第37話 秘密
♠♠♠
「さあやの秘密教えてやる」
そう耳打ちされて、さあやを置いてリオについてきてしまった。
さあやとオレはソウルメイトだ。でも、さあやの隠してることをオレは知らない。銀次ママや楓ママが不安に思ってる、さあやがいつも怯えてる理由……それが分かれば、もっとさあやの助けになれるかもしれない。
リオは何か知ってる。そう思ってついてきた。それなのに——。
「なんでおまえん家掃除しなきゃなんねーんだよ!」
リオはハラジュクを出てまっすぐ帰宅。オレは部屋に放られ、逃がさないようにか鍵をガチャッと閉められた。
待ち受けていたのは脱ぎ捨てられた服に下着。散らばった化粧品。積み重なった開封前の茶色い箱。ダンボールっていうらしい。それが部屋の半分を占めている。他にもゴミや空き缶とかがそこかしこにある。台所にも洗ってない食器大量だし、部屋全体が少し臭う。
部屋は一つでトイレと風呂が別途あるだけの家だ。さあやの家よりちょっと広いくらい。銀次ママの家にいたからものすごく狭く感じる。
「簡単だろーワンルームの部屋の掃除なんてよー」
「だから! なんでオレがしなきゃなんねーんだよ!」
「さあやの秘密知りてーんだろー? 知りたきゃやれ。あ、ダンボールは捨てんなよ? 客からの貢ぎもんメルカリとかで売るんだからよ。それから服は色物と白で分けろよ? 洗濯機は洗面所にあっから」
「オレせんたっきの使い方わかんねー」
「おーおー親のすねかじりが。使えねーなー。じゃあ色別に畳んで置いとけ」
「くそっ!」
リオはベッドに寝っ転がりながらスマホを見ている。画面には人が代わる代わる映り込んで、何やら叫んだり暴れたり——うわっ! 人の頭が吹っ飛んだ!
「そ、それなに見てんの?」
「ゾンビ映画」
「ぞんびってなに?」
「死体が動くバケモン」
「へー死体なのか…………えーがってなに?」
「……おめーマジ?」
かわいそうなものを見る目をしたリオが映画ってやつがなんたるかを力説してくれた。要は創作劇だって理解した。
「ニチアサとは違う? オレ、カラフルな服で戦うやつスキ。最後でかい機械が合体するの」
「戦隊シリーズか。映画とは違げーわ。まぁ、そーゆーの好きならアメコミ系とか気に入んじゃね?」
「あめ……こ……?」
「漫画だよ」
「まん……」
「やべーなおめー。実家激厳か? なんて哀れな奴だ。あとで色々見せてやっから……」
「なんかムカつく……」
「おら、手ぇ休めんな」
オレは命令に従いゴミを袋に入れて玄関へ一纏めに置き、食器を洗い、服のシワを伸ばして畳み、ダンボールの中身を指示された場所に配置したり仕舞ったり、空になったダンボールは潰して押し入れに仕舞った。
「お、床見えんじゃん。んじゃ次掃除機な」
「それも使い方知らねーし。さあやが使ってんのは見たことあるけど」
「どこのお嬢様だ。箱入りかおめー。尻尾壁にぶっ刺してボタン押せば喘ぐから、床に口押し付けてガーガーすんだよ」
言われた通り、先が二股の尻尾を壁にある穴に差してボタンを押す。うるさい鳴き声に最初ビビったが、床を撫でるように動かした。途中何か吸ったのか「バボボボ!」という音がする度オレが跳び上がり、その様子を見てリオが「ぷっ」とムカつく笑いを漏らした。
床掃除が終わったら雑巾で床を拭き、それが終わったら白くてべたつく変なのを渡された。取っ手が付いてて形がトイレにある紙に似ている。
「次はベッドだ。それでコロコロしろ」
「……じゃあ退けよ。邪魔だし!」
リオはゴロンと寝返りを打った……それだけだ。
憤慨しながらオレはべたつく何かでコロコロ。落ちてた髪の毛とか細かいゴミが貼り付いていく。反対側をコロコロしようとするが、リオが寝返りを打たない。仕方なく両手でリオを転がしてムリヤリ寝返りを打たせ、再びコロコロ。
見違えるほど部屋は綺麗になった。変な容器を渡され引き金を引く。シュッシュと霧状の何かと共に花のような香りがふんわりと部屋に広がり、悪臭を消した。
体は疲れてないけど、精神的になんか疲れた。ぺたんと床に座り込む。
「お……終わった……」
「結構時間かかったな。あー人こき使うのキモチー!」
「そんで、さあやの秘密って?」
「すっぴんのがかわいい」
「そんなの知ってるよ!」
そう叫んだところで、恥ずかしいこと言わされた気がして口を閉じた。それから怒りを込めてリオを睨む。
「くっそ……騙したな!」
「ジョーダンジョーダン。さあやの秘密ってのはホントに知ってんのよあーし」
「んじゃ早く教えろよ!」
「まぁだ教えてあげなぁい。イー!」
しゃくれた顎を突き出して下唇を指で引っ張っている。白目も剥いてるし、どう見てもバカにされている。
「……オレさあやんとこ帰る!」
「んまー待ちねい。箱入りパイパイ」
「あっ、だから……揉むな!」
背を向けたところ、後ろから胸を鷲掴みにされた。男の時は感じたことがない感覚が襲ってくる——女ってぇ……みんなこうなのか……?
「ちゃーんと教えてやっけどよー掃除だけじゃあなー……貢献度が足らんのよ。さあやってさー、なーんか隠してるなって感じねー?」
「……なんでそー思うんだよ」
「だってあいつ仕事中いっつもバビってんじゃん。『うぅ、こわいよ~ママぁ~』って感じでよ」
こいつ、バカみたいに自分のことしか考えてなさそうなのに気付いてたんだ。
「聞いてもはぐらかすしな。昔のことも話したがらねー。こいつはいいネタを持ってるとあーしは思ったね」
「なんでそんなに人の秘密知りたいんだよ」
「あーしはな……ヒモになりてーんだ」
「……ひも?」
「あーしのために身を粉にして、メシ作って掃除して働いて金を稼いでくれる……あーしのゴロゴロを極限までサポートするアホが欲しーんだ」
「……結婚とかすればいーじゃん」
「まぁそれも悪くねーが、夫婦は基本対等だ。家事か労働かどちらかはやんなきゃなんねー。あーしはなんもしたくねーの。『上』でありてーの」
「人間性はかなり『下』だぞ」
「あざーっす」
「だいたいおまえ金は持ってんだろ? なんばーわんなんだし」
「持ってんぜ? だがてめーで稼いだ金をてめーのために使うなんてよー、そんな健全ライフクソじゃんよー。やっぱよー他人の金で生きるのがサイッコーにキモチーんだよなー」
「サイッテー」
「あんがとさん。つまるとこ、さあやもあーしのメイド候補ってわけ。あんだけバビってんだ。とんでもねーことして借金塗れか、元カレがクソでストーカーされてるとかだ。真面目なくせに嬢を仕事に選んでることも引っかかる。なんにせよ恩を売れるぜー? 金銭でも人間関係でも、解決できるリソースがあーしにはあっからよー」
「……さあやを助けてくれるってこと?」
「そーそー。でもあいつはなにも話さねーだろ? だから秘密を探ってんのよ。もっとあいつの秘密を知ってよー、陰ながら助けてあげてーわけ。さあやはいい奴だろ?」
「あぁ」
「さあやのこと好きだろ?」
「え!? ……まぁ、うん……」
「声が小っせー。好きなんだろぉー?」
「……うん」
「言葉にしろ」
「……スキだ」
「ほらもう一回」
「……スキだ!」
「いいぞっ! 叫べっ!」
「さあやがスキだーーー!!」
胸を揉まれながら叫んだ。
リオは胸揉みを止め、オレの背中をポンポンと叩く。
「どーどーどー落ち着け。よく言った。あーしもさあやが大好きだ。大好きな奴が困ってたら全力で助けてあげてーよなー?」
「おう!」
「だろー? あーしには確かに下心がある。でもさあやを助けてーって気持ちは本心だ。一緒に助けてあげねーか?」
銀次ママと楓パパにさあやを支える、助けるって約束した。さあやが悩み事を隠してるなら、この世界を全然知らないオレに先を進む方法は見つけられないかも知れない。
リオは最低な奴だけど、秘密探りにすごい自信を持ってる。手を組むのは悪くない気がした。
「わかった!」
「ちょろっ」
「ん?」
「いや、なんでもねー。だがあーしはまだおめーを信用してねー」
「え? あんなに掃除したのに!」
「足んねーって言ったろ? ——そこで、おめーにミッションを与える」
「みっしょ?」
「あぁ。役に立つことを証明しろ」
リオは本の無い本棚をごそごそ。乱暴な扱い方に置いてあった物が床にどんどん落ちていく。せっかく掃除したのに。
「こいつを探せ!」
リオはそう言って一枚の紙をオレの眼前に突き出した。
「……これなに?」
「書いてあんだろ?」
「……オレ、字読めないもん」
「あ? 小学生で習う漢字だぜ?」
「カンジってこのムズカシーのだろ? ヒラガナとかかたかなもまだ読めねーもん……えっと、違う国にいたから」
嘘は言ってない。
「ほーん……にしてはべしゃりはウメーじゃんよ。——いや、文字読めねーのは都合いいな」
にやりとあくどい笑みを浮かべたリオは、ペンを持って紙に何か書き込み再びオレに見せる。
「改めて……いいか? おめーに探してもらいてーのはこの紙だ」
「この紙ってそもそもなに?」
「それは見つけてきたら教えてやる。紙の見た目を覚えろ」
紙には黒い線で角張った枠がたくさんある。太い線の他に点線も。文字もいろいろ書いてあるが、枠の中はだいたい空白だ。でも紙の一番上にある枠には手書きのカンジが四つ連なっている。さっきリオが書き込んだものだろう。
「どこにあるんだ? この紙」
「おめーさあやが仕事中は銀次ママのオーナー室にいんだろ?」
「あぁ。ホントはオレ接客しちゃダメなんだって」
「そのオーナー室にこの紙がある。同じ紙が束になってどっかに仕舞ってあるはずだ。見つけたら纏めて持ってこい」
「この文字は?」
「そいつが重要だ。紙にはたくさん文字が書いてあんだがよー、この漢字が書かれてる紙は見つけたら必ず持ってこい。他の紙より優先にな」
四つのカンジを目に焼き付ける。そんなに複雑な造形じゃない。簡単に覚えられた。
「持ってきたら……さあやの秘密教えてくれる?」
「持ってこれたら、な。——ナイトプールは確か明後日だったな。明日はさあやとあーしも出勤……よし、明日決行しろ。持ち出したらあーしん家に持ってこい」
「でもオーナー室には銀次ママもいるぞ? 頼めば一緒に探してくれるかな?」
「バカ言え。ぜってー手伝ってもらえねーし渡してももらえねーよ。銀次ママのいねー瞬間を狙え。簡単だ。あーしが接客中に騒げばオーナーであるママはぜってー出てくる。そういう客を用意する。協力プレイだ。分かるな?」
「……なぁ、これってもしかして悪いことか?」
「んなことねーわ。人助けだ。あーしは面白おかしく楽して暮らして―が、人を傷つけたりはしねー」
リオが妖し気に目を細め、四つん這いになって距離を詰めてきた。怖いわけじゃないのに、なんか気圧されてしまいオレはお尻を床に着けたまま退く。詰められる、退く……繰り返していると後頭部が部屋の壁にぶつかった。
リオの掌が顔を横切って壁をダンッと叩いた。一気に顔が近付いてきて目と目が合う。息のかかる近さだ。取って食われるみたいな感覚に襲われる。青みを帯びた黒髪がふわりと目の前を掠めた。
「さあやを助けてーんだろぉー?」
「……うん」
「ならあーしの信頼を勝ち取れ。それが早道だ。わかったな?」
「……うん」
「それからこの話は秘密だ。誰にも言うな」
「どうして?」
「どうしてもこうしてもねー。そのほうがワクワクすっだろ?」
「ワクワク……」
「これはあーしとおめーだけ、二人だけの秘密だ。秘密は一人だけのもんだとつまんねーけどよー、誰かと共有すっと途端に特別になるわけよ。今、あーしとおめーは特別だ。おめーがさあやの秘密を知ったらどうなる?」
「……特別に……なる?」
「そうだ。おめーはさあやの特別になる」
「さあやの……特別……!」
「……やるか?」
「……やる!」
「よーしっ!」
リオは立ち上がり、オレの手を引いて立ち上がらせた。
そこで弾むような音楽が流れた。知ってる音楽だ。電話が来た時に流れるヤツ。ベッドに投げ出されているリオのスマホが鳴っていた。
リオはスマホをタッチ。耳に当てる。
「……えぇ? すっごーいっ! リオ感激っ! じゃあ明日待ってるね? ——はーいバイバーイ」
再びスマホをタッチしてスマホをベッドに投げる。電話は終わったようだ。
オレと話す時と全くの別人だ。声色とか態度も。顔すら別人に見えた。
「だれ?」
「探偵」
「たんてー……」
「わかんねーの? 金払ったら色々調べてくれる仕事してる奴のこと」
「なに調べてたんだ?」
「そいつは秘密だ」
「じゃあたんてーは……リオの特別?」
「こいつは特別でもなんでもねー。ただのキャバの客。使えそーだから時々調べさせてやってんの。ちゃんと金も払ってんぜー、格安だけどな。今のは調査結果がまとまったから報告書送ったって連絡。まぁおめーの働き次第でこの秘密も教えてやってもいーぜ? とりま明日のことだけ考えてろ」
「わかった! じゃあオレそろそろ帰る」
「あん? 泊ってけよ」
「はぁ? なんで?」
「だっておめー顔に出そうだしな。さあや鋭いから秘密ソッコーでバレんぞ。そしたらおめーはさあやの特別になる機会を失うわけだ。あー残念」
「わ、わかったよ。泊まってく」
観念して部屋を見渡す。ベッドは一つ。銀次ママん家の、さあやと一緒に使ってるゲストルームにあるようなソファもない。
「オレ、どこで寝ればいい?」
「ん」
リオはさっきスマホを放ったベッドを指差した。
「えー一緒ー?」
「んだよわがまま言ってんじゃねー。布団もねーから我慢しろ」
「だってリオでかいし狭めーじゃん」
「でけーのはおめーだろーが。爆桃白白が。次文句言ったら乳首捩んぞ」
「むー……」
仕方なく口を閉じた。
それから、オレのおかげで綺麗になった部屋で映画を見せてもらった。スマホじゃなくてテレビの大きな画面でだ。
「字が読めねーから吹き替え一択かよ。クソが」
そう言ってリオは憤慨していた。オレのせいみたいだけど意味はよくわからない。
動く死体——ゾンビがたくさん現れて、でかいお店に生き残りたちが逃げ込んで、いろんな道具を武器に改造したりして戦っている。
「ゾンビ出たら逃げ込む先はやっぱホームセンターだよなー」
「え……こいつら現実に出てくんの?」
「出る出る。だから死体見っけたらゾンビになっちまう前に即通報すんだぜー?」
「うえー……ホントか……?」
スモックよりヤベーじゃん……。
「お? バビッてる? おてて繋いであげよーかー? うぷぷ」
「こ、怖くねーし! へーきだし! 笑うな!」
映画では途中から人同士の争いになって、全員死んじゃって、世界はゾンビだけになっちゃった……前世の世界も、みんな死んじゃって誰もいなくなっちゃったのかな……。
次はめっちゃ楽しいアメコミ映画ってのを見せてもらった。めちゃんこすごい機械や魔法みたいな力を使う人間が悪役やバケモノをぶっ飛ばし、空飛んだり建物もぶっ飛んだりド派手だ。
やっぱこういうのがいい! 悪者倒して人を助けて……オレもデルクス倒して、この主人公みたいになるぞ!
その次はメシ食いながら恋愛映画を見た。なんか喋ってばっかであんまり面白くない。リオも退屈そうだった。『たくはいぴざ』ってメシが美味すぎるのも、映画に集中できない要因だと思った。
男と女が勘違いとかすれ違いでケンカしたり、抱き合ったり、ちゅ……ちゅーしたり……変だ……なんでさあやの顔が出てくるんだ!?
「おーおー思春期だねー」
もじもじ足を動かしてたらリオにからかわれた。オレは無視した。
寝る時間が近づくと風呂に交代で入り、ベッドには二人で入った。
やっぱり狭い。オレのおっぱいのせいじゃない。リオの背がでかいからだ。絶対そうだ。
寝返りを打ったリオの乱雑に放られた腕がオレの胸に当たりバウンドする……そう言えば、誰かと一緒に寝るのは久しぶりだ。
クリス時代、マホやノーラと一緒に寝ることはしょっちゅうあった。小さい頃のことだ。いつからか胸の奥底がこそばゆくなってきて、成長と共にお泊りもなくなって、オレは旅するようになって、野原や木の上、掘り起こした土をベッドにするようになって……。
リオはバカでアホでなんかムカつくしウザったいけど、それでも人肌の柔らかい熱を体の片側から感じる今が、なんだか愛おしく思えた。
♠♠♠
■■■お知らせ■■■
次回、明日9/6の7~8時頃に更新します。
面白いと思っていただけた方、またその逆の方。
高低関わらず評価いただけると大変ハッピーです。




