第59話 奇跡
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ラ~~ラ~ラ~ラ~~~……とメロディを残し、番組が終わった。
グッディ浜岡……初めて顔見た……ブサイクだったな……。
また綺麗ごと並べてた……過去の選択に間違いはない……?
そんなわけない……間違いじゃなかったら……今の私はなんなの?
「あのつまんない芸人さん曰く、なんにでも特別な名前を付けるのが未来を輝かせる手助けになるらしいわよ? 私たちの出会いもなんか大袈裟な名前付けてみる? 運命……はなんか違うっぽいし……奇跡とか?」
「奇跡……ですか?」
……違う。今日ここにいるのはただの通過点。もう見えてる終着点の……。
「チョコ」
「え?」
夕海さんが俯く私の手元を指差した。包に入ったままのチョコがある。
「何回言わせんの。食べなさい」
「……はい……」
優しい命令に従い包を剥がし始める。
「アン!」
「あっ」
茶色い光沢が見えた時だ。毛むくじゃらのポメラニアンが私の膝に飛び乗り、チョコを奪おうとしてくる。
「だめ……! あなたにチョコは毒だから……」
掌でチョコを握り隠すと手の甲をペロペロ。隙を見てチョコを自分の口に放り込む。すると今度は私の胸に両前足を着いてほっぺをペロペロ舐めてきた。
「ちょっ……やめて、ふふ……くすぐったいから……!」
「笑ったわね?」
「え?」
向かいの夕海さんがニヤニヤしている。頬杖付いて、彼女もチョコを一つ口に放り込んだ。
私はなんだか気恥ずかしくなり、黙ってチョコをモグモグした。
「笑うと子供っぽいわね、あんた。——もう大丈夫みたいだし、そろそろ話を聞こうかしら」
あゆの……話……。
私が落ち着くのを待ってくれてたんだ……一ヶ月間行方不明の娘の手がかりを前にして……。
なんでも答えよう……そのために来たんだもん。
「何回も言うけど、逃がさないから」
「はい……逃げません……お話します……」
敵は椎名瑞斗だった。つまり、あゆが危険な目にあったのは私のせい。転生者とか関係ない。過去の私が選択した結果……引っ叩かれても、罵声浴びせられても大丈夫。すぐに消えるから……。
「どうしたの?」
…………え?
「どうしてそんな泣きそうな顔してるの? どうして震えてんの? なにが怖いの? どこか痛いの?」
「え、え……? いえ……あゆさんは新宿の——」
「無事な人間の話なんて後回しでいいわよ。無事じゃない人の話を聞きたいの」
「それ……って……」
「もう一回聞くわよ? ……どうしたの?」
しばらく黙っていた。私も。夕海さんも。
私の顎から何かが落ちた。
ポメラニアンの鼻先に落ちて、子犬は鼻先を舐めて膝から降りていった。
その後も滴る何かが顎から、頬からぽろぽろと落ちて私から遠ざかっていく。
鼻が詰まってきた。口で息を始める。
目に入る世界はもうぐにゃぐにゃに滲んでいた。
「わ……わ、わた……し……」
上手く声が出せない。
夕海さんは私の目を見て「うんうん」と頷いている。
「私……だ、大事な……人をこ、ころ……してしまったかも、しれない、んです……ふ、二人も……それ、で……私もし、死ななきゃって思って、て……」
「……ふーん、そう。でも『かもしれない』ってことは確かめてないんでしょ?」
「こ、怖くて……でき、なくて……」
「そっかぁ……大事な人って、家族の人?」
「わ、私を……守ってくれた人、と……私を、育てて……くれた人……」
「育てた人……お父さん? お母さん?」
首を横に振った。
「お、お父さん……に、なってくれようと、した人で……でも……私が、あの人……の子供に、な、なれなくて……! あの人、を歪めて……で、でも……家にも帰れ……なくて……!」
「……お母さんはいないの?」
小さく頷いた。
「お母さ……わ、私が……練炭……倒さな、きゃ……そのまま一緒、に……死ねた、のに……!」
「……大事な人はそれだけ? 友達とかいるでしょ?」
「とも……だち……?」
「新宿にいたんでしょ? いたんじゃない? 他にも大事な人」
頭に鋭く、しかしじんわりと思い出が走った。
最初に思い浮かんだのはリオさんだった。ヘラヘラしてて怒りっぽくて、変なことばっかり言って私を困らせた。私に……名前をくれた。
次に楓パパ……そして銀次ママ……素性の知れない私を温かく迎えて、私の言葉を待ち続けてくれた……私を守ってくれた。
芳華さんとブンサブロー……いつも明るくて壁が無くて、同じ空間にいると辛いことを忘れさせてくれた。
ユッキーさんとリルルさん……付き合いはまだ浅い。けど、昔からの友達みたいになれた気がした。境遇がそうさせた。架け橋になってくれた人がいた。
……あゆ……。
「思い浮かんだ? 大好きなんでしょ? その人たちのこと」
私は首を強く横に振る。
「大好きなん、て……ぜ、絶対に言えない……なれない! 嫌われるのはいい……! 私がみんなを歪めて、変えて……嫌いになりたくない……!」
声がだんだん大きくなり、最後には叫んでいた。心臓がドクドク鳴っている。
夕海さんは何も言わない。静寂だけが流れ、心臓が落ち着きを取り戻していった。
鼻を啜って、口から息を吐いて……俯いて……テーブルに落ちた涙を見つめた。
さっきまで海から顔を出し久々の呼吸をしていたような感覚だった。今、再び潜っていく。深く、深く……。
「……どうせ……もう会えません……私のせいで大勢が怖い思いをして……傷ついて……恨んでます……私が消えれば……きっと喜んでくれ——」
「傲慢じゃない?」
「…………傲慢……」
「そうよ。嫌われてもいい、でも嫌いになりたくない……そんなのあんたの気持ちだけじゃない。好きとか嫌いとか、自分だけで完結する感情じゃなくない? 渡して受け取って、初めて伝え合うもんでしょ。あんたは受け取ってないのに自分の気持ちぶん投げ続けてる。相手がいない所でね。その上相手が受け取れないのにその気持ちを推し計ろうなんて、身勝手よ」
「……でも、本当のことです。私の間違いが、みんなを巻き込んでしまったんです……」
「人はそう簡単に変わらないわ」
「変わりますよ……」
私の腕を見たただけで、二人も変わってる……。
「じゃあ確かめてみましょ」
「……え?」
夕海さんが席を立ち、私の隣の席に移動した。
スマホをいじっている。画面を見て目を細め、スマホを私に向けた。
沈んでいった心が、再び海上へ急浮上した。
芳華さんのインスタアカウントのタイムラインだった。写真が一枚。中にはベッドが三つ。リオさんが横になる中央のベッドにみんなが寄り集まった集合写真。
みんな……笑顔だった。
顔をくっ付けるくらい近づきリオさんをサンドするあゆと芳華さん。二人とも歯を輝かせて眩しい。中央のリオさんはピースサインを顎に当て小さく笑っている。
そのリオさんの膝元にブンサブローがお座り。ニヤリとした犬とは思えない不気味かわいい笑みを浮かべている。
ユッキーさんは片足上げて目元でピース。彼と肩を組むパピさんはカメラから見切れている。
リルルさんと楓パパは見守るように微笑み、パパに抱かれるハルキは指しゃぶりして真顔。何が起きてるかわかってないみたい。
銀次ママは……いなかった。
「コメントは見える?」
夕海さんは画面を私に向けたまま、少し下へスクロール。芳華さんのコメントが出てきた。
『いぇあ! さあやたん見てる〜〜〜?
こっちはみんなメッサ元気でーす!
銀ママさんもピンピンしてるよー!
プリプリ怒ってるから早めに帰るがヨロシ!
私たちもみんな待ってるから、早くまた元気な顔見せておくれよ〜〜!
アイシテルぜ! うぇいうぇーい!』
画面から夕海さんの顔に視線を移す。夕海さんは小さな子供を見るみたいにニコニコ笑っていた。
「これ……なんで……」
「ありえない大きなコーギー犬と、その犬に跨る浴衣少女の画像がなんかバズってるって聞いて、見てみたらウチの娘だったからフォローしたのよ」
そういえば……リルルさんが喫茶店で見せてくれた。親御さんが気づいてDM送ってきたって……。
「それで? どう? 変わってた?」
私はまた首を横に振り、夕海さんはまた「うんうん」と頷いた。
「じゃあどうする? どうしたい?」
「み……みんなに……会いたい……家に……帰りたい……!」
「それは……ベストな選択ね!」
背中をぽんぽんと叩かれ、私はわんわんと泣き出した。
小学生に上がる前の、小さな子供に戻った気分だった。
もう逃げなくていい、消えなくていいんだと思えた。
私の足首に巻かれていた金色の光が、花を散らすようにぱぁ……と消えていった。
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