマシだろォ? 非戦闘民がまだまだ新宿にいやがんだ。ところでここァどこなんだァ?」
「名古屋だよ」
「ナゴヤぁ? ……ってどこだァ? 新宿近辺にいたんじゃねェのかァ?」
「ううん。ずっと西の方」
「そうかァ……あゆの野郎話と違げェじゃねェか……まァいい、それよか新宿だァ! スモックの大群でよォ、ワシらだけじゃ人手が足んねェのよォ。隙見て救援要請に来たが、あゆたちを残してきてる。すぐに戻らねェと」
「先に状況をお教えいただけますか? わたくしたち、なにがなにやらでございまして……」
「簡潔に言うぞォ!」
ブンサブローが長い舌を噛まないように早口で説明してくれた。
状況を把握し、脳内のパズルに新たなピースが加わる。パチパチと音を立てピースがはまっていく。足りなかったピースが揃った。
ハルキがデルクス……だから手間が掛からなかった。夜泣きもない。やっぱり私の子育ては所詮付け焼刃のものだった。
時たま赤ちゃんらしく泣いたりあゆに懐いてたのが赤ちゃんハルキだった……。
それなら……やっぱり……確証があるわけじゃない……けどそうだとしたら……。
思いついたことがある。思う通りに事が運べば、この圧倒的不利な戦いに勝利が見えてくる。
「委細承知致しました。すぐに向かいましょう!」
「おう! じゃあワシに触れて——ちょい待ちィ! さあやたんは留守番だ!」
「え? どうして?」
「デルクスの野郎がマホを狙ってやかんだ。連れてくわけにはいかねェ!」
「いや!」
私はブンサブローの短い尻尾をぎゅっと掴む。「アン……」とブンサブローが弱々しく鳴いた。
「私も連れてって!」
「おふっ……だめ――」
「いいって言うまで尻尾離さないから!」
「アォン……こうしてる間もあゆたちはピンチだぜェ……?」
「じゃあ早く連れてって」
「強情だなァ前よりもオォン……だが今回ばかりは……ンン……ぜってェ許さん……行ってどうするゥ? この期に及んでもマホはまだだんまりかァ? お守りしながらは無理だ。祭りの時とはわけが違げェ」
強く尻尾を握ってもブンサブローは首を縦に振らない。私はさらに握る指に力を込める。
私が戦場に行っても足手まといなのは事実。この間のナイトプールでの戦いみたいに、ただ立ち尽くして震えるだけの役立たず。あっさり死んでしまうかもしれない。
でも行かなくちゃいけない。声を届けてあげなきゃいけない。
味方が足りない中、私は守られるだけの存在で邪魔になるだけ……なら、味方を増やせばいい。数には数で対抗すればいい。声だけ届けば、それがきっと叶う。
「スマホ……無いんだった。リルルさん、今何時ですか?」
「現在……二一時四〇分でございます」
「あと二〇分……」
私は尻尾から手を離し、ブンサブローの黒々した瞳をまっすぐ見た。
「あゆのところに……戦場に行かなくていい。代わりに連れてって欲しいところがあるの」
「なにかお考えがおありなのですね?」
頷いて行先を告げるとブンサブローは怪訝そうに額に皺を作った。
「その辺もたぶん危ねェぞォ? 新宿一帯は戦場だからなァ」
「わたくしが付いております」
「いやァだからワシおまえさんを頼りに来たんだが……」
「さあや様はその明晰な頭脳で舵を取り作戦立て戦果を挙げられました。マホ様の意識も眠られたままで、異世界の理不尽な恐れに立ち向かってこられました」
「それァワシも分かってるが……」
「わたくしはさあや様を信じております。推しの望みはわたくしの望み、わたくしの望みもわたくしの望みなのでございます。ブン様は転生しお変わりになられましたね。前世では自由奔放に迷惑千万な立ち振る舞いでしたが、こと女性に対してはいやらしい言動はあっても決して傷つけることはなかった。女性のわがままに振り回されるのが若さの秘訣と伺っておりますが……小さき可愛らしい体となり、その信念は失われてしまったのでしょうか?」
リルルさんの言葉にブンサブローは少し迷うように視線を泳がせた後、犬らしく舌を出して「ハッハッ」と笑うように息をした。
「……いやァ、おまえさんの言う通りだァ。危うく老犬へ全力疾走しちまうとこだァ。オネーちゃんにリード引かれてよォ、のんびりお散歩してェよなァ!」
「じゃあ……!」
「さあやたん、わがまま聞いてやる! 礼は一緒にお風呂だぜェ!?」
「うん……!」
「行きましょう!」
ブンサブローの背に、私とリルルさんは手を重ねて触れた。体が雷と化す感覚に身を任せる。
まだ声を上げられないなら、きっと勇気が足りないんだ。
声を届ける……絶対聞いてくれる……だって、約束したんでしょ?
教えてあげなきゃ……勇気は誰かから貰えるんだって……。
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