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第33話 本指名

♦︎♦︎♦︎


「——それでね~その時クリスくんが言ったの~。『中身が空気ばっかで食うところはほとんどなさそうだった』って! 新種の動物に対しての報告第一声が可食部の心配だったのー! 生態とか生息域の分布とかじゃなくてー! んも~かわいすぎー!」

「あはは……それはなんともあゆっぽい……というか子供っぽいですね」

「でしょー!?」


 お酒とお菓子の並ぶテーブルで、幸隆さんとの談笑。私はお酒に手を着けない。時たまお菓子に手を伸ばし、興奮気味の声にできるだけマイルドさを意識した苦笑いを返すばかりだ。

 話の内容は前世のこと。主に幸隆さんの前世であるノーラちゃんとマホちゃん、それからクリスの思い出話だ。

 ここは【ClubAsyl】。勤め先のキャバクラ。

 メガネともじゃもじゃ頭が印象的な幸隆さんの部下である鳴海修一さんは来店していない。花火大会の時、右腕の火傷痕を見られてから一度もだ。鳴海さんも悪く思っているのだろうか。彼が悪いわけではないのに。

 あれから十日ほど立ち、私も傷を見られた恐怖から出勤できないでいた。銀次ママに傷を見られたことを正直に話し、休ませてもらっていたのだ。ママは私を責めず心配だけしてくれた。本当に申し訳ない話だ。

 しかし楓パパ経由で幸隆さんからクリスについての話があると言われ、今日は胸のつかえが取れないまま出勤した。あゆの助けになれるような話なら聞いておきたいと思ったからだ。結果ただの思い出話。なんなら恋バナに近いものだったけど。

 自分のあゆへの興味が恐怖に勝ってしまった。私は過去を克服できてきてるんだろうか……。


「あの……幸隆さん。今日は部下の方々は……」

「んも~さあやちゃんもユッキーって呼んでよ~。もうお友達! でしょ~?」

「はぁ……じゃあユッキーさん」

「はーい! 今日はアタシだけだよ~。あの子たち頻繁に通えるほどお金持ってないだろうし~今日は前世の話したかったんだも~ん」

「そう……ですか」


 私、凄くほっとしてる。まだまだ恐怖は健在だ。


「ゴメンね~? さあやちゃんもアタシみたいなおじさんじゃなくて、同年代の男の子と話したほうが楽しいよね~?」

「あ、いえ、そんなことないです。ユッキーさん、ノーラちゃんを思い出してからすっごく若くなりましたし、私のほうが老けちゃったみたい」

「え~そ~お~?」

「えぇ。それに少し瘦せましたし、肌もハリが出て、私が参考にしたいくらいですもん」

「えへ、えへへへ」

「でも、リオさん指名しなくてよかったんですか?」

「い~のい~の! 今日はさあやちゃんと話したかったんだも~ん! むしろ、リオちゃんのお客をさあやちゃんが取ったみたいに思われてないかな~? もしそうだったら、さあやちゃんに迷惑かけちゃったかも~」

「気になさらないでください。指名はありがたいですし、リオさんはあんまりそういうの気にしないと思うんで」

「そ~お~?」


 リオさんは今日お休み。たぶんユッキーさんもそれを知ってて来店してくれたんだと思う。自分の推しはやっぱり大事にしたいんだろう。


「ところでさあやちゃん」

「はい?」

「マホちゃんの記憶のほうはど~お?」


 期待のこもった目……ユッキーさんはきっと、私じゃなくマホちゃんに会えることを期待してたんだと思う。でも……。


「ごめんなさい……まだ……」

「そっか! 全っ然、だいじょ~ぶだよ! ゆっくりでいーからー! もしなにか気付いたことがあったら教えてね~?」

「はい、必ず」


 と言いつつ、私の呼びかけでマホちゃんの魔法が発現したことは話していない。

 花火大会の戦いのことは話した。ユッキーさんもテレビのニュースで一応知ってはいた。一部で怪異扱い、ニュースでは地盤沈下説などで処理されている。前世の記憶を取り戻したらしい会場にいた人々も秘密にしているようだった。当然だ。説明なんてできるわけないし、公表しても頭がおかしくなったと言われるだけだ。

 みんなこの世界の記憶を保っている。常識がある。記憶が無いのはあゆだけ……何か理由があるんだろうか……。


「あのーさあやちゃん……」


 考え込んでいたら、背後から男性の声がした。振り返ると店の黒服さんが少し険しい顔して立っていた。その背後にもう一人誰かいる。


「はい、なんでしょう?」

「その、ご指名というか……」

「本指名を貰った幸隆さんの接客中ですよ?」

「まぁそうなんですが……」


 黒服さんがちらりと背後に視線を送り、受け取った人はずいっと前に出てきた。

 女性だ。きっちりしたスーツを着ている。

 髪型は毛先が少し遊んでる胸元まで伸びる黒髪ストレートに顔の輪郭に沿うような姫カット。スーツに似合う黒縁のお堅いメガネをかけている。

 いかにもキャリアって感じの人だ。背は私より少し高いくらいで平均的な体型だが……なんだろう、見た目よりも圧を感じるというか、大きく見える。細いツリ目に細いが濃い眉毛。綺麗な人だけど表情が見えず、マネキンが動いてるみたいだ。


「わぁ~女性のお客さん? さあやちゃん同性にもモテるんだね~!」

「稀に女性のお客様も来店されますけど、指名は初めてですね」

「すみません、指名といいますか、少々お話にご協力をいただきたくお時間を頂戴できないでしょうか?」


 スーツを着た女性が言った。言葉遣いからもお客様って感じではない。

 返事を待たず、女性は私の向かいに座った。私とユッキーさんは二人できょとんと女性の行動を見守る。とりあえず黒服さんにお茶の用意だけお願いして下がってもらった。


「あの……どういったご用件で……」

「申し遅れました。わたくし、こういう者でございます」


 名刺か。

 私も自分の名刺を取り出して両手で差し出す。しかし、相手が出したのは一枚のカードではない。二つ折りの黒い手帳。光り輝く桜の代紋。


「警視庁公安部、【鳴海リルル】と申します」


 名前かわいい……なるみ……?

 

 一瞬現実逃避した。すぐに全身の血の気が引いていくのが分かった。


♦︎♦︎♦︎

■■■お知らせ■■■

次回、本日18時頃に更新します。

面白いと思っていただけた方、またその逆の方。

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