第58話 保健室の先生
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話数の間違えていたため修正しました。
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…………ん……。
…………なに……?
……くすぐったい……。
……やめて……やめ——。
ハッとして体を起こした。
暗い部屋……ふかふかのベッド……カーテンから射す光……私、知らない服を着てる……パジャマ?
右手で頬っぺたに触れる。濡れてぺとぺとしていた。その右手には包帯が巻かれている。
横から「ハッハッ」と動物の息遣いが聞こえた。見ると、ベッドに両前足を乗せて潤んだ瞳を向ける何かがいた。
滑らかな白と薄茶の毛むくじゃら……私が触れようとすると「アン!」と一咆えして行ってしまった。姿を消した先……扉の隙間から光が漏れている。
どれくらい眠ってた……?
昔の夢を見てた……ひどいことばかりだったけど……。
ここは……?
僅かな光を頼りに部屋を見渡す。
知らない部屋……空気……でも、微かに感じる匂いは、なんだか知ってる気がした。
ベッドから降り、がくんと膝が曲がる。足にあんまり力が入らない。手を着いて再び立ち上がり、光りの先へ進む。
廊下にもう一部屋。視線を移動させ、階下への階段を見つけた。手すりに体を預けながら下りていく。
下りた先の部屋から笑い声が聞こえてきた。
「あっはっはっは! 相変わらずつまんねー奴!」
この家の家主……あゆの母親だ。
「あの……」
声をかける。反応がない。テレビを見て笑ったままだ。
「あの……」
少し近付いて再び声をかける。無反応。
「あの……!」
「うわっ!」
真後ろに立って少し強めに声を出したらやっと反応した。跳び上がって振り返り、私を見て胸を撫で下ろしている。
「ちょっとぉ、普通に声かけてよ——あ、もしかして本当はもっと前からそこにいた?」
「あ、いえ……今起きたところです……ただ、声かけても反応が無かったので……」
「そう? あーでもアレかも。ちょっとそこ立ってて」
あゆのお母さんは疑問に思う私を残し、リビングの端へ行ってしまった。その足元にさっきの毛むくじゃら……ポメラニアンだ。ちょこまか歩き回ってる……かわいすぎる……。
「なんか喋ってみて」
「え? はい……あの……」
「もっとおっきく!」
「えっと……あの! これなんですか!?」
疑問をそのまま叫んだ。しかしあゆのお母さんは二度頷き、今度は私の目の前にやって来た。顔を近づけてじろじろ私を見る。
綺麗な人だ。とても一五歳の子供がいる人には見えない。あゆをそのまま大人にしたみたいな容姿。色白で黒髪だけど。背は私と同じくらいだが胸は大きい。やはり親子だなと思った。
しばらく私を見ると、私に座るよう促した。四人掛けのテーブル。言う通りに私は座ると、あゆのお母さんは台所へ。お湯を沸かしている。
「あんた……妖怪かなんか?」
「え?」
「座敷童とか透明人間とか。気配が消えるというか……少し離れると姿も声も消えちゃうんだけど。オモロ。ベッドに寝かせた後部屋出る前に見たら消えてたからビビったわ。その足首のピカピカのせいとか?」
「足首?」
テーブルから自分の足元を覗き込む。左足首に金色に光る輪っかが付いている。ミサンガみたいだが触れることができない。光だけだ。
たぶん……魔法なんだと理解した。私が逃げたいと、消えたいと思った願望から生まれたんだろうと思う。京都に来れたのもこの魔法のおかげかもしれない。消えてしまう前に、どうしてもあゆのことを伝えたかったから。
飲まず食わずで平気だったのもこの魔法のおかげ? 無意識下ではまだ生きようとしているなんて我ながら呆れる。でも目的は果たした。きっともう休めるはずだ。
「はいお茶。それからチョコね。糖分取んなさい」
お茶とバスケットを目の前にドカッと置かれた。チョコやせんべいなどお菓子が山盛りだ。
向かいに座るあゆのお母さんを見て、私は頭を下げる。
「……ありがとうございます」
「はいはい。それで、あんた名前は?」
「名前……」
深咲里桜は死んだ。綾見さあやもこれから死ぬ——私は……だれ……?
黙ったままの私を見て、あゆのお母さんが溜め息を吐いた。
「……私は【広瀬夕海】。中学で保健室の先生やってんの」
「ゆうみ……さん……」
保健室の先生……そういえば、小学校や中学でも、よく昼休みとかに保健室に友達と遊びに行ってたっけ……こんな空気感だった気がする……落ち着く……。
「私は……さあやです」
暫定的な私だ。
「さあやね。いきなりぶっ倒れるからビビったわよ。あ、玄関の鍵は閉めてないから安心しなさい。逃がさないけど」
「すみません……大丈夫です。逃げませんから……鍵は閉めてもらっても構いません。その……音がダメなんです……内鍵を閉める時の……」
「音……ふーん……」
「あの、私どれくらい寝てたんですか?」
「丸一日」
「丸……あの、今日って……」
「今日は八月一九日の金曜日。今……午後一時過ぎね」
「金曜日……私、一週間も……」
「一週間て……あんたあのボロボロな状態で六日かけて京都まで来たってコト? 妖怪って新幹線の乗り方知らないわけ?」
「どうやって来たかは……その……わかりません……」
この会話……懐かしい。あゆと初めて会った日もこんなこと話した。立場は逆だったけど。
「まぁ平気そうで安心したわ。病院連れてこうか迷ってたけど。でもボロボロだったから体は拭いて着替えさせたわ。あんたちゃんとご飯食べてる? 細すぎ。後でお風呂にも入んなさい。沸かしておくから」
「……ありがとうございます……あの、それで……あゆさんのことですが……」
「チョコ」
「え?」
「糖分取れって言ったでしょ? ほら、お茶も飲んで……あゆは無事なのよね?」
「……はい……たぶん」
バスケットから小さなチョコが入った包を手に取った。でも手はそこから動かず、包を開こうとしない。
私が闇に包まれた後、どうなったかわからない。
あゆは倒れていた。気を失ってただけだと信じたい。椎名がどう行動したか次第だろう。私がナイフを奪って、刺そうとして……銀次ママを……。
「……まぁいいわ。大丈夫でしょ、たぶん」
「そんな……娘さんのことなのに……」
「平気平気! あの子要領良いから。東京は大パニックみたいだけど、まぁ生きてるでしょ」
楽観的……? それとも強がり……?
大パニックって……いったいなにが……。
「そんなことより——」
「そんなことよりって……」
「いーからいーから! テレビ途中だったのよねー。そろそろ終わるけど。一緒に見ましょ」
「テレビ……」
さっきからがやがや煩かったテレビに顔を向ける。
知らない顔だけど、知ってる声が話していた。
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