第39話 魔法のコトバ
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大きな達成感に足取りが跳ねる。店を出てリオと合流すると「にやけんな」と言われデコピンされた。顔に出てたみたいだ。
帰る前に飲食店でめちゃくちゃ美味いギュードンという料理を食べさせてもらい、腹を満たしてから家に向かった。
家に入るとそそくさと鍵を閉められる。オレは靴を脱ぎながらぶーたれた。
「そんな警戒しなくても逃げないぞ」
「別に警戒してねーわ。家の鍵かけんのあたりめーだわ。銀次ママん家では開けっぱか?」
「オレはかけたことねーし。鍵かけんのさあやが係だから」
「は? んだそりゃ。毎回毎回さあやが鍵かけに玄関行ってんのか?」
「そうだよ。ふつーじゃねーの?」
「後から銀次ママや楓パパが帰ってきてもか?」
「うん。一緒に住む時、そういうルールだってさあやに言われた。ママたちも変だとかはなんも言わないぞ?」
「そりゃ……謎だな。そーいやメイドさせてた時もあいつが鍵閉めてたな……まぁ家主から上がんのがふつーだが、必ずあーしから入室させてあいつが鍵を……他に変なことねーか?」
「変な? 別に……あーでも、さあやって鍵かけるのすっごい遅い」
「遅い? 捻るだけだろあんなもん」
「でも、いっつも一〇秒以上かけて閉めるぞ?」
「ほーん……ますます謎だな……まぁいい。んなことより、だ」
小さなテーブルを挟んで座った。リオはテーブルに乗っていたものを腕で一掃。ごろごろ床に化粧品とかが転がっていく。せっかく掃除したのに。
「では報告を聞こうか。エージェントおっぱい」
オレはトートバッグからたくさんの紙の束、偉そうな箱の中にあった本を出した。
「うほーっ! やるじゃねーかっ!」
そう言ってリオは右手を上げた。そのまま固まる。
「なにやってんだ。ほら」
「なにそれ?」
「なにってハイタッチだろーが」
オレは首を傾げることしかできない。
「おめー……友情努力勝利を分かち合えるダチもいねー悲しい存在だったか……」
「なんでそーなるんだよ!」
「まーまー、とりまおめーも右手上げろ」
ムッとしつつも言われた通り右手を上げる。上げた手を交差するように叩く。
ぱぁん、と乾いた音が部屋に響いた。
「な?」
「……ちょっと気持ちいいかも」
「だろ? 嬉しさ共有した時とか試合に勝った時とかよー、同じ目的を持ったヤロー共の努力が叶った時取るべき行動だ。流川と花道もやってたろ? マナーだから覚えとけ」
「はーい。——それでそれで! この紙の束は結局なんなんだ?」
「こいつは履歴書っつって、そいつが過去なにしてたかある程度書いてある紙だ」
「へー」
リオはリレキショを一枚一枚確認。「ふむふむほんほん」言いながら目を通していく。
「あいつ元女優志望か……こいつ三浪してやがる……ほほーきのこ検定! おもしれ―資格持ってやがる! こっちは電気工事士二種! なんでボーイなんかしてやがんだ? こっちは……ちょっといじれねーな、忘れてやる」
オレには言ってる内容はよく分からない。
リオは全てのリレキショを見終わると、顎に指を当てて眉を顰めた。お目当ての物が無かったのか、ちょっと不満そうだ。
「これだけか?」
「うん」
「……そうか。まぁいい。こいつらはこいつらで今後の役に立てる。次の出勤日に元の場所戻してこい」
「えー……」
「そっちはなんだ?」
リオが偉そうな箱に入っていた本を顎で指した。
オレが箱のことを説明すると、みるみるリオの顔がおもちゃを見つけたみたいにワクワクしだした。
「そいつは金庫だ。ダイヤル式の。どうやって開けた? 番号知ってたんか?」
「それは……言えねー」
「あん?」
「言うと怖い人に連れてかれて解剖されちゃうんだ」
「んだそれ? ……ほーん……教えねーならさあやの秘密は教えられねーなー」
「え? え? なんでだよ、オレみっしょんかんりょーしたのに!」
「言っただろーがよー信頼を勝ち取れって……算数のテストで答えだけ書いても点数貰えねーだろー? 一緒だぜ? 大事なもんは過程だ」
分からん。
「結果じゃあねーのよ。あーしが見てーのは過程だ。それがおめーの評価に繋がる。ズルしてようが誰かの手助けがあろうが、それはそいつの力、能力だ。履歴書見てーのも同じ。そいつの生きてきた過程が少し分かる。本人の言葉から隠れたことを教えてくれるっつーわけ。——よく考えろ。必死になって任務を成功させただろ? 全部無駄になんぜ?」
「……じゃあ」
床に広がっていた化粧品を一つ拾い上げてテーブルに乗せる。爪に塗るヤツだ。手をかざし【パオン】。化粧品がドカンと巨大化してテーブルが揺れた。
リオは口をあんぐり。
オレはさらに【ピエン】。元の大きさに戻す。
リオは口をあんぐり……同じ顔だ。
「こうやって箱の扉を小さくして開けた」
「……おめーユッキーの接客中も同じようなことやってたよな? お菓子で」
「……でっかくなっちゃったーってヤツ」
「それそれ……手品じゃなかったんか」
「てじな……? 魔法だぞ」
「まほー……ファンタジーかよ。マジか。でも見ちまったしなー」
「……はぁ、またさあやに怒られる……」
「あん? なんでだよ……あぁークソ真面目だからな。怖い人とか解剖ってそーいうことかよ。気にすんな。隠す必要はねー。もっと見せろ」
「やだ。怒らせたくねーもん。さっきのが最後」
「待て待て待て、ファイファンにすんな。これはすげー力だ」
「すげー?」
「そうだ。おめーはすごいっ!」
「オレすごい……?」
「天っ才だっ!」
「天才……」
「嬉しいか? 笑え笑えっ!」
「へ、へへへ……」
「時代が時代なら、確かにおめーは解剖されるか見世物にされるかだろうよ。だがあーしはそんなことしねー。怒りもしねー。いつだって褒めてやんぜ……魔法はさあやとの秘密だったんだな?」
「うん」
まぁ、転生者じゃない奴ならヨシカとか楓パパも知ってるけど。
「秘密を共有したらなんになるんだっけ? 教えたろ?」
「……特別?」
「そう! あーしはもうおめーの特別だ! 昨日よりももっとな! そしておめーは?」
「……リオの特別?」
「そうだ! おめーは凄いぞー偉いぞーよーしよしよしよし」
「えへ、えへへへ……」
頭や首を撫でくりまわされる。悪い気はしない。クリスの時もよく城下でこうされていた。もう少し幼い時だけど。リオはこんなだけど、さあやはこんな褒めてくれないからちょっぴり嬉しい。
「おめーはすげー。だが調子に乗んじゃねーぜ?」
「ん?」
さっきまで笑顔で褒めちぎってくれたリオの顔がちょっとだけ険しくなっている。
「あーしだって魔法使えんだぜ? 見ろっ!」
リオは左手の親指を右手で握り「はっ!」と掛け声と共に指を引っこ抜いた。
「どーだっ! あーしも魔法使い。これで対等に——」
「それ右手の親指だろ? さあやが教えてくれた」
「……前に見せたっけか?」
「うん。ユッキーの接客中に」
「くそ、さあや、余計なことを……じゃあこれはどーだっ!」
リオは床に落ちてるペンを摘まみ上げ軽く振る。まっすぐだったペンがうにょうにょ~ってなる。
「おお! ……でも別にすごくねー」
「インパクトが……じゃあこいつはっ!?」
台所から夕暮れ色の果物を持ってきたリオは「ふっ!」と掛け声。
「見ろ……あーしの激ヤバフォースでみかんが宙に——」
「親指」
沈黙が流れる。
リオは果物からずぽっと親指を抜き、皮を剥き始めた。全部剥いたら果実を半分に割り、片方をオレに差し出す。もう半分を千切って口に放った。モグモグする口はへの字。分かりやすくふてくされている。
オレは「あんがと」とお礼を言って果実を千切ってパクパク。甘酸っぱくてうめー。ミカンか……さあやに今度おねだりしてみよう。
「……くそ、ずりーぞっ! おめーだけそんな力使えてっ!」
「んなこと言われたって……じゃあ教えてやろーか?」
「え? マジマジ? マジでっ!? どうすりゃいいっ!? こうか、ぴえんっ! ぱおんっ!」
化粧品に手をかざして唱えるが何も起きない。
「なんも起きねーぞ。やっぱMPとか必要なんか?」
「えむ? 魔力は必要だよ」
「やっぱか。そんで? あーしに魔力的なモンはあるわけ?」
「全っ然ない」
「期待させんじゃねーっ!」
リオが千切ったミカンを一粒ぶん投げた。オレのおでこにぺんっと張り付く。オレは剥がして口に入れた。
「教えてやれるのは魔力が無くても使える魔法のコトバだ」
「ほうほう」
「唱えると、聞いた相手はどんどん力が湧いてくるし勇気も出てくるんだ」
「ふむふむ」
「昔マホの……友達のばあちゃんに教えてもらったんだ。このコトバ一つでスモックを抑えられるし、誰かを救うことだってできる」
「よくわかんねーけどよー、なんて言葉なんだよ? さっさと教えろ」
「……【ノスタル・エモ】だ」
リオはそのままコトバを口にした。けど何も起こらず不満顔だ。
「なんも起きねー……なんか条件とかあんのか? どういう意味だ?」
「こっちの言葉だと、えっと……『てのひらと石ころ』って意味」
「んだそりゃ」
「誰かが辛い時とか挫けそうになった時、ここぞって時に言ってやるんだ。つまり……【がんばれ】だ」
「……あんだって?」
「【がんばれ】の魔法だよ」
「……精神論かよ。そんな子供騙し聞きたかったんじゃねーぞっ!」
「ただのコトバだけど効果絶大だぞ? とっておきのコトバだ!」
「おめでてー奴だな。掌と石っころが【がんばれ】になる意味も不明だしよー」
「効果あるのに……じゃあリオが辛い時はオレが言ってやるよ! だからさ、ヤベー時はオレを呼んでくれよな!」
「……がんばれっつーのは無責任の言葉だ」
リオに突き放すように言われてなんだか悲しくなってしまった。
「なんでだ……?」
リオはしばらく黙っていたが、オレから視線を外して口を開いた。
「昔あーし……あーしの友達が高校でバレー部のいわゆるエースだったんだがよー。インハイ前に足折っちまったんだ。疲労骨折だ。練習しすぎだったわけ。バカだろ? そいつは別にバレーが好きだったわけじゃねー。たまたまだ。注目されて取材も受けて、地元のテレビにも出たことある。でも学校も世間もがんばれがんばれ言うからよー、がんばってみたら骨折だ。がんばりすぎた自分のせいだがよー、インハイまでに完治しねーと知ったら、学校も世間も『ばいばいーまた来年』……クソが」
「……でも、ムリしすぎたのはなんか理由があったんじゃねーの?」
「……ガキの頃出てった父親に会いたかったからだ。有名になれば会いに来てくれると思った。色々試して、バレーが一番目立てたからがんばった。だが骨折して、我慢できなくなって、調べて自分から会いに行った……行ったらよー、小学生ぐらいのガキがいて、もう別の家庭を持ってた。まぁおかしかねーし別に構いもしねーそんなこと。ただ父親に『がんばれ』って言って欲しかっただけだ。そうすりゃ来年も再来年も、なんならプロだって目指せてた」
「がんばれって言ってくれたのか?」
「言ってくれたぜ? 玄関で、教師や世間と同じトーンでな。言ったらドア閉められた。目も合わせてもらえなかった……」
「そっか……その後はどうしたんだ?」
「バレー辞めた。辞めて遊びまくって……それもつまらんからやめた。全部やめた」
「じゃあ……がんばれなくなっちゃったのか?」
「……あぁそうだよ。だからがんばれってのは責任が無い、安全なところから押し付けてくる言葉だ。他人事の言葉だ。大っ嫌いだっ!」
リオはテーブルを叩いた後、ミカンの皮をゴミ箱に投げ捨てた。皮はゴミ箱に入らず、縁にぺろんと引っかかった。ミカンの皮を一瞥したリオは「ふん」と息を吐いて残りのミカンをまとめて頬張った。
リオの顔は怒ってるけど、寂しそうにも感じて今までで一番弱々しく感じた。【がんばれ】って言いたくなるほどに。
「……なぁ。ホントはリオもその友達にがんばれって言ってあげたいんじゃねーのか?」
「んなわきゃねーだろーがよー。今の一部分切り抜いた浅い話で理解した気になんじゃねー。人生はゼロ歳からスタートしてんだ」
じゃあ、ばれーをする前からもっとがんばってたこともあんのかな?
「そっか……でもオレは言ってやりてーよ! がんばれ、がんばれって! そいつのこともっと知りたい! 【がんばれ】がすげーコトバだってこと証明してやる!」
「おーおー煽るねーそんな無邪気な笑顔で……おめーのがんばれはいらねーよ。忘れろ……くそ、なんで話しちまったんだ……」
「いらねーのか……そっか……ところでさ、ばれーってなに?」
「…………知らね。めんどくせー。もうこの話は終わりだ。それより楽しー話をしよーぜ? 途中だったろ?」
テーブルに置いたままの一冊の本。表紙にミカンの汁が飛んでいる。そういえばまだ見てなかった。
リオは本を開く前に、茶色い大きな紙をテーブルに出した。
「封筒だ。昨日言った探偵からの報告書が入ってる。さっきポストに入ってた」
「リオが調べてたっていうヤツ?」
「そうだ。この中身はおめーが持ってきた物の内容次第で教えてやる」
「でもそれってオレが見て得するヤツ?」
「そうかも知んねーしそうじゃねーかも知んねー。だがおめーが知りたがる内容には違げーねーな」
「ふーん。まぁそれより早く! さあやの秘密!」
「そんじゃメインディッシュといくか。デザート食った後だがよー」
リオはまず本を開き、ペラペラ捲りながら流すように眺める。
「ただの大学ノートだが……新聞、雑誌記事……スクラップか。長野の……こっちは?」
次に挟んであった三枚の紙を手に持つ。
「報告書? ……なんだ? ……興信所……」
上から下……ゆっくりと目を動かした後二枚目へ。再び上から下……目の動きが加速する。一枚目に戻る。二枚目を飛ばし三枚目……全て目を通したのか、紙を乱暴にテーブルに叩きつけ再び本に見入る。ペラペラページを捲っていくと、リオの顔がみるみる青褪めてきた。
「……なぁ大丈夫か? なにが書かれてるんだ?」
オレの声は届いてないのか、リオは本の読むのに夢中だ。しかし顔色はどんどん悪くなっていく。
本を閉じた後口をキュッと締めて黙っている。テーブルに本を置き、さっき見た紙と交互に見た後、今度は茶色い封筒に手を伸ばした。中から出てきたのはまた数枚の紙。
全ての紙をじっくりと読み込み、紙を持ったまま両手をテーブルに置いた。ぎゅっと手に力が入り、紙がくしゃっと音を立てる。
オレは黙っていた。リオの顔は真っ青だ。明らかに普通じゃなかった。まったく無かった魔力がリオの内から湧き出ているのがわかる。
しばらく静かな空気が流れていたが、急にリオが立ち上がった。
本を開き前半のページを破く。さらに本に挟まっていた三枚の紙や探偵に送ってもらったという紙も重ねてさらに破ってしまう。縦に、横に、小さくなるまで何度も何度も……。
オレは口を挟めなかった。リオも一言も発さず、鬼気迫る顔で紙を破いている。
だいぶ細かくなったところで、リオは紙くずをお椀に入れて台所の流し台へ。さあやも持ってた火を起こす箱を擦り、紙くずを燃やした。完全に炭になったのを確認し、蛇口を捻って水をかける。
鎮火してお椀に残る炭を見て、リオはまた黙っている。「ふぅーー……」と長く息を吐いた後、蛇口をまた捻り水を止めた。
ぴちょん……ぴちょん……水が垂れる音だけが響く。
何が書いてあったのかわからないが尋ねられる空気じゃない。さあやの秘密についても聞きたいのに声が出なかった。
沈黙を破ったのはリオだった。
「…………寝る」
「……は?」
リオは部屋の電気を消し、座ったままだったオレの手を引いてベッドにムリヤリ放った。リオものそのそとベッドに入り寝っ転がる。
「……まだ風呂入ってねーけど」
「……寝ろ」
「歯も磨いてねーけど」
「寝ろ!」
怒鳴られ、オレは口を閉じた。
リオはオレに背を向けてピクリとも動かない。寝息じゃない、普通の息遣い。寝てないのは明白だ。昨日一緒に寝た時はあったかい体温を感じたのに、今日はなんだか冷たく感じた。
オレは真っ暗闇の中、天井をじっと見つめた。
……眠れねー……。
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次回、本日18時頃に更新します。
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