第34話 尊血
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警察……!
慌てるな……息を整えて……!
私はなにもしてない……ただのキャバ嬢……!
「警察の方が私にどんなご用でしょうか?」
よし……大丈夫……。
「突然の訪問となり申し訳ございません。綾見さあや様でお間違いございませんね?」
「はい」
「先日、隅田川の花火大会へ足をお運びになられましたか?」
「えぇ。友人と二人で……」
「左様でございますか。それで、ご子息は無事見つかったのでしょうか?」
「ご子息……あっ」
ハルキがいなくなって、その場に居合わせた女性に通報してもらったんだった。名前も伝えていた。スモック退治の件で完全に忘れていた。
「はい。ちゃんと見つかって、その……元気です。息子じゃなくて親戚の子で、私は預かってるだけなんですけど。今日は店のオーナー室で預かってもらってます」
「それはよいことでございました」
「私の不注意で……ご迷惑をおかけしました。それで、あの……わざわざその確認に? それも公安の方が?」
「いえ、本日伺ったのは個人的な用件でございます。自己紹介として警察手帳を提示致しましたが、余計なプレッシャーを与えてしまったのであれば、大変申し訳ございませんでした」
「あ、いえ、そんな、大丈夫です」
かなりプレッシャーでした。
「改めまして、わたくしは【鳴海リルル】と申します」
「とってもかわいらしいおなまえ~!」
ユッキーさんが体と前髪チョロ毛をくねくねさせながら言った。
「どうぞ、お気軽にリルルとお呼びくださいませ。猫型ロボット崇拝型の両親でございまして、弟はパピ、妹はミヨコ、ペットの猫はフーコと申します」
「猫がミヨコじゃないんですね」
「オスであればピー助だったでしょう。因みに栽培中のカイワレ大根はキー坊と名付けました」
「え~!? 食べるのかわいそ~ってなっちゃう~!」
「問題ございません。カイワレ様は成長も早くすぐ元通りになります故。それに二年は持ちますので」
ユーモア溢れた話だが、リルルさんの表情は一切変わらない。ずーっと真顔だ。逆に面白味を感じる。
「——名前談義もそこそこに、本題へ入ってもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
「クリスという名前にお心当たりはございますか?」
「クリス?」
ユッキーさんと同時に声を出した——どうして?
「花火大会の日、川の氾濫や地盤の隆起や沈下、大勢の人間の昏倒に瞬間移動……様々な怪異が起きたことはご存じでございますか?」
「はい……」
ニュースで言っていた大勢の瞬間移動者……ブンサブローが代々木公園へ避難させた人数よりも明らかに多かった。スモックを生み出した悪人が大勢誘拐していったとあゆが話してくれたが、その人たちが解放されたのだろう。怪我人すらいないのが、逆に不気味だ。
「その瞬間移動の体験者様の中にクリスという名を口にする方々がいらっしゃいまして」
「あっ」
あゆがスモックと戦う協力者を得るために、転生者へ向けて前世の名や出身地……らしいことを叫んでいた。
転生者の人は理解して前世のことを無闇に口外したりはしなかったろうが、そうじゃない人は聞かれたら普通に話してしまうだろう。
「なにかお心当たりが?」
「いや、その……」
「ね~……」
ユッキーさんと目を合わせる。『どうしましょう?』と視線で訴えると『ど~しよっか~?』と伝心魔法で直接頭に返答がきた。女の子のノーラちゃんの声で。伝心魔法は相手の心も読めるみたい。
「お聞きしたお話では、派手な浴衣を着た女性二人組の内の一人だったと……そしてその日にあった通報履歴から綾見様のご子息の一件を確認致しまして、通報してくださった方にお話を伺い、綾見様とそのお連れ様の特徴が一致したため、失礼を承知でお調べ致しまして、こうしてお勤め先に馳せ参じたという次第でございます」
すごいな公安警察。簡単に勤務先まで調べられちゃうんだ。
お客様には名刺を渡してるし、名刺には当然名前と店名が書いてある。祭りにはあのメガネの鳴海修一さんも来ていたから、そこから特定に繋がったんだろうか。この警察官——鳴海リルルさんも【鳴海】でドキッとしたけど、弟はパピって名前だそうだし、偶然だろう。
感心と一抹の恐れを抱きつつリルルさんの顔を見る。やっぱり真顔だ。
「個人的な用件って言ってましたが……そのクリスって名前と関係が?」
「はい。実は……私事なのですが、非常に馴染み深い名前でございまして、耳にした時は恥ずかしながら舞い上がってしまいました。少女が叫んでいた名前と地名、さらに隅田川で起きた奇々怪々な現象……全てが繋がり、居ても立ってもいられず……」
もう一度ユッキーさんと目を合わす。『この人もしかして』『もしかするかも~』
「あの、リルルさん」
「なんでございましょう?」
「クリスって名前の他に……例えばノーラとかマホとかって名前に心当たりは——」
「ご存じなのでございますか!?」
やっぱり真顔だが、リルルさんはテーブルに両手を着いて身を乗り出した。店内がざわつくが気にする素振りもない。
私は隣に座るユッキーさんに掌を表にして差し出す。
「えっと……こちら、ノーラちゃんです」
「ノーラだよ~」
「ノーラ様!? あなた様が!? ……では綾見様がマホ様!?」
「あ、いえ私は違くて——」
「そうだよ~」
「マホ様!」
リルルさんはさらに身を乗り出し、テーブルを乗り越える勢いで私とユッキーさんに抱き着いた。鼻から下は変わらず無表情だが、目を閉じてボロボロ泣いている。
リルルさんの顔を挟み、ユッキーさんと再び目を合わせる。『お知り合いですか?』『聞いてみるね~』
「あなたも転生してきたの~? だ~れ~?」
「わたくし……【リルテッタ】でございます……!」
「リルテさん!? わぁ~久しぶり~!」
マホじゃない私はとりあえずリルルさんの背中をポンポンと叩いてあげた。
リルルさんはしばらく私たちを抱きしめた後、スッ……と腕を解いて座り直した。ちょいちょいと涙をハンカチで拭くと、もう元の堅い表情に戻っている。
「さあやちゃん、紹介するね~。リルテッタさんは前世界で王様の護衛や秘書とかやってたちょ~ちょ~エリートおね~さんなの~!」
「ご紹介ありがとうございます。しかしノーラ様」
「あ、アタシのことはユッキーって呼んでねー。もうプリティノーラちゃんではないのだー!」
「承知致しました。改めてユッキー様、マホ様にとってわたくしリルテは既知の事柄ではございませんか?」
「実はね〜、さあやちゃんはまだマホちゃんのこと思い出してないの〜」
「左様でございましたか。それでは、なぜさあや様がマホ様であると?」
「クリスくんがね〜そう言ってるの〜」
「なるほど。それは疑う余地がございませんね」
なぜ?
謎の信頼がクリスにはあるみたい。幼馴染の絆的な?
「クリスにも会いますか?」
「いらっしゃるのですか!?」
「えぇ。オーナー室で子供を見てもらってるので……ちょっと待っててください」
私はスマホをてちてち。オーナー室にいる銀次ママに電話して事情を伝える。
事情といっても、銀次ママは転生のことなんか知らない。花火大会の怪異について現場にいた私とあゆの話を聞きたいと警察官が来ていると、そこは正直に伝えた。
銀次ママは「警察」と聞き私の心配をしてくれたが、問題ないと伝えた。
電話を切り、しばらくしてから私たちのテーブルに一人の少女が現れた。
「えーっと、ゴシメイありがとーございます! あゆです! よろしくな! じゃねーや。いっぱいオハナシしよーねっ!」
華やかなパステルイエローのドレスを着て、棒読みだけど屈託のない笑顔を咲かせるあゆだった。営業スマイルばかりの店内だと、造花の中で一輪だけ輝くひまわりみたいだ。
警察が来てるって言ったのに、堂々と未成年を接客させにきたのか、あのオーナーは。
「あれ? ユッキーじゃん」
「きゃーっ! あゆちゃんかわい〜い〜! 座って座って! ほらーリルテさん! クリスくんだよ〜!」
「かわいくねーもん……ん? リルテ?」
ユッキーさんがあゆを私の隣に座らせ、視線と前髪チョロ毛でリルルさんを指し示す。あゆもつられてリルルさんを見た。
「リルテッタ! ……なの?」
「あれ〜? リルテさ〜ん? リルルさーん!」
リルルさんはやっぱり真顔。だけどあゆを見つめたまま微動だにしない。私たちがしばらくフリーズするリルルさんを眺めていると、彼女の口の端からたら〜っと何かが垂れてきた。
「あの、リルルさん? 涎が……大丈夫ですか?」
私は身を乗り出し、向かい席のリルルさんの眼前で手を振ってみる。リルルさんはビクッと肩を上げて、しかし表情はそのままに、先程涙を拭いたハンカチで涎をちょいちょいと拭いた。
「お見苦しいものを……誠に申し訳ございません。少々衝撃が強く……曲線を引く彗星が胸に落ち、生まれたクレーターから湧き上がる『新たな』泉に、心囚われておりました」
なんの話?
「クリス様……大きくなられましたね……主にお胸様が」
「あぁ! リルテッタは……あんま変わんねーな! 言われたらリルテッタだなーって感じ!」
「恐悦至極に存じます。ノーラ様はさらにむちぷりになられましたね。以前はむちむちぷりんでございましたが、今のお姿はむっちむちぷりんぷりんにございます」
「え〜これでも少し痩せたのに〜! というか〜むちぷりの方向性が違くな〜い〜?」
「可愛らしかったマホ様も大きく、美しくなられました……お胸様も」
あゆと被った……。
マホちゃん、発育控えめだったのかな……。
「リルテさん! クリスくんにもぎゅ〜ってハグしてもい〜んだよ〜?」
「お心遣い感謝致します。しかし、マホ様とノーラ様の前でクリス様に触れるなど、このリルテ、恐縮至極でございます。しかしノーラ様……貴方様だけ年齢やお姿も随分と変わられました」
リルルさんはほんの一瞬だけ視線をあゆに動かした。なるほど。ユッキーさんの前世、ノーラちゃん時代の恋心を知っているのだろう。もう叶わぬ恋を察したようだ。
「お心の内は……如何程に……?」
「あ、だいじょーぶだいじょーぶ! ちゃ〜んと整理したんだからー! 心配には及びませんことよ? えへへへへ」
「左様でございますか。要らぬ心配でございましたね。では今後は歳の壁、さらには男女の壁をも越えた友情を主軸とした『ノークリ』を拝見できる……そういうことでございますね?」
のーくり?
「よくわかんないけどあゆちゃんとの友情はえーえんに不滅! だよ!」
「『ゆきあゆ』と呼ぶべきでございましょうか……いえ、そこはおいおい検討致しましょう。それよりも……」
「リルテッタ! 他に転生者の知り合いいねーの!? 祭り会場の人たちはみーんな知らん奴でさ! なーなー——痛っ!?」
テンション上げてテーブルに手を着き、お尻でぴょんぴょん跳ねていたあゆの膝がテーブルに激突した。悶絶の後、今度は振動で倒れたグラスから零れるお茶が腿を襲っている。
「ちゅべてー!」
「もうバカ! ホント落ち着きないんだから!」
「おしぼりおしぼり!」
「あっ擦んないの! シミ広がるでしょ! ほら貸して……もうドレスびちゃびちゃじゃん」
「ゴメン……なさい……」
「まぁ……再会でアガっちゃうのは仕方ないから。でも次はないから」
「……もしやったら?」
「二度とご飯にのりたまかけてあげない」
「おぁ……」
「はわわわ……リルルさ~ん……?」
ドレスをおしぼりでぽんぽん叩いていると、ユッキーさんの戦々恐々な声が聞こえた。
リルルさんを見る。血の気が飛び退いた。
「リ、リルルさん……常軌を逸した量の鼻血が……」
「これはお見苦しいものを……大変失礼致しました。どうぞ、お気になさらずに」
「無理ですよ……」
鼻の片側の穴からダラダラ血が流れている。依然真顔のままだ。
黒服さんに別のおしぼりを依頼したが、リルルさんは先ほど涙と涎を吹いたハンカチで鼻血をちょいちょいと拭いた。血は止まっていない。
「濃厚な『マホクリ』……大変良いものでございました。この泉は油田であったようでございます。ところでお二人はどちらにお住まいなのでございましょうか? 今後、コンタクトを取るにあたりお教えていただけると……」
「あゆちゃんとさあやちゃんはね~一緒に住んでるんだよ~」
それを耳にした瞬間、リルルさんは鼻のもう片側の穴からも流血した。白かったハンカチは全面真っ赤だ。
「リルルさん!? 早くおしぼり! 鼻摘まんで下向いて!」
「ご心配には及びません。古来より『マホクリ』は健康に良いとされております」
「健康とは程遠い惨状なんですが……!」
「健康だから出るのでございます。オナラ様と同じでございます」
「絶対に違う……」
「はぁん……」
鼻血を飛沫に変え、リルルさんがソファにぶっ倒れた。
「リルルさん!」
私は席を立ってリルルさんの隣へ。膝枕してできるだけ顔を傾けさせた。届いた冷たいおしぼりをおでこに乗せると、やっぱり表情はないが陰りを見せる真っ黒な瞳を私に向けてきた。
「女神様……いえ、いけませんマホ様。マホクリの間にわたくしが挟まるなどあってはならなぬこと……是非、クリス様に膝枕を……」
「意味不明なこと言ってる……救急車呼びますか?」
「問題ございません。ただの貧血にございます」
「えぇ、わかります」
「失ったのであれば摂取すればよいのでございます」
「鼻血ペロペロしないでください!」
「これは尊血でございます」
「ぶどう酒ではないですよ!?」
「大変良いツッコミ……変わりませんね、マホ様。大変お優しく、他者への気遣いに躊躇がない」
「いや、だから私はさあやで……」
「記憶がまだお目覚めではなかったのでございましたね。大変失礼致しました」
「い、いえ……」
血をおしぼりで拭いていくと、ようやく鼻血の氾濫が収束した。
少しの沈黙の後、リルルさんが血でてらてら光る口を開いた。
「……実は、謝罪しなければならないことがございます」
「え? 謝罪?」
「はい。個人的な用件での来訪と申し上げましたが、実のところ仕事も関わっていたのでございます」
仕事……警察の?
自分の眉間に力が入ったのが分かった。
「仕事と申しましても、こちらもわたくし個人の判断で動いている件でございますが」
「個人で……捜査を?」
「はい。さあや様がマホ様、あゆ様がクリス様ということが分かり、大いに安心致しました。ノーラ様にも会えましたし……不躾でございますが、皆様にお願いがございます」
「お願い……それは個人捜査に関する?」
「はい。皆様方……わたくしとナイトプールへご一緒くださいませんでしょうか?」
…………なんで?
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