第50話 知ってる景色
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………………。
………………ん……。
………………うるさいな。
けたたましい声があっちからもこっちからも。窓の外で話してるみたいに声がぼやけている。
なんだか頭がぼーっとして、それでいてぐわんぐわんする……気持ち悪い。
静かにしてほしい……うるさい……なんて言ってるのかもよく聞こえないし。
揺れる意識を落ち着かせ、神経を耳に集中させる。
「だからっ! あーしへのメロンだろーがよーっ!」
「だーめ! これはあゆたん起きてから切り分けるの!」
「んなの待ってたら腐っちまうだろーがっ! その皺の一つ一つが訴えてんぜ? あーしの毛細血管として働きて―ってよーっ!」
「離してよこの……ぐぎぎ……さっきバナナいっぱい食べたでしょ……!」
「血が足んねーんだよっ……こなくそ……!」
「あんた骨折でしょ……関係ないじゃん……! カルシウム取んなさいよ……!」
「メロンのカルシウム含有量は一〇〇グラムあたり八ミリグラム。バナナは六ミリグラムでございます。費用を考慮しなければ接種効率はメロンに軍配が上がります」
「ほら見ろ、メガネキャラの解説に間違いはねー……寄こせっ……!」
「だめ……あっ!」
ずしんとオレの腹に何かが落ちてきた。思わず吐きそうになったが、腹に何も入ってないのか「うぐっ」と声しか出なかった。
薄っすらと目を開く。薄い緑色のしわくちゃで硬くて丸い何か……オレの腹の上に収まっている。
丸い何かを両手で抱えながら体を起こした。
ベッドに横になるリオとリルル、立ったままのヨシカが目をまん丸にしてオレを見た。一拍置いて、リルルは安堵したように小さく息を吐き、ヨシカが抱き着いてきた。
「あゆたーんよかったー!」
泣きながらメチャクチャ「すーはー」吸ってくる。嫌がる気力も湧かない。
ヨシカ越しに隣のベッドにいるリオを見た。
「……おはよ」
「お、おう……メロン食うか?」
オレが抱える丸い何かを指差してリオが言った。ペタペタ触り、目をごしごし擦ってから見る。果物だとそこで初めて分かった。
「……うん」
「食事の前に診察でしょ。ナースコール……」
存分にオレを嗅いだヨシカが枕元にあるボタンを押した。オレはその様子を見た後、視線を部屋の内装へ移した。白い天井、白い壁、白いベッド……ふかふかだ。
「ここってキョウト? オーサカ?」
「あん? なに言ってんだおめー」
「ここは新宿区内の病院でございます。わたくしたちは見ての通り手当を受け入院中でございます」
「びょーいん……?」
確か、オレがこの世界で初めて目を覚ました場所もこんな部屋だった。真っ白の物が多くて、なんかツンとする独特な臭いがする。窓の外が暗いのも一緒。夜なのだろうか。
手当……そう言えば体中が痛い。腕を見ると褐色の肌に針が刺さっていた。一瞬「こわっ」って思ったが、その針が管に繋がれていてその先に変な液体の入った袋があって、さらに「こわっ」ってなった。
腕も足も、頭も包帯が巻かれている。
「おめー五日も寝たままだったんだぜ? ったく心配させやがってよー」
「五日……五日!?」
再び部屋を見渡す。並ぶベッドにはオレとリオとリルルだけ。
「さあやは!?」
「知らね」
リオがぶっきらぼうに答えた。自分の右手をじっと見つめていてオレの顔を見ようとしない。
「なんだよ知らねって!」
「本当に知らねーんだからしかたねーだろーがっ!」
腕に刺さっていた針を引き抜きベッドから跳び出した。ヨシカが止めるのも聞かず部屋を出る。廊下を走っていると体が軋み激痛で叫びそうになる。叫びの代わりに回復魔法【アザマル】を唱える。全身を青い光が包み激痛が消えた。ある程度の魔力は溜まってるみたいだ。さらに速度を上げて走る。
階段を下りて外への扉を見つけた。自動で開く扉を抜け、そこで全身の力が抜けたようにへなへなと膝と両手を地面に着いた。
「なんで……回復したのに……」
病院の中庭らしき広場だ。あまり人がいない。そして暗い。でも夜の暗さじゃない。
疑問でぐちゃぐちゃの頭を揺すり、空を見上げた。太陽か月があるはずの空に、あるはずのないものが浮いていてまた力が抜けた。
「なんで……あれが……?」
忘れるはずがない。前世で、死ぬ直前に見た暗球。デスクスが最後に生み出そうとしてたスモックの卵が空に浮いていた。時々ドクンドクンと脈動し、中で赤黒い光が蠢いている。まるで巨大な眼球だ。こちらを見ると、瞳孔が開いたように窄まった。
睨まれた小動物じゃないが、力がまったく入らない。
「ちょっとなにしてんの! あゆたん全身の骨バキバキなんだからね!」
追いついてきたヨシカに肩を担がれ、抵抗する気力も無く病室に戻された。
再びベッドに寝かされた後、医者に質問されたり左右に動かす棒を見せられたりした。その後検査もされたが、骨が折れたりヒビが入っていたはずなのにすっかり治っていたため医者は首を傾げていた。最後に体調はどうか聞かれ「力が入らない」って言ったら「そりゃそうだ」と言われ笑われた。
「たくさん食べてたくさん寝ればまた元気になるよ」
そう言って医者は去っていった。再びベッドに寝かされる。
確かにすごく腹が減っている。
「五日間点滴だけだからそりゃお腹空くよねー。んじゃお待ちかねのメロン! あゆたんは先に牛乳とかおじやとかでお腹慣らそうねー」
ヨシカからミルクの入ったコップを受け取り胃を満たす。じんわりお腹が潤っていくのを感じる。そしてじんわり、五日も寝てたという寝坊助を悔んだ。
「五日もか……今日って何曜日?」
「水曜日でございます」
「すい……きんはいつ?」
「金曜日は明後日でございます。先週のことなら、渋谷の一件がまさに金曜日でございましたね」
そっか、あの日が金曜だったのか。じゃあラジオ聞き逃したんだな。一応毎回聞いてたのに。
「金曜っつったら、それうるさかったぜ?」
隣のベッドでリオがオレの枕元を指差した。黒い四角い板……便利板。スマホだ。
「寝てたらアラーム鳴ってよー夜一〇時くらいだったな。ラジオアプリ自動で起動しやがって、こちとら怪我して動けねーのにうざってーヤローがぴーぴー喚いてよー」
「これさあやのだ……」
落としたのか……じゃあ、電話で連絡も取れないってことか……。
「はい! おじやできたよー。……ね? ね? おいし?」
「……うん。あんがと」
ヨシカが作ってくれたおじやを食べながら、切り分けられるメロンと空の暗球を重ねる。
あの暗球も真っ二つに切って、刻んで、ぶっ壊さなきゃいけない。スモックが生まれる前に……でもオレ今こんなだし、前世でもできなったことなのに……どうしたらいいんだ……。
「あゆ様」
オレの隣の隣で横になるリルルに呼ばれた。
「さあや様はご無事でございます」
「ホントか!?」
「おそらく」
「おそらく……なのか……」
「詳細は揃ってから説明致します。そろそろご来訪される頃でしょう」
「だれか来るのか?」
「えぇ。噂をすれば……」
リルルがそう言った直後、病室のドアがスライドして開いた。ぷりんと震える見慣れたチョロ毛が目に入った。
「ユッキー! 無事だったんだ!」
「あゆちゃん! よかったー!」
オレに抱き着こうとして、すんでで留まった。
ユッキーの後からさらにブンサブローとハルキを抱く楓パパも入室した——あれ? 銀次ママはいないのか。
「ぷっ……だっさ」
リオがブンサブローを見て呟いた。貶されたブンサブローは歯茎を見せて唸っている。
ブンサブローの首の周りには変な輪っかが巻かれていた。鼻先に飛び出すような変なの。
「それオシャレか?」
「エリザベスカラーって言ってなァ、高貴なワンちゃんだけが身につけられる装束よォ。決してダサくねェ」
「ふーん……楓パパも久しぶり」
「あぁ。無事でなによりだよ」
「楓様。銀次様のご容態は……?」
「問題ない。意識もはっきりしていて、さっきも病院食じゃ足りないと嘆いていたよ」
「それは良いことでございました」
銀次ママも怪我とかしたのかな……。
「役者は揃いましたね」
「あのー俺もいるんすけど……」
あ、パピ。
「では、ユッキー様。お願い致します」
「はいはーい! 伝心魔法【キュー・ノンタン】」
ユッキーの指先から放たれた赤い光が病室を舞い、鱗粉のように光の欠片を落としていく。次第に病室の風景が変貌していく。
夜の帳、街灯、炎上する車……オレが気を失う直前のシブヤの風景だった。
ここは伝心魔法による当時の再現。ユッキーが見ていた風景だ。
オレは路上に寝ていた。シブヤの路上にベッドなんてないから仕方ない。
周りを見渡していると、道の奥から車が走ってきて道路端の電柱に激突した。
ユッキーの車だ。中でユッキーがぐったりしている。チョロ毛の奥で血が垂れていて意識も朦朧としているのか目が虚ろだ。それでもなんとか車から出ようとしているが、ドアが歪んでこの時のユッキーの力では開きそうになかった。
振り返ると、当時のオレがシイナの足を、リオがさあやを抱きとめているところだった。
ここは覚えている。オレがシイナに噛みついて、さあやが解放され、二人を逃がすためにリオを蹴っ飛ばしたんだ。
その後、オレとシイナは巨大スモックに激突して……。
「あれ?」
確かに激突された。スモックの鼻先——鼻があるかわからないけど、とにかく顔の先に当たりぶっ飛ばされた。道路で二回ほど跳ねて転がる。そこで意識が途絶えたのだ。それからさらにスモックに轢かれると思ったが、巨大な靄はそこで霧散してしまった。
オレは路上で倒れたまま動かない。傍らに倒れていたシイナは立ち上がった。オレを盾に、クッションにしたのか重大な負傷はしなかったようだ。
動かないオレを踏んづけたり蹴ったりしている。五日前の幻影だが、つい蹴られた脇腹や踏んづけられた頬に触れてしまった。
そしてシイナがボケットからナイフを取り出す。でもさっき目覚めた時、オレの体に切り傷や刺し傷は無かった気がしたが……。
そのシイナの背後で動く人影が見えた。
「さあや!」
さあやがシイナからナイフを奪った。ナイフを握る手は震えるほど力が込められているが、シイナを睨む瞳には光が無かった。
後ろで目覚めたリオがさあやの腕を掴んでいる。声は聞こえない。けど、さあやを止めようとしているのだとわかった。
オレも同じ気持ちだ。オレだったら迷わずシイナを攻撃する。ナイフの扱いは分かるし、相手を殺さないように自分を制御できる。でもこの時のさあやの顔を見ると、意識がどこか遠くに行っているような、そんな様子に見えた。そして、オレの中でさあやにそんなことしてほしくないという気持ちが溢れている。
しかしオレの気持ちに反してさあやは走り出した。リオの手が離れ、ナイフを脇に低く構えて走っていく。
そして幻影を見ているオレの横を大きな人影が通り抜けた。スーツ姿の銀次ママだ。そして……。
「……さあや」
銀次ママはさあやに刺された。大きな体が道路に倒れる。血だまりができる。
銀次ママもきっと同じ気持ちだったんだ。シイナを庇ったんじゃない。さあやに人を殺させないために……。
さっき病室で楓パパは銀次ママは無事だと言っていた。実際さあやは誰も殺してない。銀次ママの行動は功を奏したと言える。でも、さあやはそう思ってないかもしれない。
その予感は当たった。
さあやは真っ黒の靄を噴き出して姿が見えなくなる。やがて靄は球体に。霧散していた巨大スモックの残骸も吸収しながら肥大し、天へ昇って行った。
上空で制止した後も地上から魔力を少しずつ吸い上げている。人からだけではない。地表から魔力が立ち昇っていた。この星そのものの魔力を吸い上げている。やはり、前世で見たスモックと同じだ。
「あの中にさあやが……」
さあやを助ける、スモック誕生を阻止する。そのために卵の状態のアレを破壊しなければならない。でもあんな上空へ行く術が無い。どうしたら……。
「おい待て! 約束が違うだろう! ふざけやがって……俺のもんだ……俺のだろうが!」
見上げて思案していたが、上がる怒声に視線を地上へ戻した。
シイナが空を見上げて怒鳴り散らしている。こいつも戦いを経てボロボロでふらふら。もうスモックも所持してないのか、怒りに歪んだ顔も剥き出し状態だ。
巨大スモックが消えたためか、ちらほら人も集まり「ぴーぽーぴーぽー」とか「う~う~」って車の鳴き声が聞こえてきた。シイナは周りを見渡した後、空と路上に倒れたままのオレを交互に睨み路地に入って逃げていった。
その後は白い車が来て、銀次ママを乗せて走り去って行った。同じ車が数台後から来て、オレ含めみんなも連れていかれる。
誰もいなくなって、破壊の爪痕と悔しさが残された……。
さあやを助けられなかった……。
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■■■お知らせ■■■
次回、本日19時頃に更新します。
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