第53話 ごめんなさい
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もう戻れない。
消えてしまいたい。
死にたい。
でも、また逃げてる。
まだ消えてない。
やらなきゃいけないことがあるから。
私がやらなくてもどうにかなることだけど……でも、責任があるから。
放りっぱなしじゃいけないから。
絶対に心配してるはずだから……一言だけ伝えて、それから消えればいい。
——消えちゃうの? 本当に? 逃げるだけじゃダメなの?
隣を歩く【私】が言う。
「無理だよ、もう……誰にも関わりたくない……」
——でも、逃げた先で銀次ママたちに会えた……だから……。
「会っちゃったから、今こうなってるんでしょ? 繰り返しだよ……助けてくれた人に酷いことして……どうしていつも選択を間違えるの? どうして冷静になれないの? どうして自分を優先してしまうの……?」
——じゃあ……我慢すればよかったの? あのまま黙って、目を瞑って、されるがままで……その後も声を出さずに、ずっとずっと我慢すればよかった?
「……私もあなたも我慢できなかった……あの日、あなたが抵抗したから今の私がある……でも、我慢してたら消えてしまえたかもしれない……嫌だけど、そのほうがよかったって思ってしまうの……」
——あの日消えてしまえれば……あの日……ドアを開けなければ……よかった……。
私は何も言えなかった。【私】もそれから声を出すことはなかった。
自ら消えるなんて、これまでは怖くてできなかった。でも今は違う。一瞬で済む、いい手段がある。
マホちゃんの転生魔法。確か……【ディア・サム・ナフィア】。唱えれば死んで転生できる魔法。
マホちゃんは前世で世界中の命と心中した。でもリルルさんの話では予想外という様子だった。規模が大きくなったことにはきっと理由がある。
魔法は願いを叶える手段……私に使えるかはわからないが、私の願いを叶えてくれるかもしれない。たった一言呟けば……終われる。
誰にも迷惑かけず、ひっそりと忘れられて、最初からいなかったみたいに消してくれる……その先が何もなくても、転生でも構わない。私はもう……私をやめたい。
眩しい……暑い……夏の日差しとアスファルトの照り返し。上下から光と熱が注ぎ込まれるが、私の頭も心も暗く閉ざされたままだ。今は朝だろうか……わからない。
ふらふらと、ゆらゆらと道を行く。視界が狭い。その狭い視界の端にすれ違う人の姿が薄っすらと見える。すれ違う時、驚いたように早足になり私を避けていく。みんなそう。顔は見えない。見たくない。下を向いてひたすら歩いた。
知らない景色……知らない道……でも、ここがどこかはわかる。どうやって来たのかはわからない。私の心残りがそうさせたのだろう。そう思うことにした。
向かうべき場所……足は動いてくれる。時々電柱に手を着き一休み。電柱に示された住所を確認し、次の電柱へ。
この辺りだ。電柱から並ぶ家々へ視線を移す。表札……目的の表札を探す。
「見つけた……」
素朴だけど、奇麗な白い二階建ての一軒家。
ふらふらのまま家のドアまでなんとか辿り着く。迷わず玄関チャイムを押した。しばらくして玄関が開いた。
「はい……え?」
中から現れた女性が私を見て少し身を引いた。
色白で長い黒髪……綺麗な人だ。あの日見た、生徒手帳の顔写真によく似てる。
私は彼女の顔から目を背け、口を開いた。
「広瀬あゆさんは東京新宿の【ClubAsyl】という店にいます。保護されてるだけで働いたりしてるわけじゃないので安心してください。連絡先はホームページとかにも載ってますので、笹山銀……笹山楓という名前を出せば取り次いでもらえます」
反応を待たず去ろうと背を向ける。
「待って!」
腕を掴まれた。
「あなた……大丈夫?」
「……なにがでしょうか?」
「なにがって……靴は?」
足元を見る。片方裸足だった。視界に入っていたはずなのに気付かなかった。
「その手の血は? 怪我してるの?」
「……なんでもないです」
「なんでもないわけないじゃない。服もボロボロだし、顔も……酷いわよ?」
「離してください……」
「振り解いてみたら? あたし力入れてないわよ? そんな力も無いんでしょ? そんなんでどこ行くつもり?」
「……離してください」
「いいから……寄ってきなさい!」
無理やり家の中に引き込まれた。玄関に放られ、私は力無くへたり込む。すぐに立って逃げようとするが、体が重い。両手を着いて、やっと立ち上がれた。
私を引き込んだ女性は逃げ道を塞ぐように玄関に立っている。
「娘の知り合い? 新宿にいるって? 『はいそーですか』で終わるわけないじゃない。もう一ヶ月も行方知れずだったのに。絶対逃さないわ」
玄関の鍵に指がかかる——やだ、やめて、閉めないで!
ガチャリと、鍵が回された。
瞬間、脳を掻きむしられたような激痛が頭に走る。
「うぅ……!」
再びへたり込み、頭を抱えて動けなくなった。
「な、なに? どうしたの?!」
かけられる声が遠くなっていく。稲光りみたいに視界が白んで点滅する。吐き気がする。一緒に恐怖が込み上がる。
また心が離れていく。閉じていく。
消えいく視界で女性が駆け寄ってくるのが見える。その後ろ……あの人の幻影が見える。
ドアの鍵を閉め、包丁を持って、目を伏せ、泣いている。こちらを向き、歩いてくる。
ごめんなさい……ごめんなさい……。
娘になれなくて……ごめんなさい……。
これからは意識する……もっとちゃんと本物みたいに振る舞う……本物の娘になるから……。
だから来ないで……来ないで!
またあなたを……殺したくない……。
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