第36話 マホの話
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無理心中……。
かつての息苦しさと蒸し暑さが蘇ってくる。
「で、でもデルクスには負けたんですよね? 結局世界が終末を迎えるのなら、皆で転生してきた今の状況が結果的に良かったんじゃ……」
「すでに亡くなっていた方や、戦場で死を迎えた方はそう考えることと存じます。しかし、各々避難され、大切な方と最期を迎える準備をされていた方々の中にはそう思わない方もいらっしゃるでしょう。最後のたった一秒だとしても、尊き時を惜しむものでございます。伝えたかった言葉や聞きたかった声があることでしょうから……突然死を迎え、共にいた方とは離れ離れに、新しい世界で目覚め、再会は困難……お話した方々に恨み辛みを唱える方はいらっしゃいませんでしたが、そのお心の内は分かりかねます」
「…………そうですよね。無理心中なんて、絶対に許せないことです」
ホットココアのカップから手を離し、サマーニットの袖に隠れた右腕の火傷痕を擦る。血が冷めて体は寒いくらいだが、傷痕は受けた当時の熱さを取り戻していた。
「マホちゃんもきっと死の直前だったんでしょう? それが最良だと思ったんだと思います。でも、マホちゃんを責める人の気持ちもわかります」
当事者ならきっと私も……恨む。恨んでしまう。
「……リルルさんも……恨んでますか? マホちゃんのこと……」
「いえ、わたくしはすでに死の直前でございましたし、ノーラ様やクリス様ともお会いできました。幸運だったと思うほかございません。——マホ様は周囲の目を見過ぎてしまうきらいがございます。他者の感情に敏感で誰かの助けになることを信条に、しかし自らの内に秘めたことは誰にも明かさず、常に気を強くお持ちでございました」
「秘めたこと?」
「わたくしも知り得ませんが、マホ様は時たまお姿を消すことがございました。誰にも行先を告げず、ふらりといなくなってしまうのでございます。数日でご帰宅されることもあれば、何週間も消息が掴めないこともございました。クリス様もお好きな冒険によくお出かけになられますので、ごゆるりと二人旅をされているものとわたくしは考えておりましたが……おっと」
リルルさんの口からタラリと涎が垂れた。コーヒー交じりで若干黒い。
リルルさんはハンカチでちょいちょいと涎を拭き取り、軽く頭を下げた。
「失礼致しました。——マホ様の行方はクリス様も知らぬ存ぜぬとのことでございました。ご帰宅されたマホ様は疲れ切っていることが大半で、並々ならぬ苦労があったのだろうと推測されますが、詳細はやはり伺ってもお話してはくださりませんでした」
クリスが知らないならノーラちゃんも知らないだろうし、ユッキーさんに聞いてもわからないだろう。
マホちゃんが何を隠しているのか、別世界の住人である私には想像もつかない。
「マホ様は強いお方です。しかし、時々その瞳に脆いガラス細工のような儚さを感じるのでございます。触れたら崩れてしまいそうな……わたくしはお力にはなれませんでした」
「マホちゃんてクリスと同い年なんですよね? 何歳って言ってたっけ……?」
「転生時の年齢でございましたら、一五歳でございます」
「一五……今のあゆと同じ……そんなのまだ子供じゃないですか。なにを抱えているか知りませんけど、誰かを頼ったっていいのに」
「わたくしたちの世界では一四歳で成人の扱いでございます。マホ様は特に成熟しきったお心をお持ちで、その上誰よりも魔法に長けておりました。頼られるばかりで、ご自分の甘えを誰にも見せられず……わたくしもこの世界で二五年生き、考えを改めました。一五歳はまだまだ子供でございます。転生の魔法もマホ様の心血の結晶。苦渋の果てに選択されたことでしょう……もっと、マホ様に頼られる大人でありたかった……前世はそうなれなかった。そのためこの生では頼られたい。マホ様のお心を、取り溢したくないのでございます」
リルルさんのコーヒーカップを掴む指先がカタカタ震えている。
この人は真面目な人だ。もっとできた、うまく立ち回れた……後悔がどこまでも追いかけてきて、自分自身の心を締め付けてしまう人だ。
私も【私】の亡霊をいつまでも見ている。あの時ああしていれば、こうしていれば……考えない日はない。
親近感が湧いた気がしたが、すぐに違うものだと気付いた。私の後悔は他者を慮ったものじゃない。もっと身勝手で、歪で、他者を慈しむどころか恨みのこもったものだ。こんな綺麗なものじゃない。
また冷たくて暗い気持ちが溢れてくる前に、私はグイッとホットココアを飲み干して店員さんを呼んだ。ココアのおかわりとチーズケーキをオーダーする。
「さあや様?」
「リルルさんもどうですか?」
「では……同じ物を」
コーヒーのおかわりとチーズケーキをもう一つ追加注文する。店員を見送ってから、リルルさんの真顔に向き直った。
「マホちゃんのお話、聞かせてください。好きな食べ物とか好きな映画……って映画はないか。とにかくマホちゃんの好きなことなんでも。会えた時、仲良しになりたいので」
「さあや様……」
リルルさんは笑った。ずっと無表情だったけど、小さく笑った。
「では……好きな方の話などいかかでしょう」
「恋バナですか」
「恋バナでございます。もうお気付きと存じますが、マホ様の恋の矢印はクリス様に一直線でございます」
「え?」
きょとんとリルルさんを見つめる。
「どうかなさいましたか?」
「マホちゃんってクリスのこと好きなんですか?」
「えぇ、それはもう。わたくしが拝見する限り、いついかなる時も密やかなスキスキ光線を発されておられました」
「そうなんですね。あゆの感じだと振り回されてばっかりだろうなって……クリスの片思いなんだろうなって思ってましたけど」
今度はリルルさんがきょとんを私を見つめ返した。
「クリス様……マホ様にご好意が?」
「あゆを見る限りは……そうですね。ラブ波動出まくりだと思います」
「くうぅ……!」
リルルさんがテーブルに突っ伏した。おでこが当たりゴンと鈍い音がする。
「あの、リルルさん?」
「見誤りでございます……クリス様はお子様が過ぎておりましたので、ラブなど……あと数年は先の感情だとばかり……!」
突っ伏したままリルルさんは話している。
店員さんが飲み物のおかわりとチーズケーキを持ってきた。「ごゆっくりどうぞ」と、リルルさんには見て見ぬふりのノーリアクションで去っていく。
私がチーズケーキにフォークを差し入れると、リルルさんがまたおでこをテーブルに打ち付けた。
「両片思いとは……これまでそれとなくお背中をプッシュすることはございましたが、まさか突き飛ばす勢いが丁度良いとは……いくらでも機会がございましたのに! 野暮と思い、マホ様のお気持ちを考えすぎてしまいました……!」
「あぁ、お節介焼きたかったんですね」
「このリルテ……今生の恥にございます!」
「それ、前生のですよー」
「おや、そうでございました」
急に平静を取り戻したリルルさんが顔を上げた。打ち付けていたのはおでこなのに鼻血が出ている。ちょいちょいと拭き、ハンカチが赤く染まっていく。昨日と全く同じ光景だ。
「では、今生では全力で背を押してゆきたく存じます」
「じゃあ私も」
「ご協力、御礼申し上げます。——時にさあや様は恋を?」
「私はないですね、今のところ」
今後もするつもりはない。していい人間じゃない。
「左様でございますか……いずれその時が訪れた時は、お力添えしたく存じます」
「えぇ、ありがとうございます。リルルさんこそどうなんですか? 彼氏とか……結婚も視野に入る歳ですよね?」
「わたくしなど、後回しでよいのでございます。わたくしは他者の目先の幸せを見ることが生きがいでございます。弟や妹、友人たち。誰かの幸せがわたくしの幸福。周りからは少々心配頂くこともございますが……」
「そういう幸せもありますよね。まぁ心配になる気持ちもわからなくないですけど、リルルさんはリルルさんの幸せを優先するべきです」
私がそう言うと、リルルさんは少し間を置いてから笑った。また注意深く見ないと分からないくらいの笑みだが、実は感情豊かなのかもしれない。
「……そう言っていただけたのはさあや様が初めてでございます。しかしさあや様は大変おモテになると感じておりますが」
「そんなことないですよ」
「いえいえ、わたくしの一方的な話にずっと耳を傾け続け、そしてまず肯定してくださる。自然にそうできるのは、大変素敵なおモテスキルでございます」
「……まぁキャバ嬢ですし。私のことはいーんです。それより、マホちゃんの話ですよ。できればクリスやノーラちゃんの話も聞きたいです。みんなどんな子だったんですか?」
「そうでございますね……」
リルルさんはコーヒーフレッシュを一つテーブルにちょこんと置き、ピッと指先で叩いた。指先が柔らかい桃色に光っている。
「分身魔法【ミルミル】」
叩いたコーヒーフレッシュが桃色の光に包まれ、ポンと小さな音を立てて分裂した。さらにもう二回叩き、四つに分裂する。
「すごい! コピーですか? ……というか、魔法使っていいんですか?」
感嘆の声を出した後、ヒソヒソ声に切り替えた。リルルさんは問題なさそうに笑っている。
「堂々としていればあまり怪しまれることもございません。どうぞお気になさらず。——さらに、被飾魔法【キャン・ヒュー】」
指先が再び桃色に。四つのコーヒーフレッシュが光に包まれ再びポンと音を立てる。現れたのは四つのリアルな人形。
くりんくりんとした赤髪ショートカットの女の子、サラツヤブロンドロングの女の子、ぴょこぴょこ跳ねてる深い青髪の男の子、緩やかで落ち着いた銀髪の男の子……みんな中学生くらいの子だ。
「変身した! すごい! 魔法っぽい!」
「材質や見た目を想像した物に変化させる魔法でございます。想像したイメージの皮を被せるような感覚でございますね」
「材質も……確かに触ってみるとフィギュアっぽい……ユッキーさんの変転魔法の上位互換みたいな感じですか?」
「少々違います。ノーラ様……改めユッキー様の変転魔法は材質特化。より強力な武器の生成、地形にも有効な利点がございます。さらに魔法には主に二種ございまして、わたくしの被飾魔法や分身魔法は込めた魔力分の効果……時間制限があるようなもの。対してユッキー様の変転魔法は効果が残存するもの。どちらも使用者の魔力量や状況により利点がございます」
へー……確かに、あゆも大きくした物は小さくする魔法をかけないといけないし、ユッキーさんの変転魔法で硬くなったヘアピンもそのままだ。
「リルルさん自身も変身できたりします?」
「はい。分身も変身も可能でございます。先ほどデスクワーク中と申しましたが、分身したわたくしが署内で勤務中というわけでございます」
なるほど……コピー生成と変身の魔法……これ、ナイトプールでも使えるかも。
花火大会の時みたいに関係無い人で溢れてるから……。
パズルのように考えを巡らせつつ、四体の人形に視線を戻した。
「みんなかわいいですね」
「揺らめく火炎のような赤い猫っ毛髪がノーラ様、朝日に輝く黄金のような長髪がマホ様、湖底の如く深い青の元気髪がクリス様でございます」
「クリス身長一番低いし、顔もかわいめだし、ぱっと見女の子かと思った」
分厚いブーツに裾がボロボロのマント。腰に剣を携え、冒険してますって感じ。
あゆがこの姿だったら……簡単にイメージできる。そこら辺走り回って、興味あるもの指差して「あれなに? これなに?」……そして私の名前を呼ぶ。私じゃなくて、この姿ならマホちゃんを呼ぶのかな?
マホちゃんは少し陰があるミステリアスなクールビューティーって印象だ。分厚いローブに大きな杖……想像する魔法使いって感じ。
ノーラちゃんは見るからにモテそうな顔だ。おっきな赤い目と長いまつ毛。服装もエロカワ……ていうかエロい。金属の胸当てや膝当てしているが、他部分の露出が多い。これがビキニアーマーってヤツか……。
「このプラチナブロンドの子は?」
「先ほどお話ししました、ヨードゥル王子殿下でございます」
イケメンだ。顔小っちゃいし背も高い。柔らかな笑みを浮かべて爽やか~な感じ。こんな子が王子なら、国の女性たちはテンション上がるだろう。
「王子様か……そういえば国の規模ってどれくらいなんですか? 人口とか広さとか……あゆから聞く話って思い出とか動物とかの話くらいしかしてなくて、実は世界自体に興味あったんですよね」
「一言で言うと小規模でございます。国だけではなく世界が。地球と比べると……だいたい四分の一ほどでしょうか。月くらいの広さで、国の数も大小合わせ十数ほど。世界人口も約一億人ほどでございます」
「それは……確かに小規模ですね。面積に対して人口も少ないような……日本の人口にも満たないなんて」
「歴史的観点で見ると過去戦争も多く、なによりスモックの存在が大きいのでございます。人口が増えればそれだけ既得権益や資源枯渇、食料難など顕著となり、平等性は失われ人々に不満が生まれます。そこからスモックが生まれそのスモックが再び悲劇を生む……そのループを避けるためにもスモックを生まないよう、わたくしたちの世界の人々は無意識に人口増加を避けていたのやも知れません」
「なるほど……」
納得する私の様子を見て、リルルさんが桃色の光る指先を振った。すると四つの人形の身長が縮み幼くなった。
「先ほどのお姿がわたくしが最後に拝見したお姿。こちらがわたくしが出会った頃のお姿になります。皆様が一〇歳の頃でございますね」
よりかわいくなった。王子様もこの頃は身長同じくらいで、みんな横一線だ。
「マホ様とクリス様、ノーラ様はフォーリア家という王族が治める地の小さな農村でご誕生されました。なんでも、ノーラ様はご尊顔を見た者を皆溜め息を吐かせる愛らしさを、クリス様は村中の人間を跳び上がらせるほど大きな産声を上げ、マホ様はご出産時に後光が射し浮遊されており立ち会った者全ての腰を抜かせたとか」
「眉唾ですが、濃いですね。どれも」
「お三方はいわゆる幼馴染。しかしクリス様はご両親をご病気で早くに亡くされたそうで身寄りもなく、一人の家に帰ることが嫌で山など自然の中で過ごすことも多く、それが転じて冒険好きになったとノーラ様は仰っておりました。聞いたお話では、六歳の頃でございます」
クリスが親のいない幼少期を過ごしていたなんて知らなかった。あゆはマホちゃんや旧世界のことは聞いてもないのに話してくるけど、自分のことはそういえば話してなかったな。私が聞かなかっただけってこともあるのだけど。
「見かねたマホ様とノーラ様がご自宅にかわるがわるお招きされ、大変温かく過ごされたそうでございます。ほぼ家族のようなものでございますね。特に【ミコル様】……マホ様のおばあ様に皆様懐かれていたそうな」
「おばあちゃんですか」
「はい。大変思いやりのある聡明な方でございます。お若い頃は城に侍女としてお仕えになっていたそうでございますが、侍女の枠を超え、王族や貴族の相談役を担ったり、お暇な時は城下で民を前にお話を聞かせるなどの活動を行っておりました。わたくしも幼少の頃拝聴いたしました。時に冒険活劇、時にロマンス、時にお説教のような教訓……どれも面白くためになるものでございましたが、いずれもそっと肩を叩き抱き合うような、そんな温かいものでございました。そんなおばあ様の元、マホ様もまた聡明にご成長されました。なにをするにもクリス様が中心でございましたが、危険な地へ向かわぬようマホ様がさりげなく誘導したり、クリス様が巻き起こすハチャメチャを収めたりと、ご苦労が絶えなかったようでございますね」
マホちゃんの心労がふわっと目に浮かぶ。『お姉ちゃん』として役割を担っていたのだろう。
「今のところ、リルルさんも人から聞いた話って感じですね」
「幼少の頃のお話は詳しくお聞かせできず申し訳ございません。出会ったのは皆様が一〇歳の頃。わたくしは一八でございました。その頃のマホ様はすでに大人顔負けに自立されており、恋の後押しをしようとしても上手く躱されてしまうことがほとんど……脳内イチャシチュは豊富でございますが、キュンキュンとされるような実話エピソードはわたくしあまり持ち合わせておりません」
脳内……? なにか引っかかることも言っているが、気にせず私はチーズケーキを一口。
「全然構いませんよ。恋バナはマホちゃんが目覚めてから、今後キュンキュンすればいいんです。むしろリルルさん……リルテッタさんとマホちゃんたちの出会いを教えてほしいです」
「わたくしとの?」
「私、リルルさんのことも知りたいんですよ? 仲良しになりたいので」
「……キュン、でございます……」
リルルさんもチーズケーキを一口。それからおかわりしたコーヒーに角砂糖をまた大量に投入し始め、そのまま言葉を続ける。
「ではわたくしとマホ様たちとの邂逅を……当時わたくしは一八歳。マホ様方は一〇歳の頃。皆寝静まる真夜中のことでございます。わたくしが仕えるヨードゥル王子殿下が寝込みを襲われ誘拐されたのでございます」
「いきなり物騒なんですが」
「ふふ、まぁそれはおいおいに。マホ様たちご出身の村は王城から大人の足でも半日かかる距離。それでもクリス様は散歩がてら、マホ様は得意の魔法で楽々と、ノーラ様は城下で暮らすお父様が兵士として城にお勤めのため、お三方ともよく城下へいらっしゃることが多くございました」
「へぇ。ノーラちゃんは城下町でお父さんと一緒に暮らすことはなかったんですね」
「お母様ご出身の村で伸び伸びと育ってほしいとの、お父様のご意向でございました。しかしノーラ様はお父様に甘えたがりで、マホ様のお出かけについてきては訓練を覗き見たり宿舎に入り浸っておりました。お父様は兵士長を務められた大変厳格で騎士道精神溢れた方でございましたので、ノーラ様もマホ様も尊敬されておりましたね。だからこそ、ノーラ様が王直下の近衛兵になられた時は激高されておりました」
「え? 誇らしいことじゃないんですか?」
「騎士としてはそうでしょうが……まぁこちらは知らぬほうが良いかと」
なんで? 気になる……。
「お話を戻しますと、マホ様方は城下でも有名人でございました。マホ様は魔法使いとしてすでに一線級。近衛兵にも王国騎士団にもスカウトされておりました。選ばれたのはスモック討伐隊でございましたが、入団後目まぐるしい活躍をされ、ノーラ様も兵士長の娘でありそれなりの戦闘センスもございました。なにより容姿と振舞いが大変愛らしく、この世界で申し上げると子役やアイドルのようなものでございましたね。クリス様もたった一人でどこへでもお散歩感覚でサバイバルなさるので、一部の界隈ではチビッ子冒険家と称され人気がございました。著名な作家の絵本創作のモデルにされたり、小さなお子様や、特に年上のお姉様方に大変人気がございましたね。城下ではよく餌付けされておいででございました」
年上キラー……確かにこの無垢なクリス人形から迸る愛嬌は凄まじい。
「城下の賑わいは王子の耳にも届いておりました。王子もその当時一〇歳。同じ歳の子たちの噂に関心を持たれ、護衛兼教育係としてお傍にいたわたくしは城下で聞き込みし集めたマホ様たちのご活躍をお聞かせ致しました。王子は大層お喜びになられましたが、同時に落ち込んでしまったのでございます」
「それは……どうして?」
「王子は同年代の子と接する機会がなくご友人もおりません。お母上は大変厳しく、城下への外出もできず日々帝王学や魔術の勉学に剣の訓練……話し相手はわたくしくらいでございました。そのため、マホ様たちに憧れ友人になりたいと思いを馳せたのでございます」
「なんか創作のテンプレって感じの王子ですね」
「よくあるからこそテンプレと呼ばれるものでございます。王子の憧れは日々強く輝きを増していきましたが、光を受け影が濃くなるように自身への卑屈さも増していきました。王子は自分には剣も魔法も才が無いとお考えで、一生終わらない勉学と訓練で城という鳥かごからは出られないのだと諦めておいででしたので。そこでわたくし、クリス様を餌付けする城下のお姉様方に混じり、お菓子と一緒に文をお渡ししたのでございます。王子の境遇と、クリス様とお友達になりたい旨をしたためた、城への招待状でございます。するとどうでしょう。クリス様は文をお渡ししたその晩に、城へ忍び込んだのでございます」
「え……じゃあ誘拐犯って」
「クリス様でございます。護衛として当然気付きましたが、子供の夜のお出かけと思いそっと見守るくらいの気持ちで眺めておりました。しかしクリス様は王子を連れ城下を出て、関所を越え、国を出て……お帰りになる様子は全くございませんでした」
「ホントに誘拐じゃないですか……」
「わたくし、尾行はしておりましたので連れ戻すことは容易だったのでございますが……お二人のなんとも楽し気な様子が大変キテおりましたので、国へ報告は続け尾行を続けたのでございます。その際、別の尾行者がおりまして……その方がマホ様でございました」
マホちゃん、たぶん凄く怒ってたんだろうな。
私だってあゆがその辺の子供引っ張りまわして家に帰さなかったら怒る——と思ったがすぐに思い直した。今まさに私がその怒られる側だからだ。あゆの記憶が無かろうがわがまま言おうが、親御さんへの手がかりが見つかった以上帰さなければ。
「マホ様は連れ戻すよう提案されましたが、わたくしは共に尾行を提案し、旅をご一緒したのでございます。マホ様は大変大人びておりまして、まるでわたくしも同年代の友人を得た思いでございました。二人一組の四人旅は結局二月続きました」
「二カ月も……国では大変だったんじゃないですか?」
「王妃様は非常にパニックになられておいででございましたが、王陛下は放任主義でございましたし、わたくしの報告もお耳しておいででございましたので、さほど騒ぎにはなりませんでした」
「ふーん……リルテッタさん、信用されてたんですね」
「これでもわたくし、実績多数、王妃様とはお茶友達、護衛でミスをしたことはないのでございます」
「自慢ですね?」
「自慢でございます。——旅は非常に楽しいものでございました。当時のマホ様は恋バナを振ると途端にもじもじされ、耳どころか首まで真っ赤にされ、それはそれは可愛らしく、わたくしも鼻から下を真っ赤にしていたものでございます」
鼻血出すのは前世でも同じだったのか。
「うぬぼれやも知れませんが、帰国時にはマホ様とは姉妹のような絆が育まれたものと感じております。王子はお叱りを受けましたが、一皮剥けたと言いますか、顔つきがだいぶ凛々しくなられ、旅は必要なものだったと王妃様も含め感じられたようでございます。これを機に、クリス様は王子のご友人として正式にお招きされ、剣の訓練はクリス様のお声かけでノーラ様ともご一緒に。そしてわたくしからはマホ様を魔法の指南役として推薦したのでございます」
「それで三人のお友達ができたと。王子の護衛ならリルテッタさんも一緒に行動しますもんね」
「そこでございます! 四人の仲良し度が深まるほど、わたくしの幸福度が高まるのでございます。それはそれは良い日々でございました。皆様の秘密の隠れ家などにもお邪魔する機会があり、あぁ……懐かしゅうございます」
「隠れ家ですか」
「子供の作るものでございます。いわゆる秘密基地というものでございますね」
「秘密基地! 懐かしい!」
私の上がったテンションにリルルさんも反応する。メガネの奥の瞳がキラキラだ。
「さあや様も幼少時に秘密基地を?」
「私もリルテッタさんと一緒で招待された側の人間ですが。家の近くの小さな山に作ってたんです。それでお兄ちゃんに連れてってもらって仲間にしてもらって——」
テンションが赴くままついお兄ちゃんの話をしてしまった。思わず言葉を止めてしまう。
リルルさんは特に不思議にも思っていないようで、微笑んでコーヒーを口にしている。
「さあや様、お兄様がいらっしゃるのですね。きっとさあや様に似て思いやりのある方なのでしょう」
「……そうですね。すごく優しかったです。——まぁ私の話なんて面白いことはないですよ」
「いえ、是非お聞かせいただければと……わたくし、さあや様のこともっと知りたいと思っております……その、仲良しになりたいので……」
「……キュン、ですね」
「ふふふ……では遠慮なく。幼少の頃も大変面倒見の良い子だったのでしょうか? わたくしも前世では妹がおり、今も三兄弟の長女でございますが、あゆ様といらっしゃるさあや様からは強いお姉様力を感じます……それとも意外と甘えん坊様だったのでしょうか?」
「えぇ、かなり甘えん坊でしたね。母子家庭だったので、母にも……べったりで」
……大丈夫。
「お兄ちゃんやお姉ちゃんのことも大好きで、どこへ行くにも付いて行ってましたね。秘密基地のリーダーもお兄ちゃんだったんです。合言葉も作ってて、意味もないような変な造語でしたね」
友達に話してるだけだもん。
「お姉様もいらっしゃるのですね。ふふ、大変賑やかなご家庭とお見受けします。しかし、さあや様は大変しっかりなさっておられるので、お姉様やお兄様はご苦労無かったのでしょう」
「いえ、そんなことは……面倒見良いって思われるのは、たぶん小学校で学級委員長やってたからだと思います。友達もみんな優しくて」
本当のことを話すのってすごく気持ちいい。
「引っ越しで今は疎遠になっちゃったんですけど、転校して新しい環境でも友達はすぐできましたね。割と勉強とか運動もできたんですよ?」
「努力家様で甘えん坊様……愛され系でございますね」
「そう言われるとなんか照れちゃいますね……」
「しかし転校はわたくしも経験がございませんでしたので……やはり心苦しいものだったでしょうか?」
「……泣いちゃいましたね。やっぱり慣れるものじゃなくて中学でも一度転校したんですけど、その時も泣いちゃって」
「二度も転校を……お母様はお忙しいご職業だったのでしょうね」
「あ、別に転勤とかでの引っ越しではないんですけど……まぁタイミングというかなんというか……」
触れたくないところは触れない。
でも楽しい。幸せだった頃の話って。
その後も話は弾む。
私の話。リルルさんの話。戻ってリルテッタさんやマホちゃんたちの話……。
お互いにチーズケーキは一口しか進んでなかった。
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