第60話 希望
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「——以上が、私が知ってることです。私も養子縁組組んでここにずっとはいなかったので、聞いた話の部分も多いですが……」
チエが話し終わり、重たい空気の中にチビッ子のキャッキャと遊ぶ声だけが部屋に跳ねる。
オレはムカついていた。同時に悲しくて泣きそうだった。
さあやはなんにも悪くないのに、全部シイナが悪いのに、なんでさあやが辛い目ばかり見るんだ。
さあやもさあやだ。なんでなにも相談してくれないんだ。あんなに魔力が膨れ上がるほどに。
オレ頼りなかったのかな……そんなにさあやから信頼を貰えてなかったのかな……。
オレだけじゃない。リオもいる。銀次ママや楓パパだっている。すぐ近くに助けてくれる奴がいたのに。
もっと……「がんばれ」って言わなきゃいけなかったんだ……。
「……里桜さんのお母さんは今も?」
リオが鋭く質問する。
「見つかってません……八年も前のことですから、もしかしたら、もう……」
「……その椎名義輝って人は亡くなったんですか?」
「いえ、すぐに搬送されて一命は取り留めたそうです。里桜ちゃんが自分で救急車呼んだみたいで……その後逃げ出して……ここに……」
「……事件から一年ですから、すでに退院されてるんですよね? 里桜さんについてなにか話してないんですか?」
「……里桜ちゃんを襲おうとしたと自供はしたそうですが、怪我については……自殺を供述しているようです」
「自殺? つまり里桜さんを……」
「はい……庇っているようです。警察から聞いた話ですが……里桜ちゃんが重要参考人として捜査上にいるでしょうから、こちらにも何度も警察が来てるんです」
「報道は無いみたいですが……」
「里桜ちゃんも椎名瑞斗も未成年ですから。椎名瑞斗の起こした傷害事件は名前を伏せてメディアに取り上げられましたが、そのせいで椎名義輝さんの生活が侵害されたこともあるので、報道規制されているようです」
話を聞いて、これまでの疑問もいろいろと晴れてきた。
探偵からの調査結果を見たリオの反応から見て、あの時初めてリオもさあやの秘密を知ったってことだろう。たぶん、元々オレに教えてやろうと思ってたのはさあやの本名だったんだ。そしてオレはさあやの名前以外の秘密を調べる手伝いをしてたってことだ。
クラブのオーナー室、金庫にあった書類……あれにもさあやのことが書いてあったはず。つまり、銀次ママは独自にさあやのことを調べていたんだ。知った上でさあやの言葉を待っていた。楓パパもきっと同じだろう。
【深咲里桜】の名前を聞いて、リルルは聞き覚えがあると言っていた。それはテレビで聞いたんじゃなくて、リルルが警察官だから聞いたことがあったのかもしれない。
さあやが似合わない濃い化粧や派手な服を着るのも、できるだけ別人として生きるために必要だったのかも。
さあやが以前言っていた「兄はいない」「いたけどかわった」っていうのは、実際兄が別人に変わったってことだったんだ……ややこしい。赤ちゃんに【ハルキ】と名付けたのも、優しかった最初の兄の名前を取ったのか。
「椎名義輝さんは自殺と言い、襲ったことも世間からのバッシングによる心神喪失からの行動……里桜ちゃんが刺したと分かったとしても、正当防衛になるかもしれません。警察に保護されたとしても、きっと悪いことにはならないと思います……だから、もし見つかったら——」
「それはあいつが決めることだ」
「え?」
リオが席を立った。ジャケットを脱ぎ、後ろ髪を縛っていたヘアゴムを外してファサっと髪を手で払う。変装を解いていき、あっという間に元のリオに戻った。
「あゆ、行くぞ」
「え? でもいいのか? さあやここに来るかも——」
「来ねーわ。ぜってーにな」
「あの……もしかして警察に行かれるんですか?」
雰囲気がまるっと変わったリオに驚きつつも、チエも席を立った。
「警察には行かねー。帰んだよ、東京に」
「じゃ、じゃあなにか手がかりがあるんですか? 私も一緒に……私もあの子の助けに——」
「なんもできねーよ。あんたにはな」
「な、なんで——」
「あんたはあいつを追い返した。そのせいで一人になっちまって、東京で迷子になっちまったんだ」
「ひ、酷いことしたとは思ってますよ! でもあなたにそんなこと——」
「関係ねーってかっ!? 部外者だもんな? そうだぜ? だから客観的に言ってやってんだろーがよーっ! あんたにできることはねーってなーっ!」
互いにヒートアップしてきて怒鳴り声が響く。オレの膝の上で遊んでいたチビッ子が泣き出した。隣の席のチビッ子も同じようにわんわん泣き出す。オレはアワアワしながら宥めるが泣き止む様子はない。そしてリオとチエの大声も止まない。
「あ、あなたになにが出来るって言うんですか!? ただのバイトの雇い主でしょ!? 私はまだ小さいあの子を支えてきました! 寝食を共にした家族です! 私のほうがあの子を知ってる!」
「その家族を冷たく突き放しちまったんだよ、あんたはなっ!」
「わ、私だって後悔してるんです! あの時気付けてれば——」
「でも気付けなかったんだよなーっ!? 優しいお姉ちゃんやってたくせによーっ!」
「私が最後に顔見たのは里桜ちゃんが小学二年生の時です! 高校一年生になったあの子の姿なんて、一目でわかるわけないでしょう!?」
「おーおー咆えるねーっ! 自分のこと正当化したくてたまんねーよなーっ!」
「ここにはまだ小さな子供もたくさんいます! もし危ない人だったら……私はここの子たちを守らなきゃいけないんです! あなたはここの生活を知らないから……あの時の光景を見てないからそんなこと言えるんです!」
「でもあんたは見てたんだよな?」
「…………え?」
急に静かに呟いたリオに、チエは動揺して眉を顰めた。
「見てたんだよな? 外で血まみれになったあいつを」
「そ、そうですよ……?」
「セーラー服着てたんだよな? 学校の。ずぶ濡れで」
「…………えぇ」
「しかもその制服袖が引き裂かれてたんだよな? 右腕なら火傷の痕も剥き出しだったかも知んねーし、程度によっちゃ下着とかも見えてたんじゃね? あーしは見てねーから知らんけど」
「………………」
「無茶言ってんのはわかんぜ? チビの姿しか知らねーのに高一の姿なんかわかりゃしねーよな? 血まみれの奴が外で立ってたら怖えーよな? ここのガキ共守んなきゃいけねーんだよな? だが外で突っ立ってたのもガキだぜ?」
チエは再び椅子に座り俯いた。両肘をテーブルに着き、顔を隠すように組んだ両手に額を乗せる。
「ずぶ濡れでよー、ひでーカッコしたガキだ。あいつかどうか気付かなくても、ガキが泣いてたらあんたが言わなきゃいけなかったのは『大丈夫?』とか『どうしたの?』だろーが」
鼻を啜る音が聞こえた。
「あいつは家に帰ってきただけだ。だがなー、あんたが玄関閉めた時点で、ここはあいつの家じゃなくなっちまったんだよ。なにが【つばめの里園】だ。名前変えちまえ」
そう言い放ち、リオは脱いだジャケットとかをカバンに詰め込み帰り支度を整える。
チエは何も言えず俯いたままだった。
「おら、帰んぞ」
「でもさあやは?」
「リルル待ちだな。京都にいるかもわからんけどよー」
「わかった。……ごめんな?」
ギャンギャン泣いてるチビッ子たちの頭を撫で、オレもさあやのガマぐっさんを抱いて立ち上がる。
「里桜ちゃんのこと……見つけられるんですか?」
「見つけるよ。言わなきゃいけないことが三つもあるし」
チエの涙声にオレが答えた。
「言わなきゃ……いけないこと?」
「うん。まず『ごめんなさい』」
ちゅーしてごめんなさい。
「それから『がんばれ』って言わなきゃ」
「……そんなの……やめてあげて……」
「え? なんで?」
「がんばれなんて……追い打ちかけるようなことしないであげて……」
「なんで『がんばれ』が追い打ち?」
「……がんばれって……がんばってない人に掛ける言葉だって言うでしょ? あの子はもうがんばりすぎてすり減ってるから……無理しないでって……もうがんばらなくていいって言ってあげなきゃ……」
「違うよ。……オレの世界では、辛い時こそ言い合う言葉だ。死ぬ間際にだって貰った……」
マホとお別れする直前の顔を思い出す。
失われていく瞳の光……その消えゆく命の灯の最期に言ってくれた……。
「辛い時だけじゃない。なんでもない時だっていい。『がんばれ、がんばれ』って、続ける励ましが力になるんだ。言葉だけじゃない。共通の宝物とか、分け合った痛みとか、キラキラの思い出とか、掌に残るあったかさとか……全部【がんばれ】だよ。【がんばれ】は期待じゃない。離れてても、ずっと時間が経っても、一人ぼっちだったとしても……オレがいるぞ、一緒にいるぞって伝える希望だ」
「……………………」
「最後の一つは『ありがとう』って。これはまだ言うつもりはないんだけどさ」
さあやの中のマホが目覚めてから……。
「辛い選択させちゃったんだ。その全部を背負っちゃって、きっとすごく苦しんでる。オレは止めなきゃってあの時は思ってたんだけど、思い直したんだ。もう終わっちゃうところだったけど、あいつのおかげでまたみんなに会えて、今に続いてて、前に進めてて、新しい世界が見られて、大事なものが増えていってる……だから、あの日選んだことは間違いじゃなかったって、今のオレがあるのはおまえのおかげだって、それで『ありがとう』って言いたいんだ」
…………あれ?
頬っぺた濡れてる。触ると……涙? なんで?
「……気ぃ済んだか? もう行くぞ」
リオがオレの手を引っ張った時だ。玄関がガチャッと開く音がした。古い家屋だからミシミシと足音の主張がでかい。
「千枝ちゃん、牛乳買ってきたよ。ついでのチビたちのジュースとお菓子……」
顔を出したのは一人の男だった。頭もじゃもじゃで、メガネを掛けてて——ん?
「あー! もじゃメガネ!」
「あ、あゆさん? リオさんも……どうしてここに……千枝ちゃん? 泣いてるのか?」
「里桜……さん? 春希君知り合いなの?」
「え"?」
こいつが春希……さあやの兄ちゃんかよ!
「この二人は俺が新宿で通ってるキャバクラの人たちだよ」
「キャバクラ? 春希君キャバクラ行くんだ……なんかショック……ていうか古着屋の人じゃ……」
泣いて潤んだ瞳をチエが向けてくる。涙の他、疑惑の色で滲んでいた。
「夜のちょうちょは嘘が得意なんだ。お宅の里桜ちゃんも素質あんぜ」
「里桜ちゃんがキャバ嬢……すごい……じゃなくて! 未成年ですよ!? なに考えてるんですか!」
「あーあーお姉ちゃんの元気が戻っちまった。トンズラすっぞ!」
リオとオレは駆け出す。もじゃメガネ——もとい春希と目が合ったが、そのまますれ違った。
【つばめの里園】を出て走り続ける。二人の息が切れ切れになった頃、同時に立ち止まった。膝に手を着いて肩で息をする。
息を整えつつ、リオはスマホを手に取った。
「今……七時半か……」
時間を確認すると、画面を叩いて耳にスマホを当てた。
「また電車?」
「いや……上りなら新幹線使えっかもしんねーが、帰りの片道なら金もかからず速えー乗り物あんだろ?」
「あったっけ?」
「……クソ、電話出ねぇな。ラインしとくか……しかたねぇ、とりま駅まで歩くぞ」
「はーい……結局また電車かー……」
グチった直後、背後から車がゆっくり近づいてきてオレらの真横で停車した。車には鳥の絵と文字が書いてある。運転席が開き、中からもじゃもじゃの頭が出てきた。
「リオさん、あゆさん」
「あん? しつけーな、まだあのお姉ちゃん言いてーことあんのか?」
「いえ、僕だけです。乗ってください。送ります」
リオが助手席と後部座席を覗く。他に誰も乗ってないようだ。
オレとリオは互いに顔を見合わせ、リオが顎で乗るよう促した。二人で後部座席に乗り込む。
車が走り出し、春希は運転席からボタンをポチポチ。するとしっとりした音楽が車内に流れ始めた。
「話は聞きました。里桜が姿をくらませたって?」
「あぁ。あんたが春希お兄ちゃんねー……寂しがってた妹残して約束も守らず一度も会いに来てくれなかったっていう……」
「それは……謝るしかないというか……受験が思ったより大変で……僕、平凡な頭の出来だったんで……大学でもついてくのがいっぱいいっぱいで……」
「言い訳おつ」
「……すみません」
しゅん、とわかりやすく落ち込んでいる。
オレは追い打ちをかけるように質問を投げた。
「おまえ、なんで嘘の名刺渡したんだ? シュウイチはパピの名前だって言ってたぞ」
「それは里桜に……さあやさんに僕が春希だってバレたくなかったからだよ」
「なんで? 仲良しだったんだろ?」
「さっきリオさんに言われた通りだよ。約束破って後ろめたかったし、今更会うのが情けなかったし怖かった」
「じゃあパピのじゃなくてぜんぜん知らない奴の名刺にすればよかったのに。パピは客として店に来るんだから、いつかバレてたぞ?」
「えっと……それは——」
「内心バレてほしいって思ってたんだろ? 女々しいな、お兄ちゃん」
「あっははは……バレバレだなーリオさんには……でも、彼女にも今の生活があるんだって思って、それが楽しめてるなら……僕なんて要らないと思ったんだよ。それで迷った結果同僚の名刺を渡したんだ」
「知らなかったんだ? さあやが大変な目に遭ってたって」
「あぁ……あの花火大会の日、彼女の火傷痕を見て里桜だと気付いた。ただ懐かしくなって、一緒に過ごした【つばめの里園】に帰りたくなったんだよ。それで千枝ちゃんからこれまでのこと聞いたんだ」
「ユッキー連絡取れないって心配そうだったぞ?」
「ユッキー? あぁ課長のことか」
春希は運転しながら助手席に置いてあったスマホを取りボタンを長押し。明るくなった画面を見て苦笑いした。
「うわー着信いっぱい……ずっと電源切ってて気づかなかったよ。縛られるの嫌でさ、有給使ったし久々の帰省を邪魔されたくなくて……そういえば、ハルキ君は見つかったの?」
「春希はおまえじゃん」
「違くて、里桜の——」
「【はるき】も【りお】も二人いるからややこしーよ」
「じゃあ……僕はもじゃメガネでいいよ。里桜のことはさあやで」
「メガネはリルルもいるからモジャって呼ぶ」
「えっとー……そう? じゃあそれでいいけど……」
モジャはもじゃもじゃ頭をぽふぽふ触り言った。
「それで、ハルキ君は見つかったの? 花火大会の日、別れた後なぜか急に眠っちゃって……気付いたらなぜか代々木公園にいてもう訳わかんなかったけど」
「あぁ見つかったぞ。最初はシイナと一緒だったんだけど……」
シイナがハルキをぶん投げて、キャッチする前にハルキが消えて、次見つけた時はもうさあやと一緒にいた。
「消えたって……そんな魔法じゃあるまいし」
「魔法だぞ? ブンサブローの迅雷魔法みたいな——」
「呼んだかァ?」
車内に雷鳴が響き、リオの膝の上にブンサブローが現れた。
モジャが驚きの悲鳴を上げて車が左右に蛇行する。
「いいい犬が!? ななななんで!?」
「遅せーぞブン」
「ワシをタクシー代わりにしてェなら代金代わりにその滑らか~な足を舐めさせろ。そこのクソガキのおっぱいでもいいぞ?」
「あゆ、乳出せ」
「出すか!」
「いいい犬が!? ししし喋って!?」
再び車が蛇行する。
「ハルキが消えたの、ホントにブンサブローがやったんじゃないんだよな?」
「まァたあの赤ん坊の話かよォ。知らねェっつったろォ」
「んーでもさでもさ、あん時ビリッと電気が走った気がすんだよなー」
「んならマホだろ。すでにさあやたんのところいたんだろォ?」
「マホは目覚めてねーって——」
「だから言ったろォ? さあやたん嘘言ってんだって。一瞬でキャッチしに戻って即消えたんだよ」
「でもさー——」
「待て」
リオが会話を遮断する。その間にモジャの運転がまっすぐになった。
「ブンのビリビリ魔法は他の野郎も使えんのか? おめーらの魔法は、個人固有のモンとかじゃねーのか?」
「別にそんなことないぞ? 願望を形にすんのが魔法だから、同じ願望の持ち主なら使えるようになる」
「教えるとかも? 一子相伝だったりヤードラット星人とかから習えんのか?」
「人から教わることもできるけど、結局そいつの願望の強弱次第だから……精度とかは落ちるかもな」
「ブン……おめー前世でビリビリを他の野郎に教えたのか?」
「弟子たくさんいたからなァ、もれなく全員に教えてたぜェ? マホは弟子でもねェくせに見ただけで使えてたがなァ。だがワシの弟子で使えた野郎は一人だけ——まさかァ……?」
「ファンタジーを考慮すんならよー……容疑者がもう一人いるよなー? 銀次ママが渋谷に向かってることを知ってた野郎がよー」
もう一人? オレとさあやとリオとリルルと……だれ?
「あの……さっきからなんの話を——」
「ブン、飛べ」
「あいよォ!」
モジャの言葉を無視し、車全体をビリビリが包む。
一瞬にして雷化し、景色が滲んでいった。
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