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第52話 噂

♠♠♠


 ナガノには金曜日に行くことになった。

 怪我が治ってもオレの体力が無くてヘロヘロで、今日明日は休養することになったからだ。オレは大丈夫って言ったけど、楓パパが許してくれなかった。

 空の暗球はその間にも肥大化していっているが、前世で最後に見たものよりもまだ小さい。デルクスは世界中で暗躍してスモックを集めて暗球を作った。この世界ではさあやのスモックを切っ掛けに卵を作り、地上から魔力を吸い上げて成長させている。だから生まれるまで時間がかかっているようだが、トウキョウだけで成長を賄えるのだから、やはりこの世界は不満に溢れている。

 オレは魔力が溜まり次第リオたちの怪我を回復魔法【アザマル】で直した。みんなもやっぱり疲弊していて、怪我は治っても本調子ではないようだった。

 銀次ママの怪我も治すって言ったが断わられた。


「ちゃーんとさあやに見せてん、しっかり自分のしたことを分からせてん、反省させなきゃいけないのよん。そして、大した怪我じゃなかったってことをあたしから伝えなきゃいけないのん」


 そう言った銀次ママは笑ってた。ずっとベッドに寝たままだったけど、大したことがないみたいで良かった。

 二日はあっという間に経ち、そろそろと病院から抜け出したオレたちは今、シンジュク駅にいた。


「クソがっ! なんで新幹線満席なんだよっ!」

「東京から避難する方々で溢れているようでございますね」

「はぁークッソっ! マジくそっ! 四時間くらいかかっぞこれ……おめーどうすんだ? 京都までもっとかかんぜ?」

「致し方ないでしょう。ブン様も長野や京都までナワバリを広げてはないとのことでしたし。高速も大渋滞でございますし、このまま電車で向かいます。現在一〇時でございますから……混雑見越してもおそらく一九時頃到着でしょう」

「走ったほうが早かったりする?」

「んなわきゃねーだろーが。これだからファンタジーの住民はよー……つーかおめーはなに持ってんだよ」


 リオがオレが片手で抱くぬいぐるみを指差した。そのままぬいぐるみの額にある青筋を突っつく。


「ガマぐっさん人形……カエルって生き物だって」

「んなの見りゃわかる。なんで持ってきてんだって聞いてんだろーがよー。銀次ママん家にはおめーの着替えのために寄ったんだぜ?」

「だって……さあやが大事にしてたヤツだから……見つけたら渡してあげたいって思ったんだもん……これ以外にさあやの物って服とかしかないんだもん……」

「そ、そうか……これをさあやがねー……見るからにきめーカエルだが」

「貰い物って言ってた」

「ほーん……」

「あとさあやのスマホもポッケに入れてる。リオはなんか持ってきてねーの? さあやとの思い出の品っぽいの」

「んなもんねーわ別に」


 ぶっきらぼうに答えリオは腕組んだが、一瞬だけ視線がズボンのポケットに向いたのが見えた。オレは咄嗟にリオのポケットに手を突っ込む。


「だーなにしやがるっ!」

「これ……」


 取り出したのは、あの擦って火をつける道具、ライターだった。以前リオがさあやから取り上げた物だ。

 リオはオレからライターを奪うとポケットに乱暴に突っ込んだ。


「それさあやのだよな? なんだ。考えること一緒じゃん」

「……うるせー……忘れろ。つーかなんで学校の制服着てきたんだ? 修学旅行じゃねーんだぜ?」


 リオは少し恥ずかしそうにそっぽを向いて話題を変えた。こいつ照れることあるんだ。

 言われた通り、オレはこの世界で目覚めた時から着てた学生服姿だ。紺色のスカートがすーすーしてるし動きやすい。蹴りがしやすくてやっぱり丈は短いほうが戦いに向いてるな。


「オレ買ってもらった服いっつもボロボロにしちゃうし……自分の服ならいいかなって……オレこれしか持ってねーし」

「そ、そうか……くそ、やりづれーな……」

「オレは荷物ガマぐっさんとさあやのスマホだけだけど……リオはなんでそんな大荷物なんだ?」


 リオの持つカバンは厳つくてでかい。車輪がついて押したり引いたりできる箱型カバンだ。きゃりーけーすっていうらしい。

 リオは白シャツに黒の細身のズボン。服装がシンプルなだけに違和感がある。


「中はほとんど服だぜ? 泊まりになるかもしんねーからな。それ以外の利用目的もあっけどよ」

「どんな?」

「いろいろだよ。そのきめーカエルも寄こせ。入れてやっから」


 強引にガマぐっさんぬいぐるみが奪われ、カバンの中に詰められた。顔が潰れてブサイクな顔がさらにブサイクになる。


「そろそろ行くぞ」

「うん」

「ではお互いに、良い報告ができることを願っております」


 リルルと別れ、電車に乗って、リオと一緒に長い長い時間を揺られる。

 最初はすごく混んでいてぎゅうぎゅう詰めだったが、外の景色が灰色のビル群から緑色の林や田畑に変わるにつれ人も減っていった。立ちっぱなしでくたくたになる頃、やっと座席が空き二人並んで座れた。


「なぁなぁ、『約束』ってなに?」


 座席に膝を着き、車窓から外を眺めながら聞いてみた。


「あん? なんの話だ?」

「病院で言ってたじゃん。オレと約束があるからナガノに一緒に行くって」

「あー……もう少し忘れてろ」

「え? なんで? てかなんの話?」

「うるせー。あーしだってこれから確かめんだからよー」

「これから?」

「もう黙ってろ。ガキらしく外見てキャッキャしてろ」


 それからリオは何聞いてもだんまりで、オレは言う通り外を眺めて通り過ぎる景色をずっと見ていた。

 何度か電車を乗り換え、目的地に着いた時はすでに陽が傾き始めていた。オレたち以外にもちらほらと降りる乗客がいる。みんな早々に駅の出口へ向かってしまった。

 電車も行ってしまい、静寂の中に風の音と鳥の声。それから「ぐぅ~」と虫の声……お腹からだ。


「……まずメシだな」


 二人でキョロキョロ見渡しながら駅を出る。

 電車からの景色は自然が多かったが、駅回りは建物が多い。シンジュクほどじゃないけど。駅自体も建て直したみたいにキレイだった。

 駅に隣接する商業施設でかなり遅めの昼食。たくさんの店が並ぶ広いエリアで、たくさんあるテーブル席に着く。どの店選んでもいいなんて、なんて贅沢な場所なんだ。さあやに会えたら自慢しよう。


「フードコートでテンション上がんのもガキっぽいな」


 リオにはそう言われたけど、いろんな料理が一つの場所で楽しめるなんてすごいことだ。興奮を抑えるほうがムリ。さあやがよくお菓子とかからあげとか買ってくれたこんびにってとこもすごいが、ここはスケールが違う。らーめんとー、たこやきとー、アイスまで食べちゃった。リオはまたばーがーってヤツ食べてた。

 お腹を満たしたら施設から出て、ひたすら歩いた。段々と人気が少なくなっていき、高い建物が姿を消した。活気があったのは駅回りだけで、少し歩くと民家が多くなってきて、田んぼや畑もちらほら目に入るようになった。


「どこ行くんだ?」

「もうちょいだ……見えてきた」


 リオが指を差す。

 少し背の高い建物。同じような建物が三棟並んでいる。トウキョウの街並みでも見る、まんしょんってヤツだ。トウキョウのと比べると背が低く、外壁がくすんだ色で少し古ぼけて見える。

 建物の前に来たが、リオは敷地には入らず何かを待つように立っていた。何もわからないけど、オレも黙って立っていた。

 しばらくすると建物の階段を降りてくる人が見えた。人の良さそうなおばちゃんだ。

 おばちゃんを視認したリオは前髪を手でバサバサし、おでこを隠した。オレの前髪から三日月ピンを奪うと自分のこめかみに差し込む。カバンから茶色の上着を取り出して羽織り、さらに靴も取り出して履き替えた。今まで履いてた踵が高いのじゃなくて、低く控えめな踵の白い靴だ。


「あと……これだな」


 カバンから最後に出てきたのはメガネだった。縁のないメガネ。覗き込んでも景色が歪まない。レンズはただのガラスみたいだ。

 おばちゃんが一階に降りてきて、敷地から出ようとするところでリオが声をかけた。


「あの、すみません」

「はい?」


 オレも「はい?」って言いそうになった。リオが普段なら絶対に出さないような、儚げで弱々しい声で言ったからだ。

 思わずリオの顔を見ると、再び「はい?」と言いそうになる。いつも刺さりそうなくらい鋭かったつり目が少し大きく開かれ、目がうるうるしている——誰だこいつ。


「ここの団地って昔火事とかありました?」

「火事……えっとあなたは……?」

「私、星崎リオと申します。こっちは妹のあゆ」

「オレいもうと?」

「妹」


 ホシザキ……ミサキじゃなかったっけ?

 小さく頭下げて、言葉も丁寧で……接客中も別人みたいだけど、今もまったくの違う人みたいだ。


「家族で昔ここに住んでたんですが、この度父が亡くなりまして……」

「あら……それはご愁傷様です」

「恐れ入ります。それで、父のルーツを調べてるんです。小学生の頃両親が離婚して、ずっと疎遠だったんですが……遺品から私たちの写真とか、小さい頃遊んだおもちゃとか出てきて……私、なにも覚えてなかったんですが、父は私のことずっと気にかけてたんだなって思って……それで父のこと知りたくて調べてるんです」

「あらーなんかおばちゃん泣きそう……前見た映画にそんな話あったわねー。思い出しちゃう」

「ここに住んでた時、私は物心もつかない歳だったんで覚えてないんですが……父は消防士だったんですが、昔火事に遭ったことが切っ掛けで目指したらしく……それで父の関わる場所で火事があったかとか聞いて回ってるんです」

「そうだったの……大変ねぇ。火事ってほどじゃないけど……昔ボヤ騒ぎはあったわね。消防が駆けつけてすぐに鎮火したわ。一室がちょっと焼けただけで、大した被害はなかったはずよ。確か一〇年くらい前だったかしら。あの辺りよ」


 おばちゃんが指差す。オレたちから見て一番手前にある棟の、だいたい五階辺りの角部屋だ。壁が焦げてるとか、そういったことは何も無い。

 リオはその部屋をじっと見つめると、首を振っておばちゃんに向き直る。


「そうですか……では父とは無関係ですね」

「そうみたいね。ごめんなさいねお役に立てず……」

「いえ、とんでもない。ありがとうございました」

「はぁ……しっかし、こうやって親想いの子や子想いの親がいれば、その逆もいるもんよね」

「それは……どういう?」

「今言ったボヤ騒ぎよ。噂では心中だったって話でね……子供と一緒に練炭自殺よ」

「練炭……それでボヤ騒ぎですか?」

「えぇ。子供が練炭のコンロ倒して火が点いて、それですぐ消防呼ばれて助かったって聞いたわ。酷いのは母親よ。命の恩人でもある自分の子供を捨てていなくなっちゃったらしいのよ。父親も蒸発してて借金抱えてたらしいし……酷い話よね~」

「……それは噂なんですよね?」

「噂よ? でも火の無いところに~って言うでしょ? 実際火は有ったしねー」

「その子供は?」

「さぁ……親戚とかに預けられたんじゃないかしらねー」

「……お手間取らせて済みませんでした。ありがとうございました」

「いいのよ。あなたもお父さんのルーツ見つかるといいわね」


 にこやかにおばちゃんと別れ、姿が見えなくなったのを確認しリオは変装を解いた。元の格好に戻っていく。


「リオ……父ちゃん死んじゃったなんて……なんて言えばいいか……」

「別に死んでねーわ、たぶん……話聞きだすためにしんみり話作っただけだ」

「へ? なーんだ嘘かー良かったー……なんで着替えたんだ?」

「人間見た目が大事ってこった。嬢やってる時もそーだがなー、相手によってキャラとか変えてんだよ」

「接客中みたいなきゃぴったのじゃダメなんだ?」

「アホかおめー。おばはんにきゃぴったらウザがられるだけだわ。例外はあるがよー、相手より弱く見せんのがセオリーだ。もっと時間ありゃメイクも変えてっし、スカート履いてたら軽く膝曲げて身長も誤魔化してたぜ? あーしがいつものカッコと喋り方で声かけてたらよー、あのおばはん話してくれたと思うか?」

「逃げたと思う——あだっ!」


 デコピンされた。自分で言わせたくせに。

 おでこを押さえているとリオが歩き出した。駅の方だ。オレも小走りで隣に追いつく。


「あそこが目的地だったんじゃねーの?」

「ここにはさあやは来ねー。ぜってーにな。目的地は別の場所だ」

「じゃあなんでここ寄ったんだ?」

「別に。見ときたかっただけだ。——おめー、噂話って信じるほうか?」

「噂……って言われてもなー……」

「まぁおめーはなんでも信じそうだな。アホだから」

「アホじゃねーし!」

「あーしは周りの人間の詮索すんのが趣味だがよー」

「悪趣味だなー」

「噂ってのは大概が事実だ、起きたことはな。だがよー、そこに交わる人の感情は妄想が混じってやがる。当たりめーだが忘れがちなことだ。なにを信じてなにを信じねーかは自由だがなー、でけー声出すんなら、てめーの声が誰かを捻じ曲げちまうことを覚えとけってんだ。わかったか?」

「んーと……わかった。——じゃあ、これからどこ行くんだ?」

「また駅だ。電車乗んぞ」

「えーまたー? オレもう電車やだー」

「うだうだ言うな。今度は二駅くらいだから我慢しろ」

「はーい」


 口を尖らせながら歩く。

 虫が鳴いている。お腹じゃなくて今度は本当の虫だ。夕焼け空にミンミン鳴いて、トウキョウの景色ではうるさくて暑さを助長させるようだったのに、ここでは寂しさを覚えるようだ。遠目に見える駅周りのビル群に太陽が沈んでいく。

 夜が降りてくる。


♠♠♠

■■■お知らせ■■■

次回、本日18時頃に更新します。

面白いと思っていただけた方、またその逆の方。

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