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~願いの灯~

♥♥♥


「——っていうお話なんだけど」


 おばあちゃんの寓話【てのひらと石ころ】を【彼】に聞かせてあげた。


 ——ふぅん……いいんじゃない? いい話だったと思うよ。

「なに? ちょっと不満気じゃない? 確かに綺麗さが鼻につくかもしれないけど」

 ——別にー? ぴかぴか光ったり温かかったりするのが羨ましいとかじゃないしー。

「意外とあなたも光ってたりぽかぽかしてるかもしれないわよ?」

 ——どうだかねー……キミはクリスになんか渡したりしないの?

「……なんかってなに?」

 ——そりゃあ今の寓話に出る石ころみたいな物だよ。『これをわたしだと思って……』ってさ。

「……そんなことしなくたっていつも一緒にいるじゃない」

 ——わからないよー? クリス、最近冒険に出ること多いじゃない? 数日帰ってこない日も少なくないし。一三歳になって、キミもクリスもノーラもヨルも、それぞれの道を歩き始めてる。遠く離れ離れになって、もう会えないかも―って後悔する日が来ちゃうかもよ?


 わたしは何も言わずそっぽを向いた。

 【彼】はごめんごめんと笑い声上げながら謝ったが、すぐに黙り込んだ。私がそっぽ向いた先にあるドアが開いたからだ。


「あれ? 今だれかと話してなかったかい?」


 白金色の髪をさらりと耳に掛けながらヨルが入室した。


「独り言。気にしないで。それより、ち・こ・く。わたし一時間も前からここにいたんだけど。どうも王子はわたしの魔法学の授業に興味無いみたい」


 ここはフォーリア国王城の一室。魔法の授業をするためわたしに与えられた教室兼研究室だ。隣に住まいとして使っている部屋もある。窓から城下を見下ろすと人が豆粒に見えるほどの高い位置の部屋だ。その優越感と宿代がかからない点は評価できる。

 リルテッタさんたってのお願いで王子の魔法指南役となったけど、正直面倒臭い。スモック討伐や魔術開発で不在なことも多いし、王子にとっても非効率的だと思うけど。

 わたしの大きな溜め息に、ヨルは慌てて席に着いた。


「ご、ごめんよ! さっきまでクリスやノーラたちと剣の稽古を——」

「そっちのほうがいいんだ? 楽しかった? 運動して汗かいたほうが気持ちいいもんね? こんな埃っぽい部屋で座学なんかするより」

「そうなんだ! ぜんぜん勝てないけどすごく楽しくて……あ、いや! えっとぉ……マホ先生の授業は大変分かりやすく、アホな僕でも未来が明るくなって、えっとぉ……」

「楽しくはないんだ?」

「……タノシイです」

「……次からわたしのことは先生じゃなくて教授と呼びなさい」

「……どう違うんです?」

「上下がよりはっきりしそうだから。なんとなく」

「……僕王子——」

「返事!」

「はいぃ!」


 教鞭で机をベシッと叩くと、ヨルは背筋を正した。額に汗かいている。だいぶ冷えた汗だと思うが。


「今日は特別講師をお呼びしてます」

「特別?」

「あなたが遅いから城内を散策中です。伝心魔法【キュー・リントン】……お待たせしました。教室までお越しください」


 宙に生み出した光輪に話しかけて、直接先方に声を届ける。

 数分後、衛兵付きの男性が一人入室した。わたしは衛兵を下がらせ掌を上に招き入れる。

 少し丸まった背だけど目線は高く、疲れた顔しているが瞳は力強い。浅黒い肌。灰色混じりの長髪。細身のブーツで床を鳴らし、わたしの隣に立った。


「デルクス様です」

「デスクスです殿下どうぞよろしくお願い致します」


 抑揚のない低い声で早口な挨拶をし、デスクス様は一礼した。背中が丸まってるから頭がより深く下げられる。


「ど、どうも……」

「デスクス様はフォーリア領極東の山地に寺を構える僧ターゲン様のお弟子さんです。本当はターゲン様をお呼びしたんですが、一度承諾したくせにとても大事な用事ができたとのことで、代わりにデルクス様にお越しいただきました。その大事な用事でお父上とどこかへお出かけされたようですよ? いったいどこへ行かれたんでしょうね、王子?」

「だ、大丈夫だよ。国際問題とかにはならない範囲だと思うよ……たぶん」

「領内と近隣諸国の湯浴み所へは手配を回したから、お縄になるのは時間の問題でしょう」

「あ、あはは……」

「デルクス様、遠いところありがとうございます。こんな小娘が鞭を振るう学び舎で先生なんてご迷惑でしょうが……」

「これも良い機会と思っている若い者と接することも貴重だましてや王族など私の人生で顔を合わすことなど今後ないだろう偏った考えは綻びへ繋がるあなたも小娘などと自分を卑下するがその学はすでに私を越え師をも超えすでに世界を担うほどであろう大変興味深い例えば……」


 そこで初めてデルクス様は息継ぎをした。息を止めてた気分だったわたしも思わず息を吸う。


「先ほど頂いた茶は脳を揺する感動があった泉湧く穏やかな森の奥地を想起させる色味でありながら紅に染まる草木と揺れる稲穂を運ぶ秋風の如き侘しい香りだがしかし猛る獣をも平伏させる暴君のような味……どのような植物技法魔術を使ったのか知りたいという欲を抑えられない自分がいる」


 比喩が意外と情緒的だ。口調から無機質で学者肌な人だと思っていたが、案外ロマンチストなのかもしれない。


「ご興味ありましたら後で生成法のメモとサンプルもいくつかお譲りしますね。よかったらデルクス様のおすすめの茶葉とか好みを教えてくださると助かります」

「ではこれまで採取した茶葉と私的な意見を纏めた資料をお送りしようだが今後茶会があったとして私の好みを考慮する必要はない新たな出会いと刺激こそが脳を活かすのだ」

「じゃあ……岩茶とかどうです?」

「苔か?」

「いえ、特定の岩を重圧魔法で圧縮した後、割った内部にある少量の結晶を煎じます。削り方で風味も変わって面白いですよ? 他にも様々な植物を焼いた煙で育てた雲から抽出する雲茶とか、共感魔法で歌や演奏を味に落とし込む音茶もお勧めです」

「興味深い世界であなたにしか作れないような茶だろう再び教鞭を取る理由ができた」

「ふふふっ……気が合いそうで安心しました。わたしの周りってお茶よりお菓子だったり一口で飲み干す情緒ない奴だったり時間も守れない人とかばっかりで……」


 ちらりとヨルを見る。下を見て指先をくるくる回して居心地悪そうだ。


「……名残惜しいですがお茶の話はまた今度にして、授業を始めましょう。先週から戦闘魔法で選択するべき魔法は何かを講義しましたが……殿下、覚えてます?」

「あっえっとぉ……確か……残存か制限か……」

「そう。魔法は様々だけど主に残存型と制限型の二種。残存型は一度行使したら残り、制限型は行使者が込めた魔力が尽きるまで、もしくは任意で解除が可能。あなたに身近な例を挙げるなら、クリスが使う拡縮魔法は残存型ね。【パオン】で拡大。その後【ピエン】で縮小しないとずっと大きいまま。ノーラの変転魔法もそうね。逆に制限型はリルテッタさんの分身魔法や被飾魔法。魔力量で自動解除も狙える。わたしの魔法もだいたいが制限型。効果以外で違いがあるんだけど、分かる?」

「えっとぉ……」

「コストね。残存型は対象そのものが変化するため魔力の消費コストが高く、制限型は変化の維持だけで済むから低い。もちろん規模や性質で変わるけど。戦闘において行使者の魔力量と戦闘スタイルを鑑みて合わせる必要がある。クリスは無駄に魔法使ってすぐばてるけど武器サイズや地形を残存できるから継戦能力はある。体力もあるしね。逆にわたしは低燃費の魔法を唱え続け援護が可能。こちらも継戦能力がある」


 ——つまり二人は相性がいいってことだね。


 虫を払うように手を振り、【彼】のからかうような声をかき消す。


「魔力量は性格や環境で変わるけど、使う魔法自体は後天的な願望が左右する。ああしたいこうしたい……それを叶えるのが魔法」

「じゃあ……クリスは自分を大きく見せたいから拡縮魔法が得意になったってこと?」

「そうなんじゃない? 背、低いし。回復魔法や強化魔法も一人旅に役立つしね。ノーラはいろんな動物の触感が好きでいつでも楽しみたいから変転魔法使うようになったし。リルテッタさんは人間観察や劇が好きだからかな?」

「じゃあマホ先生……教授は燃やしたり凍らせたり吹き飛ばしたりしたいから炎や冷気や突風の魔法が得意になったの? それってなんだか……心配だなぁ。もっとミルク飲んだほうがいいんじゃ——」

「ちょうど今燃やしたいと思ったところよ」


 指先に炎を灯してヨルの眉間を指差す。ヨルは慌てて羊皮紙で顔を隠した。


 ——ボクからもミルクをオススメするよ。


 わたしが攻撃的な魔法得意になったの、あなたのせいなんだけど。


 各地に現れるスモック退治の結果だ。対処方法も違うから必要な魔法が増えていき、結果的に得意魔法が尋常じゃない数になった。わたしの純粋な願望から得た結果ではない。旅に役立つ魔法もたくさん使えるようになったのは嬉しいが。

 【彼】の声を無視し、深く息を吐いた。怒りを収め再びヨルに目を向ける。


「ここまでが先週までの復習。今日学んでほしいのはあなたが選ぶ魔法と戦闘スタイルよ」

「戦闘って……本当に必要かなぁ……」

「スモックは誰もが生み出す可能性あるんだからやっぱり覚えてほしいし、あなたは王族だってこと自覚して。逆賊とか暗殺者とか出たらどうすんの? というか散々剣の稽古しててなに言ってるわけ? あれは遊びなの?」

「えっとぉー……楽しいよ?」


 次「えっとぉ」って言ったらシバく。


「ヨルは体力も魔力も平均的。得意な魔法を見つけてからスタイルを選ぶのがいいわね。どう? 自分が何をしたいか、何になりたいか……強く思う願望はある?」

「僕の願望……」


 ヨルはゆっくりとわたしから窓の外へ視線を移し、顔も窓の外へ。青い空、白い雲……羽ばたくハトを見つめている。


「僕は母上の意向でずっと城から出られなくて、ずっとここじゃないどこかへ行きたいと思ってた。ただの子供のわがままなんだけど、でもクリスがその願望を叶えてくれた。今が楽しすぎて強く願うことはないけど……えっとぉ……」


 この「えっとぉ」は許す。


「……もし以前の僕みたいに、自由が無い人や勇気が出ない人……自分の足で立てなくなってしまった……そんな人を見つけたら、高く空へ飛び立てるよう手助けしたい……そんな魔法が使えたらなぁ……」

「……まぁいいんじゃない? 今日の講義が戦闘魔法じゃなければね」

「そ、そうでした……」

「いいわ。とりあえずその魔法を今後開発していきましょう。サポート魔法として役に立つかもしれないわ。デルクス様にはこの後対人での魔法模擬戦など協力いただく予定ですが……現時点で何かご意見ありますか?」


 デルクス様は腕を組み視線を窓へ。そのまま窓際へ歩き出し、空を見上げた後城下を見下ろした。


「残存か制限が……どちらで開発するかの展望はあるか?」

「攻撃的な魔法なら断然制限型ですが、サポートなら残存型でもいいですね。戦闘中味方への強化が残り続けるし相手の妨害を受けても解除されない。その分連発できないし、身体の強化は痛みを忘れがちになる点もあり引き際を誤らせます。そのままだと戦闘外の生活に支障も出ますしね。やっぱりどんな魔法なのかをある程度決めてから方向を定めるべきでしょう」

「……その歳で賢者と呼ばれたあなたに質問だが二種の魔法を逆転させる魔法などあるだろうか?」

「残念ながら……でも、あれば敵への妨害としては割と役立ちそうですね」

「……これは私の私見だが二種の型は生物にも該当する例えばその辺の草むらでも見られるタオパが肥大し縮小する原理は生態構造の観点からではなく独自の魔法を行使しているからだこれは制限型と言えよう空に座すハトは幼体では翼を持たないが成体に変わる際魔法で翼を自らに生やし生涯自発的に消すことはないこれは残存型だ」


 面白い話だとは思ったが、それらの型を逆転させて何が変わるのかいまいちピンと来ない。ハトの翼が制限型なら渡りの頻度が減って糞害も減りそうだなとは思った。

 ヨルは興味津々に話を聞いている。しかし途中から窓越しに空を眺め出した。空にはハトの番が一組み。興味があったのは生態で、どうやらハトが後天的に翼を生やすことを知らなかったみたいだ。


「広く定義すれば命も制限型と言えるいずれ潰える魔法だこれを残存型の魔法に変えられればつまり永遠の命となる」

「そうですね。でも実際は魔法ではありません。命は命です」

「生物はそうだろうだが生物でないものがこれに該当する」


 そこでわたしもピンときた。


「……スモックですか?」

「あれは制限型の命と言えよう魔力が尽きれば消えるだけの存在その命が残存つまり永続の魔法となればその脅威は計り知れぬ」


 スモックは放っておいても暴れて魔力を使い切って消滅する。被害拡大を防ぐため討伐に赴くが、それができないどんなに強大なものでも最悪逃げたり隠れてやり過ごせばいい。その選択肢が消える。

 仮の話だが恐ろしいことだ。

 スモックは不満の化身……常に不満を供給できるシステムがあれば、それは残存型と言えるだろう。

 不満を効率的に生むのは複雑な心を持つ生物……つまりそれは……。

 自分の中の恐ろしい想像に戦慄する。


「まぁそんな魔法存在しないので怖がる心配ないですけどね」


 胸の中に仕舞い込んだ。

 デルクス様は黙ったまま窓から城下を見下ろし続けている。


「——時に……」


 そして再び口を開いた。


「……あなたたちは【声】を聞いたことがあるか? 意識に直接語りかけてくるような声だ」


 わたしは【彼】の声を探る。しかし【彼】は声を上げない。

 ヨルは首を傾げている。わたしも顎に指を当てて無知を装う。


「声……ですか。それはどういった……?」

「子供のような声だだが常に嘆き叫び苦痛と恨みを抱えた声だしかし助けを求めようとはしない『辛い』『痛い』『苦しい』『許さない』その他聞くに堪えない言葉を連ね日が昇り暮れた後も叫び続けているこの声があなたたちには聞こえないだろうか」

「伝心魔法でしょうか?」

「否だ……魔法ではない【声】としか言いようがない」

「……知ってる?」


 ヨルに尋ねているように見せるため、わざわざ席に近づいて問いを投げた。


 ——……知らない。

「……知らないなぁ」


 【彼】とヨルの声が重なる。

 わたしはデルクス様に向き直り首を振った。


「残念ながらわたしも……ご期待に沿えられず申し訳ありません」


 【彼】の声がデルクス様の意識に届いた様子は見られない。


「もし仮に……そのような声を聞いたらあなたならどうする?」

「……『どうしたの?』……そう声をかけます」

「そうか……」


 デルクス様はそう言うとしばらく黙っていたが、丸まった背を伸ばして振り返った。特に表情にも変わった様子はない。


「誰もが夢見ることだ不老不死は」


 話が『永遠の命』に戻った。

 わたしは聞こえないくらいの長く小さな息を吐き、教卓の前に戻った。


「願望が魔法となりますから……夢で終わらないかもしれませんよ? 王子の刺激になりますので、今後も何か面白いお話があれば遠慮なく仰ってくださいね?」

「善処しよう」


 講義を再開する。

 ヨルの魔法の方向性や効果、類似するような魔法を例として挙げ、ヨルの中の願望をより鮮明に形にしていく。

 わたしは講義を続けながらデスクス様の問いを反芻していた。

 わたしの聞く【彼】の【声】。デスクス様の言う【声】とは違うはず。

 恨み節の言葉なんて思うことはあっても【彼】は絶対言わない。小さい頃からの付き合いだし【彼】のこと理解してるつもりだ。クリスやノーラと一緒。親友だと思ってる。

 【彼】以外の誰か……その誰かの声がデスクス様には聞こえる。きっとそれは特別なことだ。【彼】とわたしが出会えたように。


 さっきは知らないフリをしちゃったけど、わたしになにか手伝えることがあれば……。


 そしてもう一つ、デルクス様の言葉が頭で繰り返す。


 永遠の命……。


 わたしは一三歳になったばかり。きっとこれからの人生はまだまだ長いけど、いつか終わりが来る……来てしまう……クリスやノーラ、ヨルにリルテさん、おばあちゃんとも……みんなとお別れしてしまう……。

 嫌だな……。


 死にたくないわけじゃない。歳を取りたくないわけじゃない。

 ちゃんとみんなで歳を取って、ちゃんとおばあちゃんみたいにしわしわになりたい。きっとそうじゃないと感じられない幸せだってあるだろうから。

 でも、大切な人たちと離れたくない。忘れたくない。


 おばあちゃんの寓話には反するけど……。

 死んじゃっても、どんな姿に変わっても、どんなに遠く離れても、明日が来なくても……ずっとずっと、今みたいに一緒にいられたらいいのに……。


 わたしの中に、一粒の星明りのような願望が煌めいた。


♥♥♥

■■■お知らせ■■■

次回、本日18時頃に更新します。

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