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第58話 保健室の先生

■■■お知らせ■■■

話数の間違えていたため修正しました。

♦︎♦︎♦︎


 …………ん……。

 …………なに……?

 ……くすぐったい……。

 ……やめて……やめ——。


 ハッとして体を起こした。


 暗い部屋……ふかふかのベッド……カーテンから射す光……私、知らない服を着てる……パジャマ?


 右手で頬っぺたに触れる。濡れてぺとぺとしていた。その右手には包帯が巻かれている。

 横から「ハッハッ」と動物の息遣いが聞こえた。見ると、ベッドに両前足を乗せて潤んだ瞳を向ける何かがいた。

 滑らかな白と薄茶の毛むくじゃら……私が触れようとすると「アン!」と一咆えして行ってしまった。姿を消した先……扉の隙間から光が漏れている。


 どれくらい眠ってた……?

 昔の夢を見てた……ひどいことばかりだったけど……。

 ここは……?


 僅かな光を頼りに部屋を見渡す。

 知らない部屋……空気……でも、微かに感じる匂いは、なんだか知ってる気がした。

 ベッドから降り、がくんと膝が曲がる。足にあんまり力が入らない。手を着いて再び立ち上がり、光りの先へ進む。

 廊下にもう一部屋。視線を移動させ、階下への階段を見つけた。手すりに体を預けながら下りていく。

 下りた先の部屋から笑い声が聞こえてきた。


「あっはっはっは! 相変わらずつまんねー奴!」


 この家の家主……あゆの母親だ。


「あの……」


 声をかける。反応がない。テレビを見て笑ったままだ。


「あの……」


 少し近付いて再び声をかける。無反応。


「あの……!」

「うわっ!」


 真後ろに立って少し強めに声を出したらやっと反応した。跳び上がって振り返り、私を見て胸を撫で下ろしている。


「ちょっとぉ、普通に声かけてよ——あ、もしかして本当はもっと前からそこにいた?」

「あ、いえ……今起きたところです……ただ、声かけても反応が無かったので……」

「そう? あーでもアレかも。ちょっとそこ立ってて」


 あゆのお母さんは疑問に思う私を残し、リビングの端へ行ってしまった。その足元にさっきの毛むくじゃら……ポメラニアンだ。ちょこまか歩き回ってる……かわいすぎる……。


「なんか喋ってみて」

「え? はい……あの……」

「もっとおっきく!」

「えっと……あの! これなんですか!?」


 疑問をそのまま叫んだ。しかしあゆのお母さんは二度頷き、今度は私の目の前にやって来た。顔を近づけてじろじろ私を見る。

 綺麗な人だ。とても一五歳の子供がいる人には見えない。あゆをそのまま大人にしたみたいな容姿。色白で黒髪だけど。背は私と同じくらいだが胸は大きい。やはり親子だなと思った。

 しばらく私を見ると、私に座るよう促した。四人掛けのテーブル。言う通りに私は座ると、あゆのお母さんは台所へ。お湯を沸かしている。


「あんた……妖怪かなんか?」

「え?」

「座敷童とか透明人間とか。気配が消えるというか……少し離れると姿も声も消えちゃうんだけど。オモロ。ベッドに寝かせた後部屋出る前に見たら消えてたからビビったわ。その足首のピカピカのせいとか?」

「足首?」


 テーブルから自分の足元を覗き込む。左足首に金色に光る輪っかが付いている。ミサンガみたいだが触れることができない。光だけだ。

 たぶん……魔法なんだと理解した。私が逃げたいと、消えたいと思った願望から生まれたんだろうと思う。京都に来れたのもこの魔法のおかげかもしれない。消えてしまう前に、どうしてもあゆのことを伝えたかったから。

 飲まず食わずで平気だったのもこの魔法のおかげ? 無意識下ではまだ生きようとしているなんて我ながら呆れる。でも目的は果たした。きっともう休めるはずだ。


「はいお茶。それからチョコね。糖分取んなさい」


 お茶とバスケットを目の前にドカッと置かれた。チョコやせんべいなどお菓子が山盛りだ。

 向かいに座るあゆのお母さんを見て、私は頭を下げる。


「……ありがとうございます」

「はいはい。それで、あんた名前は?」

「名前……」


 深咲里桜は死んだ。綾見さあやもこれから死ぬ——私は……だれ……?


 黙ったままの私を見て、あゆのお母さんが溜め息を吐いた。


「……私は【広瀬夕海】。中学で保健室の先生やってんの」

「ゆうみ……さん……」


 保健室の先生……そういえば、小学校や中学でも、よく昼休みとかに保健室に友達と遊びに行ってたっけ……こんな空気感だった気がする……落ち着く……。


「私は……さあやです」


 暫定的な私だ。


「さあやね。いきなりぶっ倒れるからビビったわよ。あ、玄関の鍵は閉めてないから安心しなさい。逃がさないけど」

「すみません……大丈夫です。逃げませんから……鍵は閉めてもらっても構いません。その……音がダメなんです……内鍵を閉める時の……」

「音……ふーん……」

「あの、私どれくらい寝てたんですか?」

「丸一日」

「丸……あの、今日って……」

「今日は八月一九日の金曜日。今……午後一時過ぎね」

「金曜日……私、一週間も……」

「一週間て……あんたあのボロボロな状態で六日かけて京都まで来たってコト? 妖怪って新幹線の乗り方知らないわけ?」

「どうやって来たかは……その……わかりません……」


 この会話……懐かしい。あゆと初めて会った日もこんなこと話した。立場は逆だったけど。


「まぁ平気そうで安心したわ。病院連れてこうか迷ってたけど。でもボロボロだったから体は拭いて着替えさせたわ。あんたちゃんとご飯食べてる? 細すぎ。後でお風呂にも入んなさい。沸かしておくから」

「……ありがとうございます……あの、それで……あゆさんのことですが……」

「チョコ」

「え?」

「糖分取れって言ったでしょ? ほら、お茶も飲んで……あゆは無事なのよね?」

「……はい……たぶん」


 バスケットから小さなチョコが入った包を手に取った。でも手はそこから動かず、包を開こうとしない。


 私が闇に包まれた後、どうなったかわからない。

 あゆは倒れていた。気を失ってただけだと信じたい。椎名がどう行動したか次第だろう。私がナイフを奪って、刺そうとして……銀次ママを……。


「……まぁいいわ。大丈夫でしょ、たぶん」

「そんな……娘さんのことなのに……」

「平気平気! あの子要領良いから。東京は大パニックみたいだけど、まぁ生きてるでしょ」


 楽観的……? それとも強がり……?

 大パニックって……いったいなにが……。


「そんなことより——」

「そんなことよりって……」

「いーからいーから! テレビ途中だったのよねー。そろそろ終わるけど。一緒に見ましょ」

「テレビ……」


 さっきからがやがや煩かったテレビに顔を向ける。

 知らない顔だけど、知ってる声が話していた。


♦︎♦︎♦︎

■■■お知らせ■■■

次回、本日18時頃に更新します。

面白いと思っていただけた方、またその逆の方。

高低関わらず評価いただけると大変ハッピーです。

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