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第35話 誘拐

♦︎♦︎♦︎


「ないとぷーるってなに?」

「夜にそれ着て水に浮いたり漂ったりするレジャー」


 あゆの持つハンガーにかかった水着を顎で指して言った。


「泳いだりしねーの?」

「泳ぐ人は少ないと思うなー。ぶかぶかしてはしゃぐのがメインというか」

「ふーん。つまんなそー」

「そう言わないの。結構人気あるみたいだよ?」

「さあやは? 行ったことある?」

「無いよ。人が多いところ得意じゃないし、水着もあんまり着たくないしね」


 腕の傷見られちゃうし。


「とりあえず、気に入った水着選びなさい」

「はーい」

「あんた、女性用水着に抵抗はないんだ?」

「んー前世では泳ぐ時真っ裸だったしなー」

「あぁ……へぇ……そう」


 ここは原宿の竹下通り。ナイトプール用の水着を買いにあゆと買い物に来たのだ。

 街は夏色一色だ。どの店も水着コーナーが充実しているが、八月の中旬だと売れ残りのセール感が強い。


 たった一日だけ使う水着にお金もかけたくないし、安いテキトーなのでいいかな……パーカー着てプールに入らなければ傷も見られないし。

 というか、行くの止めようかな……私、手助けできそうにないし。ハルキは連れてけないし、銀次ママにまた見てもらうのも……今日も預けちゃってるし、うーん……。


 リルルさんにナイトプールに誘われたのは昨日のことだ。個人捜査の件を話し、鼻血もそこそこにフラフラの状態で帰宅していった。

 個人捜査はスモック絡みのもの。隅田川の花火大会、その前の週の首都高速道路破壊……それだけではない。特に花火大会で起きた集団昏倒に類似する件がいくつもあったそうだ。報道規制されていて一般にはほぼ知られていないものだそうだが、ライブ会場や競技場など、いずれも何かイベント事があった場所で起きており、一都三県に集中している。

 誘われたナイトプールも今週金曜に有名なクラブDJが来るそうで、リルルさんは同様の事件が起きるのではないかと睨んでいるそうだ。

 集団昏倒……前世界でも起きていた現象だったそうだ。スモックを強制的に抽出し、兵隊として従わせる。この世界ではあゆと戦った何者かが関わっているだろう。捕まえればデルクスにも繋がってくる。

 警察内でも転生者はリルルさんだけ。そのため組織で動きようがない。クリスの名前を聞き協力者を求めて私に会いに来た、とのことだった。


 私が誘われたのもマホちゃんを期待してってことだろうし……役立たずだよね? また危ないことになるかもしれないし……でもそこにあゆだけ行かせるのも……。


「なーなーこれは!?」

「んー?」


 悩んでいるとあゆが自分で選んだ水着をいくつか持ってきた。ワンピースタイプ……ゼブラ柄の。


「……却下」

「えーっ! カッコいーじゃん! じゃあこれは!?」

「ビキニ……トップがトラ柄でボトムがヒョウ柄……なぜ合わせた。却下」

「じゃあこれ!? 前に飲んだ神の飲み物の!」

「あぁあのエリクサーね。謎コラボすぎる……正面に商品ロゴ……背中に翼生えてる……柄じゃなくすりーでぃー……こんなの存在していいの? 却下」

「んじゃあこれはー……?」

「あ、それはいいかも。フリフリのビキニ。白もあんた色黒だから映える……し……」


 今の声、あゆじゃない。

 いたずらっぽい、声変わり前の男の子みたいな声……。


「リオさん?」

「はーあい、さあや。なになに? 二人でデート?」

「まぁそんなとこです」


 リオさんは肩を出したチューブトップにジーンズ。非常にラフで夏らしい恰好だ。それでいてブランドバッグに大きなサングラス……ぱっと見スターの休日感がある。


「今日赤は?」

「ハルキはまたママに預かってもらってます」


 親戚の子供って設定はクラブでも通している。勤務中はオーナー室で見てもらってるのに、存在を隠し通せるはずもない。銀次ママからキャストたちに話してもらったのだ。


「んだよ、ほっぺぷにぷにしたかったのによー。——んで今さら水着? 海行くん?」

「あーこれはその……」


 ヤバい。隠したい。絶対面倒なことになる。


「ナイトプール行くんだ!」


 あゆが元気よく答えた。言っちゃったよ。


「へーいーじゃん? パリピデビューか? 仕事休みまくった上、最強パリピのあーしに黙ってとは、いいご身分だなーさあや」

「おまえ関係ねーじゃん」

「あぁん? さあやはな、そんな陽キャどもの巣窟なんざ進んでいくよーなキャラじゃねーんだよ。さては誘ったのおめーだな? まー見るからにギャルギャルしいしな」

「オレじゃねーし。リルルだし」

「なんだーその漫画とかで擦られまくってそーな名前の奴は?」

「けーさつかんだよ」


 全部喋っちゃうな、このギャル。


「けいさつぅ? さあや、おめーマッポの知り合いいんの?」

「えぇまぁ。最近知り合った友達で」

「へー。んじゃあーしも行こっかなー」


 きた。やっぱりこーなった。


「だから! おまえ関係ねーじゃん!」

「うるせーっ! さあやのダチはあーしのダチだし、あーしのダチはあーしのダチなんだよっ! おめーもあーしのダチにしてやろうかーっ!」

「やめ、あっ胸揉む……なっ……!」

「ほーイイもん持ってんじゃねーの。そんなおめーにはこの水着を進呈してやろう」

「なんだコレ!? ちっちゃな三角しかねーぞ!?」

「マイクロビキニだーっ! おめーみてーなパツ金カイデーのチャンネーはサメのエサになるかテンプレクソ映画のエロ要員みてーになるのが仕事なんだよっ!」

「いっ……やだ! オレ……それやだ……!」

「ナイトプールがなにするところか知ってっか?」

「水に……ぷかぷ……かっ……すんだろ?」

「あーそうだ。なにをぷかぷかさせんだ?」

「そりゃ水に入るんだか……らぁ! ……体だろ? くっ……揉むな!」

「はぁ……違げー違げー。ぷかぷかさせんのはおっぱいだ」

「んっ……おっ……ぱい?」

「そう、『おっぱい』だ。このたわぷかを見た男共がはわぷかしながら近づいてきてな、あれこれ話し始めて勝手に盛り上がるわけよ。その後はもうメシ奢らせーの、服貢がせーの、ブランドバッグやアクセとかもモリモリってなわけ! 他にも純なおめーには一夏のアバンチュール的ななにかが待ってるかもかもだぜ?」

「あば……ん?」

「そーそー。じっとしてりゃ勝手に男がストラッシュすっから。それが終わりゃー財布のアムドも解かれるからよー。そんでもって貢がせたもんをあーしに貢げ、な? 今日の授業代だ、な?」

「やっだ……! なんかオレに得がまったくねー気がする……!」

「まーまー他にもオイシイお話してやっからよ。耳貸せ」


 アホしてる二人を放って、私はリオさんが持ってきた白いフリル付きの三角ビキニと自分用の深い青のホルターネックの水着を持ってカウンターへ。ホルターネックにしたのはバストアップを期待して、だ。あゆと水着で並ぶことを想像すると、さすがに少し寄せて上げたくなる。


「ありがとうございましたー」


 店員さんと事務的な笑顔を交わし、店内を見渡す。しかし——。


「あれ? あゆ? リオさーん?」


 二人ともいない。

 探しているとスマホから『ペコペコ』と通知音。リオさんからメッセージだ。


『おっぱいは貰っていく』


 おっぱい誘拐事件だ。

 私はスマホをてちてちして返信を送る。


『ナイトプール明後日の午後六時からなんで、それまでに返してくださいね?』


 どうせどうあっても来るだろうし、行先の情報も送った。変なスタンプを連打してきたので、スマホの画面を落としてバッグに仕舞った。


「さあや様?」

「え?」


 聞き知った声に振り返る。

 リルルさんがいた。当たり前だが鼻血は出ていない。

 昨日のスーツ姿とは違い、薄い緑が基調の花柄のAラインワンピースに控えめなハンドバッグ。キャラメル色のパンプス。メガネは昨日のきっちり黒縁ではなく、パールピンクフレームの大きな丸メガネだ。昨日は硬い印象があったがふんわりしたオシャレ女性だ。

 私は腕の傷を見られないように強い日差しの中でも長袖を着ているから、羨ましさで伏し目がちになってしまう。あゆだって涼しそうなワンピース姿だったし、サマーニットの長袖着てるのなんて原宿でたぶん私一人だけだ。


「奇遇ですね——あぁ、リルルさんも?」

「えぇ、貴方様と同じ目的でございます」


 リルルさんは手に下げる店の紙袋を見せ、窓の外に見える老舗のカフェを指差した。


「少しお話致しませんか?」

「あ、はい。是非」


 服屋を後にし、誘われたカフェに二人で入る。窓際の陽が射す二人席に向かい合って座った。

 店内はガンガンに冷房が効いている。さっきの服屋もそうだったが寒いくらいだ。外ではアウェーな服装な私も、店内では大いにアドバンテージを得られる。リルルさんも肌寒かったのか、鞄からストールを取り出して肩に掛けた。飲み物もリルルさんはホットコーヒーを、私はホットココアを注文した。

 サマーニットの中に着たシャツは汗が染みこんでいるが、冷房でひんやりと冷たくなっている。冷えた体にホットココアが浸透してほっこりした。リルルさんもホットコーヒーにほっこり……する前に大量に角砂糖を入れまくっている。


「あの、また鼻血出さないでくださいね?」

「それは今後の話題次第でございます」


 体調の問題じゃないのか。


「今日はお仕事お休みですか?」

「実は今も勤務中でございます」

「え? 公安ですし……買い物客装って張り込みとか潜入とか?」

「いえ、本日はデスクワーク中でございます」


 どゆこと? まぁいいか。


「それで、話題はやっぱりあゆ……クリスのことですか?」

「いえ……お話ししたかったことは三点ございまして、一つはクリス様というより、あゆ様のことでございます」

「クリスじゃなくてあゆの?」

「はい。時にさあや様、あゆ様とはどういった経緯でお知合いに?」

「うーんその、なんて説明したらいいか……」


 クリスの記憶が上書きされて自分自身の記憶を失った上、走って京都から東京まで来た上、騙されてパパ活しようとしたところを止めに入った……なんて説明しづらい。


「お答えに詰まるようでございましたそれでも構いません。こちらをご覧くださいませ」


 リルルさんがスマホを私に向け、テーブルに置いた。

 画面を覗き込むと、浴衣姿のあゆと芳華さんが映っていた。一緒にSNS映えしそうなポーズをとっている。

 芳華さんのインスタアカウントだった。リルルさんがスクロールすると次々写真が画面を滑っていく。

 油断していた。私の姿が映っていないかハラハラしながら眺めていたが、案の定派手なメイクと浴衣姿の私が映り込んでいた。

 着付けした店での一コマ。芳華さんとあゆのツーショット自撮りの背後に小さく映り込んでいるだけだが……削除するよう言わないと。

 最新の投稿だと、あの巨大な鯨スモックと戦った時の物もある。いつの間に取ったのだろう。ヘアピンで作った大きなポイに巨大化したブンサブロー。芳華さんの「デカポイとデカワンコ!」というコメント。それに対しフォロアーのコメントも寄せられている。


「『でっか』『これ合成?』『デカ犬モフりたい~!』『パイもでかそう』……これがなにか?」

「実はさあや様のご友人であらせられる鈴原芳華様にも昨晩伺いお会い致しまして——」


 めちゃくちゃ仕事早いなこの人。というか貧血フラフラ状態で会いに行ったのか。

 花火大会の一件を調べていただろうけど、昨日あゆと合ってそこから芳華さんのアカウント見つけてもう会いに行ったとは。感心もするがちょっと怖い。


「芳華様は転生についてご理解があるようでしたので、わたくしことリルテッタの事情もお話ししご協力いただいております。このアカウントへのコメントとは別に、DMが届いていたそうでございます。記載されていたのは『娘かもしれません。連絡ください』と一言。それから連絡先として京都府警察、大学病院、広瀬様の電話番号」

「娘……広瀬って……」

「はい。恐らく広瀬あゆ様のご両親からのメッセージでございます。わたくしも京都府警察に問い合わせ確認致しました。広瀬あゆ、一五歳、京都府の私立高校一年生……捜索願が出されております。受理されたのは七月二四日」


 捜索願……受理された日もタイミングが合う。

 娘が姿をくらましてもう一ヶ月近いのだ。夏休みの時期とはいえ、警察に相談するのも当然だ。


「家出の兆候が全くなかったことから誘拐など事件に巻き込まれた可能性も疑われているようでございます。他にも気になる点がありますが、そちらは追々……改めて伺いますが、あゆ様とはどういった経緯で?」


 ……これ女子会じゃない。お茶に誘われたんじゃない。任意同行と事情聴取だ。


 慌てて、でもできるだけ平静を取り繕いつつあゆとの出会いを話した。あゆがリルルさんやユッキーさんと違い、広瀬あゆとしての記憶を持っていないことも伝える。


「なるほど……目覚めてすぐに走り出してしまうとは、実にクリス様らしい……あゆ様の記憶が無いことは興味深く存じます」

「なんでなんでしょうね……特に他の皆さんと違いは感じませんけど」

「あるとすれば、マホ様の転生魔法を唱えた時点でまだ生存していたというところでございますね」


 昨日、クラブでナイトプールへのお誘いの後、リルルさんはあゆとユッキーさんと一緒に転生前の状況整理と現状の報告会を行っていた。

 みんな最後の砦となった自国の城で参戦していたそうだが、最後まで生き残っていたのはクリスとマホちゃんだけだったようだ。


「詠唱時の生存がなにか影響をもたらすのか不明でございますが……それに、生存していたのはクリス様だけではなかったようでございますし……」


 リルルさんは少しだけ目を伏せた。注意深く見ないと分からないほど表情が機微だ。


「もしくは、本当に広瀬あゆ様の身になにかが起き、記憶を失うと同時にクリス様が目覚めたのか……いずれにせよ、マホ様のみが知るところなのかも知れませんね。それはともかくとして、あゆ様のご両親にはご報告をしなければ……その際は、さあや様もご同行お願いしてもよろしいでしょうか? ご足労おかけしますが、当事者としてご説明のご協力を頂ければと存じます」

「えぇ、わかりました」


 リルルさんからあゆの両親らしき広瀬さんの連絡先と住所を教えてもらい、手帳にメモした。


「芳華様には連絡することはまだ保留とさせていただいております。例のナイトプールが明後日でございますので、その後に致しましょう。できるだけ早くがよいかと存じますが……ご予定は問題ございませんか?」

「はい。なんとかします」

「ご協力ありがとうございます。それから、先日あゆ様のお名前で未成年者猥褻未遂の報告があり、ご存じであればお伺いしたいのですが……」

「……猥褻?」

「はい。こちらも花火大会の日でございます。中年男性に連れ去られるところを祭り警備に当たっていた警察官に保護されまして、被害者指名が広瀬あゆ。特徴からもあゆ様と一致しますが、ご友人の連絡先に連絡するも事態を把握されてない様子で」

「……私も聞いてないですが……」


 迷子になった時? 親切な人に連れてってもらったとしか聞いてない。散々パパ活やめろって言ってるのに……あの子は……。


 私の怒りが顔に出てたのか、リルルさんは真顔のまま少し背筋を伸ばした。


「この件も通報履歴から確認したんですか? 公安の人にわざわざ痴漢の報告なんて入らないですよね?」

「いえ、この件は別の伝手で……まぁこの件は置いておきましょう。捜索願の件と繋がるとまたややこしくなりますし。これがお話したかった一点目。二点目はご質問でございます」

「質問ですか。どうぞ」

「では早速……【ヨードゥル】という名に聞き覚えはございませんか?」

「よーでる? よーどる?」


 アルプスの高原が目に浮かぶ名前だ。


「心当たり無いですね」

「左様でございますか。では三点目……」


 はやっ!


「えっと、そのヨー……ドゥルさんは前世界の?」

「はい。わたくしが仕えておりました王子殿下でございます」


 そういえば昨日ユッキーさんがそんなこと言ってたな……って。


「めちゃめちゃ重要な人じゃないですか! そんなあっさりスルーしていいんですか?」

「前世で王子でも、この世界ではただの一般人にございます。転生しているのかも不明でございますし、乗り遅れて旧世界に取り残されていてもおかしくありません」


 どんくさい人なのかな?


「お優しい方ですが、クリス様に負けず劣らずチョロく騙されやすいお心をお持ちでございます。恐らくこの世界でも、要らぬ壺を買わされたり、情に絆され連帯保証人様になられたり、借金の片棒様を担ぎ強制労働などさせられているやも知れません……ふふっ大変お似合いでございます」


 急にイキイキしだしたこの人。


「王子ってことはまだ即位前ってことですよね? 王様もやっぱりいたんですか?」

「はい、もちろん王陛下も健在でございました。恐らく、この世界では健在ではないでしょう」


 王族に冷たい……仕えてたんじゃないの?


「ふふふ……冗談はほどほどに致しましょう。身を案じてはおりますが、会えなければどうすることも叶いませんので。まぁ、その内会うこともございましょう」


 かるっ。


「それでは一番お伝えしたかった三点目……マホ様のことでございます」

「マホちゃんの? ……でも私に話されても……自分がマホちゃんの生まれ変わりだなんて、あゆやユッキーさんに言われても全然信じられなくて……」

「さあや様がマホ様かどうか……そうであれば、それは大変喜ばしいことではございますし、戦力としても非常に頼もしい限りでございます」


 やっぱりそうだよね。【さあや】のままじゃ戦力外だ。


「ですが、実のところどちらでもよいとわたくしは考えております」

「え? そうなんですか? でも私役に立たないですよ?」

「役に立つ立たないなど、それこそどうでもよいことでございます。さあや様がマホ様なら、親しい友人との再会に胸踊り、マホ様でないのなら、新しい友人の誕生に心浮き立つ。それだけでございます」


 少し頬が綻んだ気がする。面と向かって、しかも真顔がぶれない人に真っ直ぐ友達宣言されると、嬉しいけどなんか気恥ずかしい。

 それに、私をマホちゃんじゃなく純粋に【さあや】として見てくれる期待があり、それも嬉しい。あゆもユッキーさんも、私がマホちゃんであるというほぼ確信に近い期待の圧がある。自覚もないし未だに困惑しかない。だからリルルさんの「どちらでもいい」って軽い発言に、私も心が軽くなった気がした。

 私はホットココアを一口と飲み、ほっぺの熱さをココアのほっこりのせいにした。


「それで、マホちゃんのお話ってなんですか?」

「マホ様がどういった方なのか……それをさあや様に知っていただきたいのです。さあや様がマホ様として目覚める促進となりそうなものでございますし、今後別の方がマホ様として目覚められたら、さあや様にもマホ様を温かく迎えていただきたいのです」

「えぇ。それはもちろん。あゆの……クリスの友人なわけですし」

「誠にありがとうございます。——一つ……懸念がございます」


 ほぼずっと無表情だったリルルさんが、大きく感情を顔に出した。眉を下げ、メガネを外して眉間を摘まんでいる。再びメガネを着けたその奥の瞳は遠くを見るようだった。


「懸念?」

「マホ様が目覚められた時……わたくしにマホ様の心痛を癒して差し上げられるかどうか……」

「心痛って……皆さんと同じで死んで転生したってだけじゃないんですか?」

「マホ様は旅の極大魔法の行使者でございます。転生の魔法について、ご存じでございますか?」

「少しだけ……以前あゆから軽く聞いたくらいですが……唱えたら死んじゃうんですよね?」

「わたくしも詳細は存じておりません。マホ様ご本人も初めて唱える魔法……恐らく、唱えるつもりはなかったものとわたくしは考えておりましたが……大魔法が発動した時、わたくしはすでに虫の息。意識も薄れゆく中で、絶命の一歩手前の状態でございました」


 ずんと空気が重くなる。私はココアをずずっと一口飲んだ。


「マホ様もクリス様もノーラ様も、わたくしも戦場におりました。あの場にいた者が転生したものとわたくしは思っておりましたが、実際は異なりました。昨日お勤め先へ伺った際、花火大会で前世を取り戻した方々がいらっしゃると聞き今朝お話を伺いに向かいましたが、転生直前にいらっしゃった場所は戦場ではなく、皆々様ひっそりと自国で地下に隠れ、中には人里離れ山の奥地へ、海を越え無人の島で最期の時を待っていた方など、様々でございました。戦いが始まるよりもずっと以前に亡くなられた方もいらっしゃいました。——つまり、マホ様の大魔法は、時と場所を選ばず、その世界に滞在する魂の全てを伴とし、新たな世界へ向かうというもの。それほどまでの規模に至った要因は分かりかねますが……問題は、最期の時を待ち生を続ける命たちを、マホ様の大魔法が奪ってしまったということ」

「それは……つまり……」

「酷な言葉で申し上げますと、無理心中でございます」


 ホットココアで暖を取る掌が一気に冷めた。


♦︎♦︎♦︎

■■■お知らせ■■■

次回、本日12時頃に更新します。

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