第63話 閑静都市の戦い
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迅雷魔法で飛んだ先……狭くて配管が数本伸びる暗がり……ビルの谷間にある路地のようだ。
周りを見渡す暇はない。即座に目の前に黒い刃が飛んできた。咄嗟に三日月ピンの短剣で受け弾き、凶刃を放った敵を睨む。
「シイナ……!」
「俺のもんだ……俺の……」
刃を弾いた勢いでシイナはふらふらだ。足はおぼつかず、焦点の合ってない目は窪んでいる。その目はオレじゃなく、吸盤付きの触手で壁に貼り付く小さな赤ん坊を睨んでいた。
ハルキはシイナを一瞥だけし、触手で壁を登っていき見えなくなった。
「追うぞ! なにしてんだァ!?」
ブンサブローが叫んだ。ユッキーもブンサブローの小さな背に触れたまま。オレが触れて雷化できるのを待っている。だがオレはシイナから目を離さない。
「先行ってくれ」
「ほっとけそんな野郎ォ!」
「こいつはデルクスの動く避難所だ。奴のマーキングポイントは限られてるけど、こいつを自由にさせてるとまた逃げられる。それに……」
こいつがさあやにしてきたこと……絶対に許せねー……!
「……殺るのか?」
「ぶっ飛ばすだけだ。銀次ママが身を挺して守ったことを、オレが破るわけにはいかない」
オレはもうクリスじゃない。この新しい……優しい世界を、オレも生きていくんだ。
「……ガキのケンカで済めばいいがな。デルクスはどうすんだァ? さっきは殺す気満々だったろォ?」
「……捕まえてくれ」
「後回しか……わかった」
「あゆちゃん、気を付けてねー?」
「だいじょうぶ。すぐ追いかける。あとこれ持ってて」
抱えたままだったガマぐっさんをユッキーに投げ渡した。
「さあやの宝物だから」
「なんで持ってきてやがんだァ?」
「持ってたほうが安全かもしれないじゃーん! ダイジョブだよー! 預かってるねー!」
二人が雷化して消えたのを見届け、再びシイナに集中する。
「俺の……俺のもんだ……」
「そればっかだな。裏切られたのか?」
「アレが要る……寄こせ……俺に新しい世界を見せろ……」
「……おまえはただの道具にされたんだ」
「道具……?」
シイナは手をぶるぶる震わせている。スモックに毒され依存しているようだった。
オレはスモックを生んだことはない。でも、生んだり取り込まれた奴は何人も見てきた。みんな表情に陰を作り、塞ぎ込んで、笑顔が消えた。自分や他者の不安に押し潰されるんだ。だがシイナはスモックを求めてる。他人の辛さを楽しんでる。
「道具……うはははは……! そうだ……里桜はどこだ……俺の道具だ……! あいつを蹴ればまた溜まんだろあの黒いクスリが……! 寄こせ……連れてこい!」
渾身の力でシイナの顔をぶん殴った。強化魔法【コサミン】はかけてない。殴った生身の手が痛む。
シイナは二、三歩後退りし両足を踏ん張った。切った口から垂れる血に触れ、オレに怒り滾った瞳を向ける。
「さあやには会わせねー」
「……まぁ……おまえでもいいか……土舐めさせて、命乞いさせて、ぶち殺すの寸止めしまくりゃ出すだろ……バカでも……」
「……出させてみろ」
【コサミン】で全身を強化。さらに持っていた短剣サイズの三日月ピンを【パオン】。見慣れた直剣サイズに肥大させ強く握る。
シイナも揺らめく黒い刀を強く振る。黒い飛沫が地面にパタタッと撥ね、蒸発するみたいに靄となり消えた。
同時に得物を振るう。正面で交差したが撃は響かない。刀身は靄となりすり抜けて三日月ピンは宙を裂いた。一撃目から騙してきた。
だが油断は無い。もう何度もしてやられた。
振り抜いた勢いを殺さず身に任せ、そのまま回し蹴りを放つ。
顎を蹴り抜いた後、視界の端に黒い閃光を捉える。
軸足を曲げ腰を落とした瞬間、頭上を黒刀が掠める。
シイナの黒刀はもはや形を持たない。変幻自在の鞭となり死角から襲ってきていた。なおも攻撃は終わってない。直角に跳び上がった切っ先が脳天目掛け急降下してくる。
だがオレの攻撃も終わってない。しゃがんだ時咄嗟に太陽ピンを外し地面に突き刺していた。角度はちょい斜め。先っちょの向く先はシイナ。
「【パオン】!」
肥大化した太陽飾りを抱えてシイナが打ち上がる。狭い路地で見える狭い夜空へ。
空へ伸びたピン、壁の配管や窓枠——脚を絡ませ、蹴り上げ登っていく。オレもビルの屋上へ飛び出た瞬間、再び黒い刀が横に薙いできた。
三日月ピンでガード。三日月の飾りに鞭のように刀が巻き付く。鞭の先には当然シイナがいた。
オレはそびえる太陽ピンの太陽飾りに着地し、奴と睨み合う。
「ポールダンスの得意な猿だな」
「それ……どーゆー意味?」
「褒めてんだ……調教の幅が広いってなぁ!」
鞭を引っ張られ引き寄せられる。抵抗せず太陽飾りを蹴りビルの屋上へ。
着地の時【ピエン】【パオン】を連続で唱え三日月ピンを縮小拡大させ鞭の拘束を解く。奴の鞭は再び刀に。
激しく剣撃で打ち合う。シイナはナイトプールでのリルルとの戦いで学んだのか、刀だけじゃなく自在に形状を変えて攻撃を放った。斧や槍といった見慣れた武器。見たこともない全方位に抉り切りそうな複雑で大きな何か。幾層に連なる牙を有した獣の頭部……シイナのえげつない心を模した武器が襲ってくる。
オレはその攻撃をいなし、避け、破壊し、一太刀も受けずにやり過ごす。自分がこれまで以上にマジになってるのもあるが、何よりシイナの体が以前の戦いよりも遅く弱いことが大きかった。
身にまとう靄も薄く、それは奴の持つ魔力が——スモックが少ないことを意味している。デルクスからの供給がない、与えられた力が足りてない、節約しなきゃならない。
オレは力でも技術でも勝てる。またフェイントが来たとして、常に予想してフォローもできる。こいつは勝ち誇りたい、オレを屈服させたい、だからオレに舞い降りたチャンスの中に騙しを入れてくる。こいつの卑劣な思考とタイミングはもう掴んだ。
だんだんとオレが押し始め、シイナの表情に明らかな焦りが見え始めた。攻撃が大振りになっていく。周りの建物や足場を巻き込んだ攻撃だ。それに合わせオレも振りを大味に。わざとだ。これまで受けた騙しのお返しだ。
オレが大きくシイナの懐に踏み込み、大袈裟に両手で得物を振りかぶったところでシイナは下卑た笑みを浮かべた。
「はーはははバカが!」
シイナが武器を脇差しのように縮め剣先をオレに向けた。
そこから大量の小さなスモックが放たれる。正面から受けたオレは勢いに押され高く飛ばされ、向かいの高層ビルの壁に磔にされた。
小さなスモックたちはオレを磔にした分を残し分離。別動隊が宙へ集まっていく。眼下のシイナは何かを捏ねるように両腕を動かし、宙のスモックがボコボコ球状に変形。さらに巨大な剣を形成していく。
これまでと規模が違う。オレを確実に仕留めるつもりだろう。これで終わらせる気だ。
動きを確実に止めてから勝ち誇る。屋台通りとナイトプールでも同じ攻撃を受けた。こうなることはわかっていた。
「やっぱ猿はいらねぇや! 飼うなら従順なメス犬だなぁははは!」
大きく右腕を振りかぶり投球するように振るう。真っ黒の球から巨大な刃が放たれた。
オレは膨れ上がる感情をコントロールする。思い描くのはさあやの表情。これまで受けた痛みや辛さ……。
さあやの泣き顔を魔力に……再会できた時、さあやの笑顔を思い描いて出力を極限まで高める……。
「ははは! 最期くらい汚ねぇ泣き顔見せてみろぉ!」
「……【ピエン】」
両手に込めた魔力を磔にされるビルに伝わせる。瞬時にビル全体が青い光を帯び、高層ビルの背が縮んだ。ビルの頭で点灯する赤ランプを掠め、巨大な黒い刃は通りすぎていく。車も人もいない幅広な道路に突き刺さり靄となって消えた。
「【パオン】!」
再びビルを元の大きさに。
両腕両足に力を込め押さえつけてくるスモックたちを引き剥がす。数を失ったやつらを剥がすのは簡単だった。ビルから跳び、唖然とするシイナの元へ。
シイナは即座に黒い刀を形成。しかし、形を保てずすぐに靄となってしまった。もう使える魔力がない。スモックがない。体の強化分だけで精いっぱい。
「ああぁぁぁ!」
思いっきり三日月ピンで叩きのめす。腹を胸を、足を腕を……何度も何度も打ち、側頭部に一撃見舞ったところで、シイナの纏う靄が完全に消えたのを視認した。
シイナの顔が絶望に歪む。
三日月ピンで足を打つ。シイナが激痛に叫んで転げ回った。
右腕をポケットに入れようとするのが目に入り、容赦なくピンを振り下ろす。再び痛切な叫びが上がる。またナイフでも忍ばせていたんだろう。
オレはピンを放り捨て、強化魔法【コサミン】も解除。
這って逃げようとするシイナを蹴り上げムリやり仰向けにし、踏みつけ、腹に片膝を着いて顔面を何度も殴りつける。シイナの顔が腫れ、血だらけになるにつれオレの拳もズキズキと痛んでくる。
シイナの目に涙が浮かんできた。両手を顔の前に出しパンチを防ごうともがいている。
オレはやめない。泣こうが喚こうが、どんなに痛そうな顔したってやめない——やめない!
「も……もう、や……やめ……」
擦り潰したような懇願の声を聞き、ようやくオレは手を止めた。
前歯は数本折れ、鼻は曲がり、まぶたは奥が見えないくらい腫れている。
奴の腹に乗せていた片膝を降ろして立ち上がる。もう一発脇腹に蹴りを入れた。シイナは小さく呻き、身を丸めて声もなく泣き出した。
ふぅふぅと荒い息を落ち着かせながら、オレは情けなく丸まるシイナを見下ろす。
「ホントに楽しかったのか? 逃げられない、助けも呼べない、抵抗もできない……そんな奴を痛めつけて」
さあやはこんなもんじゃない。長い間もっと苦しんでる。もっと……もっと……!
「オレは……サイアクな気分だ。こんなことした自分が嫌いだし腹が立つ。おまえには二回負けてるけど、勝ったってなんも嬉しくない。こんなに虚しくて無駄な時間過ごしたの、初めてだ。……どうせ同じ目に遭ったって、おまえの中身はなんも変わんないんだろ? どんな声をかけても届かない。自分の声にしか従わない。悲しいけどそーゆー奴がいるのはわかってる。そんな奴のせいで前の世界は滅んだからな」
デルクスが戦争を仕掛けて、世界の敵になって、それでもマホは説得をやめなかった。届かなかったけど……少しでも耳を傾かせてくれたら、違う結果だったのかな……。
「デルクスは止める。今度こそな。力はもう手に入らない。おまえにはなにも残らない。そこでさあややみんな、世界へ謝る言葉を考えてろ」
放り捨てた三日月ピンと巨大化したままの太陽ピンを縮小させ、再び前髪を留める。
解除した強化魔法【コサミン】をかけ直しオレは走り出した。シイナには一瞥もくれない。見るのも嫌だ。考えたくもない。
ビルの谷間を飛び越えながら街を眺める。
人の姿はほとんどない。やっぱりこの前の渋谷の一件で近辺に住む人の大多数はすでにトウキョウを離れているようだ。
魔力は潤沢にある。むしろクリス時代も含めて過去一番魔力があると言っていい。クリスとして死ぬ直前は諦めの感情が占めていたから。
それだけここ数日は心をかき乱し不安になることが多かった。さあやに嫌われたこと思い出して、さあやが銀次ママを傷つけちゃったことを知って、さあやがいなくなって、見つからなくて、過去を知って……ハルキが探してた仇で、シイナをボコボコにして……イラつく……ムカつく……!
「ぶっ潰す……!」
ブンサブローたちがどこにいるかは知らない。でも向かうべき場所はわかる。あんなでかい目印があるんだ。迷うことはない。
見上げた先、真っ黒で巨大な卵が浮かぶ、その真下を目指し跳んだ。
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次回、本日18時頃に更新します。
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