第47話 お母さん
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思い出したのは、暖かな陽光に包まれるような安心感。
強い瞳の光を見て、私は守られていると感じた。
そして額にキスされて、愛されているんだと再認識して、「おやすみ」と言われ同じお布団に入る。
抱きしめられ、見つめ合って、キスされる。毎日の習慣だった。
大好きだったお母さん。毎日さらに少しずつ好きになった……愛してた。
だから、大嫌いになるのもすごく時間がかかった。
会えなくて、会いに来なくて、忘れていって、毎日少しずつ嫌いになった。今ではお母さんなんていないと思っている。実際いなくなったんだから間違いじゃない。
大好きだったこと思い出して、大嫌いだと再認識して、思わず涙が出てきて、やるせなさと、イラつきと、どこへもぶつけられない感情が、また【私】を呼んでる……。
「最後のはサッカーの技だったぜ?」
「左様でございましたか」
「ばれーってリオの友達がやってたんじゃなかったっけ?」
「あー……あーしもやってたんだよ。忘れろ」
「あの……俺のこと思い出してもらっていいっすか?」
「お、パピちんじゃん。無事だったか」
「これどういう状況なんすか? 説明してもらっても——」
「リルルの弟ならよーパピちんもZ戦士か?」
「えっと、よくわかんねっす。てかこれドッキリすか? てかそうであってほしいんすけど……」
「小物クセーし、よくてピラフ一味だな」
「接客ん時と性格違いすぎる……あ、あのーあゆちゃん?」
「なぁなぁパピ! あの歌なんて歌? たけだって人の歌なの? ラジオとかテレビで流れたりする?」
「ふ、古い歌だけど最新映画やるタイミングで旧作も配信されたりするから……それより説明を——」
「あゆ様、それよりもあ奴を……」
「そうだ! シイナのヤローからデルクスのこと聞き出さねーと!」
「瓦礫の下やもしれません」
「あぁ!」
「誰か……俺の話を……」
緊張感の無い会話が聞こえる。戦いが終わったみたい。
私は……何も出来なかった。ただ震えて縮こまって、邪魔になってただけ……要らない存在だった……役立たず……役立たず……!
「おう、でぇじょうぶか?」
リオさんが私の肩に手を置いた。
「大丈夫です」
「な? なんとかなったろ? リオちゃん嘘吐かねーからなーまた尊敬されちまうなー」
「はい。ありがとうございます。助かりました」
「……なんか固くね?」
「……疲れちゃいまして」
「んまーそうだよなー。あーしはまだ全然よゆーだけどよー。とっととトンズラすっか。あ、でも通報してんだよなー残ってねーとまぢーか? つってもクラゲ消えたしホテルは世紀末だし……まぁ……うん……トンズラすっか!」
「急ぎ必要な情報のみ聞き出しトンズラ致しましょう」
リルルさんとあゆが戻ってきた。手錠で両手足を拘束された椎名を連れて、だ。
私は椎名の姿を見ないように、咄嗟に背を向けた。一瞬見えた顔は未だスモックに覆われ真っ暗だった。
「この手錠マジモンか?」
「分身したわたくしが変身したものでございます。マジモンよりも強固ですのでご安心を」
「もう逃げらんねーぞ! デルクスのこと……知ってること話せ!」
汚い笑い声が聞こえる……総毛立ちつま先の感覚が無くなってきた。
「なにがおかしいんだよ!」
「モう終わッタ気ニなっテンのガ笑エてな」
「終わってんだろーがよー実際よー」
「……ナぁ、助ケてクレよ。オ兄ちゃン捕まっチマうぞ?」
ふざけるな。逮捕されようが死んでしまおうがどうだっていい。そのまま終わってしまえ。
「冷たイナぁ、昔みタイに仲良クシようゼ。家族ハ大事ニしなキャな?」
「さあやに話しかけんな!」
あゆが私と椎名の間に入った。
「そのバカに教エテやレよ。俺とオマえがどレダけ深イ仲だったカ」
「次さあやに話しかけたらぶっ飛ばす!」
「あゆ、私は大丈夫だから……早く、そいつを……」
「さあや……?」
あゆが私の正面に回ってきた。
心配そうな顔……抱擁され安心を感じた胸、見つめてくる瞳の強い光、額にキスした唇……脳裏にお母さんの姿が浮かび、あゆから顔を背けた。
「だいじょうぶか?」
「……なにが?」
「だって……声が……」
「……別に怒ってないよ」
「うん。でもなんか……別の人みたいで……あっ!」
視界の端にあるあゆの口元が笑った。
「マホ? マホでしょ!? ぜったいそーだ! 目覚めたんだろ!」
「……さあやだよ?」
「だってマホこんな感じだったし! ちょっとすかしててさ、抑揚無い感じで、変に声低くしようとして大人っぽく喋んの!」
私は返事をしない。
「いつから!? ついさっき? だって戦いの時ずっと様子変だったもんな! それともやっぱ最初っから!? だとしたらブンサブローが言ってた通りじゃん! ユッキーにも教えないと……そうだ!」
あゆの顔が再び目の前にやってくる。私は逃げるようにまた顔を背けた。それでもあゆが私の目線を追い視界に入ってくる。あゆの顔が目に入る度、朧げだが大嫌いなあの顔が浮かんでくる。
「オレさオレさ! 転生してからずーっとマホに言わなきゃって思ってたことがあってさ!」
やめて……顔見せないで……構わないで……!
重なる……笑顔が、優しさが、眩しさが苦しい……痛い……!
嫌だ……あゆのこと……嫌いになりたくない!
「デルクスのこととか全部終わってからにしたかったんだけどさ、やっぱ早く言いたいし! あのな、マホ——」
あゆが私の手を掴んだ。温もりが神経を伝わり、脳裏にあの顔がはっきりと焼き付いた。
「触んないで!!」
掴まれた手を乱暴に振り払った。温もりが消え指先が冷たくなり、火傷みたいにじんと傷む。
「ご、ごめん……そうだ忘れてた。ちゅーしたの、い……嫌だった……よな? 謝るから、ごめん。だから、マホ——」
「私はマホじゃない!!」
冷たく言い放った。
声が止み、静かなプールに車のクラクションとサイレンの音だけが聞こえる。遠くこだまして消えていく。
誰もが黙っていた。私も、あゆも。リオさんたちも声を出さない。誰の顔も見られない。視線が痛い。
ただ一人、椎名だけが口の中で唾液を鳴らした笑いを漏らした。
「女のケンカがどっかおかしいか?」
すぐにリオさんが食って掛かる。
「日―跨げば仲直りできるやつだぜ。てめーのクソキメーエッセンスがなけりゃーなー」
「イやいヤ、もう仕上ゲに入ったみテェでナ……ソうだロ!? なァ! そロソろ助けロ!」
「なんだいきなり……イカれたか。元からか」
「充分だヨなァ!? モう我慢デきねェ! 約束だロ!? ……アぁ……あァソウだ! 来イ!」
椎名の呼びかけと同時に、プールサイドに暗い影が落ちる。
見上げると、真っ黒な——手!?
巨人の腕のような何かが地上から伸びてきて、プール全域に影を落としていた。
スモックだとはすぐに分かった。あゆたちもすぐに反応したが、巨大な掌は叩き潰すように落ちてくる。あまりに急で対処しようがなかっただろう。掌は真っ黒な靄の津波を起こし、全てが飲み込まれた。
真っ暗な水の中みたいな空間。手で掻いても進めない。上も下も分からない。誰の姿も見えない……。
そんな中、足首を乱暴に掴まれた。引き寄せられ、目の前に回りの景色より黒い何かが現れる。触れられて吐き気が込み上げてきて、それが椎名だと分かった。
顔の真っ黒の靄は水に落とされたミルクみたいに溶け晴れていき、男の顔が露わになる。口から血を垂らした、満面のどす黒い笑みだった。
恐怖から息が止まった。いつの間にか手錠は外れていた。私の着ていた特攻服も消えている。飲み込まれた衝撃でリルルさんの魔法は解けてしまったのだろうか。
椎名の両手が伸びてきて首を絞めてくる。
「もうスぐだロ? 出テこイよ、ドンな感ジだ? 楽しミだ、どンなモン見セテくれるンだ? どこマでトべる?」
矢継ぎ早に言ってくる。ノイズのように途切れ途切れで発音もおかしくて、電波の悪いラジオみたいな声だ。
息ができない……意識が……。
「死ヌのカ? 首絞メたくライで? 慣れテンだロ? 俺モ慣れてル。大丈夫だギリぎリはワかっテる。おマエにはまだ産ンでもラワなキゃなラねぇ」
声が……遠い……。
「なァどうスりゃイイ? 言ウ通りにシタぞ! 使えネェゴミも負けチマった! モうストックもほとンど無ェ! アイツら全員ブチ殺サネぇと気ガ済まネぇ! 言エ! 答えロ! 本当に死ヌゾ? なァ!」
——まずは手を離せその女は極上の旨みをおまえに授ける神の供物だそれ以上傷つけるな……今極上のエサが向かっているところだおまえもこちらへ来い……。
沈みゆく意識の中、【声】が聞こえた。
一息で話す早口……この暗闇の中は水中みたいにくぐもって、女とも男とも言えない声……。
けど、なんとなく、不確かだけど……知ってる声な気がした。
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次回、12時頃に更新します。
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