第41話 ナンパ
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「今更でございますが、ナイトプールは失敗だったかも知れません」
跳ねたくなるようなEDMと騒がしい喧噪の中、唐突にリルルさんが言った。
プールサイドのパラソルの下。椅子に二人で座りくつろいでいるところでの一言だ。
「ホントに今更すぎるんですが……どうしてです?」
「デルクスはスモック回収が目的……なれば、ここナイトプールはあまりスモックの温床となり得ない場所、そう考えついてもおかしくないということでございます」
「魔力ってこっちで言うストレスなんですよね? リアルの生活に疲れて遊びに来てる人とかも多いんじゃないんですか?」
「ちらほらと陰鬱な魔力を湛えた方もいらっしゃいますが……ご覧になりますか?」
リルルさんはピンク色の淡く光る人差指と親指で丸を作り、私の眼前に持ってきた。
一度リルルさんの顔を窺い、「ご自由にどうぞ」と言われてから丸の中を覗く。スマホで自撮りする人々が多い景色で『対応前』の人を探す。一部の人の体を覆う黒い煤のようなものが見えた。覆うだけで、消えたりも散ったりもしない。
「魔力を集中させると見えるのでございます。スモックを生み出せそうな方はほんの少し。これなら新宿駅周辺で行き交う人を狙う方が効果的でございます」
リルルさんの指越しにあゆを見つける。プールの水底から照らすカラフルなライトを受け、仰向けに浮かんでいる。たわわな胸が二つ山になってぷかぷか……横からリオさんがあゆの顔を押さえつけて沈ませている。あゆがじたばたして水面に上がってきた。
「たわぷかしろっつったのおまえだろ!?」
「アレやっぱナシな。おめーに男はまだはえーわ」
なんか叫んで怒ってる。
あゆにはほとんど黒い煤が見えない。魔法が使えるから魔力はあるだろうけど、漏れ出るほどの量は無いってことだろうか。リオさんはほんの少し、目を凝らさないと見えないほど薄っすらと黒い煤が見えた。意外だ。自由に生きてるように見えて何か悩みを抱えてるんだろうか。
……私は……。
あゆたちから視線を外し、恐る恐る自分の手をを見ようとしたところで指メガネを外された。
「……まぁ、空振りであったとしてもそれは構いません。本日はごゆるりとリフレッシュし、次の機会を待ちましょう」
……リルルさんから見た私は真っ黒なのかな……?
初めてあゆに会った時も、私が一番ヤバいと言っていた。あゆもユッキーさんもリルルさんも、私に優しい。私からスモックが生み出されないか気が気じゃないのだろうか。
ナイトプールに誘ったのも、デルクスの目的の阻止以外に私の魔力解消のためだったりするのだろうか。だとしたら、また迷惑をかけていることになる——どうして私って、なにをしてても……。
「おねーさんたち二人?」
暗い心から煩わしい心に変化する。
顔を上げると二〇代前半と思われるチャラい男が二人。ナンパだ。
「俺らも二人なんだけどさーあっちで一緒に——」
「ごめんなさい。今日は女子だけで写真撮りに来てるだけなんで」
「そう言わずにさー」
「彼氏もいるんで」
「でも今いないんでしょー? バレないからさ」
「一緒に来てるんで」
「さっき女子だけで来たって言ったじゃん」
「……あゆー」
遠目に見えるあゆを呼ぶ。気付いたあゆとリルルさんがプールから上がりこちらへ向かってきた。
椅子から立ち上がり、きょとんとしてるあゆの腕を組む。あゆの頭に自分の頬を乗せ、ぴとっとくっついた。隣から沸騰するやかんみたいな音が聞こえる。
「彼氏」
「あーふーん……そう。じゃあ彼氏ちゃんも一緒に——」
男の手が私の腕へ伸びる。それを思いっきり彼氏役のあゆが引っ叩いた。「がるるるるっ!」と獣染みた威嚇をし、男たちは慄いて行ってしまった。
「今の方々は少々粘っておりましたね」
リルルさんが鼻血びたびたの真顔で言った。
「本日三度目のナンパでございます。やはりおモテになられますね」
「リルルさんが一緒だからですよ。プールも入らずパーカー着たまんまの変な女なんて、対象じゃないですって」
「さ、さあやは変じゃないぞ!」
「あぁ。変な女はあゆ、おめーしかいねー」
「変なのはリオだろ! オレを沈めたりボール投げつけたりしやがって!」
「プールに大量に浮いてるボールな? あれ武器なんだぜ? ナイトプールは別名『騎士と愚者』つって貴族層と貧民層による過去に起きた革命戦争を題材としたゲームだ。馬とか動物を模した浮き輪に乗ってる奴らいんだろ? あれが貴族だ。その辺でぷかぷかする奴らは貧民層で長年虐げられててよー投石を武器に昔戦ったんよ。つまりあのボールは石だ。貴族を引きずり下ろし浮き輪を奪え。首級を挙げたらあっちの撮影スペースで写真撮影。神の寵愛を象ったでけーハート型マットの上で撮影だ。そいつをお焚き上げすっと神から『いいね』をもらえて晴れてパリピ貴族に成り上がりできんのよ。賭けもやってんぜ? なんせ『プール』だかんな」
「じゃあなんでオレにボールぶつけんだよ。オレ浮き輪に乗ってねーぞ?」
「おめーのそのデカパイは長年貧乳層を虐げてきたクソ貴族の証だ。死んで償え」
よくもまぁぽんぽんと作り話を出せるなと、感心してしまう。一〇〇パーセント冗談だと分かるけどあゆは疑う様子もない。悪影響にならないだろうか、と親心みたいなものが湧いてくる。
「なぁなぁ! さあやはプール入んねーの?」
「……私は貴族層でも貧民層でもないからここでいいの」
「えー……じゃあオレもここにいようかなー……」
「あんたはリオさんと遊んできなさい。せっかく来たんだから」
「……オレにリオを押し付けてねーか?」
「あーしにおっぱいを押し付けんな。交代だ。おいのび太ぁ! そこの椅子あーしに寄こせ」
「承知致しました、たけし様。さぁスネ様、わたくしとぷかぷか致しましょう」
「スネ様ってなんだ? あぁ、さあやー……!」
「しずちゃん様はたけし様にお任せくださいませ」
あゆがずるずるリルルさんに引きずられてプールへ戻っていった。
隣の席にリオさんがどかっと座る。しばらく黙ってあゆとリルルさんがぷかぷかしているのを眺めていたが、リオさんが小さく口を開いた。
「……あいつおもしれー奴だよな」
「あゆですか? そうですね、ほっとけない感じですね」
「……おめーもそうだぜ? あーしにとっちゃ」
「それ私のセリフ。またゴミ屋敷みたいになってないですか? 放っておくとすぐ散らかすんだから」
「掃除くらい自分でできるっつーの」
「ホントにー? あゆのことこき使ったんじゃないですか?」
「あいつは見てただけー。あーしの美技に酔いながらミカン食ってただけー」
「ご飯は? また出前とかカップ麺で済ませてないですか?」
「ちゃんと自炊しましたー。サイゼ嫉妬レベルのご馳走出しましたー」
「ふふっ……じゃあ今度家行っていいですか? 確かめてあげます」
「おー来い来い。とっときのリオちゃんシチューをご馳走してやる」
「約束ですよ?」
「へーへー……ったく、おめーはあーしのおかんかよ」
それも私のセリフ。ある意味、あなたが私のお母さんだから。
リオさんはスマホで自撮りを始めた。SNSのクラブキャスト用アカウントに投稿しているのだろう。営業用のきゃぴった顔や流し目になったりしている。
いつもなら私にも写るよう言ってくるのに今日は言ってこない。まぁ毎回断ってるんだけど。会話も態度も普段通りなのに、なぜだろう……距離を感じる。
ナイトプールに来て一時間は経っただろうか。もう完全に日は暮れ空は真っ暗。プールはネオンみたいな目に優しくない光で溢れ、騒がしい雑多な声とEDM。その中でも、着々と私とリルルさんの計画は進行中だ。無関係な人達には申し訳ないが、ここが戦場になる可能性があるなら続けるしかない。
私は「はぁ」と微かに、でも隣のリオさんには聞こえる程度の大きさでため息を吐いた。
「なした?」
「いやちょっと……ナイトプール、誘われて来たけどやっぱ合わないなーって……」
「陰の者にこのズンドコは眩しすぎるんか?」
「えぇまぁ。水着に着替えても私はプールにも入れないし」
パーカーの袖に隠れた火傷跡を摩ると、リオさんが私の二の腕を揉んできた。
「そーだな。前より肉ついてきたしよー」
「え"……そうですね……——リオさん」
「んあ?」
「二人で抜けません?」
「おっぱいとのび太はどーすんのよ?」
「あの二人は楽しんでるみたいだし」
「ほうほう、しゅきしゅきなあーしとだけで楽しみたいと」
「リオさんの行きたいところでいいんで」
「ふむふむ、どこでもとな?」
「はい」
「うしっ! あーしもズンドコの気分じゃあなかったしよー。そんじゃあ……」
よし、釣れた。
どこ行くの? どうせ競馬とか競艇……いや、もう夜だしやってないのかな? パチンコとか、どこでもいいけどできるだけ遠くへ——。
「アジール行くぞ」
「え? ウチの店?」
「どこでもいいっつったろーがよー」
「そうですけど……」
「だろ? ほら行くぞ」
強く手を引かれ、二人で更衣室へ向かう。とりあえず避難はできそうだ。
結局私は私のまま。マホちゃんじゃなくてさあやのまま。戦いになったらただの足手まとい……離れないと。
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